正しい階段の登り方②
正しい階段の登り方。
おそらく世間一般でイメージされ、実践されている登り方はこうだろう。
『片足ごと交互に段を踏み、一歩づつ上昇する』
確かにコレは間違いではない。
そして歴史上最もポピュラーな登り方であることもいうまでもない。
しかし。
こと、この登り方が「正しい」かどうかという議論の場合、安やすとそう結論づけることができるのだろうか。
そう、否である。
そもそも正しさとは、その浸透度によってはかられるべきものではない。
そこには必ずしも資本主義社会のルールは当てはまらないのだ。
ここでひとつ。
世界ではじめてできたと言われる階段の話をお聞かせしよう。
古代文明よりはるか昔。
まだ人間が猿と人の間だったころの話である。
ひとりの男(オス)が木の上に熟した果実を見つけたという。
しかしその位置は彼の身長より高く、手を伸ばしても届かなかったそうだ。
そこで彼は考え、仲間のオスをうずくまらせ、その上に乗ることで果実を手にした。
ここに階段は誕生した。
世界初の階段の素材は、人であったのだ。
現代人にとって何の感動もないこの話こそが、人類を人類たらしめた進化への第一歩。
すなわち階段の発明であったことは後のエジプト文明まで語り継がれ、壁画として後世に伝承されている。
余談であるが、後にこの階段の起源を庭の林檎の木で自ら模倣したひとりの男がいた。
そう、ニュートンである。
彼が熱心な階段研究者であり、万有引力の法則はあくまでその副産物として発見されたというのは知る人ぞ知る事実である。
話を元にもどそう。
正しい階段の登り方、とは。
前述のとおり、その概念はあくまでも多数決によって定められるものではない。
いや、そもそもあなたは誰の目もない場所で『片足ごと交互に段を踏み、一歩づつ上昇する』とされる登り方をしているのだろうか。
逆に、あなたの親が兄弟が友人が、あなたの見ていない場所でこのような登り方をしていると断言できるであろうか。
その当たり前とされている階段の登り方は、あくまで人類にとって人前でのよそゆきな登より方であると仮定することはできないだろうか。
【仮説:人は誰もいない階段では決して他人に見せられないような姿で階段を登る】
最後にひとつ、オスマン帝国により滅された小さな王国の逸話をご紹介しよう。
階段をはじめて学問として体系化し、階段界の五山として名高い十四世紀の研究家モハメド・マハメド・ムハメドによる古書にはこう記されている。
かの王国では階段は神聖視され、何人も敬意なしにそれを踏み登ることは禁じられていたという。
つまり、彼らにとっての正しい階段の登り方とはこうだ。
階下で脱衣し(階段に対して)武器を隠し持っていないことを示し、両腕を上げたまま各段に謝辞を述べながらゆっくりと上昇する。
さあ、ひと口に階段の登り方と言っても、そこには限りない多様性が秘められていることはご理解いただけただろう。
次回からはその神秘と謎に対する考察を、さらに深めていきたいと思う。
正しい階段の登り方①
えてして身近なものや慣れてしまったものというのは目に入りづらいものだ。本編ではそこにスポットをあてて掘り下げてみたいと思う。
日常生活において何気なく使っている物や事。ボールペン、携帯電話、クレジットカード、革靴…。
そんな候補が無数にある中、今回は「階段」に焦点を当ててみた。そして数週間に渡り調べ上げた偉大なる人類の財産である『階段』というものの概要と共に、正しい階段の昇り方をレクチャーしたいと思う。
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私達は普段、あまりに普遍的になりすぎた階段に対し、その恩恵を軽視しすぎてはいないだろうか?
階段とは重力に逆らう、人類の昇降運動を可能にした画期的な発明だ。実用性と機能美を兼ね備え、私達の生活に不可欠な高低差を埋める構造物とも言えよう。
人類学の全てにおいて階段なしに歴史は語れない。人類最古の文明器具と言われているハンドアックス、そのはるか以前に階段は存在していた。
階段を科学してみよう。
『階段』人間の膝上げ幅(H)と踏みしろ幅(D)を基調として《2H+D》というのが理想型とされている(これは人間の歩幅平均を61㎝とした場合だ)。この数値が筋力的労力を最も軽減する値であり、同時に登る際に生じる距離を最大限に短縮できる限界点だ。つまり私達は知らず知らずに緻密に計算された平均値に順応していると言うことだ。
また『階段』の材質については木材、鉄、石、プラスチックなど多岐に渡ることから、応用性の柔軟さがうかがえる。しかも自然の場所(山や岩)に直接加工して名称が与えられる構造物は『階段』以外見当たらない。
形状に関しては寺院や神社に見られる「直線直上型」、 学校などでよく目にする「屈折往上型」、狭い建築物などに不可欠な「螺旋回転型」など、その場の条件に合わせた構築が可能なのだ。
究極の建築物、階段…。
では正しい登り方に進みたいと思う。
人間トマホーク⑩
~あれから半年後~
「ねえ、小野寺さん。本当にもっとすごい未来を手に入れることができるの?」
「ああ、できるさ。用を足さない以外にも、うがいをしなくて風邪を引かない石や寝グセのつかない石だってある。その気になればブルースだって唄えるさ。」
「それは楽しみだわ。それにしてもここは寒いわね。日本は梅雨で蒸し暑いというのに…」
「まあ、ここは永久凍土の大地だからね。極秘行動にはそれなりの不便も伴うものさ。」
小野寺はそう言うと鼻歌が上手くなる石を取り出してブルースをアカペラで歌い、軽快なステップを刻んでおどけてみせた。確かに普段のダミ声からは想像もできない極上のフオルテシモが効いていた。
小野寺とかほるが今いるのはカムチヤツカ・ポドルスキという、北極海に面したロシア極東に位置する地図にも載っていない隔離された小さな町。
人口は1,000人にも満たないが、全ての住民がある一つの産業に従事している。
「宇宙ロケット産業」だ。
旧ソビエトが冷戦に対応するために政府直轄の元、極秘裏に建設した宇宙センタ。ソユーズ発射場があるカザフスタンのバイコヌールが一般的には有名だが、完全な軍事目的であったポドルスキはそれ以上の設備能力を持っている。
冷戦の終結とともに役割を失うと一時は閉鎖されたが、ロシアが2007年に開発に成功したステルス型宇宙ロケットの登場により、軍及び政府のレベル5に指定されたトップシークレットとして再稼働した。
ステルス型ロケットはレイダーに捕捉されない次世代宇宙ロケットで、開発後は米国に悟られることなく既に69回の発射に成功している。
小野寺とかほるは70回目の発射に登場することになっていた。
ここで小野寺という男の素性について補足する。
表向きはイタリアワインであるムッソリイニの輸入代行を行なっているが、本業は武器の違法取引を行なういわゆる死の商人。銀玉鉄砲や煙玉といったゲリラ用からウランガロン860といった国家レベルの兵器原料まで幅広く取り扱っている。
主に東欧の旧共産圏や中東を市場としており、その立場からポドルスキ宇宙センタにも要人として出入りしてた。
今回の飛行目的は水星の衛星である金木星(キンモクセイ)に行き、新たな能力を持つ石を採取し兵器転売すること。
居酒屋トライアンフでかほるをナンパする際に使った用を足さなくて済む石。赤の他人にいきなり手の内を見せる筈も無く余興という位置づけにしたが、それ自体の能力は本物だったのだ。
そして武器の不正取引を行いながら小野寺が各地で探していたのが、新しい宇宙飛行士の追加だった。
それもある特殊な耐性のある者。
ズバリ、ア×ルが強靭な人間だ。
ロケットは発射とともに120Gもの重力が本人にのしかかる。
一般の人間は気絶するレベルだがこれを回避するため、宇宙飛行士はア×ルに突起物を挿入する。
突起物により中腰となり、Gを半減させるためだ。
この際に最も重要なことは快感を感じないこと。気圧の薄い空間で快感を感じると我を忘れて中腰を止め、欲望のままにシートに尻をこすりつけることになるが、これは頂けない。
何故なら120Gが一気に襲い掛かり気を失ってしまうからだ。
NASAでさえ公表していないが、ア×ルに快感を感じない人間が宇宙飛行士の最優先条件と言っても過言ではない。
居酒屋トライアンフの嗜好はそんな人間を探し出すのにうってつけのリトマス試験紙だった。
小野寺はいつもカウンタに座りマスターのスイッチ捌きを直接確認し、耐性のある客を炙り出した。
特に棍棒タイプでも顔色一つ変えない人間を。
そして、資質に合致したかほるが選ばれた。
究極の変態は究極のエリートと紙一重という訳だ。
「さあ、そろそろ出発だ。」
コクピットに乗り込み突起物を挿入すると小野寺は緊張気味なかほるに声をかけた。
「おっと、俺を忘れちゃ困るぜ。」
後ろから聞き覚えのある声が急に聞こえ、かほるが振り返るとトライアンフのマスターも後部座席に乗り込んできた。
「遅かったですねマスター、いやワニさん。」
「ああ、ちょっと準備に戸惑ってな。にしてもデラちゃん、今回はいい石が取れるといいのう。」
「そうですね、では発射準備に入りますよ。」
「ちょっとあなた達、元からの知り合いなの?」
トライアンフでは見ない旧知の仲といった軽い会話にかほるは戸惑った。
「デラちゃんに聞いたろ?宇宙飛行士に必要な条件。キーワードはア×ルと中腰だ。中腰たって、飛行中は角度や速度で突起物の微妙なサジ加減が必要な訳よ。店での絶妙なスイッチ捌きがただの趣味に見えたかい?俺もクルーな訳よ、このプロジェクトのさ。」
「まあ積もる話は旅の中で。じゃ、発射しますよ。」
小野寺がそう言うと、ロケットは爆音を上げて360度の方向に発射された。
ゴゴゴゴ…
やがて大気圏に突入すると、窓の外はロケットを這うようにまとわりつく真っ赤な炎に包まれた。
「これを抜ければその先は宇宙さ。」
「すごいわね。まるで火の鳥ね。」
「ああ。ロシアの宇宙飛行士の中じゃ、この中腰で前かがみな姿勢で大気圏に突入することを揶揄して宇宙飛行士のことを人間トマホークって呼んでるよ。」
「人間トマホークね…。それにしてもあたしは、満員電車でも立ったまま寝れる能力がある石が欲しいわ。」
「ああ、きっと見つかるさ。今の世の中は不要なものが溢れすぎた情報過多だ。だから地球で生活している限り、自分が手にしているモノが必ずしも欲しいモノばかりじゃないか、欲しいモノがいつも手に入るとは限らないかのどちらかなのさ。」
後部座席でマスターが神業的な強弱・長短のスイッチ捌きをする中、小野寺はドヤ顔でそう呟いた。
ロータリー戦記 第六章
「人間トマホーク」ー完ー