年末のお花ラッシュが終わり、最近はお店が落ち着いている。
暇な時期は、店長の計らいでどんどんアレンジメントやブーケなどの作り物を作って勉強させてもらえるのだけど、先日初めて5000円のアレンジメントを作らせてもらえた!!!

すんごい時間はかかったけど、店長にも褒めてもらい満足の出来!!

それだけでも、鼻歌ものの嬉しさだったのに、なんと!30分ほどでお客様がご購入~~~~~~!!!
超嬉しかった~~~~~!!お店の中でスキップしちゃった♪♪


新人には何もやらせてくれない店舗が多い中、うちの店長さんはどんどん学ばせてくれるから、ほんとに感謝感謝~~~~!!!
5000円アレンジメント

あけましておめでとうございます!
年が明けたのにもかかわらず、昨年を思い返してみます。

昨年の12月に自分の中で衝撃的な気持ちが走りました。
人生で初めて、

「あ、、、!私、自分の事好きだ!!」

と心から思えたのです。
自分が愛おしいと思えた瞬間でした。
35年間、自信が無く、自分があまり好きじゃない私にとってとってもとっても衝撃でした。

昔から内観するのはよくやっていたのだけど、自分を色々なもので縛り続けていると気付いた2014夏。
そこからすごいスピードで変わっていったように思います。


■2014年5月
  「普通がいいという病」読了。今を生きることの重要さを知る。
  「嫌われる勇気」読了。目的論や課題の分離という概念に衝撃をうける。

■2014年6月
  某有名スポーツメーカーに入社するも、今を生きていない事にモヤモヤし、手術が必要な病気にかかり実家に帰るべく退社。今思うとこれは必然なんだなと思う。

■2014年7月
  両親を尊敬するあまり、両親のようにならねば!!と自分に呪縛をかけていた事に気付く。両親にカミングアウトし、両親とは違う道を歩む事を誓う。
  また、とある人に「きぬは周りを縛る事で自分で自分を苦しませているように見える」と言われ、「周りへの不寛容は自分への抑制が原因なんだ!」と気付く。

■2014年8月
  もっと深い感情を見つめてみたいと思い、12日間の瞑想の合宿に参加。仏陀が悟りを開いた瞑想法を学ぶ。頭と心を見つめること以上に、体の反応を見つめるのがすんごい重要だという事に気付く。

■2014年11月
  花屋で働き始める。周りはつらいよ~とか色々言っていたが、全然つらくない。

■2015年4月~8月
  とあるブログと次々に出会い、「感情を感じきる」「子宮メソッド」「ご自愛」「設定変更」「前者/後者」という新たな概念を知る。今まで勉強してきた瞑想の概念や、苫米地氏の脳の話とかぶる所があり、信じて実践してみることに。

■2015年9月
  高石宏輔さんのコミュニケーション講座で、ほぼ瞑想のようなことを3、4時間やる。なんでも体を見つめることから始まるんや。。。。!と確信を持つ。

■2015年10月~12月
  好きな事をする。とことん自分を大事にする。何が欲しているかをちゃんと感じる。事を一生懸命やっていたら、とある日「ぱっかーーーーーーん!」と自分を好きだと思う瞬間がやってきた!!
マジで嬉しい!!


月日としては35年間、でも好きな事を始める決意をしてからは1年半でここまでこれたのは自分でもびっくりしている。
今年はいい事が起こる!!としか思えない。
とりあえず、最後の更新から色々とあった。
なんでまたブログを始めようかと思ったかというと、ここ1年半で今までの人生感をぶち壊すような出来事、本、人と出会い、自分が良い方向に変わって来たと感じるから。
変わっていく自分を書き留めておこうと思った。

気付いた事が沢山ありすぎるので、コツコツ書いていこうと思う。
日記は本当に続かないからどうなるかわからないけど、、、。


一つは、ブログのタイトルにもした
「好きなことだけして生きていく」 ということ。
ワクワク「だけ」に従って生きていく、ということ。

趣味とかはさておき、仕事に関して好きなことして生きていいんだ~、と、
そんな事さえ気付かずに生きて来てしまった。
33歳から花屋に転職し、今はとっても楽しい日々を送っている。

でも、今の状況で留まるのが私が苦手なこと。何かもっとやりたい。
だけど、もっと先に進みたくても何していいのかわからない、というのが今の状況。

たぶん、ワクワクする事に従う!と決めてもどこか怖じ気づいてるからなんだろうと思う。
さて、また歩み始めよう。今後どういう道にいくのかお楽しみだ~♪
六本木で金曜日に女子会をしたときに、あるポスターが目に飛び込んできた!

「ド, ドラゴンクエスト展・・・・(゚Ω゚;)!?」
夢のような展示会だ。こりゃーいくしかねぇ。
次の日に早速彼を連れて六本木に足を運んだ。


六本木ヒルズについたらすごい行列。。。!
しかも子供はおらず、全員いい大人ばっかり・・・!!( ̄□ ̄;)

1時間並んでやっと入場タイム。
係員の人が、
「勇者の証をお持ちの方いらっしゃいますか~~?」
と声をかける。

「ゆ、勇者の証・・・???」ざわざわ・・・( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚
どうやら勇者の証を持った人は周りにはいないようだ。

わけわからず中に入ると、次は
「では、まず職業を選んでくださーい」と。
おなじみの「戦士・武闘家・僧侶・魔法使い」から職業を選ぶ。
彼は僧侶、私は戦士を選んだ。
うん。なんかやっぱり性格そのものが出るよね。優しい彼はそりゃー僧侶だよね。
戦士は防御力も攻撃力も高いし、いろんな装備ができるから、なんだかんだラスボスまで超使えるキャラなんだよね~~・・・なんて考えつつ私は戦士♪


選んだ職業ごとにカードを渡され、クイズに答えて行く。


途中で30人くらい入れる部屋に案内され、また係員が
「みなさんで竜王を倒しましょう!!」なんぞ始まる。
ワクワク・・・なんか楽しそう・・・

「ではまず、みなさんの中から代表者を選出致します!
まずは~~~戦士の方!」

私はビシッ!!と手を上にあげた!Σ\( ̄ー ̄;)
目立つのは好きじゃないが、これは別!
私を選んで!と目をキラキラさせて担当者を見る。

奇跡的に戦士は人気がないらしく、3、4人しか手を挙げてない!
しかも、こういう場合子供が通常選ばれるが、ドラクエ世代のいい大人ばっかりだから
担当者の目の前にいる私に歩あり!!!!

「では、そこの方!」
やったーーーーーー!!選ばれたーーーーーーーー!キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!
彼に荷物を預け、ニコニコ顔で前に歩みだす。

その他の職業も選出され、ついに勇者の証を持った者も選出された。
「なるほど、勇者の証を持っているとここで勇者になれるのか・・・・」
横目でうらやましそうに見つつ、それぞれ職業の武器を渡される。

「・・・剣!!!」(けん、ではない。つるぎ、である)
長年ドラクエワールドの中でG(ゴールド)を集めて買い続けた剣をこの手に持っている・・・

感動・・・・。゚(T^T)゚。


選ばれし者たちが、剣で斬りつけたり、ベホイミを掛けたり、呪文をかけたり。。。。以下省略
遂に竜王を倒した!
終わった後、彼も「いいなぁ~~~~」とうらやましがっていた。うんうん、そりゃそうでしょうよ。


その後は、ディレクターの堀井ゆういち、キャラクターデザインの鳥山明、音楽担当の杉山こういちがどうやって作品を作って行ったかなどのエピソードの展示室を見たり、とても興味深かった。

堀井ゆういちのゲームデザインとか、杉山こういちの音楽なんて最高だよ、まじで。
あと、鳥山明のキャラクターもずっとかわらず愛らしい。
堀井ゆういちが書いた気持ち悪いスライムの絵「ドロドロしていて顔にへばりついて窒息死させるスライム」像が、あ~んな可愛らしいスライムになるなんて♪


全てのクイズに答えて外に出たら、「勇者の証」をもらった♪
次またいけば勇者になるチャンスがあるってわけね・・・・!!(-_☆)



いや~~~超楽しかったなぁ。
集中しすぎて、その日はぐったりして速攻寝てしまった。
ドラクエ、やりたいなぁ。ヽ(゜▽、゜)ノ

ぞっとする話で出ていた携帯電話占い


1)携帯番号の市外局番から1数字ずつ足し算していく。
例:090-1234-5678

0+9+0+1+2+3+4+5+6+7+8
=45

2)合計の1数字を足して1桁の数字にする。
例:45

4+5=9←1桁

3)その1桁の数字を占いの結果の数字


…その数字の結果は…
大吉>>
1:恋愛運が上がる
6:仕事運が上がる
8:金運が上がる

吉>>
4:恋愛運が上がる
9:結婚・出産など嬉しいお知らせが来る

小凶>>
3:人間関係がこじれやすい
7:事故にあう可能性がある

大凶>>
2:健康運が下がる
5:アクシデントに見舞われやすい


私が8で、彼が1なので、どっちも大吉イェ~~~イ♪
安室ちゃんの事を言うのだ・・・・



昨日初めてライブに行ったのだけど、

激かわいい・・・
頭ちっちゃい・・・
足キレイ・・・
ダンスうまし・・・

個人的には安室ちゃんの、小さく動く時のダンスが好きなんだけど、
昨日は席が遠すぎて、実物(極小)と画面を見るためにキョロキョロしなくちゃいけなかったから、
いまいちダンスを100%楽しむ事はできなかった!

けど、ずっと生で見てみたかった歌手だから
行けてよかったーーーー!


こないだ結構間近で黒木メイサのライブを見たけど、
う~ん、やっぱり歌&舞姫の安室ちゃんにはかないませんなぁ。
私の死ぬまでにやっておきたいこと3つメラメラ
①スキューバダイビング
②スカイダイビング
③富士山登頂

なのですが、今年8月26日に③富士山登頂に挑戦しました!!


彼と友達2人、計4人。
なぜか私と彼の荷物の量が友達2人の3倍はある・・・
でもでも・・・夜登り(徹夜で山頂まで行き、日の出を見て下山)するには防寒完璧じゃないといけないし・・・

★5合目:18時
5合目までバスで移動、1-2時間体を慣らし(すでに標高2000m以上だから高山病防止のため)、いざ出発。

沢山の人が口にする「上りより下りがマジきつい」
その真相は登頂まででほぼ100%の体力を使っちゃうから。
9割の人が登るペースが早すぎるらしい。8合目までいかに体力を残せるかが鍵だそうだ。
そのアドバイスを守るべく、ゆっくりゆーーっくり歩き始める。
ほんと着物来て歩くくらいゆっくり。

★6合目:21時
結局6合目まで3時間かかる・・・既に21時。時間かかりすぎじゃね???w

★6合目半:23時?
彼の胃腸の調子が悪くなり、なんだろねー?くらいのノリでそれでも頑張って登っていた。
足場が悪くて、真っ暗だと足が滑って無駄な体力を使う。

★7合目:2時
彼の体調もごまかしごまかし登ってたら、遂に7合目手前で嘔吐!!!ドクロ
こりゃあもう限界だということになって山頂での朝日は諦めて、山小屋に泊まることになった。
すでにこの時、朝の2時。まじで徹夜登山はキツい。

今思えば彼のあの体調の悪さは高山病だったみたい・・・胃腸が調子悪いだけだと思って胃薬とか探したりしてたけど、、、ちゃんと休ませてあげるほうが大事だったのね。。。
大変申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

★7合目:4時
2時間くらい仮眠して、朝日を見るべくせかせかと起床。
しばらく待った後、出てきた出てきた!真っ赤に燃える太陽がーーー!
あいにくの曇りだったけど、丁度雲と雲の隙間から見えた。山頂だったら雲で見れてなかったかも!ラッキー♪

そしてさんざん写真をとった後、彼が

「こんな頼りない俺だけど、結婚してください!」とプロポーズ!
富士山でプロポーズされるかな?とか予想は少ししてたけど、登山に必死ですっかり忘れてた!
「はいっ!」と返事をしてがっしりハグ!ニコニコ

涙の臭いとゲロゲロ臭いは忘れない・・・w


★7合目:9時
また仮眠をして、9時に登山開始!

★山頂:13時
7合目から山頂までは楽々だった!やっぱり寝て体力戻すって素晴らしい!
山頂で飲んだスープが信じられないくらい上手かったw
彼と、結婚生活が幸せになるよう絵馬を書いて、下山開始。

★5合目:18時
体力温存したおかげで、下りもそんなに辛くなく、楽しみだった砂走り(結構な角度の下り坂を一歩3mくらいでダッシュする。砂が深いから膝に負担がかからず転がるように下れる)も調子良くぽんぽん行けて満足♪
結局行って帰ってくるのに丸々24時間かかった!



途中どうなるかわからなかったけど、仲間みんなで登頂できてよかった!
ちなみに今回のメンバーは東日本大地震のボランティアで9日間一緒に働いたメンバー。
結構なサバイバル精神とやさしさを持っている人達で、次も「無謀な旅 パート3」をやろうと決めている。

いやはや、死ぬまでに富士山登れてよかった♪
一回登ればもういいやとか思うけど、来年とかもまた登りたくなったりするんだろうな。
以下、福島在住で、2歳の子供と共に毎日放射線と戦っている姉の日記より抜粋しました。
なんか、、、いくつもの危機を乗り越えてきた322年の歴史の中に、復興へのリアルな希望が見えた。


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福島県の太平洋側、浜通りという地方に

大堀相馬焼という322年続く、伝統工芸品の焼き物があるそうだ。
(私も先日テレビで知ったのですが。)

その18代目?だったかな?を継承する職人さんの話。


その工房は浜通り(確か大熊町)にあるらしく、

被災後二本松市に避難したきり、いつ帰れるかも分からない為

二本松市に工房(釜)を作る計画をしているそう。


放射能問題の為、県外へ避難をさせている子供達家族(あと取りの息子達)に対し


『いつ帰って来れる状態になるかも分かんねーけど、

若い人らは線量が低くなってから帰ってくればええ。

放射線なんて怖くない、年寄りの俺らがそれまで頑張っから。

今は年寄りが頑張る時だ。』


と言っていた。


子供を始め、若い人達の事を1番に考えて避難させ

自らは汚染された土地にとどまり、復興・浄化の為、

子供達が帰って来れる未来の綺麗な福島を創る為に

尽力してる人達が居る。


なんて言えば適切なのかは…よく分からないけれど…

なんか

ただただ すげーカッコ良くて 頼もしくて 

涙が出た。




そしてこうも言っていた。


『322年続いてる大堀相馬焼の歴史の中で

大変なときはいくつもあったんだ。

最近で言うと 第二次世界大戦だけど、

その時も、じっと耐えて乗り越えてきたんだ。

「耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで」 だよな、まさに。 笑』


って優しい笑顔で言った。



『耐え難きを耐え 忍び難きを忍んで』  は

言わずと知れた、

第二次世界大戦の終戦を告げるラジオ放送で

昭和天皇が言った言葉の中の一節であるわけですが、

今まではその言葉を リズムのいいセリフというか、

『有名な言葉』としてしか認識していなかったのですが、

震災後の今、この職人さんが言ったことで初めて

スッと言葉の意味が深く心にしみたような気がしました。




それにさ、

『最近で言うと 第二次世界大戦だけど…』

ってさ……。。

322年の歴史からすると確かに 『最近』 のことなのかもね。



なんか

長い歴史と伝統の継承と、

『どんな時代も乗り越えてきた』 っていう誇りのようなものが

優しく気さくな口調の中にも、ひしひしと感じて


もぉぉ~~  涙ぽろぽろ ぽろぽろ…。




こうやって…  どんな辛い時も悲惨な出来事も、どうにかこうにか

必死に乗り越え、世代をつないできたのが、日本に限らず人類の歴史なのなら、

その長い歴史の中の1つの点である 『今ここ』 だけが

越えられないなんてことはあるはずないんだよな。


とか、


超前向きに (なんかずいぶん思想哲学じみちゃったけど)

感じたりして。。



優しく穏やかであり、また強くたくましい人々のお陰様で

今日も明日も前向きでいれそうです。

どうもありがとう。
と聞かれたらみなさんは何と答えますか?


東京で就職するときに、SBIホールディングスCEO北尾さんの「何のために働くのか」という本を、父からもらった。

「公のために働く」
「天命をまっとうして生きる」

。。。そのときは、まったくもってピンとこなかった。


小さい頃から「なんで人は生きてるのか」をずーーーっと考えてきたけど、答えは見つからなかった。
だから、「何のために働くのか」なんてわかるはずもない。
みんな生きてなきゃ、働く必要がないんだもの。


先日この本をまた読んでみたんだけど、最近は少しずつだけど納得できるようになった気がする。
天命をまっとうするなんて素晴らしい感じではないけど、
「とにかく」生きなきゃいけないし、せっせと働かなきゃいけないんだ。


以前は、こんな大きい仕事私にできない!と思いながらやっていたけど、ここ半年くらいは自分に降ってくる仕事は自分ができる仕事だと受け入れて、とにかく一心不乱に働いている。
おかげで仕事が初めて楽しく感じるし、やりがいも感じる。
(しかし、気持ちに反して体がついていかず、死んだように眠る日々。。。)


今回の地震に対して反応が薄い会社を説得して、支援物資を送るプロジェクトも企画できたし、自分が公のために何かできてるのも嬉しい。


半年前まで仕事が大嫌いだった私が、こんな風に感じることが来るなんて思ってなかったから、今日の帰り道嬉しくなって、日記に書こう♪と思ったのでした。
4月29日から5月7日まで、宮城県石巻にピースボートを通じてボランティアに行ってきた。


『9日間の過酷な生活に体力がついていけるか?』
『「自分にできることは何か?」を押し付ける自己満足なんじゃないだろうか?』
色々な不安を胸に4月23日に事前オリエンテーションに参加した。

被災地のボランティアは初めてだし、もちろん9日間の食料は自分で持参、さらに水なし、トイレなし、お風呂なしのテント生活なんて耐えていけるんだろうか・・・。
「被災地の役に立ちたい」というだけの気持ちだけでは簡単には行けない。

でも、オリエンテーションには1人で参加している女の人も多くて、
「みんながんばるんだから私もがんばれる!」と自分を奮い立たせて被災地に行く事を決めた。




現地で与えられたミッションは側溝のヘドロかき。それを延々とやり続けること。
太ももまで溜まってしまっているヘドロなどもあって、かなり手こずった時もあった。
慣れない力作業と毎日ひどい臭いのヘドロまみれだったけど、一心不乱に働いたからか本当に9日間があっという間だった。
現地の人から「お疲れさま」「本当にありがとう」と声をかけていただいたりして、あんなに町がボロボロの状態なのにそんな声をかけれる人達って凄いなと思ったし、そんな言葉をいただいて恐れ多く感じた。



災害から約2ヶ月経った今は、私たちが作業した半壊地区には水もトイレも設置されていて、ボランティアをする上での不安要素はかなり少なくなっていた。
ミッションもほぼ100%クリアして、満足。

ただ、今回全壊地区も回らせてもらったんだけど、復興にはほど遠く、予想以上のものだった。
私たちが作業し終えた所は、復興までの道のりまで一歩にも満たない。
テレビではもうあまり被災地の状況については報道されなくなったから、順調に復興していると勘違いしてしまいそうだけど、もっと一人一人が意識を高くもって支えていかないといけないんだなと強く感じた。

今回ボランティアに行く前は、ヘトヘトのボロボロになってまたボランティアに行こうとか思えないんじゃないかと予想してたけど、あの状況を見たらそんなこと言ってられないなと思った。
また、行こう。




今回一番心強かったのが、9日間一緒に働いたグループの人達の支えと、一緒にボランティアに行ってくれた彼の存在。
ボランティアに誘った時、彼は快くOKしてくれ、なかなかさらっとこういうのに一緒に行ってくれる相方っていないよなぁと本当にありがたく感じた。
また、今回一緒のチームになった人達も協調性があって、何よりやさしく、いい感じにのんびりやで、志が高い人達の集まりだった。
(他のチームは意見がぶつかり合ってめんどくさい事が多そうだったけど、)うちのチームは常にモチベーション高く協力しあって働く事ができた。
またすぐに東京で集まったり、夏には富士山にのぼろう、なんて予定を早速作ったりして。
最高の人達に出会えた事、凄く貴重だった!




ボランティア(ピースボート)の数は、GW中は300人、今週160人、来週は80人と徐々に少なくなっていくみたい。
義援金を送るのと同時に、お金では解決できない「普通の生活に戻るまで」にはボランティアの支えが必要で、今はいくらいても足りない状況だそう。
どうかみなさんもお時間が空いたら、復興のためにボランティアに行ってください。



帰りのサービスエリアで食べた肉巻ごはんの味、9日間ぶりのお風呂、ふかふかのベッド、今回のGWの経験はずっと忘れないと思う。
今日はミスチルのライブ!そして明日から仕事!普通の生活がこんなに幸せだということを忘れないで生活していこう。


写真ができたらアップします~