3と8分の3に分節する方法を模索するメモ。
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移民計画

計画中というか移行中。

ついでにここに残っているログも移してみる、

ついでに読み返してみて今思う事を併記してみる、

ついでに自己嫌悪して身悶えてみよおう。


すごい時間かかりそう。エムか。そっぉい!


あ、行き先はこんな です。そっぉい!

蜘蛛が糸を吐いていく

移民しようかしら。

そういえば「時をかけ~」を観に行った、

…フリをして、観てきた女子高生か中学生かそんな位の子達なんかを見てきた。


長くなるし、複雑になるので自分の中での経緯は書けないけれど、

楽しかったぽい。良い事だ。


パンフなどをめくっていたよ。あの子達がお客さんとして一番健康的で、

観ればいい人達だと感じました。


上映館数の格差や、監督の諸経緯、メディアどれも切り離せないけれど、

諸々が般化している分に複雑化もしているように思えてしまって、

そこに自分を収めるのが難しい。ざっとこのような感じでした。


夏に空を見上げて、

雲を観ている、というのは普通なのか。

ただただ青いだけの空を見ている。

そんな人には多分、パンフは要らないなぁ。

問題は自分の人生を笑い飛ばせるかどうかなんだ。

食事する事すらも忘れる程に、下書きで止めていたメモが保存されてなくてショック。

色々書いておったのだけどー残念。もう思い出せぬ。詐欺のススメとか何とか書いてた気が…。

ただまちょーっと今は、今欲しいものを今考えてみましたよほ。


手頃で特徴のない感じの新しいメガネ。欲しい。

自転車の新しいタイヤ。欲しい。

苦痛代行が職業の原則と捉える社会性。欲しいのほほ。

これっくらいかしら。最後以外すぐ買えるやんけ。


もしサマージャンボ当たったらとか言われても特に使う事なくない?

普通何に使うんでしょうね。家?車?まー老後のために取っとくという人が多いのかな。

10億だったら、もの買うでなくて映画とかね。図書館を作るとか。10じゃ足りないかー。

1000億だったらゲ○戦記差し止めるとかもいいな!

家もねぇ、都心で仕事してたとしても超高層のマンションとか渋谷の一軒家とか、うーん。

でも野望はありますよ、一応青梅街道沿いの2DKに独りで住むとかね。小さすぎるなぁw


と、いうわけで等身大な自分にあきれつつも。

ハッピーバースディーハッピーバースディーお~め~でとお~自分に~♪

いやぁ卓球さんは実に良いなぁ。


卓球さんで思い出したけど、エウ○カの最終回に電気の「虹」が使われてるんですってね!

最後の方まるまる見てないから知らなかったよ…。

使っちゃったかぁという感じだけれど、おそらく脚本の○藤大氏が昔からここぞっていう時に使おうとか思っていたんだろうなぁ。

音楽ライターだったわけだし。エ○レカも#1からそういう音楽系ですよーっていうノリだったから。

そうかそうかーだいぶ乗れなかったけどなー。今の時代はあれね残酷過ぎちゃってもうね。

だからって消化しないで引き摺り過ぎだっていうのはエ○ァからこっち、伝統なんだろうなぁ。若者の文化。

いや大人の若者の文化、かしら。

引き摺り方が露骨で、何か下品だわね。


あーでもエウレ○は監督さんが…だから○ヴァなんだろうか。でも絵にはそう関係なくままに出るぞぅ…。

笑えないねぇ。

たいがいの車には興味を持てるがただひとつだけ例外があるんよ(ただのメモ)

まとめる時間がないのだけれどせめてメモ、メモだけでも…。


*路地が商売道具にされている。住宅地の間をブンブン通り抜ける車車。カーナビの抜け道検索とか。

路地スキーのアチキとしてはウウムううむウウむむむ。


*情報の共有化というか、オープンソース現象というか…今のこの状況とこれから。個人個人の環境や経験に基づく価値観が如実に現われやすくなってくるんだな。共有してどうするねん…経験の共有だったら愛でも芽生えるのだろうにぃ。

*人と同じ事はやるな。中国は必ず来る。健康ブームも来る。ワシの中のおじい様名言集より。


*打算というか釣り合いというか、現代っコの特徴。カクユーワシも昔から達者なのだけれど、克服せねばならんと思い続けている。そのために変質して来ているが、何と言おうか、ううスマヌ…頑張るよオイラ。


*例外は、ラブワゴン。

*「自分」を何て言い…言えば良いのかよくわからなーい。何かメモで書いたら後で書かなくなるな…。

ここ2、3日というほんとうに近況。

急に進展していた話が怖かったんですが。でも白紙になってもた。

くそうもっと沢山妄想すればよかったよ、と私の中の腐女子が申します。

白紙にセイントセ○ヤの同人でも描くか。

それなら血文字ですはだくらぶと書いてやろう。ナツカシス&デムパ注意報。


そういえば先日書いた、日本人のDNAの話云々。無知にも程があったなぁとこう、後悔。

ちょうどその手の番組がやっていてそれキッカケで調べて行ったら、

複雑というよりはヤヤコシイ感じの経緯があって、

それは大きいのは確かだけれど、あれは「たわ言」だしいいか。

でも性質、だから結局はお互いのね。


そんなんだから、自尊感情と好奇心とかまた考えながら書こうとか思っていたが、

やはり調べてからにしよう。からにしよう、からにする、やしがにほふる。

なんでよ。デムパ警報。


そういえば「後からパッチ」のいわゆる「kaizen」って国際語になってんだ。

改善、いかにも日本ぽー。改善上手だから、根本から変える、ってのは苦手。

根本、こんぽん、ねもと、そういえば、かな漢字廃止論者。

あ、喉の奥から痺れるものが、皹れる、ヒビ、シビレルー。ああ段々頭に回ってきた。


…何書こうと思ってたんだっけ。メモは…かにかにどこかにー。

わかったらハイ名探偵。



しばらく何も書かない方がいいなぁこれはw

それか、マジメ一本で気合入れて書くか。それやったら反動起草。オレーw

先日見た衝撃の内容の夢から、あれこれ思い進んでいる日々です。

夢の中で親になった時に、一瞬にして様々な事がわかりました。

わかってしまった。後付けで考えると、変わってしまった。


親になるまでの20+余年、それがほとんど全て瞬間に子供のために費やしてきた準備の時間となる、気持ち良さ、覚悟。

覚悟かな、悟り、覚める。これは革命に近い。それは銀行の貸し金庫の中で見つけてしまった「わたしのレーゾンデートル」。


そうはなるんだろうなぁと昔からある程度予想できはしますが、実際の状況となると完全に違いますね。

切り替わって、あちらとこちら、完全に違う。


その時に具体的にわかった事がいくつかあって、

ひとつは、子が親に感謝する気持ちとは違う種類の感謝の念のようなもの。

親になる時に発動する念、感情と言うのは、

生物としての本能と思っていた、けど少し違ったのです。


もっとより人間的なものだった。その念はおそらく情緒だと。


感情が論理をパラサイトさせた経緯について考えていると(最近よく考えるのです)、

人間が人間になっていった経緯に自然と想いを馳せます。

そして重要なのは、ひとつの個体が永久に成長を続けるという形式で無く、

それが絆によって「継承」されるという形式を取るという点。

これこそが感情が招き入れる論理を選ぶ基準になるもの、つまり情緒を形作るのだろうと言う事です。

人によってはそれを生命の神秘、と捉え感嘆するのだけれど、それは生物的な喜びともうひとつ人間的な情緒ではないでしょうか。


次に時間の捉え方です。現在過去未来。

夢の中で子供が誕生した時に周りには親族がいたのですが、親族全員がその子供に積極的に意識を集中します。

この時に家系図というのを頭に思い浮かべました。あれは上から下に過去から未来というように書いてあるが実際、

その瞬間の家系図は逆様でした。子が頂点で、そこから枝葉のように伸びる祖先の人々。

上から下の家系図とは、子供の思い浮かべる家系図だったという事です。


社会で何かを成す、という事は成熟した子供にしかできない事です。

大人と子供、の子供ではなくて、親と子供の子供です。

親でありながら子供の時間を持って仕事をするというのが現実でしょうか。

そして社会はこの祝福された子供達によってもしくは、親でありながら子供の時間を作り何かを成す人々によって支えられています。

その様なのでそこには過去の偉業と、未来のみありきで、現在がありません。

現在なんて個人主義のまやかしでした。かのような家系図で生きる人にとってはなくてもよいものです。

面白い事に、このような感覚を現実的と捉える事は少なくないですね。現在と現実は似て非なるものです。


ざらっと思いつくままに書きましたが読み返してみればごくごく当たり前の事です。

ごくごく当たり前である事は当たり前であるけれど、とても重大な事なのです。

その当たり前さ、重大さ、は、人間が積み重ねてきた世代の数ほど重いのだろうと思います。


なんだかマジメだなぁ…。

最近観た夢の話のメモ。

本日はいつにも増してデムパな内容です。読まれる方は心して読んで頂きたい。


まーた夏風邪をひきましてねぇ、頭がガンガンガンガンガンガンガンしてどうにもな日々です。

そんな日々ですからねぇ、頭があったかいままでよく夢を観る日々です。


夢なんちゅーのは考え事したり、テレビつけっぱで寝ると、よくよく観るのですが、

最近ちょっとこんな夢は書いといたら面白いのなーというのを観たのでした。


最初、どこか病院・学校・研究所といったような建物の一階の一番端の部屋にいるのですな。

なんだか知り合いの人達10人ほどの中に自分はいて(本当にみんな仲が良く)、

誰かがケーキを買ってきたので、廊下の通用口から外へ出て、

すぐそこにある木製のテーブルで食べる事になった。


それでケーキを食べるので、紅茶でも淹れようか、

などと「ああなんだか女性っぽい気の利かせ方だなぁ」と思っておると、

通用口から、全身が赤・ピンク・白・(さつまいもの皮のような)濃い赤の色をした人が歩いてきて、

自分に挨拶をしてきたのである。「よぅ」なんて感じで。


で、その色は、人体の皮をそいで、そこにある色である事に気が付くと同時に、

そいつは全身の皮がない、さながら人体模型に命があるかのような感じで、

(人体模型とは言ってもそこにある赤は、「生の肉」そのもので、歩くと「ニュチニュチ」と音をたてるのだ!)

「知り合いではあるのだが、あまり関わりあいしたくないという類」の扱いをして、やり過ごすのだが、


そこでうっかり「そういう逃げ方もどうかなぁ」と思って、

「ケーキ食べてく?」と人体模型君に声をかけると、

「体にしみるからいいよ」と言われた。


それで試合とやらに行くようで見送ると、すれ違い様に「はやく実家帰った方がいいよお前」と言われたので、

「そうだった!」と思い、突如建物へ入って中の方へ行くと手術室の前に家族・親族らしき人達が集まっている。


何となくどこ行ってたんだみたいな顔を義理の叔父にされたが、やがて…子供が産まれた。

そう俺の子供だ…。


その衝撃ったらなかった。もうこれがめちゃくちゃ愛しく思うのである。

祝福されて然るべき眩さでそこに眠っている。

そしてその御子と自分とのコントラストにハッとするのだ。

疲労しきったお嫁さんとはここ6ヶ月は会っておらず、収入も安定しない。これではいかんとか思うのである。


やがて退院の日取りが決まり、ひとまず子供のための服とかベッドとかを買うためにみんなでパルコへ行く。

自分は柔かい布にくるまれた子供をかごに抱えて店内を物色しうろつく。

その光景に、一瞬線で描かれたアニメーションの1シーンなような気がしてきて、

「これって久嶋さんあたりにやってもらって、総作監修正入れまくってもらったらいい感じだな」とか思って、


思った瞬間、ブワァと涙が出てきて猛省するのである。

そんな自分の、どうしようも無く申し訳ない折りをお嫁さんに伝えると「へ?」というような顔をされるのだが、

(主に嫁さん側の)親族達が、この子の名前を「カタリナ」とスペインぽいというか、ファンタジーぽい名前にしようと提案し、盛り上がる。


のだが、「そういう不真面目な感じで名前を付けるのはよくない」と反対し、「責任を持ってつけるから」と子供に誓うのであった。


と、ここまででもだいぶヤバイ内容であるが、この後もそれっぽい展開が続く。


今回の夢は本当に夢であるという自覚がなく、まさに追体験そのものであった。

それと本当に電波ぽいのですが、夢の中の方々に感謝申し上げたい。色々勉強になった。

それにしても自分の子供は死ぬ程可愛いかった…。

最近のアニメ鑑賞日記の話。

朝の凱王楽しかった。

なんだかあらかじめ予定して観るものって関わっている方がだいたい同じような気がする…。

だがしかし月末の回も観ゅ。メカが凄いよもう。オモチャ欲しくなるよ。


とと、ついさっきテレビを回していたら、

どっかで観た事あるようなOPぽいのがやっていたらNHKだった。

今観ているのですが、こんな痛い内容だったんですねぇ。

部屋とかすごいリアルなディテールなんじゃなかろうか。まさに誰々んチという感じだなぁ。


そういえば、フジでプライドやらんくなったので、あのOPが観られなくなった。

観られなくなったらなったら別にいいのだけど、とグデンな事を言ってみる。


劇場、勇気物語はちょっと過剰広告で引きました、ので行かない。

タイムトラベラーの方は観に行きたい感じでございます。


そういう前にやれよお前っていう事がいくつもあるので、落ち着いてからかなぁ。

その頃には夏が終わっていたりして。

感情は論理をパラサイトさせる論。

人の意見を聞かない人っていますよね。

たとえば、そう私自身。


※ターニングポイント1

じゃあなんで聞かないのだ?と問われれば、

「こっちの方が正しいと思う意見があるからですよ」と答え申す。


なるほど固まった自分の意見があるんですか。

「でもねぇ、この意見も自分で100%考えたか、と言われると良くても半分以上は外から持ってきたモノだったりしますよ」と本音を言わう。


それはどうして外から入ってくるのですか?と思わず聞きますれば、

「必要だったから取り入れたのです」とミトコンドリアの経緯のような事を言い出す。


だとしたらより良いと思う意見だったら受け入れませんか?と聞くと、

「それは難しい。さっきミトコンドリアと言ったけれど、中にある感情が、もともと都合の良い論理を受け入れ、そしてその受け入れた論理によって、脳内が多少変質して行くから」と。


変質はやがて規模の大小はともかくも、偏執する。

偏執すれば、「冷えた溶岩を谷間に流し込んで玄武ガーン!」のごとくテコでも動かなくなると、こういうわけでございます。


→ターニングポイント1からやり直す


※ターニングポイント1

じゃあなんで聞かないのだ?と問われれば、

「嫌なもんは嫌だ」と感情をあらわにする。


こっちは論理で聞いているんですよ、なぜ感情で答えるのですか?

「論理?ハァ?じゃあなんでそっちは論理で聞いてくるわけ?こっちは感情で生きてるのに」


確かに感情で生きているのはわかります。そもそも生きるという事に論理は関係ありません。

生きているから生きる、そういう事でしょう。しかし、他人の意見を聞かない事で死ぬ事だってありますよ?

「だったら聞かない事もないけど、嫌なものは嫌だし、何か他人の意見を聞かないでも済む方法ってないの?」


そうして論理は感情の弁護をするのでした。



最近本当に論理なんていうのは感情の奴隷だったのだなぁと思う。

しかし取り入れた論理は独自の遺伝子を持ったミトコンドリアのようなもので、

脳内で機能し、様々な定義を整備し、やがて行きすぎると逆支配を始めだす。


自由経済主義者・緩やかな社会主義者、このふたつ、中身はそういった違いがあるのだと思うダス。

今回のタイトル、ナカータ風に書くと、

「感情は論理をパラサイトさせ、論理は感情を支配するのである」となる?Oh必要充分条ケーン!yeah!


日本人は単一民族?

なんだか凄いタイトルで書き始め。たいそうなもんじゃないです。妄想れす。


マスメディアや本屋の店頭なんかで日本人論がよく語られているので、やはり考える機会は多く。

でもちょっと自分にはどうでもいいレベルでの話が多いので、誰か付き合って下さいといった気分れす。


なんだかヤケに朝鮮という言葉に反応する人が現実、文字、映像、ネットにはいるなぁと思っていて、

戦前戦中戦後すぐ、の時期に教育、社会から影響、を受けた世代の話、

それだけでは片付けられない、何か深い根っこを察するに、

自分は「ソリが合わないDNA」とでもいうべきものを想起するのですよね。


今の日本人はだいたい縄文人とその後大陸から渡って来た渡来人(昔で言う帰化人)の混血で、

だいたい9割の国民が混血らしく。

沖縄の人やアイヌの人や在日の人などで、コミュニティを作り文化を大切に暮らしている人の数を考えても、

どうにも縄文の純気質を持った人が残っているのかな、と思う。

この人達は、気質的に大陸系の人とは完全に異質なので反応するのもわかる。


そしてもうひとつ、百済出身の人達。

縄文末期、九州の北西のほうではすでに水稲による稲作が始まっていたらしい。

地理的に言えばばっちり大陸・半島から来たもの。

それから歴史で習った環濠集落、という主に九州にあった村の形態。

稲作がはじまる→肥沃な土地を奪い合う→防御を固めるために村を濠でおおう

という説明を受けたのだが、果たして。

250年単位で物を考えればそんな感じかもしれないけれど、リアル環濠集落を形成したワケを考えると、

人同士で戦う性質が入ってきた、感じがする。

野蛮などと言う意味でなく、頭がいい奴が入ってきた、という意味である。狡猾。

話が脱線したけど、そうやって少しずつ、(縄文人達を含めた意味で)この土地に馴染んでいく。

馴染んでいくさなかには色んな悲劇もあったと思うが1000年とかそういう単位で馴染んでいき、

時代は飛鳥朝廷の時代になる。


ちょうど同じ頃に朝鮮半島で百済が滅亡して、百済王朝の人間が日本に流れてくる(一緒に仏教が入ってきた)。

この時やはり混血が進んでいた&偉い人に渡来人系の人が多かった&百済の優れた文化、のために受け入れていったわけですな。

そうして百済の血もこの土地に馴染んでいく。

滅ぼされた百済の末裔。朝鮮半島の他国の人達とソリは合わない。そして反応と。


こんな感じで、元来の性質が合わないというのはあるんだろうと思う。

(だからといって不理解を進めてはいけないけどね)


とは言え三国人という古い言葉からもわかるように、多くの人が何とはなしに、馬鹿にしていた時代があったのは確かだし、それは今でも小さくないのだと思う。

無知ってコワイのだ。


そういえば「韓国の人は、中国はお兄さん、日本は弟、くらいに思っているらしいよ」と言う話題になった時に、

10代のコが「ええ?!マジすか」と言っていた。

自分ともうひとり(この人は歴史に造詣が深く話していて面白い)は、「(歴史を見れば当然)そうでしょ?」と言っていたのを思い出す。


滅多にこんな事を書こうとは思わないのでついでに勢いでお隣の国について思っている事を書こう。

半島という地理的条件、歴史的背景を考えれば、とてもかわいそうな境遇であると思うが、口には出さない方が良さそうだが、ここは言論の自由を盾にあえて書くとすれば、

中・朝・日の3兄弟、次男の立場は何かと大変だと言う事である。その上あの民族は南北に裂かれているのである。

国力を二分されていると言ってもいい。この状況にも日本も関係しているので、言及するのはアレだけれど。同情。

昔喧嘩してきた三男坊に「同情する」とか言われても、アレだけれど。

アレ…言わぬが花って違うか。


そんな事を考えると逆に国家の大切さや歴史も重さを感じるわけだけれど、渡来人はどんな想いで稲を植えたのだろうか、

とかそういうミクロな部分のディテールが好きです。

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