kinocoです
今回の人生で
最大の岐路だった出来事の振り返り
前回のつづき
前回までの記事はこちら
人生の岐路① 震災の記憶
人生の岐路② 震災の記憶
人生の岐路③ 震災前の家庭
人生の岐路④ 自分の意志で選ぶ
阪神淡路大震災
あれから24年
わたしは
当時の倍以上の年月を
生かしていただいています
それだけで
本当にありがたいです
大学に入学した頃のわたしは
震災で家が全壊して
環境が激変した中で
親からは高卒で働くことを
強く求められながらも
大学の2次試験の方向性を急遽変更し
なんとか合格できて
被災してから3ヶ月弱
目の前のことに必死で
ずっと張り詰めていた
緊張感も少しゆるみ
やっと
震災について
振り返れる状態になりました
その時のわたしは
たしかに
本当に大変な状況になったけど
あれほどの大震災は
どれだけ強く望んでも
狙って経験できるものじゃないし
あの揺れで自宅が全壊するなんて
自ら起こしたくて起こせることじゃない
それが
これからの人生の方向性に関わる
大学受験の大事なタイミングで起こって
もしマンションが
バランス悪く崩壊していたら
死んでいたかもしれない
実際
神戸の親戚も亡くなっている中で
わたしは生かされている
これって
ものすごく貴重な経験を
させてもらったんじゃないか
この経験が
後々の人生で
何かに繋がるかもしれないな…
わたしが
まだ生かされてるのは
この先に何かやるべきことが
あるからなのかもしれないな…
そんな風に思っていました
周囲の人達から見れば
震災後のわたしは
「 大変だった子、苦労してる子 」
うちの家庭事情を知る人達には
震災後のわたしは
より一層
「 哀れな子 」
に映っていたようです
でも
わたし自身は
震災のことも
家庭のゴタゴタも
周囲の人達とは
捉え方が違っていたので
大変さや苦労は
たしかにあったけど
そこに悲壮感などは全くなく
前向きな感じで受け止めていました
だからなのか
わたしが
幼少期から大震災の頃までのことを話すと
いまだに
聞いてる人が
驚いた様子なことも多いです
こうして
振り返ってみると
ツォルキンで
様々な現象と共時性を読み解いたり
ツォルキンを
暦として日常で意識しながら
自身の感覚に従って
宇宙のリズムと共振して生きる
という
現在の意識状態のkinocoが
ここに存在する
そのタイムラインに乗った
大元のきっかけは
阪神淡路大震災だったわけです
震災により受験学科を
スペイン語学科に変更していなければ
そして
試験に合格していなければ
マヤに興味を持つことも
グアテマラに行くことも
ツォルキンを学び
( 今世で思い出し )
ご縁ある方々の意識の囚われを解放し
新しい時間の概念を伝える活動を
することもなかったでしょう
震災と大学受験が重なったことが
わたしの
これまでの人生で
最大で最重要な岐路でした
つづく