定年前に起業を決意した訳⑤ ~上司から浴びた決めことば~ | 50代からの生き方メソッド~自分だけのコンパスでもう迷わない~♡ema_room

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自分の意志とは違いますが

20年住んだ関西を離れ

また東京での生活を

再開することにしました。

 

よろしければこちらもご覧ください。

↓↓

 

 

 

 

●20年ぶりの東京生活●

 

 

50代で,実家を2世帯に建て直し

(夫は80歳までのローン!)

何年かぶりに,夫と娘,

そして母と一緒に暮らすことに。

 

 

ですが,母は急逝してしまって,

一緒に住んだ日は数えるほどです。

 

 

人生どん底とはこういうものかなと

思いました。

もう「後悔」以外の言葉が

出てこない。

 

 

それでも前に進むしかないので

みんなそれぞれの生活に

没頭するしかありません。

 

 

 

私は,関西で勤めていた同じ会社の

東京の事業部へ異動させてもらえたので

通勤1時間半かけて通うことに。

 

 

こちらから異動願を出して

受け入れてもらったので

がんばらないと…!

 

 

仕事の方は,

関西にいたときの事務所と違って,

25階建ての大きなビル。

 

どこに入るにも社員証をかざさないと

ゲートや扉が開かない。

何回もビルの中で迷いました。

 

 

配属された事業部には,

都会のおしゃれな

若い女性がたくさん。

 

 

最初の3ケ月くらいは,

私は週末ごとに

通勤用の服を買っていましたね。

 

 

関西の時と違って,

従業員数が多いので仕事は縦割りです。

関西では,一人で何でもやっていたので

仕事量は少なく感じます。

 

 

 

 

●上司から見た自分像●

 

 

ある日,年末調整の

保険料チェック部員として

ヘルプを頼まれました。

 

 

年末調整はしたことがありません。

新人さんが年調セミナーに行くと聞いたので,

私も行かせてもらえないかと

上司に頼んでみました。

東京での上司は男性です。

 

 

…実は

 

 

その時、

当時の上司から言われた言葉が

今でも忘れられないんです。

 

 

 

「セミナーには行かなくていいよ。

年末調整の書類は字がこまかいから,

 

 

そのお金で老眼鏡買ったら?」って。

 

 

 

その場は笑って過ごしましたけれど,

その言葉には,

 

 

(もう50歳なんだから)

セミナーに行かせるお金がもったいない」

(もう50歳なんだから)老眼いるでしょ?」

(もう50歳なんだから)そんなに

頑張らなくていいよ」

 

 

「もう50歳なんだから」

言葉では言われていないけど

そういう意味が含まれているような

気がしたんですよね。

 

 

自分のキャリア(仕事での)

年齢に気づかされた瞬間です。

 

そっかー,私ってそういう歳だった。

 

 

関西では,自分より年上の女性が

たくさんいて活躍していたので,

自分は若手の方だと思っていたくらい。

でも,東京ではそうじゃないのよね。

 

 

 

と同時に

 

 

期待されてないんだ…。

 

 

 

そう思ってしまいました。

 

 

関西から50歳過ぎて

東京へ異動してきて

やっぱり迷惑かけちゃったかな。

 

 

 

おそらく上司はこんなことは

忘れているでしょう。

ほんのジョークのつもりだったのでしょう。

 

 

でも,私はその言葉を

今でも引きずったままです。

 

 

そして,

 

この時初めて

会社のお荷物になりたくない。

「自律したい」と思ったのです。

ブログを書きたいと思ったのも

この言葉からです。

 

 

 

 

 

やる気を削がれ,

思いっきり

へこませてくれた言葉だけど

這い上がろうって思わせてくれた

言葉にもなったわけですね。