こんにちはニコニコ

 

私が自分の問題を乗り越えた過程を綴っているシリーズ。

 

その①

アダルトチルドレンであることに気づくまで

 

その②

“怒りの正体”と、私の人生を変えた本

 

の続きです!

 

*

 

『毒になる親  一生苦しむ子供/スーザン・フォワード』という本に感銘を受け、著者の勧める「親との対決」を決意した私。

 

 

「親との対決」とは・・・

 

親と直接向き合い、「あなたのせいで、私が、昔も今もどれだけ苦しんでいるか」について語ること

 

 

なんて恐ろしいんでしょう滝汗

 

 

その頃、私と父の関係は割とうまくいっていました。

 

 

子供の頃には暴力も受けたけど、ある面では、大好きだったし尊敬もしていた父。

 

そんな父に、わざわざ昔のことを蒸し返すのは、やはり抵抗がありました。

 

でも、私は「やるしかない」と思った。

 

 

だって、早く何とかしないと私は彼氏を殺してしまうかもしれなかったから。

 

藁にもすがる思いでした。

 

*

 

 

対決の顛末を書く前に、私と父の関係について整理しておこうと思います。

 

 

前回書いたように、私たち兄妹は、幼いころから父によく殴られていました。

 

 

父としてはしつけのつもりなのでしょうが、その基準がどうもよくわからない。

 

彼なりのマイルールがあったのか、その時の機嫌だったのか・・・たぶん両方でしょう。

 

 

私も兄も、抑圧された大きな怒りを抱えていたので、兄妹ゲンカは激しかったです。

 

でも、私は兄が殴られる場面もさんざん見せられていたので、私にとって兄はずっと「かわいそうな人」というイメージでした。

 

兄のことを思うと胸が締め付けられるような感覚は、大人になってからもしばらく続いていました。(社会人として立派にやっているのを見て、だんだん減ってきましたが)

 

 

でもそんな恐ろしい父も、機嫌が良い時は、明るくてひょうきんで家族を笑わせ、子供を溺愛する優しい父だったのです。

 

公園や旅行にもたくさん連れて行ってくれたし、家でも家族でよくゲームをしてみんなで笑っていました。

 

 

そんなときの父は大好きでした。

 

 

殴る父と、溺愛する父、どちらの方が多かったのだろう・・と考えるのですが、もはや正確には思い出せません。

 

ただ、どちらの父も、私に強烈なインパクトを与えました。

 

そして子供の私は混乱 し、父の顔色を伺うようになっていきました。

 

*
 
根本先生はこう言います。
 
 
 
つまり、「お父さん大好きドキドキ」という人も、「お父さんなんか大嫌い!」という人も
 
相手に多大なエネルギーを向けている
 
という点では同じということです。
 
 
中学1~2年の、思春期真っただ中につけていた私の日記があるのですが、久しぶりに読んで驚きました。
 
書いてある内容の9割が父への罵詈雑言 のです。
 
 
「今日はクソ親父にこんなこと言われてマジむかついた!ふざけんなバカヤロー!!」
 
みたいなことが、毎日毎日延々と書いてある。
 
 
思春期と言えば、友達とか、部活とか、恋とか、好きなアイドルのことで忙しい時期だと思いますが、そういうことの記述は1割くらいしかない。
 
どれだけ父親にエネルギーを向けてるんだ、と思います滝汗
 
つまり、それだけ父のことが大好きだった
 
だから認めてほしかったし、愛してほしかった。
 
 
父は教育熱心だったので、その頃は「成績が少しでも落ちたら許さない」と、厳しく私のことを管理していました。
 
日記からは、中学生だった私のこんな悲痛な叫びが聞こえるようです。
 
「成績が良くても悪くても、女らしくなくても、だらしなくても、私のことを認めてよ!そのままの私をなんで愛してくれないの!?

 

*

 

 
高校生になると、父からの管理や暴力はだんだん減っていき、激しかった私の反抗期も落ち着いてきました。
 
そして私は、父と同じ大学に進学しました。父はとても喜んでいました。
 
そして、大学を卒業すると、私は父が経営していた会社に就職したのです。
 
理由は「就活めんどくさいし、楽そうだったから」。
 
 
実際、父は溺愛モードで私を甘やかしてくれ、私は仕事をテキトーにこなしながら、趣味のバンド活動にいそしむ日々を送っていました。
 
娘を手元に置いておきたい父と、甘えて楽をしたい私・・
 
まぁ、癒着状態 ですね。
 
 
日々、父と一緒に働き、社長としてバリバリ活躍している父を間近に見て、私は尊敬や憧れの念を抱くようになり、多大な影響を受けました。
 
でも、父の仕事を手伝えるのはうれしかったのですが、仕事としては、私が本当にやりたい仕事ではなかった。
 
他の仕事もやってみたいけど、父の会社は居心地がいいし、辞めるのは父を裏切るような気がしてしまう・・という感じで、たびたび大喧嘩をしながらもずるずる働くこと10年以上。

 

父の定年退職を機に、「えいっ!」と私も会社を辞め、30歳を過ぎて初めて実家を出て一人暮らしをしました。

 

この時の解放感はすごかったです。

 

ずっと住みたかった憧れの街に住み、ずっとやりたかった音楽関係の仕事をして自由を満喫、やっと自分になれたような気がしました。

 
*
 
 
実家を出たあとも、父とは良好な関係が続いていました。
 

私も父も旅行好きだったので、二人で旅行に行ったことも何度かあります。

 

 

二人で北海道一周旅行をしたのは、直接対決をする前年のこと。

 

父が9日間の旅程を組み、私が車を運転し、あちこち観光しながら北海道を一周しました。

 

父娘二人で9日間の旅行って・・・どんだけ仲良し親子だよ、って感じですが滝汗、とても楽しかったし、良い思い出になりました。

 

まさかその1年後、私に呼び出され、衝撃の告白をされることになるとは父も夢にも思わなかったことでしょう。(私もまさかそんなことになるとは思っていませんでした・・)

 

 

さて、次回はいよいよ「父との対決」について書きますウインク

 

*

 

「うちの親も毒親かもしれない・・」

「私もアダルトチルドレンかも・・」

 

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