「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」解説
第1章 誰にも書けない趣味趣味メロディ
第2章 さわやかサウンド
第3章 秀樹と聖子
第4章 誰にも書けない情景描写
「♪ もうじきー夏さぁ~」の時期にアップしようと企画していた「Water Color」篇ですが、気づけば「もうすっかり夏さ」です。
誰にも書けない趣味趣味メロディと誰にも書けない情景描写とが融合して名曲になっている…。
今回の「Water Color」篇は、そんなお話です。
最終回ということで、つい筆が走り長くなってしまいましたので、ゆっくりご覧ください。
第1章 誰にも書けない趣味趣味メロディ
「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」の大滝サイドでは、“ロンバケ以前”の作品が再活用されました。
「オリーブの午后」は「真夏の昼の夢」のリボーン、「ハートじかけのオレンジ」は「泳げカナヅチ君」からの派生、「白い港」は「ロング・バケイション」の未使用曲の転用でした。
そして、「Water Color」では「水彩画の町」にスポットライトが当てられたのだと思います。
“Water Color”とは、“水の色”ではなく“水彩画”のことですね。
ナイアガラ作品で“水彩画”といえば「水彩画の町」が思い浮かびます。
「Water Color」と「水彩画の町」は音楽的にどうつながっているのでしょう。
大滝詠一 「水彩画の町」
まず、「水彩画の町」の出だしでは、
「♪ すいさいがのまちーにはなあーんずが 」
と、フラットで跳躍のないメロディが歌われます。
そのバックで、コード進行が、
「 Fmaj7 - Cm - Am - Gm 」
という具合に、意外と大胆に動いて展開していきます。
「水彩画の町'78」のアレンジの方が、その跳躍したコード感が分かりやすいと思います。
下の「水彩画の町'78」の動画で、曲は0:17から始まりますが、1:33~を聴くと、大胆なコード展開が実感できる一方、和音の一部の構成音は「 ファ → ソ → ラ → bシ 」と少しずつ遷移しています。
大滝詠一さんがよく使う循環コード的な進行とはかけ離れた、“ちょっと大人”のコード進行ですね。
●大滝詠一 「水彩画の町'78」(←クリックしてお聴きください)
フラットなようで大胆に展開している…、そして、“躍動”しているようですこーしずつ変化している…。
それが「水彩画の町」の特徴的なところです。
大滝詠一 「Water Color」
「Water Color」の出だしは、“変化”と“無変化”が併存しています。
「♪ Rain 雨が」
↓
「♪ Rain 好きさ」
↓
「♪ Rain 濡れた」
↓
「♪ Rain 髪も」
歌い出しの部分で、「♪レイン~」の音階に注目すると、一つ目の「♪ Rain」から四つ目の「♪ Rain」まで階段状に下がっていきます。
一方、「♪ Rain 雨が」、「♪ Rain 髪も」という一行ずつのまとまりで聴けば、ほぼ変わっていないように錯覚してしまう“静寂”の展開です。
ここでのコード展開は、いわゆる循環コードの進行ではなく技巧的です。
ちょっと難しくなりましたが、「Water Color」と「水彩画の町」の共通項を平たく言えば、次のようになるでしょうか。
メロディやバックの音が、ほんのりと推移していくように聞こえて、実は巧妙な展開で組み立てられていたり、“上級者向けのコード進行”が使われていたりする、“ちょっと大人”の曲だ…。
「Water Color」では、そのような傾向を持つ曲が、いわゆる元ネタとして集積している気がします。
大滝さんがそんなネタをマニアックに絡め合わせた結果、ヒット狙いの職業作家には書けない、いや、もはや誰にも書けない趣味趣味音楽の珠玉の名作が生まれたのでしょう。
詳しくは次章で…。
第2章 さわやかサウンド
大滝さんは「Water Color」の下敷きソングとして、第1章で説明したような特徴をもつ“水彩画の町タイプ”の曲をコレクトしたのでしょう。
その大滝さんのプランニングを順に見ていきます。
Rain 雨がー
Rain 好きーさー
Rain 濡れーたー
Rain 髪もー
ここのメロディは、デヴィッド・ゲイツが手掛け、ニノ・テンポ&エイプリル・スティーヴンスによるバージョンで一般に知られる「 You'll Be Needing Me Baby 」のイメージが下敷きにされていると思います。
デヴィッド・ゲイツ自身のバージョンやボビー・ヴィーが歌うバージョンもまた素晴らしいのですが、ここでは、レターメンのバージョンでお聴きください。
動画の0:38~0:54の部分が分かりやすいですね。
レターメン「 You'll Be Needin' Me 」(1966年)
「水彩画の町」のイメージから派生して「Water Color」になったという、それら2曲の相関…。
それと同じ関係といえるのが、「乱れ髪」と「スピーチ・バルーン」の2曲の繋がりです。
この2曲の繋がり(★)でも同様に、デヴィッド・ゲイツの影響が大きかったものです。
★ 本ブログの 時代を超えて「スピーチ・バルーン」の回 の「第3章 デヴィッド・ゲイツとイフ」をご参照ください。
Rain 雨がー
Rain 好きーさー
Rain 濡れーたー
Rain 髪もー
実は、この部分の下敷きソングがもう1曲あります。
クリッターズの「ミスター・ダイイングリー・サッド」です。
「Water Color」を作曲するにあたって、大滝さんはきっと、まさにこういう曲を作りたかったのだと思います。
クリッターズ 「ミスター・ダイイングリー・サッド(Mr. Dieingly Sad)」(1966年)
クリッターズの動画で、0:51~1:07の部分が分かりやすいでしょうか。
メロディラインがそのまま「Water Color」に引かれているのではないため、相似性が分かりにくいかもしれませんが、驚くことに「 Mr. Dieingly Sad 」、「Water Color」両曲の当該箇所のコード進行は完全にピッタリと一致しているのです。
“他人の空似”ではなく、クリッターズのヒット曲のエッセンスが「Water Color」へ意図的に引用されているのですね。
この名曲「ミスター・ダイイングリー・サッド」はラジオ番組「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でも流れました。
本ブログの 「オリーブの午后」篇 で登場した下敷きソングの曲群と同じく、「1960年代後半のさわやかサウンド特集」で取り上げられたのです。
つまり、大滝さんが高校時代~二十歳前くらいに聴いた“さわやかサウンド”、すなわちソフトロックが、「オリーブの午后」と同様に「Water Color」の肝になっているのですね。
「♪ もうじき夏さぁ~あ~あー」
「♪ そっぽを向くよぉ~お~おー」
「♪ 黙って見てたぁ~あ~あー」
「Water Color」で最も印象的なのは、「♪ もうじき夏さぁ~あ~あー」などで聴かれるファルセットのコーラスです。
「♪ (夏)さぁ~あ~あー」のフレーズは、前奏の「♪ ん~ん~んー」や間奏の「♪ あ~あ~あー」の部分で、「Water Color」を象徴するモチーフであるかのように提示されています。
「♪ (夏)さぁ~あ~あー」
これは、名曲「サンディ」のイメージでしょう。
●ロニー&ザ・デイトナス 「サンディ」 (←クリックしてお聴きください)
このロニー&ザ・デイトナスのバージョンが、美しいレコード・ジャケットとともに有名です。
この曲も、ラジオ番組「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の「1960年代後半のさわやかサウンド特集」で選曲されました。
大滝さんは、この「サンディ」をスウィンギング・ブルー・ジーンズのバージョンでも聴き、親しんだようです。
Swinging Blue Jeans 「 Sandy 」(1966年)
スウィンギング・ブルー・ジーンズの「サンディ」の動画の1:35~あたりをお聴きください。
歌メロのあとに続く1:41~1:42のところの太いベースのニュアンスを覚えておいていただき…。
前掲の「Water Color」の動画の2:54~で「♪ 破れたー 胸を縫ってーぇ~」の直後に、ベースが下方へ「♪ブーン」とスライドする箇所は、スウィンギング・ブルー・ジーンズのバージョンの「サンディ」の影響だと思うのです。
ロニー&ザ・デイトナスのバージョンには、このベースの雰囲気は無いのですね。
スウィンギング・ブルー・ジーンズといえば、まさにブリティッシュ・インヴェイジョン期に活躍した英国のバンドですから、大滝さんが「Water Color」に潜ませたブリティッシュ・ロックの要素、すなわち、リヴァプール・イディオムだと言えなくもない…。
スウィンギング・ブルー・ジーンズは、「白い港」完結篇~ビートルズともう1人のポール~ の回に登場した、布谷文夫さんの「夏バテ」(編曲:多羅尾伴内)のオリジナルである「ワン・ウーマン・マン」を歌っていて、これが非常に良いのですよね。
Swinging Blue Jeans 「 One Woman Man 」(1967年)
スウィンギング・ブルー・ジーンズが歌った「ワン・ウーマン・マン」を大滝さんが「夏バテ」へ化けさせたときの記憶が、サマー・バラードである「Water Color」のモチーフとして、スウィンギング・ブルー・ジーンズの「サンディ」を据えさせたのかもしれませんね。
第3章 秀樹と聖子
「♪ やぁきゅう~帰りのー 少年た~ちがー」
この辺りのメロディは、有名曲「コール・ミー」のイメージでしょう。
「コール・ミー」が代表曲として知られるクリス・モンテスのナンバーが、やはり「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の「1960年代後半のさわやかサウンド特集」でかかりました。
その「コール・ミー」を手掛けたのはトニー・ハッチ。
彼は“英国のバカラック”とも評され、本ブログでも サーチャーズや「幸せな結末」に関する話の回 などで登場していますね。
そのトニー・ハッチが手掛けたヒット曲「恋のダウンタウン」で知られるペトゥラ・クラークも、「コール・ミー」を歌っています。
動画の0:30~0:42の部分を聴くと、「Water Color」とイメージが結び付きやすいかもしれません。
●ペトゥラ・クラーク 「コール・ミー」 (←クリックしてご覧ください)
他方、フィル・スペクターの右腕ともいえるジャック・ニッチェのアレンジで「コール・ミー」を歌ったのは、ドナ・ローレン。
ここから本章のお話は展開していきます。
★ドナ・ローレン 「コール・ミー」(1965年)
この落ち着いたバージョンを聴いて思い浮かぶのは、大滝さんが西城秀樹に提供した「ロンサム・シティー」です。
「Water Color」と「ロンサム・シティー」のそれぞれ、
「♪ やぁきゅう~帰りのー (少年た~ちがー)」
「♪ バラードみーたいにー (泣かせーたねー)」
というメロディ展開や譜割りが、「コール・ミー」を源流にして互いに似ている、と気づかされます。
下の「ロンサム・シティー」の動画の0:26~が当該箇所です。
西城秀樹 「ロンサム・シティー」
「ロンサム・シティー」は「スポーツ・ガール」とともに「松本隆/大瀧詠一」のコンビによって、アルバム「ポップンガール・ヒデキ」(1981年7月発売)へ提供されました。
「スポーツ・ガール」はアップテンポでシングルのA面っぽい曲であり、「ロンサム・シティー」はB面っぽいしっとりした曲です。
これまで「大瀧詠一作品集」にも収録されず、大滝さんがこの2曲について語ったことはほとんどありません。
実は、書籍『大滝詠一レコーディング・ダイアリー Vol.2』を見て特に驚いたのが、「スポーツ・ガール」に関する記載でした。
1981年3月3日、「ロング・バケイション」のリリースを待つばかりだった当時の大滝さんは、自らキーボードを弾き、「スポーツ・ガール」「ロンサム・シティー」の2曲のデモテープを録音しているのですね。
同書によれば、このときの曲名は「スポーツ・ガール」ではなく「セクシーガール」だったというのです!(マニア的には、ここが驚くポイントです)。
'81年当時、西城秀樹のシングルレコードのリリースは、このような状況でした。
'81年3月21日 リトルガール(作曲:水谷公生)
'81年6月21日 セクシーガール(作詞・作曲:横浜銀蝿)
'81年9月5日 センチメンタルガール(作曲:鈴木キサブロー)
想像するに、西城秀樹の夏発売用の新曲として、大滝さんは気合いを入れて「セクシーガール」のデモテープを提出したのではないでしょうか。
しかし、4月の本番レコーディングやその後のダビング作業時には曲名が「スポーツ・ガール」に変更されていることから、横浜銀蝿にシングル「セクシーガール」提供作家の座を譲ったのではないかと推測されます。
大滝版「セクシーガール」はボツになり、「スポーツ・ガール」と名を変え「ロンサム・シティー」とともにアルバム収録曲へ回ったのではないでしょうか。
●西城秀樹 「スポーツ・ガール」(←クリックしてお聴きください)
「スポーツ・ガール」のAメロの歌い出しには、フランキー・アヴァロンの「ビーチ・パーティー」の歌い出しが引用されていました。
Aメロの歌い出しは、上の動画で0:26~の部分です。
他にはフレディ・キャノンの曲が詰め込まれていました。
●フランキー・アヴァロン 「ビーチ・パーティー」 (←クリックしてお聴きください)
一方、「ロンサム・シティー」には、前述のようにドナ・ローレン版の「コール・ミー」のイメージが漂いました。
他にはリップコーズの曲「ビーチガール」がモチーフとして用いられました。
「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」の「Water Color」で、「コール・ミー」が「ロンサム・シティー」に続きもう一度使われたのは、“ヒデキのシングル・ボツ事件”へのリベンジだったのでしょうか。
実際のところ、「ロンサム・シティー」のもう一つの下敷きソングの「ビーチガール」は、「イーチタイム」で再び使われています。
そもそも、なぜ、「ロンサム・シティー」で「コール・ミー」のイメージが投入されたのでしょうか?
考えられる理由は…。
前述のとおり、「スポーツ・ガール」には、フランキー・アヴァロンの「ビーチ・パーティー」が引用されていますが、「ビーチ・パーティー」は彼が主演した映画の挿入歌だったのです。
そして、「コール・ミー」を歌ったドナ・ローレンは、その映画で彼と共演していたのですね。
その映画とは、『ムキムキ・ビーチ(Muscle Beach Party)』(1964年)です。
続編ともいえる映画『ビンゴ・パーティ(Beach Blanket Bingo)』(1965年)でも二人は共演していました。
「スポーツ・ガール/ロンサム・シティー」はA面がフランキー・アヴァロン、B面がドナ・ローレンのカップリングだった、と言えるのかもしれません。
ちなみに…。
映画『ムキムキ・ビーチ』の劇中では、挿入歌の「Muscle Bustle」を、ドナ・ローレンがディック・デイルとデュエットしていたのです。
Donna Loren & Dick Dale 「Muscle Bustle」
もはや情報量が多過ぎますが(笑)、そうです!、「ハートじかけのオレンジ」の初期タイトル「ブルー・バルボア」に込められたイメージ、‐‐‐“ディック・デイルから始まったサーフロックが、月灯りのバルボア岬に眠る”‐‐‐(☆)の、あのディック・デイルです。
☆詳しくは 「ハートじかけのオレンジ」篇その1をご参照ください。
ということで、「Water Color」と「ハートじかけのオレンジ」も、巡り巡ってつながっているのでしょうね…、大滝さんのイメージの中では。
ビーチとサーフロックとドナ・ローレンとフランキー・アヴァロンを介して…。
第3章が長くなりますが、ここまで来たら、もののついでに…。
“ヒデキのシングル・ボツ事件”へのリベンジの舞台が、「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」と「イーチタイム」の他にもありました。
先述のように「スポーツ・ガール」には、フランキー・アヴァロンやフレディ・キャノンの要素が盛り込まれています。
他にはシェリー・フェブレーも隠し味で入っています。
それらのエッセンスが注ぎ込まれたのが、松田聖子のアルバム「Candy」(1982年11月)へ大滝さんが提供した、「Rock'n'roll Good-bye」(※)と「四月のラブレター」(*)でした。
※「Rock'n'roll Good-bye」の詳細は、我が心の大滝詠一「我が心のピンボール」 の回の「第3章 フレディ・キャノン」をご覧ください。
*「四月のラブレター」の詳細は、「恋するふたり」について知っている2、3の事柄 の回の「1.曲名の由来」をご覧ください。
リベンジが込められた「Rock'n'roll Good-bye」「四月のラブレター」の両曲は、それぞれ元ネタが10曲くらいずつ詰め込まれた“渾身の作”なので、その全貌はまたの機会に…。
ところで、“松田聖子”といえば、、、
「冬の妖精」の元ネタ曲、シェリー・フェブレーの歌う「He Don't Love Me」をプロデュースしていたのが、デヴィッド・ゲイツ。
彼は、第2章で述べたように「Water Color」、「乱れ髪」、「スピーチ・バルーン」へ影響を与えました。
「一千一秒物語」の下敷きソング「ホールド・ミー・マイ・ベイビー」「ビー・グッド・トゥ・ユア・ベイビー」を歌ったロニー&ザ・デイトナスもまた「サンディ」で「Water Color」に影響を与えました。
アルバム「風立ちぬ」と「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」で、大滝さんの手掛けた曲群がお互いにシンメトリックな関係にあるのは有名です。
「Water Color」とシンメトリックなのは「ガラスの入江」ですが、その対称的な曲同士の関係をまたいで、実際はさらに複雑に絡み合っているのですね。
ここはひとつ、2023年3月21日のおリリースは、「 SEIKO from NIAGARA 」をお願いしたいと思います。
内容は、こんな感じで…。
きっと大滝さんが既にリマスター済みの音源があると思うのですが、最新技術を駆使したニュー・リマスターでも結構です。
1.冬の妖精
2.ガラスの入江
3.一千一秒物語
4.いちご畑でつかまえて
5.風立ちぬ
6.Rock'n'roll Good-bye
7.四月のラブレター
8.いちご畑でFUN×4(2020バージョン)
9.いちご畑でFUN×4(オリジナル・バージョン)
10.ガラスの入江(ナイアガラ・フォール・オブ・サウンド・オーケストラル・バージョン)
11.冬の妖精(デュエット・バージョン)
12.風立ちぬ(シングル・バージョン)
初回限定Disc
1.~7.のオリジナル・カラオケ
“西城秀樹のシングル”は実現しなかったことから、結果として '81年の歌謡曲の表舞台へ大滝さんを引き込んだのは、“松田聖子”のブレーン、松本隆センセイだったということになりますね。
「Water Color」における松本隆氏の偉業については、次章で述べます。
第4章 誰にも書けない情景描写
大滝さんが「雨のウェンズデイ」タイプの曲である「Water Color」をレコーディングをしていた当初、仮タイトルは「晴れのサーズデイ」でした。
レコーディング作業時のトラックシートの記載を見ても、先述の『レコーディング・ダイアリー』でも、英語の正しい発音でも、「晴れのサーズデイ」は“サーズデイ”とZで濁るのですが、今回の「NIAGARA TRIANGLE Vol.2 VOX」では“サースデイ”というSの発音で、誤表記されています。
記憶に新しい“雨のウィンズデイ”事件や YouTubeの“OHOTAKI”事件、それに「NIAGARA CONCERT '83」の“EIICH”事件といい、近年のナイアガラのおリリースで“曜日”と“英語”と“アルファベット”は要注意ですね…。
話を戻して…。
その「晴れのサーズデイ」に松本隆氏が乗せたのは、皮肉にも「♪ Rain 雨が~」という歌詞でした。
「晴れのサーズデイ」=「Water Color」の仮メロディとサウンドを聴いた松本氏は、「乱れ髪」や「水彩画の町」の影響下にあることを見抜いたのかもしれません。
「Water Color」には、「乱れ髪」の「♪ 外は乱れ髪のような雨」や、「水彩画の町」の「♪ 髪をほどくんだね」を思わせるような歌詞も以下のように登場します。
「♪ 斜めの 雨の糸」
「♪ Rain 濡れた Rain 髪も 詩う」
また、松本氏は「スピーチ・バルーン」のイメージも感じ取ったのか、「♪ 想い出のブラス・バンドが耳元を過ぎる」を想起させる、「♪ 通り過ぎるパレードの影に」 という情景も 「Water Color」に登場させています。
大滝さんと同じ時代の音楽を聴き、共に活動したからこその“あうんの呼吸”というか“以心伝心”の関係。
ナイアガラ楽曲での松本氏の詩作にそれが生きているように感じます。
大滝さんのメロディと絶妙なコンビネーションを醸す歌詞世界は?---と考えると、もはや、松本氏の描く情景以外、誰が書いてもマッチしないように思えてきます。
「Water Color」の歌詞で描写される情景は美しく、まるで俳句のような世界感があります。
観念的な説明は一切なく、淡々と情景を描写する隠喩によって、登場するキャラクターの心情の動きを描き出しているのですね。
「♪ 野球帰りの 少年たちが 街を走りぬけると もうじき夏さ」には、唸らされます。
大滝さんが書きがちな「青空のようなほほえみ」とか「春はいつでもときめきの夜明けのようだ」といった直喩の説明ではないのが、松本センセイの巧みなところでしょう。
1985年6月の「ビーチ・タイム・ロング」バージョンの「Water Color」では、「♪予報通りさ からかわれも」を「♪予報通りさ ふられることは」と、大滝さんが歌詞を改変してしまいました。
“友だちにからかわれも伝言板を黙って見ていた”という情景を提示して、聴き手に解釈をゆだねるのが良いのに、「恋にフラれる」と「雨に降られる」という安直なダブルミーニングで観念的な説明を加えてしまっては、俳句のような情景描写の「Water Color」の歌詞が、すべて台無しになってしまうと思うのですよね。
これは、TBS『プレバト』の俳句コーナーの夏井いつき先生に怒られるパターンです。
どさくさにまぎれて、私も、一句詠んでみました。
五月雨や 君来ぬ駅の 伝言板
ちょっと冒険して破調に挑戦するなら…。
伝言板見て はやす友と 流し雨
いやはや、おそまつ。
日本の気候のせいか、雨の季語はものすごく多いのですが、「♪ もうじき夏さ」を受ける季語が難しいですね。
松本隆氏が「Water Color」の歌世界を“五七五”に託したら、どんな季語を選ぶのでしょうか…。
今回も長文になってしまいました。
最後までご精読いただき、ありがとうございます。
「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」解説シリーズは最終回を迎えましたが、次回は番外編の「拾遺集」として、「ROCK 'N' ROLL 退屈男」、「イーチ・トライアングル」、小鳥のさえずりや、「NIAGARA TRIANGLE Vol.2 VOX」ブックレットの掲載写真「いつも心にオレンジを」の謎などを、取り上げます。
「♪ 野球帰りの 少年たちが (水彩画の)街を走りぬけると もうじき夏さ」
完走まで、よろしくお付き合いください。