自分の心をあやつる術
「自分の心をあやつる術」というお話です。
----------↓
剣豪の境地とは?
毎朝近所の森で、太極拳をやっていることは以前お伝えした。
太極拳は元々武道であるから、奥が深い。ただし一人演舞だから、むしろ武道と言うより舞踊に近いかも知れない。
もともと思考先行型、頭でっかち人間の私にとっては、頭を空っぽにするととてもいい刺激となる。立禅に始まり立禅に終わるというのが、モットーである。
ゆったりした呼吸でゆっくりと舞っていると、心がだんだん静まり小鳥のさえずり、風のそよぎ、木々の呼吸等々大自然と一体となり、とても気持ちがいい。
その後は、いろんなアイディアや智慧が泉のように湧いてくる。
もちろんやる気も元気も湧いてくる。
頭はつくづく空っぽにするものだと実感する。
そもそも禅の修業では、雑念を取る修行をやるが、これがなかなか難しい。
じっと座ってやる座禅は、凡人にはハードルが高い。
その点、ヨガや太極拳は動きがあるから、意識が散漫になりにくい。
動禅と言われるゆえんである。
前置きが長くなったが、先日「塚原卜伝」というドラマがあった。
真剣勝負の武者修行に出かけ、だんだん戦わずして勝つという真の剣豪の境地に進化して行く、その過程がとても興味深い。
無心の境地の追求である。無心であるからそこには何のはからいもない。
それこそ自他一体の境地だ。
自他一体だから相手の動きが手に取るようにわかる。
何の心配もなく、苦悩もなく、恐れもない。まさに天地と一つの境地だ。
そんな境地に一歩でも近づきたい今日この頃である。
見山敏
----------↑
表題に掲げたとおり、「自分の心をあやつる術」がここにあるように感じました。
おそらく、こういう境地の時に、潜在意識に刻み込んだものが、実現していくのではないかと思います。
私はまだ、そのような境地に近づいたこともない身ですが、とても興味が湧いてきました。
見山さん、いつも、素晴らしいメッセージをありがとうございます。
感謝です。
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剣豪の境地とは?
毎朝近所の森で、太極拳をやっていることは以前お伝えした。
太極拳は元々武道であるから、奥が深い。ただし一人演舞だから、むしろ武道と言うより舞踊に近いかも知れない。
もともと思考先行型、頭でっかち人間の私にとっては、頭を空っぽにするととてもいい刺激となる。立禅に始まり立禅に終わるというのが、モットーである。
ゆったりした呼吸でゆっくりと舞っていると、心がだんだん静まり小鳥のさえずり、風のそよぎ、木々の呼吸等々大自然と一体となり、とても気持ちがいい。
その後は、いろんなアイディアや智慧が泉のように湧いてくる。
もちろんやる気も元気も湧いてくる。
頭はつくづく空っぽにするものだと実感する。
そもそも禅の修業では、雑念を取る修行をやるが、これがなかなか難しい。
じっと座ってやる座禅は、凡人にはハードルが高い。
その点、ヨガや太極拳は動きがあるから、意識が散漫になりにくい。
動禅と言われるゆえんである。
前置きが長くなったが、先日「塚原卜伝」というドラマがあった。
真剣勝負の武者修行に出かけ、だんだん戦わずして勝つという真の剣豪の境地に進化して行く、その過程がとても興味深い。
無心の境地の追求である。無心であるからそこには何のはからいもない。
それこそ自他一体の境地だ。
自他一体だから相手の動きが手に取るようにわかる。
何の心配もなく、苦悩もなく、恐れもない。まさに天地と一つの境地だ。
そんな境地に一歩でも近づきたい今日この頃である。
見山敏
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表題に掲げたとおり、「自分の心をあやつる術」がここにあるように感じました。
おそらく、こういう境地の時に、潜在意識に刻み込んだものが、実現していくのではないかと思います。
私はまだ、そのような境地に近づいたこともない身ですが、とても興味が湧いてきました。
見山さん、いつも、素晴らしいメッセージをありがとうございます。
感謝です。
今に生きる
「今に生きる」というお話です。
----------↓
小林正観さんの心に響く言葉より…
お釈迦さまがまわりの弟子たちに、こんなふうに問いかけたことがあります。
「人間の一生の長さは、どのくらいだと思うか」
問われた弟子たちは口々に、30年とか、50年、70年、120年と答えましたが、お釈迦さまの答えは、次のようなものでした。
「いや、どれも違う。
人間の一生というのは、刹那(せつな)、刹那、この一刹那の長さだけだ」と。
一刹那とは、拍手を一回した中に65刹那入っている、それぐらいの長さだそうです。
その一刹那というのは、つまり一瞬ということですが、この一瞬、一瞬が人生の長さなのだそうです。
私たちは今という時間を、未来をこうすればよいと思いながら生きていることがあります。
でも実は、人を大事にするとか、物を大事にするとか、現象を大事にするというのは、今、目の前にあることを大事にすることにほかなりません。
三日後に来る人を大事にしてあげようと思う人は、その人が目の前に来た時には、また三日後の人を大事にしてあげようと思います。
三日後の人ではなく、今、目の前の人を大事にすること。
ただひたすらその人を大事にしてあげること。
その刹那、刹那に心をこめて生きていくということに尽きます。
お釈迦さまの言われたこの刹那という言葉は、のちに「刹那主義」という言葉を生みました。
辞典で「刹那主義」を調べると、「今がよければ、あとはどうなってもよいと思うこと」という意味で使われていますが、本当の「刹那主義」とは、お釈迦さまが最初に唱えた「刹那」を生きることです。
それは、今この一瞬、一瞬を最大限大事にして生きることにほかなりません。
今、この刹那を大事にしないで、いつ、どこで、誰を大事にするというのでしょう。
考えて見れば、私たちは今、目の前にいる人、目の前にあること以外に、大事にすることはできません。
昨日の人を抱きしめることは出来ないし、明日会う予定の人を、今、抱きしめることはできません。
今、目の前の人を抱きしめること。
その人に最大限、自分の笑顔を向けること。
「私の」持っている言葉を贈り物としてあげることです。
「私の口から出てくる言葉は、全て贈り物でありたい」と良寛和尚は考えていました。
自分は貧しい僧侶であるから、人に贈り物をしてあげたいが、あげるものがない。
だから、せめて言葉を贈り物としよう。
そして、自分の口から出てくる言葉は常に温かいもの、人を優しい気持ちにさせるもの、思いやりに満ちたもの、人を励ますもの、勇気づけるもの、心を安らげるものでありたい。
良寛和尚はそう思い、それを実践しました。
どんなときでも、どんなひどいことをされても、良寛和尚の口から出てくる言葉は、そういう珠玉(しゅぎょく)のような贈り物でした。
『「き・く・あ」の実践』サンマーク文庫
----------↑
「今に生きる」、今、この瞬間、の積み重ねが人生なんですね。
過去のことを後悔したり、未来のことを心配するより、今、この時を楽しく生きる、精いっぱい生きる、それが、幸せな人生なんです。
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小林正観さんの心に響く言葉より…
お釈迦さまがまわりの弟子たちに、こんなふうに問いかけたことがあります。
「人間の一生の長さは、どのくらいだと思うか」
問われた弟子たちは口々に、30年とか、50年、70年、120年と答えましたが、お釈迦さまの答えは、次のようなものでした。
「いや、どれも違う。
人間の一生というのは、刹那(せつな)、刹那、この一刹那の長さだけだ」と。
一刹那とは、拍手を一回した中に65刹那入っている、それぐらいの長さだそうです。
その一刹那というのは、つまり一瞬ということですが、この一瞬、一瞬が人生の長さなのだそうです。
私たちは今という時間を、未来をこうすればよいと思いながら生きていることがあります。
でも実は、人を大事にするとか、物を大事にするとか、現象を大事にするというのは、今、目の前にあることを大事にすることにほかなりません。
三日後に来る人を大事にしてあげようと思う人は、その人が目の前に来た時には、また三日後の人を大事にしてあげようと思います。
三日後の人ではなく、今、目の前の人を大事にすること。
ただひたすらその人を大事にしてあげること。
その刹那、刹那に心をこめて生きていくということに尽きます。
お釈迦さまの言われたこの刹那という言葉は、のちに「刹那主義」という言葉を生みました。
辞典で「刹那主義」を調べると、「今がよければ、あとはどうなってもよいと思うこと」という意味で使われていますが、本当の「刹那主義」とは、お釈迦さまが最初に唱えた「刹那」を生きることです。
それは、今この一瞬、一瞬を最大限大事にして生きることにほかなりません。
今、この刹那を大事にしないで、いつ、どこで、誰を大事にするというのでしょう。
考えて見れば、私たちは今、目の前にいる人、目の前にあること以外に、大事にすることはできません。
昨日の人を抱きしめることは出来ないし、明日会う予定の人を、今、抱きしめることはできません。
今、目の前の人を抱きしめること。
その人に最大限、自分の笑顔を向けること。
「私の」持っている言葉を贈り物としてあげることです。
「私の口から出てくる言葉は、全て贈り物でありたい」と良寛和尚は考えていました。
自分は貧しい僧侶であるから、人に贈り物をしてあげたいが、あげるものがない。
だから、せめて言葉を贈り物としよう。
そして、自分の口から出てくる言葉は常に温かいもの、人を優しい気持ちにさせるもの、思いやりに満ちたもの、人を励ますもの、勇気づけるもの、心を安らげるものでありたい。
良寛和尚はそう思い、それを実践しました。
どんなときでも、どんなひどいことをされても、良寛和尚の口から出てくる言葉は、そういう珠玉(しゅぎょく)のような贈り物でした。
『「き・く・あ」の実践』サンマーク文庫
----------↑
「今に生きる」、今、この瞬間、の積み重ねが人生なんですね。
過去のことを後悔したり、未来のことを心配するより、今、この時を楽しく生きる、精いっぱい生きる、それが、幸せな人生なんです。
許しおおす
「許しおおす」というお話です。
----------↓
伊勢の父、修養団の中山靖雄氏の心に響く言葉より…
私のところへ勉強に来られていた高円寺さんというご夫婦がおられました。
この高円寺さんの5歳の娘さんが突然交通事故に遭い、亡くなってしまったのです。
その時、事故を起こした人が警察にいるということを聞いて、このご夫婦はその人に会いに行かれました。
そして、どうされたかというと、このご夫婦はその事故を起こした方に向って、土下座をして、お詫びされたのです。
「こういう縁にあわせてしまってごめんなさい。
こういう縁にあう子どもを育てたのは私の因縁です。
どうぞあなたは安心して、このことを忘れて、世のため人のためになってください。
本当にごめんなさい」
このように謝られたのです。
ご夫婦には、悲しみも、許し難い思いも当然あったでしょうが、命が生まれてきた理由を本当に学びきっておられたのですね。
頭でわかっていても、実際にそんな目にあった時に、本当にそう思えるかどうかということが難しいわけです。
ご夫婦は普段からそのような生き方をしていたからこそ、その時にそいう思いが湧かされたのでしょう。
「許す」ということの大切さはみんな知っているかもしれません。
しかし、「許すこと」「許しきること」さらに、「許しおおすこと」は深さが違うのです。
この「許しおおす」という世界は、このご夫婦のようなことをいうのかなと深く感じさせられました。
その高円寺さんご夫婦が、この前会いに来てくださってこういうお話をしてくださいったのです。
「あの事故から30年経ちました。
あの子の30年の命日に娘のお墓参りに行ったのです。
お墓参りに行くと、新しいお花がお供えしてありました。
ああ、誰かがお花を取り替えてくれたのだなぁと思って、いったん帰りかけたのですが、ふともう一度お墓に寄ってみたんです。
すると、雨降りの中、娘のお墓に一生懸命拝んでいる人がいたのです。
ああ、あの人が花を替えてくれたんだなと思って、よく見てみたら、娘を轢(ひ)いた相手の方だったのです」
とおっしゃいました。
相手の方を見てびっくりした奥さんは、
「お墓参りをしてくださって、あなたもお詫びをしてくれていたのですね。
本当にありがとうございます」
と声をかけられたのだそうです。
すると、相手の方も驚かれ、
「お母さんでしたよね。
ごめんなさい」
と謝られたあと、
「ここで会えると思いませんでした。
あの後、一度たりとも事故を起こしたことを忘れたことはありませんでした。
私が悪かったのです。
本当にごめんなさい。
奥さんとご主人の愛に包まれて、俺はどんなことがあっても人を許さなければいけないだと思って生きてきました。
そして、娘さんを神様みたいに思って、毎日お詫びをして生きてきました。
お目にかかれて嬉しかったです。
ありがとうございます」
とお礼を言ってくださったそうです。
『すべては今のためにあったこと』海竜社
----------↑
感動しました。
ありがとうございます。
感謝です。
私も常々、「赦す」ことについては、特別の気持ちを抱いています。
なぜかというと、多くのマスメディアが、「赦さない」心を助長した報道をしているからです。
大切な身内を殺された遺族が、極刑を望む報道などは、その最たるものです。
赦さないということはどういうことか、恨み、辛み、妬み、怒り・・・こういうネガティブな感情を持ち続けることです。
これって、絶対、幸せにはなれない感情です。
それよりも、罪は憎いかもしれないが、再発防止策の支援に徹し、犯人は赦す。
この姿勢が、残された遺族も幸せな人生を送れると思っています。
今回のこのお話は、私のその特別な気持ちの上を行くお話でした。
「許しおおす」、身内である被害者との因縁を作ってしまった自分を詫びる。
私は、まったく、思いつきもしませんでした。
まだまだ、修業が足りないようです。
すばらしいメッセージに感謝です。
----------↓
伊勢の父、修養団の中山靖雄氏の心に響く言葉より…
私のところへ勉強に来られていた高円寺さんというご夫婦がおられました。
この高円寺さんの5歳の娘さんが突然交通事故に遭い、亡くなってしまったのです。
その時、事故を起こした人が警察にいるということを聞いて、このご夫婦はその人に会いに行かれました。
そして、どうされたかというと、このご夫婦はその事故を起こした方に向って、土下座をして、お詫びされたのです。
「こういう縁にあわせてしまってごめんなさい。
こういう縁にあう子どもを育てたのは私の因縁です。
どうぞあなたは安心して、このことを忘れて、世のため人のためになってください。
本当にごめんなさい」
このように謝られたのです。
ご夫婦には、悲しみも、許し難い思いも当然あったでしょうが、命が生まれてきた理由を本当に学びきっておられたのですね。
頭でわかっていても、実際にそんな目にあった時に、本当にそう思えるかどうかということが難しいわけです。
ご夫婦は普段からそのような生き方をしていたからこそ、その時にそいう思いが湧かされたのでしょう。
「許す」ということの大切さはみんな知っているかもしれません。
しかし、「許すこと」「許しきること」さらに、「許しおおすこと」は深さが違うのです。
この「許しおおす」という世界は、このご夫婦のようなことをいうのかなと深く感じさせられました。
その高円寺さんご夫婦が、この前会いに来てくださってこういうお話をしてくださいったのです。
「あの事故から30年経ちました。
あの子の30年の命日に娘のお墓参りに行ったのです。
お墓参りに行くと、新しいお花がお供えしてありました。
ああ、誰かがお花を取り替えてくれたのだなぁと思って、いったん帰りかけたのですが、ふともう一度お墓に寄ってみたんです。
すると、雨降りの中、娘のお墓に一生懸命拝んでいる人がいたのです。
ああ、あの人が花を替えてくれたんだなと思って、よく見てみたら、娘を轢(ひ)いた相手の方だったのです」
とおっしゃいました。
相手の方を見てびっくりした奥さんは、
「お墓参りをしてくださって、あなたもお詫びをしてくれていたのですね。
本当にありがとうございます」
と声をかけられたのだそうです。
すると、相手の方も驚かれ、
「お母さんでしたよね。
ごめんなさい」
と謝られたあと、
「ここで会えると思いませんでした。
あの後、一度たりとも事故を起こしたことを忘れたことはありませんでした。
私が悪かったのです。
本当にごめんなさい。
奥さんとご主人の愛に包まれて、俺はどんなことがあっても人を許さなければいけないだと思って生きてきました。
そして、娘さんを神様みたいに思って、毎日お詫びをして生きてきました。
お目にかかれて嬉しかったです。
ありがとうございます」
とお礼を言ってくださったそうです。
『すべては今のためにあったこと』海竜社
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感動しました。
ありがとうございます。
感謝です。
私も常々、「赦す」ことについては、特別の気持ちを抱いています。
なぜかというと、多くのマスメディアが、「赦さない」心を助長した報道をしているからです。
大切な身内を殺された遺族が、極刑を望む報道などは、その最たるものです。
赦さないということはどういうことか、恨み、辛み、妬み、怒り・・・こういうネガティブな感情を持ち続けることです。
これって、絶対、幸せにはなれない感情です。
それよりも、罪は憎いかもしれないが、再発防止策の支援に徹し、犯人は赦す。
この姿勢が、残された遺族も幸せな人生を送れると思っています。
今回のこのお話は、私のその特別な気持ちの上を行くお話でした。
「許しおおす」、身内である被害者との因縁を作ってしまった自分を詫びる。
私は、まったく、思いつきもしませんでした。
まだまだ、修業が足りないようです。
すばらしいメッセージに感謝です。
最後の瞬間までベストを尽くす
「最後の瞬間までベストを尽くす」というお話です。
----------↓
リチャード・カールソン氏の心に響く言葉より…
引退しようとしているある高齢の大工の話を紹介しよう。
この話が私は好きだ。
とても大切なことを語っているからだ。
その大工は、もうそろそろ家を建てる仕事をやめて、妻と一緒にのんびり暮らそうと思った。
雇い主は、個人的な願いとして「もう一軒だけ建ててくれないか」と頼んだ。
大工は承知したが、真剣に仕事をする気はなかった。
粗悪な材料を使い、手を抜いた。
キャリアを積んだ優秀な職人の幕引きにしては、残念な仕事だった。
家は完成した。
点検にやって来た雇い主は、玄関のカギを大工に渡していった。
「この家はあなたの家です。
私からのプレゼントです」
大工は、大ショックを受けた。
ひどく恥ずかしかった。
自分の家を建てているとわかっていたら…たぶんもっと頑張っただろう。
私たちもこの大工と同じだ。
毎日毎日、人生という家を建てている。
だが、建てていることに全力を尽くしていないことが多い。
そしてずっと後になって、自分がつくりあげた人生(建てた家)に一生住みつづけなくてはならないことを知ってショックを受ける。
もう一度、やり直すことができたら、まったくちがうことをするだろう。
だが、その時はもう、後戻りはできないのだ。
あなたに後悔してほしくない。
あなたも私も、大工のことを笑えない。
私たちは人生という一生住みつづける家をつくっているが、果たして最善を尽くしているか…
「ベストを尽くせ」という言葉は耳にタコができるほど聞かされた言葉かもしれない。
それから「あと、ひと頑張りだ」という言葉も。
でも、もう一度いおう。
いま、取り組んでいることに全力を尽くすと、思いがけないところから幸運がもたらされることが多い。
もうダメだとか、おしまいだとか思っても、もうひと頑張りすることが何より大切である。
それをどうか忘れないでほしい。
あと、ひと頑張りだ!
もう一歩だ!
『読むだけで 運がよくなる77の方法』(浅見帆帆子訳)王様文庫
----------↑
私は、この大工を笑えないと思いました。
最後の瞬間まで、ベストを尽くす人生でありたいと思います。
----------↓
リチャード・カールソン氏の心に響く言葉より…
引退しようとしているある高齢の大工の話を紹介しよう。
この話が私は好きだ。
とても大切なことを語っているからだ。
その大工は、もうそろそろ家を建てる仕事をやめて、妻と一緒にのんびり暮らそうと思った。
雇い主は、個人的な願いとして「もう一軒だけ建ててくれないか」と頼んだ。
大工は承知したが、真剣に仕事をする気はなかった。
粗悪な材料を使い、手を抜いた。
キャリアを積んだ優秀な職人の幕引きにしては、残念な仕事だった。
家は完成した。
点検にやって来た雇い主は、玄関のカギを大工に渡していった。
「この家はあなたの家です。
私からのプレゼントです」
大工は、大ショックを受けた。
ひどく恥ずかしかった。
自分の家を建てているとわかっていたら…たぶんもっと頑張っただろう。
私たちもこの大工と同じだ。
毎日毎日、人生という家を建てている。
だが、建てていることに全力を尽くしていないことが多い。
そしてずっと後になって、自分がつくりあげた人生(建てた家)に一生住みつづけなくてはならないことを知ってショックを受ける。
もう一度、やり直すことができたら、まったくちがうことをするだろう。
だが、その時はもう、後戻りはできないのだ。
あなたに後悔してほしくない。
あなたも私も、大工のことを笑えない。
私たちは人生という一生住みつづける家をつくっているが、果たして最善を尽くしているか…
「ベストを尽くせ」という言葉は耳にタコができるほど聞かされた言葉かもしれない。
それから「あと、ひと頑張りだ」という言葉も。
でも、もう一度いおう。
いま、取り組んでいることに全力を尽くすと、思いがけないところから幸運がもたらされることが多い。
もうダメだとか、おしまいだとか思っても、もうひと頑張りすることが何より大切である。
それをどうか忘れないでほしい。
あと、ひと頑張りだ!
もう一歩だ!
『読むだけで 運がよくなる77の方法』(浅見帆帆子訳)王様文庫
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私は、この大工を笑えないと思いました。
最後の瞬間まで、ベストを尽くす人生でありたいと思います。
褒め合う習慣
「褒め合う習慣」というお話です。
----------↓
実は、ここ一ヶ月ほど、
心のテンションが上がらず、
そのせいか身体も重く、
もしかしたら、
身体が重いから、心も重いのか・・・
どちらかは、わかりませんが、
ちょっと、どんよりと停滞していました。
言葉で気持ちを切り替えようと
するのですが、
どうも上手くいきません…
ところが、
そんな気持ちが、
一瞬で、高揚感に満ちあふれたのです。
その方法とは・・・
「美点発見」です。
それは、とあるセミナーのワークで、
いきなり行われました。
隣り合った、
今日初めて出会った人とペアを組み、
相手の素晴らしいトコロ・・・「美点」を
3分間で、どんどん伝えて行くのです。
相手の美点を一生懸命探し出し、
伝えてる時も、言われてる時も
どんどん気持ちが上がって
楽しくなります。
極め付けは
「自分が素晴らしい事が前提」で、
自分の素晴らしいトコロを
相手に伝えるのです。
自分の素晴らしいトコロを出すうちに
夢や願望まで相手に伝えていました。
これが、最高に楽しく、気持ちよく
一挙にハイになれました!
やっぱり「自分を素晴らしい」と
認めること、そして宣言することは
大事ですね。
そして相手に対して
「素晴らしい」ということも、
潜在意識では、
自分に対して言っているのと同じなのです。
むちゃくちゃ
セルフイメージ上がります!
いっきに元気になれます!
なんとなく気分が乗らない人は、
ぜひ、一度お試しくださいね。
----------↑
ありがとうございます。
私もこの「相手の素晴らしいところを伝え合う」ことを、とあるセミナーで実践したことがあります。
お互い、テンション高まりますよね!
潜在意識は、主語を認識しないので、相手の素晴らしい点も、自分の素晴らしい点も、全部、自分の潜在意識に擦り込まれていくので、素晴らしい結果が期待できます。
だから、もう、お分かりだと思いますが、その逆は、潜在意識に、最悪の情報が擦り込まれてしまうので、注意が必要です。
相手も自分も、良いところを「褒め合う習慣」は、お互い、素晴らしい結果が期待できますので、ぜひ、お試しください。
----------↓
実は、ここ一ヶ月ほど、
心のテンションが上がらず、
そのせいか身体も重く、
もしかしたら、
身体が重いから、心も重いのか・・・
どちらかは、わかりませんが、
ちょっと、どんよりと停滞していました。
言葉で気持ちを切り替えようと
するのですが、
どうも上手くいきません…
ところが、
そんな気持ちが、
一瞬で、高揚感に満ちあふれたのです。
その方法とは・・・
「美点発見」です。
それは、とあるセミナーのワークで、
いきなり行われました。
隣り合った、
今日初めて出会った人とペアを組み、
相手の素晴らしいトコロ・・・「美点」を
3分間で、どんどん伝えて行くのです。
相手の美点を一生懸命探し出し、
伝えてる時も、言われてる時も
どんどん気持ちが上がって
楽しくなります。
極め付けは
「自分が素晴らしい事が前提」で、
自分の素晴らしいトコロを
相手に伝えるのです。
自分の素晴らしいトコロを出すうちに
夢や願望まで相手に伝えていました。
これが、最高に楽しく、気持ちよく
一挙にハイになれました!
やっぱり「自分を素晴らしい」と
認めること、そして宣言することは
大事ですね。
そして相手に対して
「素晴らしい」ということも、
潜在意識では、
自分に対して言っているのと同じなのです。
むちゃくちゃ
セルフイメージ上がります!
いっきに元気になれます!
なんとなく気分が乗らない人は、
ぜひ、一度お試しくださいね。
----------↑
ありがとうございます。
私もこの「相手の素晴らしいところを伝え合う」ことを、とあるセミナーで実践したことがあります。
お互い、テンション高まりますよね!
潜在意識は、主語を認識しないので、相手の素晴らしい点も、自分の素晴らしい点も、全部、自分の潜在意識に擦り込まれていくので、素晴らしい結果が期待できます。
だから、もう、お分かりだと思いますが、その逆は、潜在意識に、最悪の情報が擦り込まれてしまうので、注意が必要です。
相手も自分も、良いところを「褒め合う習慣」は、お互い、素晴らしい結果が期待できますので、ぜひ、お試しください。