カナディアンログビルディングスクール4日目
朝からシルログ(土台になる丸太)作製のための半割りの実習をしました。チェーンソー1本で半割りからブラッシング仕上げまで全部やってしまったのでびっくりしました。バーを寝かせてのブラッシング作業には、こんな使い方も出来るんだと感動しました。
続いてリカーブカットの実習です。ワイデストポイントにかかるようにマーキングしてから切って行きます。チェーンソーで気を切るには今まではいかにまっすぐ切るかという事を考えていましたが、リカーブカットではいかにきれいに湾曲して切るかという事になります。ブラッシング後はアックス(斧)で修正と仕上げをしました。
CLB技術部長の次山(じやま)さんのデモです。次山さんは三浦さんとともにアランマッキースクールで学び、今は半分は日本、半分はカナダでの生活をしていて、ダンさんの元でログハウス建築を手がけているそうです。
カナディアンログビルディングスクール2日目
スクール2日目は見事に晴れ上がりました。まずは昨日の復習のラフノッチからです。けっこう肩の力が抜けてうまくできるようになりました。
続いて「スクライビング」です。スクライバーには水で濡らすとつく特殊な鉛筆を使います。水準器をきちんと合わせて、両手で両側から持って慎重に進めます。
スクーリングには実際のCLBが受注して造っている建物をそのまま使用しました。失敗は許されません。
ダン先生のVグルーブカットのデモです。スクライブの痕を忠実に切っていくテクニックはまさに神業です。
続いて皮剥きの講習です。三浦さんいわく、最初から皮むきを教えると嫌になっちゃう人がいるとの事ですが、根気と体力が必要な大変な作業です。自分でログハウスを造るためにはまずは皮剥きです。日本の建築は秋から冬にかけて水分が抜けた木を伐採して、さらに乾燥して使いますが、ログハウスは春から夏にかけて水分を吸った木を使います。その理由は、水分を吸った木でないと皮がうまく剥けないからだそうです。そのかわりに水分が抜けて収縮してからも建築物としての機能を維持していくように様々な工夫がしてあるとの事でした。
午後は1時半から講義でした。木材の収縮とスクライビングテクニックについて学びました。
今日は夕食時の宴会は無し。夜8時半からも講義が続きました。
カナディアンログビルディングスクール初日
㈱シーエルビー(代表取締役 三浦亮三郎)が主催する、「カナディアンログビルディングスクール’86」初日です。あいにくの雨でしたが、荷物をデイバックに詰めて喜び勇んで出かけました。
特別講師はカナダからお見えになったダン・ミルンさん。カナディアンログビルディングの教祖アラン・マッキーさんの弟子で、1983年の日本でのスクール開講以来、日本カナダ合わせて700人以上の生徒を教えているログビルディングの第一人者です。書籍「The Handbook of Canadian Log Building」の著者として世界中のログビルダー、ログファンに名を知られた方です。
ダンさんを日本に招いたのは、このスクールを主催するログハウス建築会社㈱シーエルビーの代表取締役 三浦亮三郎さんです。1982年、カナダのアランマッキーログビルディングスクールを日本人として初めて卒業後、日本での普及活動のためにログビルディングスクールを開講し、今年で4年目になります。三浦亮三郎さんは、あのプロスキーヤー三浦雄一郎さんの実弟で、スキービジネスに携わってきたのですが、怪我をされてスキー界を離れ、ログビルディングの世界に入り、今では日本のログハウス業界をリーダー的存在となっています。
カナディアンログビルディングスクールは、ゴールデンウィークコース、春季週末コース、夏季集中コース、アドバンストコース、秋季週末コース、一日体験コースなどがあり、私は夏休みを利用して夏季集中コース(6泊7日)を受講しました。
スクールの場所は、東京都秋川市(現在はあきるの市)の東京サマーランドの敷地内にある㈱シーエルビーのログヤードです。京王線の八王子駅から東京サマーランド行きのバスに乗って出かけました。八王子から40分ほどでサマーランドに到着し、宿泊は東京サマーランドのロッジでした。
昼食を食べて13時にロッジに集合し、開校式がありました。テキスト、図面、パンフレットなどが配布され、スクールの説明や注意事項の説明などがありました。続いて自己紹介です。今回の参加者は9名。建築会社の社長さん、新聞の配達員、盲導犬協会の方、森林組合の方、ホテル経営者、JRの方と色々でした。学生は私一人でした。
2時からログヤードに移動して実習が始まりました。2人でペアを組んでやるのですが、私のお相手は入間市から来たAさんでした。ダン先生のデモンストレーションを三浦さんが通訳して進められました。チェーンソーの扱い方を教わって、まずは「ラフノッチ」。体は動かさず、肘を固定して手首でチェーンソーを運ぶ感じでとの事でした。
続いて「フィニッシュノッチ」。チェーンソーのスロットルは全開近くして、ブラッシングする感覚でスムーズに仕上げます。
最後はノミで仕上げカットです。慣れてくればノミは使わなくて良いそうです。
私もやってみました。チェーンソーの使い方は薪造りで慣れていましたが、細かい動きはなかなか難しく、オーバーカットしないように気をつけながらやりました。
夜は当然宴会です。アシスタントのJさんと盛り上がって、スクール初日が終わりました。
山と渓谷"ウッディライフ№16"
昭和60年9月25日発行山と渓谷"ウッディライフ16"P54に我家が掲載されました。内容の一部を抜粋しました。
「マル七」の屋号で知られるここ白馬の伊藤家は、代々"七右衛門"の名を世襲してきた由緒ある家柄。現在の当主である八代目七右衛門こと伊藤馨さんは大正15年生まれだが、この家屋そのものは大正9年に新築されたものである。
1階が約80坪、2階が約56坪。とにかく堂々たる造りである。昭和38年、民宿を始めるのをきっかけに一部増改築したとはいえ、そのほとんどが当時のまま。むしろ年を重ねる事によって、木造建築ならではの重厚さがかもしだされている。しかもこの材木、すべて伊藤家の持ち山から調達されたものだというから驚きだ。
磨き込まれた木肌の感触のなつかしさ、囲炉裏を囲んで憩う茶の間の団らんの温かさ、一度「マル七」を訪れた人たちはきまって二度三度と再訪するというのも、なるほどとうなずける。馨さんをはじめとする伊藤家の皆さんの、文字通り家族的なもてなしも数々のエピソードを生み出してきたようだ。
「民宿を始めて23年。私どもに来泊したお客さんは8000人は下らないと思います。夜中に騒いだりしていると、飛び起きていって怒鳴りつけたり(笑)、いろいろなことがありました。でも、その怒鳴りつけられた人がまた翌年も来てくださるんですよね。」と馨さん。
信州の豊かな自然と心安まる日本家屋のぬくもり、それに親身な接待となればもういうことなし。「マル七」のファンはますます増えそうだ。
狭い都会のマンション暮らしから見たら、うらやましい限りののびやかな空間。すすで真っ黒になった梁が年代を感じさせる。囲炉裏の火の暖かさも、また格別だ。
2階の廊下。窓ガラスは大正9年のまま。ゆがんだガラスから見る外の景色が、情緒をかもしだしている。
今年もまたおなじみの顔が揃った。後列右端が伊藤馨さん、ふたりおいて息子さん、その前がお母さん。
こんな立派なふすまのある部屋で寝起きするなんて、ちょっとした大名気分。当時は珍しい吊り天井の座敷もある。
2階の長いつらら。毎日落とさないと重くなって茅を引き抜いてしまう。前日に落としても翌日にはご覧のとおりまた大きくなっている。

















