人間トマホーク③
男子たる者、生を受けたならば一国一城の主となれ。
男って、こういう言葉に弱いよな。
かくいう俺だって、この言葉にシビれて自分の店を持とうと決めた一人だ。
居酒屋「トライアンフ」。
イカしてるだろ?
往年の名車にあやかった俺の城であり、俺のすべてだ。
ところで、元日から店を開けるなんて昔じゃ考えられないよな。
よく思い出してくれ。
昔はデパートだってせいぜい3日からだったよな?
正月ってのは外になんて飲みに行かないで、家族揃って家で過ごすのが相場だったはずだ。
時代が変わったってやつかな。
ま、こうして飲みに来てくれるお客さんがいるだけで俺のハイテンションはエブリデイMAXカチューシャなんだけどな。
ところで時代が変わったと言えば。
最近、人間餅つきを見ないと思わないか?
そう、寺の坊主たち自らが杵となる、かつての伝統行事だ。
臼の前にひざまずき、淵に両手を添えてデコで餅をつく。
その姿からついた異名は、ご存知「土下座餅」。
当時のB級グルメ界を席巻してたことは言うまでもないよな。
なんてったって、全盛期は希望する若者たちで就職人気のトップが出家だったからな。
まったく懐かしいぜ。
人間除夜の鐘にはいつまでも地元の誇りであり続けて欲しいよな。
「マスター、おかわりぃー」
おっと、仕事の時間だ。
かほりさんは最近よく来てくれるお客さんのひとり。
少し変わっているけど、なかなかの美形だと思う。
俺はスコッチとバーボンで満たしたシェイカーをカッコよく振りながら客たちの視線を意識した。
ダサい居酒屋と思ってもらっちゃ困るからな。
そして仕上げにサッとライムを絞ってスマートにポーズを決める。
シャキーン。
(あ、手を洗うのを忘れた...)
笑顔が若干ぎこちなくなってしまったじゃないか。
(...まぁいい、大丈夫)
世界中の誰も気づいていない。
「ハラキリ、お待たせしました。それと、隣のお客さまから...」
ショットグラスに入れたピスタチオを差し出す。
まったく小野寺さんも粋なことするよな。
元日から居酒屋でナンパだなんて、さすが除夜を告げた漢だけのことはある。
フッ...、わかったよ小野寺さん。
今宵はあなたの魂にキューピッドとして応えることにしましょう。
「わぁ、おいしそぉ、小野寺さんって仰るんですね?ありがとぉ、ウフ」
おやおや、かほりさんも満更でもないご様子。
こんな夜は大概忙しくなるもんだ。
な?あんたもそう思うだろ?
俺は棚の奥からアナログ盤のマライヤを取り出すとクリスマスソングに針を落とした。正月だけど。
自分で言うのも何だけど、恋の達人と呼ばれた時代もある。
恋が服を着て歩いているとか、よく言われたもんだ。
だから、例え季節外れの選曲だろうと、この俺に任せてくれ。
最高のムードを演出して、この店を二人の甘いステージに変えてあげるから...。mu...
「店長!5卓様ほっけ一丁でーす!」
「あぃよっ!ほっけ一丁よぉろこんでぇぇ!!」
っておい、バカバイト、空気を読め...。
思わずいつもみたいに大将の声を出してしまったじゃないか。
今日はそういう店じゃないんだよ、今日は。まったく。
俺は苦笑いを浮かべながら、「店長自慢のしまほっけ」と書かれた短冊に肩をすくめた。
さあ、二人の恋の行方は?
あんたも温かく見守ってやってくれよな。
人間トマホーク②
「新年だし、マスターも一杯いかが?」
「ありがとうございます、いただきます」
2012年、元旦。
アタシは行きつけの居酒屋「トライアンフ」のバーカウンターで一人で飲んでいた。
彼氏がいない初めての元旦。
(悲劇のヒロインを気取って一人飲みに来てみたはいいものの、映画やドラマのようにカッコイイものじゃないわ。)
マドラーの先端をじっと見つめながらあれこれ考えていた。
(あれは女優さんがやるからイケてたのね…。)
(まあ実際、白い馬に乗った王子様が店に入って来たら、ただの変質者と思うのが関の山ね…。)
ドラマチックな悦に浸れない自分に苦笑しながら、お気に入りのトライアンフのオリジナルカクテル「ハラキリ」をチビチビと飲んでいた。
カランカラン!
「いらっしゃっいませ…、おっ、こんばんは小野寺さん」
「あけおめー、マスター」
髪を9:1に分けたその人は爽やかに言った。
(あら、元旦からお一人さま御来店~、フフフ、アタシと同類項様、コロナビール入りました~)
一人でクスクスと勝手に妄想しながら横目でチラリと同類項様を伺った。
(見た目は60点ね。でも大丈夫、同類項さん、男は中身よ! でも元旦から一人飲みかぁ… 5点減点! 頑張って、同類項さん!)
「小野寺さん、今年は人間除夜の鐘行ったんですか?」
マスターがグラスを磨きながら同類項さんに切り出した。
(人間除夜の鐘?何それ?トレンディーなの?)
一人で飲んでると思わず聞き耳を立ててしまう。
「行きましたとも!しかし今年は事件が起きましてねぇ…」
「事件?」
(事件て?)
「ええ、なんでもアンカーの108番目の男がヘルメットを忘れたらしいんですよ」
「それで?」
「お寺側は『儀は絶対』の一点張りで、嫌がり抵抗するアンカーを縛り上げ、ノーヘルで鐘に突入させたんです。アンカーだからより強く…。そしたら…」
「…そしたら?」
(…そしたら?)
「かつてないいい音が鳴ったそうです。ゴオォォーン…ってね。恐らく来年からはノーヘルになるでしょう…。分岐点だったんですよ、今年は。人間除夜の鐘の最終型へ向けてのね…」
「で、アンカーの人は?」
「僕が知っているのは、すぐさま僧正達によりブルーシートがかけられたとこまでです。中身は…わかりませんが」
(…やだ、同類項さん、以外と話しがうまいじゃない…)
いつのまにか話しにのめり込み、自然に顔が小野寺の方に向いていたのに気付くと慌てて姿勢を変えた。
(15点アップね…同類項さんから小野寺さんに格上げよ)
アタシはさも何も気にしていないかのようにカクテルをおかわりした。
シェーカーを振る音がしばし響いた後、
「お待たせしました」
静かに「ハラキリ」が置かれると同時にマスターがつぶやいた。
「それと… これ、隣のお客様から」
マスターが少し申し訳なさそうにそっとグラスをアタシの前に押し出した。
(えっ?)
小さなショットグラスにはピスタチオが三粒。
(何これ?なんかの冗談?)
チラッと小野寺の方を見ると、彼は少し向こうに顔をそむけながら明らかに笑いをこらえた顔で天井を眺めていた…。
人間トマホーク①
2012年1月1日。
今日は特別な一日だ。
「一年の刑は元旦にあり」と昔の人はよく言ったもので今日の善し悪しが今年一年を占う大事な試金石となる。
それにしても去年はひどい一年だった。
なにしろ元旦からツキが無かった。
彼女と行った初詣の途中でコンビニでカツアゲされ、晩飯を食べに行ったファミリーレストランでもカツアゲされ、彼女と駅で分かれる際にもカツアゲされた。
特筆すべきはカツアゲの相手が全て同一人物だったことだ。
スネオ似の中学生と思われるその小僧の財布は会うたびに膨らんでいき、3回目に至っては札の数が多すぎて財布が閉じてなかった。
「それは全て俺の金だ!」
心の中ではそう呟いたが、2回目以降は目が合った瞬間に右手が無意識のうちに自分の財布に伸び、気付いたらヘラヘラと媚びながら金を渡していた。
パブロフの犬ってのは日常生活にも案外潜んでるから気をつけた方がいい。俺なりの人生のアドバイスだ。
そういえば、その時の彼女とは1月2日以降は音信不通のなしのつぶてになったが元気なのだろうか。
まぁ、そんな出だしだったからか全くもってひどい一年だった。
良かったことと言えば、大晦日の日に地元にある神社の人間除夜の鐘で72人目に選ばれたことぐらいか。
人間除夜の鐘はヘルメットを被った人間を紐で縛って、木の棒に代わって鐘をつく地元の伝統行事だ。
毎年応募してもカスリもしなかったが、苦節25年でようやく引き当てた自分なりの快挙だったがこれにも誤算があった。
ヘルメットは当選者が自分で持ち込むのがルールだが、フルフェイスと間違えてダビダを持ち込んでしまったのだ。
「それで本当に飛ぶのか?」
「ああ、飛べるさ。」
自分の番になった際に和尚が何回も確認してきたが、この機会を逃すと次がいつになるか分からないので強行出場した。
1番でも108番でもなく、切りの良い数字でもない中途半端な順番。その上、ヘルメットも耐久性に欠けるオシャレメットの類。
「全て俺らしいな。」
一人で含み笑いをしながら和尚に勢いよく振り下されて鐘を鳴らしたが、メットは真っ二つに割れ気付いたら担架で運ばれていた。
おかげで今日は元旦だってのに夕方までは激しい頭痛との戦いだった。
と、去年ばかりを振り返ってもしょうがない。
そう思った俺は馴染みの居酒屋「トライアンフ」に飲みに行くことにした。