人間トマホーク⑥
おいおい、小野寺さん、あんたいったい何を書いたんだい?
彼女、固まっちゃってるじゃないか。
(つか、かほるさんスマン。ずっとかほりさんだと思っていたよ...失敬!)
それにしてもさっきのかほるさんの自己紹介、あれは完全に小野寺さんに仕掛けたとしか思えないよな。
酒場でよく見られる光景。
自分の土俵で相手に相撲をとらせることで会話のペースをにぎり優位に立つ。
これを阻止するためには相手の一手を上回る切り返ししかない。
相手がよほどのバカでない限り。
自尊心を満たし合う、大人の知的ゲームってところか。
どうやら小野寺さんは切り返しに成功したみたいだな。
カクテルを持つかほるさんの手が電マみたいにふるえているじゃないか。
ま、俺のイチオシカクテル(これにくらべたらドンペリなど小便にすぎない)にシビれてるって説もあるけど...、ノンノン、今回ばかりは小野寺さんに一本取られたって感じだな。
どれどれ、それじゃ、さっそく拝見させて、、
(・_- チラッ
(゚o゚; !?
おいおい小野寺さん、あんた自己紹介じゃなかったのかよ!?
盗み見た言い訳も忘れて、俺は思わず呟いていた。
「コレって...、召集、令状.....?」
「やだなぁマスター、僕は彼女に書いたんだから勝手に見ないでくださいよ、もう。でも、まぁいいか。そうです、御察しのとおり、それは旧日本軍が用いた召集令状をそっくりそのまま模写したものです。俗に言う赤紙ってやつですよ。何でこんなものを書いたかは後で説明しますが、僕はねぇ、、」
彼はカクテルで口を湿らせ、一拍置いてから続けた。
「過去を語りたくないんですよ。自己紹介とはいえ、今の僕、そしてこれからの僕を彼女に知ってもらいたかったんです。僕とのこれからの時間を彼女に想像してもらいたかったんです。
過去の僕を知ってもらっても意味はない。だって過去の僕と今目の前にいる僕は違う人間なんだから。
僕は常に進化している。解脱に近づいているんです。こうして話している間もね。そんな僕のタイムラインを貴女にはぜひ見守り続けて欲しい。わかりますか?」
彼はそこで言葉を切ると、ピスタチオを弄びながら続けた。
「だから、かほるさん。」
「...は、はい」
「僕は、いま、あなたを臨時召集します。僕の未来へ...。
あ、ちなみに僕は流鏑馬よりも笠懸派ですがね(笑)」
らっしゃいやせー!!
アホバイトの能天気な声が遠くに聞こえてきたが、いまの俺はそれどころじゃない。
あんただってそうだと思う。
とにかく頭の中が忙しいんだ。
だってそうだろ?
いま、小野寺さんが語ったことははっきり言って意味不明だ。
理屈っぽく語ってはいるけど、そこに論理なんてこれっぽっちも存在しない、でも...。
でも、何かを感じると思わないか?
何か強い力を、得体の知れない息づかいを。
現にかほるさんも、いや、俺だって今の小野寺さんのプレゼンにどう反応していいかわからない。
それに、いくら強制力がないとはいえ、ナンパ目的で召集令状を叩きつける奴をあんたは見たことあるか?
ないだろ。
いま、きっと、かほるさんは混乱の中でこう思っているはずだ。
「いまアタシはコイツに何かをされた。でも何をされたのかは解らない。だから知りたい。だからもっとこの人の話が聞きたい...。」
まったく男女ってのは解らないぜ。
さっきまで小馬鹿にしていたかほるさんの顔が薄っすらと上気してるじゃないか。
かほるさん、あんたこの難解な問いに答えを出せるかな?
俺はようやく金縛りから逃れ、5卓さんのホッケにケチャップでシマ模様を描きながらそんなことを考えていた。
その時、小野寺さんは再び口を開いたんだ。
「気に入ってもらえましたか?でも自己紹介はまだ終わってませんよ。クスッ
」
彼はカバンからガサゴソと何かを取り出し、涼しげに微笑んだ。
人間トマホーク⑤
客観的に見たら、アタシは元旦に一人飲みしている淋しい女。でもだからといって軽く見られるのはやなの。だって今年はたまたまだし。
それに実際、男には困ったこともないし、いくら元旦だからって安いナンパ…ピスタチオ三粒の小野寺イズムの術中にはまるのはやなの。しかも見た目もイマイチの男。
アタシなりのプライド。
「わぁ、おいしそぅ、小野寺さんておっしゃるんですね?ありがとぅ、ウフ」
(一応言っとくだけよ)
社交辞令的にニッコリ笑って言った。
「僕は小野寺 猛といいます。迷惑じゃなかったらご一緒に一杯いかがですか?」
(来たわね、勘違い!しかもベタベタ!)
「う~ん… でもアタシあなたの事よく知らないし…」
スツールを三つはさんで会話が続いた。
「…そうですよね…。じゃあまず自己紹介から始めませんか?」
(あらまぁ…そこもベタベタね…軽くイジメちゃおうかしら)
アタシの中の小悪魔が目を覚ました。
「いいわよ。じゃあアタシから。名前は小穴かほる、26歳。小さい頃のあだ名は想像通り『アナルかほる』、仕事は一部上場企業の販売員、具体的には深夜に牛丼を売ってるわ。趣味は…下手だけど流鏑馬、だから明日は鎌倉。今年は誰も射抜かないようにするのが目標。彼氏はいない。所持資格は英検5級、今はこの資格をいかすため通訳の仕事を探してる。アピールポイントはしっかり者。老後のために月100円づつちゃんと積み立てをしてる。特技は料理。トースターさえあればどんなパンでも美味しく焼き上げる自信がある。
こんなとこかしら。次はあなたの番よ。ちゃんと自分をプレゼンしてね」
(さあ、どうくる?お手並み拝見!)
「わかりました。 マスター! 紙とペンを!」
(えっ?)
「ざっと書きますんで、ちょっと待ってて下さい!」
(は?)
そう言うと小野寺がサラサラと何かを書き始めた。
時折頭を掻きむしりながら「クソッ!」「違うだろ!」などとぶつぶつ呟いている。
(もしかして…アブナい奴かしら…)
とりあえず手持ち無沙汰になったアタシはトライアンフのイチ押しカクテル「カン・ガン」を注文して、彼の作業が終わるのを待った。
ペンを折る音が聞こえること三回…
(…ちょっと冗談がすぎたかしら…)
15分後…
「できました!」
「…はぁ…」
「まずはこれから始めましょう!どうぞ御閲覧を!」
「…はぁ、じゃあ拝見します…」
アタシは渡された紙に目を通しはじめたの…。
(…! これは…!?……)
目を通すにつれ、背筋に悪寒が走ったわ。
(…小野寺 猛ただ者じゃないわね…)
人間トマホーク④
去年のことを振り返ったってしょうがない。
むしろ人間除夜の鐘に選ばれたことで良しとすべし。
そう前向きに考えた小野寺は酒でも一杯やろうと居酒屋「トライアンフ」に行くことにした。
トライアンフは駅前ロータリーを一本細い道に入った小料理屋が軒を連ねる一角にある。
昭和の香りが残る横丁風情の中、厚いスティール製のドアに覆われ看板もなくひっそりと佇む玄人好みの店構えだ。
店に入るにはドアに備え付けられたインターフォーンを押して照会を受ける、いわゆる一見さんお断りの店だ。
マスターの名は鰐淵旬平太(ワニブチ シュンペイタ)。
1990年代前半のバブル期に脱サラして始めたらしいが、前職がなんであったかはアフリカ傭兵から昭和最後の囲碁師と噂が飛び交い定かでない。
しかし、生野菜の輪切りをする際に時折見せる鋭い眼光は只者ではないパフュウムを放っていた。
小野寺とこの店の出会いは5年前に遡る。
小野寺が世界名酒50,000傑にも選ばれたイタリア産赤ワイン「ムッソリイニ」の輸入代行を営んでおり、飛び込み営業をしたのが通うきっかけとなった。
マスターのオリジナルカクテルである「ハラキリ」は癖のない香り豊かな風味を醸し出し、パキスタンの伝統料理である自家製「クサカーべ」はお世辞抜きに国内No1のクオリティだと思っている。
その味とマスターの一癖あるキャラクタに出会って以来、プライベイトでも一杯飲んで帰りたい時に頻繁に寄るようになった。
「小野寺です。合い言葉は、起き上がりコブシチョップはラージグロッキィーです。」
店のインターフォーンを押し、入店するためのキィーワードを軽快に唱えて入店するといつものカウンタに静かに腰を下ろした。
挨拶がてらにマスターに人間除夜の鐘の報告をしながらふと隣を見ると、五つ編みでレディー・ガガとジャネット・ジャクソンを足して2で割ったようなとんでもなくイカしたレディが横に座っていることに気付いた。
「これは新年早々付いている。去年の負のスパイラルから抜ける絶好のオパチュニテイに違いない。」
そう思った小野寺はこの店自慢のパクチイ入りピスタチオ、通称「夜叉神」を3粒ご馳走すべく、会話を続けながらも机の下では左手だけで器用にスマートフォーンを操作しマスターに打電した。
「今夜はトペ・コン・ヒーロ」
そんなことを考えているとこれ以上ない笑いが込み上げて来たので彼女に悟られないよう、天井を眺めながら独りごちた。