トランスフォーマー
お盆休み前に会社を休んでトランスフォーマーを観に行ってきた。いつもの出勤時間と同じ時間に家を出て、TOHO系映画館で実施している「ファースト・ショー・サービス・オン・フライデー」割引を利用して1,300円で観ることができたのでそれだけでも満足。
肝心の映画の内容は賛否は分かれると思うが僕は大好き。エイリアンによる地球侵略モノにありがちなシリアスなタッチを避け、あえてコメディタッチにしたのが正解。善悪が明確でわかりやすいエンターテインメント大作に仕上がっている。
主人公を凡庸すぎるくらい普通な青年にしたことにより感情移入も容易にできるところもよい。同じ、マイケル・ベイ監督作品の「アルマゲドン」(この映画もエンターテインメントとしてはかなりよくできているとは思う)が庶民的ではあるものの、どちらかと言えば特殊能力を持った人たちであまり感情移入できなかったのに比べ好感が持てる。
序盤のスピーディーな展開でぐいぐい引き込まれる。なんといってもトランスフォームのCGは観ていてとっても気持ちがよく、わくわくする。僕たち超合金世代が夢に見た変形をあんなに格好よく見せてくれればそれだけで感動。
中盤、主人公のおとんおかんがうざく、トランスフォーマーもからんだ安いファミリーコメディみたいになってかなり心配した(なぜか「大日本人」のエンドロールで流れた、ヒーロー家族のコントを思い出した)。しかし、最後の対決シーンは大盛り上がりで十分挽回してくれた。
妙に軍人さんが格好いいのが鼻につくところと、ボスキャラが意外にあっけなくやられるところがちょっと残念。自己修復能力があるのなら「ターミネーター」みたいに、しつこいくらい復活して盛り上げてもよかったのにという気はする。有名俳優は出ていないのに米国で興行収入3億ドル超え。俳優よりもCGを観に行く時代になったのかもしれない。
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正しいこと?
5、6年くらい前に、送別会で主賓の同じ部の課長さん(直属上司ではない)がこんな挨拶をした。「私は非常に厳しい交渉が必要な仕事をしてきましたが、周囲に納得していただくために、常に、正しいことを言い続けることを意識してきました。今後もこの姿勢を貫いていきたいと思います」、と。その課長さんのことがあまり好きではなかったので(事実、彼の言う厳しい交渉で結構難しい要求を日々突きつけられていた)、かなり偏見のある見方であることは承知の上だが、自分が「正しい」と言い切るその傲慢さに反吐が出るほどむかついた(事実、その日は飲みすぎて、記憶を飛ばしてしまい、気がつくと自宅近くの溝にはまっていて、会社から貸与してもらっていたノートパソコンを破損してしまった)。
なぜ自分が正しいなんて自信を持って言えるのか、未だに理解できない。「正しい」なんて、どの文化、環境や立場に則るかによって、十分変わり得るものだと思う。アメリカ大統領が「正しい」と思ったイラク戦争の現状を見れば、その危うさは明確だ。
百歩譲って、その課長が「論理的に正しい」という意味でこの言葉を使ったのであれば、この正しさもいろんな環境などに左右されることもあるが、まだ理解できる。ビジネスの世界では一定の論理的な正しさ、明確さは必要だと思う。ただ、正しいことを言うタイミングも必要だ。人間は感情の生き物である。例えば、自分に非があることは承知の上で、本当に困ってテンパって無理なお願いをしてきたお客さんに対して、論理的に正しい反論をしては逆効果なことが多い。いったん共感を示して、受け止めてから、できることとできないことを説明すべきだ(事実、この課長さんは冷たくあしらって、お客さんを怒らせたことが多々あった)。「極力正しいと思われるタイミングで、論理的に正しいことを言い続ける」くらいが、妥当な落としどころではないかと最近は思っている。
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ゼルダの伝説 夢幻の砂時計(苦戦中)
ここ最近ニンテンドーDSで「ゼルダの伝説 夢幻の砂時計」にはまっている。出張の新幹線の車中でもせっせとタッチペンを動かしている。スーツ姿のおっさんが外でDSをやるのもどうかと思っていたが、東京では山手線の車中でもDSやPSPをやっている大人(女性も結構いる)がたくさんいるので、次第に抵抗がなくなってきた。以前、日本に来た外国人の方が、車中で大人が漫画雑誌を読んでいるのを奇異に感じているという話を聞いたことがあるが、大人が人前でゲームをしまくっている姿もかなり違和感があるだろう。もっとも、携帯ゲーム機とはいかないまでも、携帯電話機でゲームをしている大人はそれこそ珍しくもなんともないので、すっかり日常風景になりつつあるのかもしれない。僕が言うのもなんだが、通勤電車の中でめがね型ディスプレイをつけてDVDを観ている人がいたときは度肝を抜かれた。公的な空間の概念はゆるゆるになっているのだろう。
話がすっかりそれたが、このゲームは本当によくできている。まず、タッチペンでの操作がすごく自然で理にかなっている。難易度も適度で、最初はつまずいたところでも何度か繰り返し試行錯誤するうちに解けてしまう。アイテムを手に入れるたびに、同じダンジョンでもショートカット方法が見つかるなど、いろんな発見があるところも楽しい。携帯ゲーム機の特性をよく理解していて、短時間でも楽しめるところもよい。
ただ、相性と言う面では、僕はこのゲームに決定的に向かない。アクションがあまり得意でないので、これまでもゼルダシリーズは避けてきていて、実は、ゼルダシリーズで真剣にやりこんだのは初めて。アクション云々よりも、何度か試行錯誤しないと進めないというところが少し辛い。思い通りにいかない日常生活の逃避のために、ゲームをしている要素が大きいので、ゲームの世界では達成感よりもさくさくと進み、万能感を味わいたい。
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