九代目七右衛門の徒然日記 -8860ページ目

白馬の田植え

午後1時からは、今回の帰省の主目的、田植えです。1時に田んぼに行くと、すでに植え始めていました。
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田植え機の運転は、毎年、爺さん(父)の従兄弟 にお願いしています。ここ3年はその叔父さんの近所の「えっちゃ」というお姉さんが 植えてくれています。
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今回もえっちゃさんです。
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5條上の田植え機であっと言う間に田植えが進んでいきます。
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私は畦に立って、苗箱を手渡し、空になった苗箱を受け取る仕事です。
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ここからはちょうど茅葺き屋根の葺き替え作業の様子が見えました。
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田んぼのコーナーが腕の見せ所です。えっちゃさんは、全く隙間なくコーナーまでびっしり植えてくれました。神業です!
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続いて下の田んぼへ移動。この頃から、ポツポツ雨が降り始めました。
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以前は田植え機に別に肥料を入れていたので、雨が降ると肥料が濡れてしまい田植え機内部で詰まってしまったのですが、数年前から肥料を事前に撒くようになったので、少しぐらいの雨でも大丈夫です。
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ここの田んぼに来ると私は急に忙しくなります。(とか言ってしっかり写真は撮っているのですが)

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水路の段流部分を使って、苗箱を洗います。
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段流の落とし口にこのような機械を入れて数回上下し、上下を逆にしてまた数回動かすと、箱が洗浄されて綺麗になります。
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もちろん苗箱を差しだし受け取る作業を続けながら、その合間に苗箱洗いを行います。
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ここで白馬の婆さん(母)が昼食の片づけを終えて登場です。
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田植えが終わると再び田植え機をトラクターに乗せて、次の別の家の田植えに向かいました。えっちゃさんありがとうございました。
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白馬の婆さん(母)は「植え直し」という作業を行います。昔の田植え機は田んぼの深い部分は苗がきちんと植わらなかったり、田植え機の不調で植わらない部分があったりしたので、田植え機の後について植え直ししなければならなかったのですが、今の田植え機は優秀なのできちんとすべて植えられています。
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でも婆さん(母)は、「見たところの悪いところを直すだけだで。」と言いながら、隅の部分を植えていました。
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私は洗い終わった苗箱を10箱ずつ揃えてバンド掛けし、
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土蔵の入口に仕舞いました。
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終わった頃から急に雨が激しくなってきました。良いときに田植えをして良かったです。

お昼ご飯 白馬の豚カレー

お昼ご飯は白馬名物「白馬の豚カレー」でした。
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白馬産のSPF豚をふんだんに使って、白馬村が開発した「旨い」カレーです。発売元は白馬村観光局。白馬村土産品組合推奨品です。各所の土産品店と、道の駅「夢白馬」、ハピアで購入できます。
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デザートは色が変わって甘みが増した(?)バナナとコーヒーゼリーでした。
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午後からの肉体労働に備えて、美味しく頂きました。

某出版社の取材

11時過ぎに今夜宿泊されるお客さんが到着しました。ふだんあまり見かけないような高級車に乗ってお見えになりました。さすが業界の方々です。
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次々と家の中に機材を運び入れます。
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取材のメインステージ「囲炉裏」です。
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囲炉裏の回りに食品やアウトドア製品、おもちゃなどを並べていきます。
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アサヒの缶ビールはこんなに種類があったとは初めて知りました。
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モデルさんもスタンバイ。今回は我が家の取材ではなく、撮影場所としての提供のみです。
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カメラマンさん(右)とライターさん(左)です。
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さらにもうお一方お見えになり、車は5名で4台です。
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上がり端でも撮影が行われました。
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撮影風景を撮影している(笑)爺さん(父)です。
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囲炉裏の上にはこんなに大きな照明をセットしました。
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こちらはフラッシュです。
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照明の裏側です。
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家の中にテントも張っていました。
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レフ板です。
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カメラにはこんなものを付けていました。
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昼過ぎまで食事もせずに取材が続きました。
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8月頃発売される雑誌ですので、発売日がきたらお知らせしますね。
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それまではシークレット。乞うご期待!

田植えの準備

10時を過ぎたので、田植えの準備 にとりかかりました。苗箱は80箱植えてありますが、このうち使うのは70箱です。
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白馬の婆さん(母)が事前に育ちの悪いものを間引きして、良いものだけにしてありました。
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一輪台車に苗箱を乗せて庭に運び出します。去年までは娘が手伝ってくれたのですが、 今年は私一人です

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消毒薬を撒くために20箱ずつ並べました。
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消毒薬1袋を20箱に均等に撒いていきます。
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消毒薬を撒いていると、我が家の田んぼにトラクターに乗った田植え機が到着しました。
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消毒し終わった苗箱です。
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続いてたっぷり水をかけます。
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ここで爺さん婆さん(両親)が買い物から帰ってきました。婆さんは「もっと水をっけてもいいだー。」と言って再び掛け始めました。
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軽トラに苗箱を積み込みます。
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上の田んぼに30枚の苗箱を下ろし、田植え機にもセットしたところで午前中の作業が終わりました。
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田んぼから見た我が家です。
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白馬三山はすっかり雲に隠れてしまいました。
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苗箱を出し終わったビニールハウスです。
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残りの40箱の苗箱を乗せた軽トラはここで待機です。
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茅葺き屋根の補修

家に入ってお茶を飲んだ後、家の周りをぐるっと回ってみました。家の屋根の西側は、茅葺き屋根の補修工事 を行っていました。
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屋根から雪が落ちるのと一緒に茅が抜けてしまった部分に、新しい茅を刺していきます。今日明日は天気予報が雨なので、茅葺き職人さんはお休みだそうです。
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北側もだいぶ抜けた部分があるので、西側が終わったら補修するそうです。
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特にこの部分はだいぶ茅が抜けてしまっています。奥座敷の上部です。
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茅は土蔵の雪囲いの中に蓄えてあったものを使っています。
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ここで茅を選る(葉っぱを取って茎だけにする)作業を行います。

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このビニールシートの中に選った茅が入っています。
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その横を見るとタンポポの綿帽子がたくさんありました。精神年齢の低い私が「ふーっ」とやったのは、言うまでもありません。
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土蔵の軒下にも選った茅が置いてありました。
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選り粕=葉っぱの方は、畑に積んでおくと近所の方々が保温材として畑の柵の間に敷くために持っていきます。
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梯子に乗って屋根の上に上がってみました。差し茅が何束か準備してありました。
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茅の先端を整えるための、長い柄のついた木槌ちです。
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茅の抜けを押さえるために鉄筋を縛り付けてあります。
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ここで、両親は今夜の買い出しのためハピアに行きました。今夜のお客さんは4人です。私は家の中に入って屋根裏にあがってみました。
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茅葺き屋根を補修 するためには、一人が屋根裏に入って針取りという作業 をします。
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2階の部屋から見た庭の様子です。
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白馬帰省 1カ月半ぶりの我が家

姫川源流から歩くこと2km、1カ月半ぶりの我が家 が見えてきました。
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今日田植えをする田んぼ2枚のうち1枚です。家に向かう坂道を下りた突き当たりにあります。
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ブルーベリー畑です。 芽が出てきていました。
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この休耕田は、例年なら菜の花が満開 なのですが、今年はどういうことか菜の花はまばらでした。
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後ろを振り返ると田んぼのあぜ道には何本か咲いていました。
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ブルーベリー畑越しに見た我が家です。
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白馬三山はまだかろうじて見えていました。
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だんだん家に近づいてきました。
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今日、田植えをするもう1枚の田んぼです。田植え前で水を抜いてあるので、逆さ我が家にはなりませんでした。
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1枚上の田んぼはすでに田植えが終わっていました。
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畑にも菜の花が咲いていました。
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正面の田んぼも田植えが終わっていました。
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庭にたくさん咲いていたのは鈴のような花ですが、スイセンの一種だそうです。
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ビニールハウスの中は田植えを待つ苗が、出荷を待っていました。
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手前は花の苗や野菜の苗です。
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庭には苗箱を入れる棚を乗せた軽トラがスタンバっていました。
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姫川源流

親海湿原(およみしつげん) から杉林を抜けて姫川源流 に向かいました。
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姫川源流に下りると、一面にニリンソウ が咲いていました。清楚な花です。
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先ほどまでの観光客さんに加えて、カメラマンがたくさんいました。
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カメラマンのみなさんのレンズの先を見てみると、被写体はニリンソウではなく、源流の水面に咲いたバイカモのようです。
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水面にはバイカモの白い花がたくさん顔を覗かせていました。
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かわいい花です。
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とくにバイカモのバックにして、この苔がびっしりの杭に水が流れ下りる様子を撮影している人が多かったです。
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みなさん高そうなデジイチをお持ちでした。
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木道に沿って奥の方に行ってみました。フクジュソウの花も終わり、緑鮮やかな季節を迎えた姫川源流 の朝は、とても清々しいものでした。木道の入口付近にはミズバショウが花が終わって葉っぱだけになっていました。
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さらに奥に歩いていくと、花が咲いているものもいくつかありました。
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さらに奥に行くと、ここもニリンソウが満開でした。
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姫川源流のすぐ近くの田んぼは田植えが終わっていました。カラマツの芽ぶきの黄緑色が綺麗です。
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こちらの田んぼはまだ田植え前です。北アルプスは徐々に雲に覆われてきました。やはり天気予報通り雨になるのでしょうか?
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グリーンシーズンを迎えた白馬さのさかスキー場です。夏はウォータージャンプとMTBのメッカです。
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親海湿原(およみしつげん)

家に帰る途中で、親海湿原(およみしつげん)に寄りました。国道148号線を来ると、白馬さのさかスキー場の駐車場に車を止めて、この矢印の道を下に下っていきます。この日は観光バスから次々と観光客が降りてきて親海湿原方向に歩いていきました。観光バスが4台止まっていました。
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ここは自然保護のため車の乗り入れができません。
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親海湿原は、標高750mにもかかわらず亜高山帯から高山帯にかけて生息する低層・高層の湿原植物が大変豊富です。特にホロムイソウの自生地としては長野県下で唯一のものと言われていて、学術的にも価値が高いとされているそうです。
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姫川源流とともに、長野県の自然環境保全地域に指定されています。
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ここが親海湿原と姫川源流 の分岐です。
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木道やウッドチップ舗装で整備されており、散策しやすくなっています。
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動植物への影響に配慮して、植物が休眠している積雪時に、雪を掘り起こして工事をしたそうです。
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大勢の観光客さんの後ろについてしまったので、なかなか前に進みませんでした。
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入り口付近には、このサワオグルマの黄色い花がたくさん咲いていました。
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例年だと5月には一面のミツガシワ群落が広がるはずなのですが、今年は5月1日の遅霜でミツガシワのつぼみがみんな枯れてしまい、奥の方に少ししか咲いていませんでした。
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それでも視線を下げると一面白いジュウタンのようでした。
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これからは6月のカキツバタ、沢オグルマ・サギスゲ、7月はコオニユリ・サワギキョウ・コバギボウシ・ドクゼリ等が湿原を彩ります。

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湿原の山側の道には山菜がたくさんありました。
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こごみです。もう時期が過ぎ、開いてしまっていました。
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ゼンマイです。
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ワラビです。
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タラの芽です。
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この白い花がたくさん咲いていました。幹は桜にそっくりでしたが、何の花でしょう?
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大糸線 南神城駅

大糸線の信濃森上駅を過ぎると北アルプスが見えてきました。何回見てもこの切り立った山々には圧倒されます。白馬三山です。右手前は岩岳スキー場です。
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五竜岳と八方尾根です。
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白馬駅です。 ここで8割くらいの乗客が降りました。
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切符売り場と待合室が改装 されて新しくなっていました。
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7時58分に南神城に到着しました。20時28分に山陽本線に乗って11時間半の列車の旅でした。
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駅前には周辺の旅館民宿案内地図がありますが、半分近くが白く塗りつぶされていました。長野オリンピック以降、交通網の整備により日帰り客が増えたのと、スキー人口の減少、経営者の高齢化によって廃業してしまった宿泊施設です。
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駅前広場です。私は中学、高校の6年間、この駅から電車で学校に通いました。
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芝桜が綺麗に咲いていました。
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白馬はまだ桜の季節です。花と葉っぱがほぼ同時にでた桜が咲いていました。
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まだ咲き始めの花もありました。
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駅から3分ほど歩いたところに佐野村中道祖神があります。この道祖神は寛政3年(1791年)の建立です。白馬村周辺の道祖神はほとんどが「双体神祝言像」と呼ばれるもので、男女2体が徳利と杯を持って結婚を祝っているものです。
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佐野村中道祖神の三叉路から、姫川源流、親海湿原(およみしつげん)方面に向かいました。
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大糸線 キハ52ー156 気動車

糸魚川駅から大糸線、南小谷行きの気動車 (ディーゼルカー:電化されていない路線でエンジンで走る列車)に乗りました。ここには旧国鉄色のままの3種類の気動車が現役で走っています。手前には標準色のキハ52ー152が止まっていました。
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こちらは次発の平岩行きですが、すでにエンジンがかかっていました。
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私が乗ったのはこちらの首都圏色の南小谷行きです。
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キハ52ー156です。
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1両編成のワンマン列車です。
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中にはいると右側に整理券発行機がありますが、始発の糸魚川駅では取る必要がありません。
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乗客はボックスに1人ずつくらいで、長椅子には誰も座っていませんでした。
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後部の運転席です。
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年代を感じる扇風機がついています。
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ドアの横にスイッチがあり、誰でも操作可能となっています。
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中にもキハ52ー156と書いてあります。その右側には整理券番号と運賃が表示されます。
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糸魚川近辺の田んぼは、ほとんどが既に田植えが終わっていました。
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朝から雨という天気予報でしたが、青空が見えていました。

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前方運転席の手前に運賃箱がありました。
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平岩で17分間の停車 があったので、列車を降りて駅の自動販売機でお茶を買って飲みました。
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ここで朝日が見えてきました。
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運転手さんも休憩で降車したので、前方運転席も撮らせてもらいました。
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運転席の右側はこのようになっています。

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南小谷で気動車を降りました。音はうるさいですが、味のある列車です。カメラに収めている方々も大勢いました。
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ここから信濃大町行きのクモハE127ー101に乗り換えました。

5月2日の大糸タイムスに、この気動車の事が載っていました。JR糸魚川地域鉄道部は連休中の特別企画として、新潟県の糸魚川駅と長野県の南小谷駅間で、旧国鉄時代の色の気動車、国鉄キハ52系の車両2両を6日まで連結して運行したとの事です。南小谷駅から糸魚川を結ぶ非電化区間は「大糸北線」と呼ばれ、横須賀色(紺色とクリーム色)、標準色(オレンジ、クリーム色)、首都圏色(オレンジ)といった、旧国鉄時代の色の3種類の気動車が現役で運行されている路線であり、原型エンジンを積んで大糸線で活躍を続ける貴重な存在として、全国の鉄道ファンに人気が高いと書いてありました。通常は一両編成で運行されるが、ゴールデンウイーク中は横須賀色のキハ52-115と、標準色のキハ52-125の2両が連結運行されたそうです。
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