正しい階段の登り方⑧
お解り頂けたであろうか。
これこそが、いま我々に推奨できる、実用的な正しい階段の登り方である。
多少煩雑ではあるが、しっかりと手順を踏み、階段の悪意を無効化していただきたい。
しかしである。
この方法は、あくまで必要条件であり、十分条件ではない。
もちろん、構造物として跋扈する階段たちからは、この方法で身を守ることはできるのだが…。
それ以外の脅威にはこの登り方は通用しない。
それ以外の脅威…。
お忘れではないだろうか。
そう、デクノスティックと化した(元)人間たちである。
階段の魔の手にはまり、その手先として夢遊病のように働く彼らはすでに…
『階段』なのである。
外見こそ人類と区別はつかない彼らも、種としては忌避すべき階段族なのだ。
それでは、そのような人型階段(エスカレーター亜種含む)の見分け方と、彼らを御す方法を次に記したいと思う。
まず、人型階段への最も有効な対抗策は、個体を識別することである。
と言うのも、彼らには幻視などの特殊能力や、人間を階段化する能力はない。あくまで人と同じくコミュニケーションによって対象者をたぶらかし、階段の建築を促す宣教師のような存在なのだ。
しかし彼らを放って置けば世界に階段は増え、人類に負のスパイラルをもたらすことは明白な事実である。
では彼らの見分け方とは。
まず「左利き」は間違いなく階段である。彼らは直上科直線目に属する最も見分けやすい人型階段だ。
同じく見分けやすいのは「天然パーマ」。こちらは螺旋種反時計目に属し、アインシュタインを始め多くの類例が報告されている。
ちなみにあの舌を出し勝ち誇った笑みは、人類への挑戦状であることは言うまでもない。
さて、厄介なのはここからだ。
人型階段の中にも外見上の判断が難しい類もいる。ではどうするか。
そこで活用できるのがチヨコレイトの法則、である。
ご想像のとおり、幼子が階段でジャンケンをするあの登階遊戯には、夢敗れて花と散っていった先駆者たちのメッセージが込められている。
結論から先に述べよう。
まず、人型階段と疑わしい者と出会ったらジャンケンに誘うのだ。そしてもし相手がチョキを出したら、そいつは間違いなく「階段」だ。
グーはグリコ。チョキはチヨコレイト。パーはパイナツプル。
最も多く登段できるチョキを無意識で出してしまうのは、彼らの悲しい性であり、人類に与えられた理の力である。
(チョキとパーは同数だが世界基準ではチョキが上位)
そして彼らが最も忌み嫌うのは。
もはや説明の必要すら感じないが、そう、グーである。
ちなみに、両手を広げゴールテープを切るような姿の、あのグリコマークは正しく階段を登り切った人類を象ったシンボルであり、先人たちの願いが込められデザインされたことは周知の事実であろう。
グーはチョキに勝つ。
グーは階段を打ち砕く。
ゆえに、階段はグーを嫌う。
すなわち、常日頃からグーを出し続けることも、本テーマである「正しい階段の登り方」なのだ!
皆様には志を高く持っていただき、ぜひとも日々の生活の中でどんな時も拳を突き出し続けて欲しい。
寝ている時も、食事の時も、用を足す時ですら。
拳を硬く握り、眼前に力強く振りかざすことで、正しく、そして美しく階段を登り続けてもらいたいと思う。
さあ、本コラムもいよいよ大詰めである。
人類の希望と尊厳をかけたこの戦いに、あなたも与一の矢をひょうと放ち、その核心を射抜いて欲しい。
正しい階段の登り方⑦
本タイトルの「正しい階段の登り方」
様々な説明は御理解頂けたとの前提のもと、そろそろ具体的な登り方を指南したいと思う。
わかりやすく語ろう。
戦いは階段手前30㍍から始まっている。
階段手前30㍍……歩きながらまずは家族や友人にツイットして頂きたい。
「いいね!階段」と。
これは不測の事態、主にデクノスティック化の時に家族や友人に「ワレ今カラ階段ル」という行動証拠を残すためと、「階段なんか恐くないぞ!」という士気高揚のため他ならない。階段手前で携帯をいじっている人が増えてきたのは「解って」いる人が増えてきたという事で、個人的には嬉しい事だと思う。
さて、階段と対峙したらまずしっかり睨みつけてほしい。両手をスリータックのズボンのポッケに入れ、アゴをしゃくり上げながら斜め45度が望ましい。取っ手に青いビニールテープを巻き付けたカバンも有効なプレッシャーウエポンだ。
しばし睨みつけたら次は戦い前の儀式だ。戦国時代でいう「やあやあ、我こそは…」というやつだ。
基本的なやり方は、まず階段の1段目の直前で鬼門の方角に向き、右手は靖国神社、左手は比叡山の方向に伸ばして手の平を大きく開く。下唇を突き出し、少しだけ白目を剥いて足をガニ股に開く。
三方の適切なバランスにより、きれいな金剛力士像の形になったならば、あなたはかなりの確率で無事階段を踏破できる。
とれたバランスがニ方で、観音像の形の場合は階段に戦いを挑むのはやめたほうがいい。勝ち目は薄い。
1番いけないのは三方が全て一緒だった時だ。この時は戦わずして1段目の「目」に既に負けている。乳を揉まんとす変質者のようなその形のまま登階させられ、登りきった頃は立派なデクノスティックと化していること請け合いだ。 もしくは下ってくる女性とブッキングしてしまい、塀の向こうに行ってしまう可能性も濃厚だ。
さて儀式が無事、金剛力士像だったあなたが次にしなくてはいけないのは勝利祈願だ。
持参した絵馬に、対峙する階段の段数を書く。次に無事に登階したら何をしたいか希望を書く。
[例:25段。これが終わったらキャバクラいくぜ!]
絵馬の裏側には念のため自分の名前と住所、スペースが許せば靴のサイズと最後に食べた食事の献立まで書いておきたい。
絵馬を近くの道祖神に掛け、卍のハンコを自分の眉間に押したらあとは戦うのみだ。
武道の定石通り、相手に対してまずは一礼。武道は礼に始まり礼に終わる。サムライの心を忘れてはいけない。
ここからは戦だ。
マウスピースとヘッドギア、アナルキャップを装着したら、勇気をもって1段目に歩を歩めるのだ。
正しい階段の登り方⑥
研究者にとってもっとも清々しいことは、研究徹夜明けの昼下がりに飲むコーヒーだ。
地下18階にある研究室内は試験官やビーカーが散乱し、ホワイトボードには書いた本人しか解読できない計算式の殴り書きの跡。
行き詰まっているのかパーティションの向こう側で絶叫している者や、本人なりの大発見があったのか遠くで高笑いする者。
熱心な研究者に至っては大人用オムツを履き、セキュリティーレベル10の独居室にこもり、内から自分で鍵をかけ一ヶ月こもる者もいる。
正しい階段の登り方を研究する我々は、そんな不健全な研究室で人生の大半を過ごす。
休憩のコーヒーといっても飲む場所は地下3階のレクリエーションルームで決して地上に出ることはない。
何故か?
答えは実に単純である。
「階段の幻視、そして視覚睡眠によるデクノスティック化から逃れるため」だ。
前回記載した通り、階段はもはや人類の生活をサポートする構造的上下推進簡易化補助物ではなく、デクノスティック化した人類を操り、己の欲望のままに構造物の破壊と創造を行なう人類にとって、明確なエネミーなのだ。
その悪意に気付いた我々は階段のある世界から隔離されたこの研究所で、日夜正しい階段の登り方について研究している。
当然、我が研究所には一つの階段も存在せず、フロアの階移動は我々が「蜘蛛の糸」と呼んでいる縄ロープで行なう。
さて、休憩のコーヒーが格別に美味かったからか、ペンが思いのほか進むので、このまま今回のテーマを深堀したい。
つまり、「より実践に近い、正しい階段の登り方」についてだ。
この命題に関する根本的な解は、我々のように階段から隔離された世界に住むことであるが、現在のように階段に溢れた世界ではそのようなことは不可能である。
そこで次に重要になるのが、デクノスティック化されないように階段の「段差」を見ないことだ。
一度でも「段差」を見ると、奴らは無音・無機質で人間が気付かない無慈悲な幻視を機銃照射の如く容赦なく向けてくることになる。
従って、実践の基礎としては、「階段を登る時は下を見ず、階段を登った先にあたる上を見ながら登ること」だ。
更に言うと、春の木漏れ日や初夏のそよ風のような暖かく風のある時期であれば、思わぬ特典がついて来るかもしれないというオマケつきだ。
ただし、だ。
上記のような登り方は根本的な解決にはならない。
例えば、登っている最中にポケットの中にある定期や携帯を落としてしまった場合はどうなるだろう?
落としたものを拾うため、当然のことながら眼下を見ることになる。
そうなると幻視の餌食となり、あなたのデクノスティック化が始まってしまう。
では、次のステップとして目隠して登るのはどうだろうか?
これも根本的にはアリだ。防衛のための最善策は段差を見ないことであり、目隠しであれば一定の効果を得られることになる。
しかし、この案には盲点がある。
目隠しした場合、自分の位置感覚が分からなくなり、手すりにつかまるだろう。
だが、気を付けて欲しい。その手すりも階段の一味なのである。
手すりは近代に備わった登るための補助機能と思う方が殆どであろうが、デクノスティック化した人間が階段の指示のもと、人間を引きずりこむための補助機能として取り付けられたのが本当の理由なのだ。
人間には「三点非均等運動時の均衡化確認戻しの法則」が備わっており、左手で手すりにつかまり両足が交互に昇降行為を行なうような、3箇所が違った動きを行なう際には重心の位置補正を行なうため眼下を確認する習性がある。
手すりにつかまって登る際、あなたにも身に覚えがあるだろう。
つまり、階段はその習性を逆手にとり、わざと下に目を向けるように手すりを備え付けたのだ。
そのため目隠しして登る場合、手すりに頼らないように自分の両腕を後ろ手に縛り上げて登るのがより賢明な安全策と言える。
以上、実践の初歩について今回はご紹介させて頂いた。
物語は加速する。
応用編やチヨコレイトの法則、そして正しい階段の登り方の核心について、次回以降でいよいよ踏み込んで行こうと思う。
これは我々人類と、人類に対して無言の宣戦布告を行なっている階段との勝者のみが生き残る、熾烈な淘汰の戦いなのだ。