こんにちは
今回は、
という回の続きのお話になります
(私のこれまでの歩みを綴っています)
*
彼氏と酒を飲むたびに暴れるようになった私。
他の人となら、いくら飲んでも泥酔しても大丈夫なのに、当時の彼氏と飲んだ時だけ、突然人が変わったよう暴れだし、彼氏を殴る蹴るするようになったのです。
暴れ方は日に日にエスカレートする一方。
病院へ行ってみても、精神科医のカウンセリングを受けてみても、症状は全く治りませんでした。
「彼氏に感謝しなきゃね~」と言われて終わった。なんだそりゃ
焦った私はある日、ふと思いついて心理カウンセラー 根本裕之先生の電話カウンセリングを受けたのです。
私の兄もよくお酒で失敗していたことを伝えると、先生は
育った環境に原因があるのではないか
と、私たち兄妹の子供時代のことについて聞かれました。
そこで私は、思いつくままに幼少期のことを語りました。
私も兄も幼いころから、父親によく殴られていたこと
いつキレるかわからない父親で、家ではいつもビクビクしながら過ごしていたこと
子供の私は、父親に殴られるたびに、
「いつか仕返ししてやる」
と心に誓っていたこと・・・
私の話を一通り聞いた根本先生は、こんなことを話してくれました。
「小さな子供は力も弱く、言葉も未発達だから、大人には到底かなわない。
一方的に暴力で抑え込まれると、子供の怒りや悔しさ、悲しさというような感情は行き場がなくなり、子供の心の中で抑圧されていく。
そうやって長年溜めてきた感情が、今になって出てきたのではないか。
彼氏が安心できる上に、父親を投影しやすい相手だったので、“今なら出ていっても大丈夫!”と、お酒の力を借りて昔の感情が飛び出してきたのだろう。」
電話で話を聞きながら、私は腑に落ちすぎて、涙が止まりませんでした。
年上だった彼氏を父親に見立てて(投影)、暴言を吐き、殴る蹴るすることで、私は
父親への仕返しをしていたのです。
暴れたあとは毎回、彼氏に取り押さえられた私が号泣して、そのまま寝てしまうというパターンでした。
そのときの号泣は、私の中の子供の私(インナーチャイルド)のこんな叫びだったのです。
殴られて悲しいよパパ!
もっと優しくしてよパパ!
私のことを愛してよパパ!
根本先生との電話を切ったあとは不思議な感覚でした。
それまで、さんざんいろんな方法を試しても、病院へ行っても原因がわからず、まるで真っ暗なトンネルの中にいるような気分でした。
でも、原因がわかったことで、遠くにトンネルの出口の明かりがはっきり見えた。
自分の進むべき方向がわかったのです。
それだけでどんなに救われたことか。
それから私は早速、ネットで親子関係について調べました。
「アダルトチルドレン」という概念について知ったのはこのときです。
西尾和美先生の本をいろいろ買って読みました。
また、人格障害に関する本もいろいろ読み漁りました。
私は境界性人格障害かもしれない、と思ったので、その障害に向き合っている人のサイトにとても勇気づけられたりしていました。
しかし、ネットや本で知識はつけたものの、やはり酒乱の症状は一向に治る気配はなく。。
根本先生は、対面カウンセリングだったらセラピーをしてくれるって言っていたけど、予約はいつとれるかわからない。。
そんなときに出会ったのがこの本です。
![]() |
毒になる親 一生苦しむ子供 (講談社+α文庫)
842円
Amazon |
これは本当に素晴らしい本だと思います。
これまでに、いろんな人にお勧めしたり、あげたりして、もう何度も買いなおしてます。
今でこそメジャーになった 毒親 という言葉。
その名付け親が、この本の著者 スーザン・フォワード。
「毒親」という概念は、すべてこの本から始まったのです。
この本の前半では、
・コントロールばかりする親
・残酷な言葉で傷つける親
・暴力をふるう親・・・etc.
というように、親のタイプ別に、子供に影響を及ぼすメカニズムやいろいろな事例が載っています。
私は子供のころから怒りのコントロールができなかったので、「カッとなってやった」というニュースを見ると他人事とは思えませんでした。
いつか私も、取り返しのつかないことをしでかしてしまうかもしれない、という不安を常に抱えていたのですが、この本を読んで納得しました。
「第六章 暴力を振るう親」に、はっきりとこう書いてあったのです。
抑えつけられた怒りは違う形であらわれることもある。
極端な例ではさまざまな種類の暴力犯罪となってあらわれることもあり、例えば男の場合なら妻子に対する暴力から婦女暴行に至るまでさまざまであるし、男女を問わず暴力は殺人にまで及ぶこともある。
全国の刑務所は、子供時代に親から暴力を振るわれて育ち、内面にたまった怒りを適切な形で表現する方法を教えられなかった人間たちでいっぱいだ。
彼氏に浮気されたとき、フラれたとき、私は怒りにまかせて犯罪を犯す一歩手前までいきました。
W不倫が破局したときは、相手への復讐心にかられ本気で復讐計画を立てたのですが、ギリギリのところでやっと踏みとどまることができました
この時わたしの暴走を止めてくれた友人たちには本当に感謝しています。
彼らがいなかったら、私も今ごろ刑務所に入っていたかもしれません。
*
さて、この本の後半では、
「毒になる親」から人生を取り戻す道
について書かれています。
まず、スーザン・フォワードは、
「親を許す必要はない」
と説いています。
これには私も全く賛成です。
私が20歳のころ、母親とレストランで食事しながら話しているうちに、なぜか父の暴力の話になったことがありました。
父の暴力は幼少期が一番激しく、中学からはだんだん減っていき、最後に殴られたのは高校生の時だったと思います。
それまで、ひそかに抱えてきた怒りを、私はそのとき母に対して初めて打ち明けました。
父親の暴力は理不尽だと思っていること
殴られるたびに「いつか仕返ししてやる」と誓い、今でもそう思っていること
それを聞いた母は驚き、涙を流しながら
「たしかに、パパは一時期おかしかった。そのせいであなたたちを辛い目に合わせてしまったと思っている。ごめんなさい。」
と謝ってくれたのです。
それを見て、私はなんとなく気持ちがスッとしたし、
そう言ってくれるなら、仕方ないから、オカンに免じて許してやるか
という気持ちになったのです。
でも、実際はぜんぜん許せていなかった。
それはそうです。
いくら頭(思考)で、「許す」と決めたところで、
心(感情)は何も変わっていないのですから。
許す/許さないをいくら頭で考えても意味は無いのです。
問題は、心に蓄積した感情や刷り込まれた観念をどう手放していくか、にあります。
「許した」と思い込むことは、さらに心の奥へと怒りを押しやってしまう危険性がある、とスーザンフォワードも言っています。
実際、私はこのときから「もう許した」と思い込み、それまでは自分ではっきり感じていた怒りを感じないようにしてしまいました。
自分の中の怒りに再び気づくまで、それから15年以上もかかってしまったのです。
*
本では、自立へ向けてある程度の感情コントロールができるようなレクチャーをしたあと、
終盤で、いよいよ自分が負わされたものを親へ返す、
親との対決
の必要性が述べられます。
スーザン・フォワードが繰り返し説いているのは、こういうことです。
子供時代の不幸な出来事は、子供には責任がない
責任は負わなくてはならない人間(親)に負わせるべきだ
そして、
「いつかは親も理解して変わってくれるだろう」 という幻想は捨てるべきだ
ということ。
ここでいう“対決”とは相手をやっつけるという意味ではなく、十分に考えたうえで勇気をもって正面から向き合い、苦痛に満ちた過去と困難な現在についてはっきり話をするということである。これは生涯でもっとも恐ろしく、また同時に、生涯でもっとも自分に力を与える行動となるだろう。
親が亡くなっている場合は、手紙をお墓や遺影の前で読みあげる、代わりに親戚の人に語る、等の方法がありますが、
生きている親とは、直接対決(会って話をする)が基本形。
(電話での対決は効果ナシ。状況によっては手紙を送ってもOK、だそうです)
親と真正面から向き合い、ずっと言えなかったことを語る
ってめちゃくちゃ勇気がいりますよね?
リスクも大きいと思うので、私も、誰にでも勧めるわけではありません。
でも、当時の私は追い詰められていたので、
「これは、やるしかない・・!」
と決意し、早速、父と直接対決する準備を始めました。
長くなりましたので、続きまたそのうち書きます
(追記:書きました☆→裏ファザコンからファザコンへ。父との愛憎。)
*
「うちの親も毒親かもしれない・・」
「私もアダルトチルドレンかも・・」
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