九代目七右衛門の徒然日記 -8784ページ目

ふるさと白馬応援し隊会報 Vol.3

今日、白馬村役場総務課内「ふるさと白馬応援し隊事務局」 から「ふるさと白馬応援し隊会報 Vol.3」が届きました。今回の会報は4ページにわたっていました。まず、1ページ目はバンクーバーオリンピック、パラリンピック特集でした。白馬村出身の8選手の成績と活躍の様子が書かれていました。
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2ページ目は「第31回 塩の道祭り 」のPRでした。白馬村では、5月4日の9時15分に栂池高原スキー場のふもとの落倉自然園を出発し、白馬グリーンスポーツの森をめざす、全長9kmの道のりです。
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3ページ目は「白馬Alps春三昧」の姫川源流福寿草まつり、白馬ざぜん草まつり白馬五竜かたくり祭りとヒメギフチョウ。白馬ガレット 」のレシピ「コンプレートのガレット」のつくりかたが載っていました。
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4ページ目は「ごみ減量への取り組み」「北アルプス山麓ブランド認定品の紹介 」「白馬の民話」などが掲載されていました。
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そして最後には、『引き続き白馬村では『ふるさと白馬応援し隊』の会員を募集 しています。皆さんの周りの方に白馬、そして応援し隊を広めてください。』と書いてありました。専用サイトもありますので、ご興味を持たれた方は是非入隊してみて下さい。

※バックナンバー

ふるさと白馬応援し隊会報 Vol.2

ふるさと白馬応援し隊会報 Vol.1
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白馬村の6スキー場 入り込み100万人割れ

白馬村が村内6スキー場の入り込み状況をまとめたところ、シーズン入りした昨年11月下旬から3月末までの入り込み数は89万3957人で、前年と比べて約13%減と大幅な落ち込みとなったという記事が4月9日の大糸タイムスに掲載されていました。
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5月末までシーズンが続きますが、今シーズンは100万人を割る事がほぼ確実となり、加速するスキー場離れに関係者たちは頭を抱えているそうです。各スキー場の入り込み数は下記の通りです。

白馬さのさか 4万4624人(94.8%)

白馬五竜 30万0500人(84.2%)

hakuba47 7万4775人(76.3%)

白馬八方尾根 31万9159人(89.1%)

白馬岩岳 14万4483人(99.5%)

白馬みねかた 7875人(114.6%)

白馬村内のスキー場利用者数は、平成3年シーズンの276万人をピークに右肩下がりを続け、昨シーズンは108万6000人にまで落ち込んだそうです。

スキーはこんなに楽しいのに、なぜみんなスキー場を離れていくのか、不思議でなりません。

そして4月10日に大糸タイムスには、隣の小谷村の入り込み数が掲載されていました。
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タイトルは「豪雪で入り込み14%減 小谷村内3スキー場」でした。記事の内容は『小谷村は、村内3スキー場の入り込み状況をまとめた。シーズン入りした12月中旬から3月末までの全体の入り込みは昨年を14%下回る45万9862人となった。村は年末年始の豪雪による落ち込みが要因のひとつと見ている。今シーズンは、スキー離れや経済不況などに合わせ、大雪が障害となり、思うような集客につなげることができなかった。栂池高原は30万4213人(前年比85.3%)、白馬乗鞍温泉が5万2522人(85.5%)、白馬コルチナが10万3127人(104.6%)だった。12月27日から1月5日までの年末年始は、交通マヒが生じるなど大雪が続き、いずれのスキー場でも前年を大幅に下回った。今シーズンは全国的に十分な降雪があったことから、近県のスキー場に足を運ぶ傾向があったとされ、例年多くの来村がある関西圏からの入り込みが減ったとする見方もある。』との事でした。

小谷村は白馬村よりさらに減少率が大きいようです。スキーの楽しさを、もっと多くの方々に知ってほしいと思います。

ドイツ料理「ばんざい」

夕食は、会社の友人から勧められたドイツ料理店「ばんざい」に行きました。JR横川駅北口から徒歩1分。セブンイレブン近くのJR高架下にありました。
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店の前には美味しそうなメニューが書いてありました。家庭料理のお店を想像していたのですが、居酒屋風のようです。
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黒板には、今日のおすすめメニューが書いてありました。
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入口の重厚な引き戸です。
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上にはビール瓶とジョッキが、
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下にはワインボトルが並んでいました。
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店内に入ると、まだ6時前だったからか、私が一番最初の客でした。一番奥の席に座りました。
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ドイツの旗やワインボトルなどで飾られたかわいい店内でした。
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色んな種類のワインと、グラスが並んでいました。
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今日は電車なので、まずは生ビールを注文しました。
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箸置きはソーセージで、箸を縛ってるのはドイツ国旗の色の毛糸でした。
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食事はまずはドイツといえば「ジャーマンポテト」です。以前フィンランドに出張に行った時、こればっかり食べて飽きてしまいましたが、久しぶりに食べたジャーマンポテトはガーリックが効いていて、香ばしくて美味しかったです。
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続いて店長オススメのソーセージ盛り6種をお願いしました。どれもドイツらしい味でしたが、中でもドライトマトとチーズが入ったソーセージ「トスカーナ」が美味しかったです。
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とても辛いというマスタードが付いていたのでちょっとだけ付けてみましたが、激辛でした。どくろマークの意味がわかりました。
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3つめは人気メニューだという「アイスヴァイン」を注文しました。ドイツのベルリンの名物料理の一つで、豚のすね肉を塩漬けし、いろんな香草で約4時間煮込んだ料理だそうです。黒ビールが合うと言うので、「ランツクネ ヒトビア」を一緒に頼みました。スイングトップボトルがおしゃれでした。私のように飲むペースが遅い人は、蓋をしておけば気が抜けないで済みます。飲みやすい黒ビールでした。
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お腹はいっぱいになりましたが、もう少し飲めそうだったので、アップルキッスというカクテルを注文しました。リンゴ酸、ビタミンCをいっぱい含んだという飲みやすいカクテルでした。カクテルはすべて○○キッスか、○○ビアで、レッドキッスはデーブス醸造所の完成された赤ワインのカクテル。ホワイトキッスは、白ワインとカルピスの、さっぱりとした飲み口のカクテル。オレンジキッスは、白ワインとオレンジジュースのカクテル。トロピカルキッスは、赤ワインとフルーツジュースのカクテル。レッドビアはビールとざくろのビア・カクテル。グリーンビアはビールとグリーンアップルのビア・カクテルとの事でした。
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食後はばんざいパフェとコーヒーのセットにしました。ここで急にお客さんが増えてきて、店員さん2名が急に忙しくなってなかなか出てきませんでしたが、出てきたパフェには不思議な食感のフルーツが入っていて美味しかったです。
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まだまだ色々な料理を食べたかったのですが、満腹で、席も混み始めたので帰りました。今度は友人を誘って大勢で来て、色々食べてみたいと思います。
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宮島 帰りのフェリー

帰りのフェリーも超満員でした。
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桜舞い散る宮島がどんどん遠ざかって行きます。
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行く時は引き潮で、人が大勢出ていましたが、水際が本殿の方に近づき、人もまばらになっていました。
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牡蠣養殖いかだがたくさん見えました。
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「ぶき」ってなんでしょう?
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宮島口のフェリー乗り場が近づいてきました。
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カーフェリーですが、車は1台も乗っておらず、人だけでした。
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乗ってきた船は行きと同じ「みせん丸」でした。
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JRに乗って、夕食に向かいました。
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宮島 カフェ 伊都岐(いつき)

五重塔の下のトンネルをくぐって、町家通りにでました。ここから見た五重塔が大好きです。
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10か月ぶりに、カフェバー伊都岐に行ってみました。前回は友人たちと夜、飲みに行った のですが、昼ま行くのは初めてです。
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門からのアプローチです。
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カウンターに3人の女性のお客さんがいました。4人掛けの席が4つあり、私は一番奥の席に座りました。
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しばらくしてカウンターの席が空き、入口の席に御近所のおばさま方が、向かいの席に4人連れのお客さんが来ました。
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自家製チーズケーキ&珈琲のデザートセット(900円)を注文しました。
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珈琲は、自家焙煎で2種類あって、「ブレンド珈琲1番(濃味)」と「ブレンド珈琲2番(中味)」から選べます。私はブレンド珈琲2番にしました。2切れのチーズケーキと、グラスに入った桜アイスクリームのセットでした。黒の器(プレート)がオシャレです。
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チーズケーキは、食感はスフレの様な感じで、濃厚なのに後味がしつこくなく、甘さも控えめという逸品でした。チーズケーキに添えられている薄焼き菓子は、胡麻が入っていて甘くて美味しかったです。
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宮島の案内図を見ながらゆっくりしているうちに、入口に座っていらした御近所のおばさまは、カウンターにイベントのポストカードを置いて、出て行かれました。
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机の横にはお洒落なミニストーブが置いてありました。
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だいぶのんびりして、雰囲気を味わって、店を出ました。出入口右側には池があって、鯉が数匹泳いでいました。
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「伊都岐」。本当に心休まるお店です。
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昨年お世話になった町家通りの「厳妹屋」(いつもや) さんです。
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窓辺には、春らしい飾り物が置いてありました。
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要害山で上がる石段の上も、桜が満開でした。
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5時近くなったのでフェリー乗り場に向かいました。
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宮島 桜の名所「多宝塔」(たほうとう)

厳島神社を出た後は、宮島を散策してみました。大願寺を過ぎて左手の坂道を上って行くと、とても形の良い桜が咲いていました。散り始めで、ひらひら舞い散る花びらが綺麗でした。
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坂道を下った正面が、建設工事中の宮島水族館でした。
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来年8月にリニューアルオープン予定だそうです。楽しみですね。
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あせび歩道を山の方に上がって行きました。自然散策道の入口は桜が満開でした。
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ホテル聚景荘の先に展望台があったので、寄ってみました。桜の向こうのはるか眼下に大鳥居が見えました。
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反対側には桜の名所「多宝塔」が見えてきました。
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下の谷間は桃林(もんばやし)と呼ばれる、これまた桜の名所です。葉っぱが出始めていましたが、桜の木の下は花びらの絨毯になっていました。
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千畳閣と五重塔を見下ろす事が出来ました。
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多宝塔に近づいてきました。多宝塔(重要文化財)は高さ15.6mであり、大永3年(1523年)に建立されたと伝えられているそうです。
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弘治元年(1555年)の厳島合戦では、陶晴賢が真っ先に陣所を設けた場所であり、純和様を基調としながら上層部に天竺様、内部は禅宗様を取り入れた建築様式で、上層は円形、下層は方形、屋根は上下とも方形となっている珍しい構造だそうです。明治の神仏分離令で管理するものがいなくなり一時は朽ち果てかけていましたが、篤志家によって救われ、本尊だった薬師如来像は大願寺に遷されたとの事です。(宮島観光HPより)
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多宝塔の横の石段を下って行きました。
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石段にも桜の花びらがいっぱいでした。
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厳島神社の裏手にある「久保橋」周辺も桜がいっぱいでした。
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宮島で、散り際の桜を楽しむ事が出来ました。

宮島 厳島神社(いつくしまじんじゃ)

表参道商店街を通って厳島神社に向かいました。商店街を抜けると右前方に大鳥居が見えました。大鳥居は、本社から88間の距離にあるそうです。高さは奈良の大仏とほぼ同じ16m、重量は約60t、主柱は樹齢500~600年のクスノキの自然木で作られているそうです。
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階段から浜の方に降りてみました。大鳥居の根元は海底に埋められているわけではなく、松材の杭を打って地盤を強化し、箱型の島木の中に石を詰めて加重するなど、先人の知恵と工夫によって鳥居の重みだけで立っているそうです。
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大鳥居から見た厳島神社です。
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厳島神社を参拝する事にしました。広島に来てから宮島には何度か来ていますが、以前、厳島神社を訪れたのは2002年2月22日の出張時で、8年も前のことです。
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拝観券(入場料)300円を買って中に入りました。社殿の創建は推古元年(593)で、仁安3年(1168)に平清盛が現在の規模に造営したそうです。平成8年12月には世界文化遺産に登録されています。厳島神社入口です。
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廻廊(かいろう)を進みます。廻廊は幅4m、長さは約275m。床板の間に目透しという隙間があり、高潮の時に下から押しあがってくる海水の圧力を弱め、海水や雨水を海へ流す役目を果たしているそうです。
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4月から5月の行事が掲示してありました。直近は4月15日に桃花祭(とうかさい)のようです。
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回廊から見た祓殿と大鳥居です。
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回廊と千畳閣と五重塔です。
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回廊の中ほどからも客社本殿の向こうに千畳閣の屋根と五重塔が見えました。
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平舞台(ひらぶたい)から見た大鳥居です。
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祓殿と高舞台(たかぶたい)です。
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高舞台の前から見た多宝塔です。桜が満開です。
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さらに回廊を進みます。
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太鼓橋が見えてきました。正式には「反橋」(そりばし)で、別名「勅使橋」(ちょくしばし)と呼ぶそうです。
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反橋は、かつては重要な祭事の際、勅使がこの橋を渡って本社内に入ったそうです。現在の橋は、弘治3年(1557年)に毛利元就・隆元父子によって再建されたもので、擬宝珠の一つに刻銘が残っているそうです。
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こんな急な橋をどうやって上がったのでしょうか?這いつくばってもあがれそうにない橋です。
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回廊をくるっとまわって、宝物館側の出口に出ました。
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宮島行きのフェリー

今日の天気予報は曇りのち雨でしたが、午後から天気が良くなってきたので、宮島に行く事にしました。花見の季節で駐車場が混んでいると思い、電車で行きました。宮島口駅を降りると、宮島見物を終えた方々がたくさん乗りこんでいきました。
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宮島口駅のホームにある看板です。
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そして、フェリー乗り場の背景にはなんと!青空が広がっていました。天気予報が外れて嬉しいです。
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JR宮島行き連絡船に乗り込みました。
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フェリーの上からは、先週行ったイタリアンレストラン「ポリポ」 が見えました。
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沢山の乗客が乗っていました。
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宮島がどんどん近づいてきます。
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大鳥居と厳島神社です。
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客社祓殿正面と大鳥居が重なる瞬間を写す事が出来ました。
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桜の名所「多宝塔」の回りは桜がいっぱいでした。
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引き潮だったので、鳥居の近くまで人が出ていました。
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千畳閣と五重塔です。
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フェリーが宮島に到着しました。乗ってきたフェリーは、「みせん丸」でした。
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錦帯橋 吉香公園(きっこうこうえん)

旧目加田家住宅を見た後は、吉香公園を散歩しました。桜の花の向こうには、岩国城が見えました。
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しばらく歩いて行くと大きな門が見えてきました。
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山口県指定文化財 香川家長屋門(かがわけながやもん)だそうです。岩国市の建造物としては最も古いものの一つで、江戸時代の武家屋敷の構えをよく残しており、1966年(昭和41年)に山口県の有形文化財に指定されたそうです。
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「香川家長屋門」は岩国藩家老香川氏の表門で、1693年(元禄6年)香川正恒のとき、市内散畠の大工大屋某によって建てられたものと伝えられているそうです。桁行23.29m、梁間4.85mで、屋根は入母屋造りで本瓦葺き。正面に向かって左寄りに出入口があって、門の左側に茶屋が設けられており、右側は三部屋に分かれ、仲間部屋、武道場(板敷)、馬屋に当てられていたそうです。門の内側は、現在も個人の住宅であり、庭に立ち入ることはできないとの事でした。
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大噴水では、子供たちが水浴びをしていました。気温はぐんぐん上がり、20℃は超えていたと思います。
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桜の向こうに錦雲閣(きんうんかく)が見えました。「錦雲閣」は1885年(明治18年)に旧岩国藩主吉川家の居館跡が公園として開放された際、旧藩時代の矢倉に似せて造られた絵馬堂だそうです。2000年(平成12年)2月に岩国市の登録有形文化財に認定されたそうです。
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菖蒲園をぐるっと回って歩いて行くと、吉香茶室(きっこうちゃや)という建物がありました。「吉香茶室」は、1892年(明治25年)に旧藩主吉川家が本邸を建築した際に設けられた離れだそうです。1951年(昭和26年)、岩国市に寄付され、市民の茶室として利用されており、毎週日曜日には岩国茶道連盟により釜がかけられているとの事でした。
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佐々木小次郎像の向こうも桜が満開でした。
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お昼近くなり、錦帯橋を渡る人はさらに増えて、遊歩道沿いの桟敷は、花見客でいっぱいになっていました。
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桜舞い散る錦帯橋と吉香公園を存分に楽しむ事が出来ました。
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重要文化財 旧目加田家住宅

錦帯橋から、吉香公園(きっこうこうえん)内にある重要文化財 旧目加田家住宅(きゅうめかたけじゅうたく)に向かいました。満開の桜の木の向こうに旧目加田家住宅が見えてきました。
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入口の簡素な門です。
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目加田家は岩国吉川藩士で、幕末頃には170石取りであったそうです。「旧目加田家住宅」は、江戸時代中期の建築とみられ、桁行16.4m、梁間11.6m、一部二階の入母屋造り桟瓦葺の武家住宅だそうです。
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木製の柵で囲まれており、中に入る事は出来ませんでしたが、平面図によると、南側正面東寄りには式台が設けられており、式台を上がると玄関の間です。その後に台所など3室があり、座敷が中廊下をはさんで、前後に2室づつ配されています。背面の2室の上には二階が設けられ、北面に風呂場が付いていました。
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式台です。
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格子窓もありました。
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ここが2階部分です。
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中庭に続く中門を入ってみました。
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両袖瓦と平瓦を使用した二平葺きは、岩国城下町独特のものだそうです。
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よく手入れされた庭がありました。
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縁側です。柱ひとつひとつは細いのですが、端正な造りで、武家屋敷らしさを感じました。
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塀の向こうには岩国城へ上がるロープウェー乗り場が見えました。
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