東京
大学生時代の4年間と社会人になってからの1年半の計5年半、東京に住んでいた。人生の約7分の1を東京で過ごしたことになり出身地の大阪とはまた違った思いがある。
最近、大阪ではドリームズ・カム・トゥルーの「大阪LOVER」がよくFMでかかっている。しかし、大阪を題材にした曲は、どこか媚びた感じがしてあまり好きになれない。一方、東京をテーマにした曲は、東京とは距離感があって好きなものが多い。
今、僕のiTunesの中に入っているタイトルに「東京」が含まれる曲を検索したら、5曲出てきた。くるりの「東京」は「東京の街に出てきました、相変わらず訳の分からないことを言ってます」という歌詞とへんてこなメロディを始めて聴いたときは衝撃だった。2度目の東京生活が始まる車中で繰り返し聴いていてテンションを上げた。サニーデイ・サービスの「東京」は春のイメージ。1度目の東京への引越し時に見た大学通りの桜並木を思い出す。エレファント・カシマシの「東京の空」は、ブレイク前のアルバムだけあって、アングラで硬派な雰囲気が漂う曲。ちょうど、大阪に戻ってきた直後に発売されたので、東京生活を思い出しながらよく聴いていた。次はPIZZICATO FIVEの「東京は夜の七時」。エレカシからピチカートへの流れはなかなかすごいが、実際就職直後はこの2アーチストを外回りの営業をさぼっているときによく聴いていた。いまや、ルーガちゃんがグラビアアイドルなのだから本当に月日がたつのが早い。最後は小沢健二さんの「東京恋愛専科」。アルバムに収録されていない彼の8cmシングルを全部持っているのが結構自慢。
2度の東京生活とも、新しい仕事に就いて大阪に戻ることにより(1度目は当然新卒の就職、2度目は転職で)、その生活を終えている。東京は僕にとって新しいステップに進むための準備の場所なのかもしれない。
- くるり, 岸田繁, 佐久間正英
- さよならストレンジャー
- サニーデイ・サービス
- 東京
- エレファントカシマシ, 宮本浩次
- 東京の空
- pizzicato five, 小西康陽, 高木完, 野宮真貴
- Overdose
ピエール瀧さん
ピエール瀧さんの生き方にすごく興味がある。「楽器を弾けないミュージシャン」として、20年以上も消えずに活動し続けているところがすごい。「人間嫌いの営業」、「コンピューター嫌いのシステムインテグレーター」、「民法が読めない法務担当」、「統計的手法を理解していないマーケッター」というキャリアを積み、迷走中の僕としてはなんとかそのしぶとく生き残るためのノウハウを盗みたいと注目している。
電気グルーヴの相方である石野卓球さんが世界的DJとしてカリスマとなり、元メンバーの砂原良徳さんがテクノミュージシャンとして確固たる地位を築いた今でも、「ミラクルタイプ」で「ぬーん」と言っているところにある種の凄みを感じる。「TVブロス」のコラムなどでこの「ぬーん」という語尾をずいぶん長く使い続けているような気がするが、やはり「継続は力なり」なのだろうか?
電気グルーヴでの瀧さんの音楽的な貢献度は正直よくわからない。ただ、石野卓球さんや砂原良徳さんのそれぞれのソロ作品がいい意味でも悪い意味でも「狂気」を感じるのに対し、電気グルーヴの作品にはある種の「親しみやすさ」が残っている。この点はピエール瀧さんの影響があるような気がする。
個人的な電気グルーヴの代表作は「VITAMIN」。初期のおばかサウンドと近年のテクノ色を前面に出したストイックな楽曲とのバランスが絶妙に取れている。「Snow and Dove」といったインスト曲や瀧さん作曲の「富士山」、名曲「N.O.」など、バラエティも豊富。
瀧さんには卓球さんの部屋でニュー・オーダーの「ブルーマンデー」を直立不動で聴き入っていたという逸話がある。瀧さんとニュー・オーダーはなかなか結びつかないが、「N.O.」の切ない歌詞とメロディを聴いていると少し納得できるような気もする。
- 電気グルーヴ, 石野卓球, ピエール瀧
- VITAMIN
- 石野卓球
- DOVE LOVES DUB
- 砂原良徳
- WORKS’95-’05
- New Order
- Power, Corruption & Lies
太りすぎ
小学5年生の時に2ヶ月ほど入院した。理由は、はがれた膝軟骨の除去。たぶん、野球選手がよくなる「関節軟骨損傷(関節ねずみ)」だったと思う。体が大きくかつよく転ぶ子どもだったので、膝にも負担がかかっていたのだろう。一度目の手術の際に全身麻酔が体に合わず中止となったため、入院期間が長引いてしまった。二度目の手術は一番痛いと言われる脊髄注射での麻酔だった。鎮痛剤の効果もあってか痛いとさんざん脅された割にはそれほどでもなかった。しかし、術後吐き気がなかなかおさまらなかった。
手術までは検査が中心で時間をかなり持て余した。小児ベッドでは小さすぎて一般病棟に入れられたこともあり、テレビのチャンネル権もない。ラジオかカセットテープを聴くくらいしか楽しみがなかった。「ザ・ベストテン」が大好きだったので、テレビからカセットにとって持ってきてもらっていた。両親とも機械に弱いタイプなのでライン入力という技を使えるはずもなく、家族の声が入りまくりのテープだった。当時2歳の弟が、マッチの「ギンギラギンにさりげなく」にあわせて、「あうあう」歌う声も入りまくっていた。
就寝が早いので毎朝4時ごろに目が覚めた。他にすることもないので長距離トラック運転手向けのラジオをイヤホンでよく聴いていた。おかげで、演歌やいわゆる歌謡曲というものにも詳しくなった。「奥飛騨慕情」や「メモリーグラス」がよくかかっていた気がする。
膝以外はどこも悪くないので、食欲はいっこうに衰えない。暇なこともあり常に何か食べていた気がする。おまけに、夕食が5時なので夜中に空腹で目が覚めて、毎日夜食を食べていた。さらに、運動をしないので、ただでさえ太り気味な体質の僕はみるみる太った。手術直前には80kgを超えてしまった。それ以来20年以上キープ(落ちなかった?)してきた80kg台の体重がついに90kgになった。ただいま緊急ダイエット中である。
- 竜鉄也
- 男とおんなの恋旅情
- 堀江淳, 船山基紀, 麻木かおる, 飛澤宏元, 萩田光雄
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