ワードサラダ
ブログ検索サイトを利用していると、たまに意味不明のブログが出てくる。例えば、「ミス香港が梅雨明け宣言をしたら、イリュージョンに失敗して、求人にゴールされた。小柳ルミ子がFXでリタイアし、ダンブルドアにアフェリエイトを食べられた。」といったような文章だ。このようなブログを見つけるたびに、電波系の人かそれとも諜報機関の暗号用のブログかとずっと不思議に思っていた。
先日、日経BPネットの「時代を読む新語辞典」
の記事を読んで、これまでの疑問が一掃された。このような文はスパムの一種で「ワードサラダ」というらしい。
この記事からそのまま引用すると、「ロボット型検索エンジンは、このようなブログがスパムであることに気付かないことが少なくない。検索エンジンを利用したユーザーが、何かの弾みでこのようなブログを目にしてアクセスすると、ユーザーのパソコンは、通販サイトのクッキーを自動保存してしまう(ブログを見ただけでは、ユーザーは、このブログと通販サイトとの関連性が分からない)。このユーザーが、後日、何も知らないまま通販サイトで買い物をすると、その販売手数料がブログの運営者に振り込まれる。」ということがこれらのブログの目的らしい。
金儲けのために、本当にいろいろなことを考える人がいるものだと感心する。また、常々このようなブログを気持ち悪く感じていた僕にとっては、「ワードサラダ」という名前がわかってずいぶんとすっきりした。ある事象に名前をつけることの重要性に改めて気づいた。
「ワードサラダ」はプログラムで自動生成することが多いらしく、妙な違和感が残る。中島らもさんの小説「バンド・オブ・ザ・ナイト」にも、怒涛のような言葉の羅列が何度か出てくるが、その迫力と美しさとは大違いだ。
NHKの受信料を払おうと思うとき
僕は基本的にNHKが嫌いな人間である。NHKを見なくてもテレビを買うだけで受信料を払わなければならない意味がわからない。それなら、スクランブル方式にでもしれくれたらいいと思う。NHK職員の不祥事が相次いだ時は、受信料のクレジットカード払いをわざわざ解約して支払い拒否をしようと思ったほどだ(これについては奥さんの「NHK職員との督促対応が面倒くさい」の一言で却下された)。企業名は極力放送しないと言っておきながら、実はお金を払うと企業やその商品が番組で取り上げてもらえるという噂も聞いたことがある。噂で批判するのはフェアじゃないが、とにかく嫌いだ。
そんな僕でも年に5、6回は受信料を払おうと思うときがある。それは、日本代表戦をテレビ朝日が放送して、解説が松木安太郎さんのとき。ぎゃあぎゃあうるさくて、サッカーに集中できない。その上、セレッソ大阪を弱くした怒りがよみがえってきて冷静になれない。そこで、衛星放送での中継を見ることになる。落ち着いた解説が本当にありがたい。
ちなみに、松木監督時代(1998年)のセレッソ大阪の成績は、ナビスコ杯も含めると15勝22敗1分け。強豪チームではないので、ほめられた成績ではないものの、そう非難されるべきものではないかもしれない。しかし、僕の中ではこの1年はセレッソ大阪にとってすごく無駄だったという印象が強い。負け越し続きのチームを1997年にクルピ監督が年間を通じて五分にまで持っていったことと、1999年にレネ監督が1st、2ndステージとも5位にまで躍進させてくれたことを考えるとなおさらそう思う。ついつい、お前ごときに日本代表を解説する資格はないと言いたくなる(選手時代の実績は無視して言ってます)。
それにしても、日本代表戦とほぼ同時刻に行われるJ2の試合は物悲しい。昨日は、NHK衛星で代表戦も見ながら、2ちゃんねるの実況スレでセレッソを応援していた。
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37歳になりました
今日は僕の37歳の誕生日。30歳や35歳になったときのようなショックはないものの、淡々と40歳(そして死)へと向かっているというかすかな実感はある。ただ、そんなに毎日に不満はなく、斉藤和義さんの歌詞を借りて心境を語ると「あの日描いた未来とは、何か過ごし違っているけど、それが時の流れ」といった感じだ。
一方、何も成し遂げないまま歳だけ取ってしまったという反省も少しある。ジャニス・ジョプリンやカート・コバーンが死んだ年齢から10年も長生きしている。ちなみに、37歳で亡くなった有名人は市川雷蔵や宮沢賢治など。せめて死後に名が残るように、詩や童話でも書いておいた方がいいのだろうかとも思うが、あいにく才能が伴わない。
父が死んだのが52歳なので、それまでは15年しかない。そう考えるとなかなか感慨深く、残り時間はあまりない気もする。もっとも15年後は、まだ子どもが20歳と17歳なのであと最低20年くらいは生きなければという義務感はある。
志を少し低くして考えると、僕の場合、祖父がアル中の無職で父が破産者だから、警察にお世話にならない限りは、この三代で一番まともな人間と胸を張ることはできる。仮に、人間の生きる目的が遺伝子を子孫に伝えることであると限定するならば、ここ2代で負った大きな失点を立て直す土台を作る中継ぎのような役割が、僕の役目のような気もする。失点を防ぎ1点でも2点でも返しながら子どもにバトンを渡せればと思う。
というわけで、子どもの活躍に期待して早期教育をとも思うのだが、どうも、そんな器ではない気もする。まあ、前に投げた投手が打たれまくっているので、子どもにもマイペースで投げればいいよと伝えようと思っている。ただ、孫の代では一発逆転を狙いたいので、子どもの嫁選びと、孫の教育には思いっきりコミットしてやろうと思っている。
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