悟りとは何ぞや???
今日のテーマは「悟り」です。
先日、あるテレビ番組で千日回峰行をテーマにしたものが放映されていました。
あ 普段テレビ見ないので、かなり貴重なタイミングで
この番組を拝見させていただいたわけですけど、
わたしなりにとっても考えさせられましたので、 皆さんとシェアしたいと思ったしだいです。
千日回峰行とは、仏教の苦行の中でも最高難度の苦行と言われています。
というのも、この行に入った者は行を満行(達成)するか、
死ぬしかやめることはできないんだって。
ひえー、究極の選択だわよ。と思ったの。
続けるのも地獄の苦しみ、やめたら本当の地獄行き?
こんな修行に何の意味があるのだろうと考えたのでした。
千日回峰行とは
そもそも千日回峰行とはどんな修行なのでしょうか?
今回は大峰千日回峰行についてちょいとフォーカスしてみましょ。
千日回峰行をざっくり言いますと、千日の間険しい山道を、 来る日も来る日も走る。
その山道は往復48キロほど。 「まじか?48キロ?」 そう思いますよね。
マラソン以上やん。 どれほどトレーニングした大人でも、相当きついよ。
まして山道だし。 「この修業は、アカンやつやん?」
でも、ここで注意。千日間連続ではなく、一年のうちで百数十日。
計算してみたよ。
千日走るとなると、足掛け9年ほどかかるんだよね。

さらに、千日走り終えたあとは、
四無行(しむぎょう :寝ない、食べない、飲まない、横にならない)を 9日間。
「走り終えてもまだあるの?」
「ぐぇ悪」 まさに苦行です。
四無行に入ると、3日目あたりから、死臭がしてくるんだって。
死んでるの?
そう思っちゃうような状況なんだって。
その行にチャレンジしようと思うだけで、あっぱれですよ。
私があっぱれしても嬉しくないかも(苦) まさに死を乗り越えて、
この行を満行すると「大阿闍梨(だいあじゃり)」の称号を獲得できるのです。
1300年で2人だけの現実
先程も書きましたが、一旦、この修業に入った者は、
決して途中棄権することは許されない掟になっているのです。
つまり、達成するか、命を落とすか。
こんな二択ありますか?まさに、究極の修行。
修行に入る僧侶は、常に短刀を懐に持ち、
また、首をくくれる準備すらしているんだって。
そんな掟があるもんだから、千日回峰行を満行した僧侶は、
そのお寺では1300年で2人だけとのこと。
まさに達成困難な苦行ってことだよ。
何人の僧侶が挑戦したかはわかりませんが。
あまりにも危険だから、やっちゃダメってことになってたんだよね。
悟りって何?
お釈迦様が悟られて、世界各国に広まってきた仏教。
お釈迦様が、皇太子という地位を捨て修行僧になり、
難行苦行を6年間行った後、 瞑想状態を経て、菩提樹の木の麓
12月8日明けの明星輝くとき、 いに悟ったと云われています。
それは、宇宙全体の理。 宇宙全てを理解したと言っていいでしょう。

どうやって悟ったの?
誰もがそんな疑問が湧くと思います。
「あっ!!」 私気づいちゃった。
「自力では、絶対に悟れないということに気付くために、苦行してるんだ!!」
わかります?
多くの方は、このように考えると思います。
苦行して、「死」のちょっと手前で、何かが見える。
神経が研ぎ澄まされ、これから起こることがわかっちゃうなんてね。
でもね、お釈迦様でも苦行では悟れなかったんです。
自力では絶対に無理。
それは、6年間の修業では悟れなかったことからもわかりますよね。
だから山を降りたんだね。 そのときはほんと死ぬ一歩手前。
死んだら意味ないってことがやっとわかったんだって。
そして、ガンジス川のほとりで、スジャータの乳粥で息を吹き返し、
菩提樹の木の下で瞑想に入ったという流れ。
この瞑想状態が悟りを開くキッカケになったことは間違いないと思います。
自力で悟れなかったんだから、誰かの力を借りて、他力で悟ったのでしょうか?
それが宇宙の理。
我々を生かそうとしてくださっている、慈悲の心。
愛。
こんなエネルギーが作用して、お釈迦様は悟られたのだと考えています。
大阿闍梨となった塩沼亮潤さんの生き様とは
話は戻ります。
今回の番組で取り上げられていたのは、塩沼亮潤さんというお坊さん。
宮城県の秋保ってところに、「慈眼寺」というお寺を建立し、
千日回峰行から得た経験を多くの信者に 伝えているようでした。
塩沼亮潤さんはこの千日回峰行を達成したことで、 「生き仏」と崇められています。
それとともに、称号「大阿闍梨」を獲得。
でもね、やっぱりすごい方はいらっしゃるもんです。
どんなに、すごい修行を終えて、「大阿闍梨」なる称号を得たところで、
なんにもならないということを塩沼さんは気づいていました。
天狗になっちゃうでしょ。 普通さ。
人の心を動かすものは、「大阿闍梨」という称号ではなく、
その人の生き様にほかならないんですよ。
だから、塩沼さんは今なお修行に励んでおられます。
お釈迦様は宇宙全ての理を悟りました。 塩沼亮潤さんは、生き様、
心が人々に勇気と安らぎを与えると悟りました。
悟り=覚り
悟りとは「覚り」です。
つまり、自覚のことでしょう。
お釈迦様は、世界の四聖人にも名を残す大変偉大な方ですので、
悟りのレベルが桁外れ。
塩沼亮潤さんも、自分が行ってきたことに裏付けされている、
こちらも悟りレベルは高いでしょ。
それじゃ、私たち一般ピーポーは悟れないの?

否。
私たちも悟れるのです。
自分が大事にしていることを大事にして生きる。
例えば、貢献、誠実、感謝。。。。
そんなキーワードを自分の中に持っていると思います。 多
くの方は、そのキーワードにさえ気づいていません。
だから、覚っていないということです。
キーワードに気づいた時、自分の人生の目的が見えてくる気がします。
なぜ?私は生きているのか?
なぜ?人間に生まれてきたのか?
なぜ?父と母の間に生まれたのか?
全ては人生の目的を達成するためです。
あなたは人生の目的に気づかず、人生を終えたいと思いますか。
それとも、人生の目的を見つけ、目的達成し安らかに人生を終えたいですか?
間違いなく、後者だと思いますよ。
まずは、キーワードを自覚すること。 そこからはじめてみませんか。
そして、人生の目的を見つけるための前準備を一緒にしませんか?
きょうはこんな感じで終了っす。
それでは、
See You!!!!!