九代目七右衛門の徒然日記 -8930ページ目

田植え



田植えの様子です。前日のうちに苗を出して消毒をして水をかけ、準備をしておきました。


今日は早朝から田植えです。いつも父の従弟が来てくれて田植えをしてくれます。

運転手交替でもう一枚。

八方尾根スキー場 滑り納め

先輩と婚約していた家内と4人で、八方尾根スキー場に行ってきました。天気はとても良く、白馬三山がきれいに出ていました。




兎平のリフト下のコブ斜面が滑りやすく、何回も滑って腰が痛くなってしまいました。





第一ケルンで当時婚約者だった家内とツーショット。この写真は、結婚式のしおりに使いました。



家の前で筋蒔き(水稲の種まき)


家の前で筋蒔き=水稲の種蒔きをしている様子です。近所の方々が手伝いに来てくれて、田植え機用の箱に、土、種籾、土、水の順にかけていきます。

富良野スキー場 初めての北海道スキー

当時婚約していた現在の家内と、生まれて初めて北海道にスキーに行ってきました。行先は富良野スキー場。宿泊は新富良野プリンスホテル3泊4日。3月というのに極上のパウダースノーで、ホテルの施設は至れり尽くせり。




目の前がゲレンデという絶好のコンディションの中で3日間過ごすことができました。夢のような日々でした。





鹿島槍スキー場 会社のスキーツアー

会社のスキーツアーで鹿島槍スキー場に行った時の様子です。

準指導員検定でもお世話になった会社のEさんと。

一昨年スキー部で揃えたユニフォームでチーズ。この写真は会社の社内報に載りました。

指導員研修会in日本ランドHOWスキー場

12月18日から20日まで、日本ランドHOWスキー場で行われた指導員研修会に参加しました。昨シーズン準指導員に合格した同期の方々と久しぶりに会う事が出来て良かったです。
九代目七右衛門の徒然日記

秋の我が家

ビニールハウスの片付けに帰省した時の我が家の様子です。

西山の初雪と紅葉

2階の廊下から撮った西山の初雪の写真です。下の山は紅葉まっさかりで、田んぼも脱穀が終わったところです。

乗鞍温泉スキー場 乗鞍岳 サマースキー

結婚する前の年、家内と乗鞍岳にサマースキーに行って来ました。乗鞍岳の大雪渓は、一年中雪が消えないため、サマースキーのメッカとして有名です。積雪の多い11月から4月下旬までは、乗鞍山頂への道路は通行止め。除雪により開通する春から、本格的なスキーシーズンが始まります。県道乗鞍岳線を上がり、位ヶ原山荘からさらに登った乗鞍岳の畳平まで車で行けます。畳平は標高2,702mあり、バスが入る幅員の国道では日本一標高だそうです。畳平の手前東側斜面にひろがるのが乗鞍岳大雪渓です。こんな真夏にスキーをするのは生まれて初めてですが、9時過ぎに大雪渓に着くと駐車場がいっぱいで停める所がありません。なんとか少し離れた所に車を止めて、雪渓まで行きました。平らな良さそうなバーンは殆ど大学の体育会系スキー部と思われる団体がポールを貼ってありました。はしっこのかなり荒れたバーンを一般の人達が滑っていました。スキー場と違い、登るのに時間がかかるので、ゲレンデには大勢人がいて行列になって登っているのですが、滑っている人は数人です。一人が滑り始めるとみんなが注目するという独特の雰囲気で、何か皆が友達みたいなアットホームな感じです。ようやく上部までたどり着き、記念撮影をしました。

スキーを担いで登るというのは大変な事で、リフトのありがたみがわかります。ここで上のほうから、「伊藤さーん!」と声がしたので振り返ってみると、顔見知りの富士通沼津スキー部の方々がいました。世間は狭いです。まさか乗鞍岳まで来て、静岡の方々に会うとは思いませんでした。少し下まで滑って今度は家内と交代で記念撮影。雪質は春スキーと大差ないくらいです。

ここから下まではコブ斜面です。ひとり滑るたびに声援があがるという、モーグルの大会みたいな状況の中で滑りました。声援と視線が恥ずかしいような気持ちいいような、何か学芸会で発表しているような気分でした。先に滑った家内に撮って貰った写真です。

12時過ぎまで、4本くらい滑ったところで、体力の限界を感じて引上げる事にしました。近くのいがやレクリエーションランドにあるスイス風のレストラン「シヨン」というところでチーズフォンデュを食べて、レクレーションランドで軽く遊んだ後、乗鞍温泉湯けむり館の温泉に入って疲れを癒して帰りました。

テレビ東京系の「いい旅夢気分」が我家から放映されました

1992.07.08


テレビ東京系の「いい旅夢気分」が我家から放映されました。ロケ日は平成4年6月20日、放映日は平成4年7月8日でした。制作は近代企業、我家に来たのはリチャードバーガーさんと迫文代さんでした。リチャード・バーガーさんは、国際研究家として活動するかたわら、レポーター、コメンテーター等のタレント活動を数多くこなしている方です。迫文代さんは、アシスタント・レポーターなど幅広くタレント活動。テレビ「なるほどザワールド」「そこが知りたい」「情報・そこが決めて」などで活躍中で、日本女子大を卒業されています。6月20日のロケの後、スタッフの皆さんとの記念撮影です。父の右が迫さん、母の左がバーガーさんです。


7月20日の放映時の様子はおよそ下記のとおりでした。

ナレーション「白馬といえば冬はスキーリゾート、そして夏はおしゃれなペンションをベースに高原で遊ぶというイメージを思い浮かべますね。しかし、この村の本当の魅力は、ふるさとの暖かさ。

そして山里のなつかしい風情なのです。」

父「山道ですが佐野坂トンネルを出てすぐに右に入り、森の中をちょうど1kmで目の前がぱっと開けますので、その正面の家がマル七です。」

ナレーション「民宿マル七の開業は大正9年。柱には百年前から時を刻み続ける百年時計。」

ダニエル「僕、実は民宿に泊まった事無いんですよ。」

父「ああ、そうですか。」

ダニエル「伊藤さんにとって民宿の魅力と言うのは何ですか?」

父「そうですねぇ。他の宿と違って、私共は来て頂く方々はみんな親戚の方のように、家族同然に迎えるのです。まあ、ひとつ食事の例をとってみたら、この囲炉裏端でいつもお客さんと一緒に食事もさせていただいています。」

ダニエル「家庭的って事ですね。」

父「そういう事です。」

迫「どんなお料理を出されるのですか?」

父「いやぁー、特別な料理やごちそうはないですけれど、都会の方々はみんなもう美食を味わっているでしょうから。田舎の良さと言ったら、ここで取れた山菜や、夏だったら庭で取れた自給自足の野菜、お店で買ったものではなく取れたての新鮮な野菜をあがって頂くわけです。」

迫「手作りだから良いのでしょうね。」

ダニエル「そうですね。それに都会から来るとけっこうこういう古い建物を面白がるんじゃないですか?」

父「そうですね。」

(囲炉裏の上の火棚に上げてある藁靴(すっぺんじょ)のアップ)

迫「どうですか、ご主人。白馬村ってどんなところですか?」

父「昔は本当に山の中の寒村でしたけれども、ご承知の通り6年先に冬季オリンピックの開催が決まりまして、一躍、世界の白馬となっていくんでしょうね。これもひとつには白馬岳、あの山のお陰です。白馬村が今日有るのは。」

そして、番組のエンディングも我家の土間からでした。

迫「本当にこの宿は良いですね。」

ダニエル「こういう宿、本当に好きなんですよ。」

迫「私も。こういう宿ってなかなか無いですからね。」

迫「でもどうでした信州高原の旅。」

ダニエル「楽しかったですよ。いろいろやりましたしね。信州って言うのはいろんな魅力があって、美しい景色もあって、遊び場もあって、温泉もあって、いい所ですね。」

迫「観光地っていうとホテルやおみやげ物屋さんがずらっと並んだりしちゃうでしょう?でもここは自然がたくさん残されているでしょう。こういう民家は大切にしていって欲しいですね。自然にはやはりこういう建物が一番似合っていますよね。」

ダニエル「はい。それでは皆さん、よい旅を。」