定年前に起業を決意した訳④ ~やりがいのある人生~ | 50代からの生き方メソッド~自分だけのコンパスでもう迷わない~♡ema_room

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女性の再雇用のロールモデルがいない!リタイアして隠居生活も送りたくない。どんな働き方が自分らしいのか。
これからの人生を悩む働く女性に,より充実したシニアライフのためのあり方を、キャリアコンサルタントのemaが丁寧な暮らしを通してお伝えします♡

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実家,親戚のいない場所での

仕事再開はとても勇気が要りましたが

調べてみると,自治体が提供している

地域の子育ての支援プログラムがありました。

 

 

実際,風邪の治りかけの子供を

預かってもらったりと

3回ほどお世話になりました!

 

思い切って働いてみてよかったです。

↓↓

 

 

 


 

●仕事が楽しい●

 

 

子育てがひと段落して

派遣で働きだした,私。

 

 

めちゃめちゃ楽しい気づき

 

 

働いてお金もらって,

なんか自分のいる場所がある感じ…

それがとても嬉しかったです。

 

 

初めてもらったお給料。

週に数日で1日数時間だったので,

4万円あるかないか。

 

 

でもそれが嬉しかったですね~。

4万円っていったら,

家族で外食にも行けるし,

子供たちにもブランドの服を

買ってあげられる。

 

 

あの頃はメゾピアノとかの

ナルミヤの服が流行っていたんです。

 

 

主人にいちいち断らなくても

好きに使えるお金。

今考えると,専業主婦の時は

どうやってやりくりして

いたんだろうって思いますね。

 

 

自分でいうのもなんですが,

残業や休日出勤も厭わず,

一生懸命働きました。

 

 

上司にも認められて

派遣からパート,

パートから正社員登用,

昇給までしてもらえました。

 

 

本当に有り難かったです。

 

 

 

 

●転勤生活20年●

 

 

働きだしてから,

なんと15年も経ってしまいました。

その間に,夫は東京へ転勤,

大学生になった娘二人も

東京の大学へ。

 

 

私はここでの仕事が好きでしたし,

辞めたくなかったので,

1年間逆単身赴任していました。

(私だけ関西で,

家族はみんな東京で生活)

 

 

この時が,

私のキャリアのピーク

だったと思います。

ですが,ピークというものは,

降りてみないとわからないもので,

そう気づいたのはずっと後のことです。

 

 

すべてにやりがいを感じていた

この時期をもっと大切に

過ごしておけばよかったかな。

 

 

このまま私だけ関西に残るのも

不自然でもあり,

母も老いてきたので,

東京の実家を建て替え,

家族と母と一緒に住むことに。

 

 

幸い,私の東京への転勤願いが通り,

東京の事業部へ異動させて

もらえることになりました。

 

 

20年住んだ関西と

とうとうお別れです。

 

 

来るときも寂しい気持ちで来たけど,

去るときはもっと寂しい。

 

 

そして,来たときも去る時も

決断したのは自分だけど,

そうしたくてそうしたんじゃない。

 

 

50歳、生活も友達も仕事も

もう一度やり直しです。

 

 

次回:異動先での職場で自信を失う。

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