いつまでも若くいるコツ
「いつまでも若くいるコツ」というお話です。
----------↓
老化に関するジョージ・カーリン
(アメリカのコメディアン)の
メッセージをお楽しみください。
素晴らしいですよ!
私たち人間が、早く年を取りたいと思うのは、
子供時代だけだと知っていますか?
まだ10歳にもなっていないのなら、
一日でも早く大きくなりたいと思います。
「僕は何歳?」
「4歳と半分だよ!」
でも36歳になったら
「36歳と半年」とは言いません。
4歳と半分、だからもうすぐ5歳になる。
なるほど、気持ちはよく分かります。
「君は何歳?」
「もうすぐ16になります!」
まだ13かもしれないけれど、
「もうすぐ16!」と言う。
まあ、そういう風にも言えますね。
16歳は人生の中で最も楽しい時期ですから!
やがて20歳になる。
20という年齢も特別な意味を持っています。
20歳、成人になる!!!
でも、30歳になると、、、、
どうなるでしょうか?
なんだか悲しくなりますね。
とうとう30。
もうこんな年齢か~。
青春時代を終わり、
ただ、なんかすっぱい感じがする。
でもそれの何が悪いのでしょうか?
何が変わったというのでしょうか?
「21歳だった自分が30に、
そして気がついたら40(アラフォー!)
ちょっと待ってくれ!
あっという間に時間が過ぎていってしまう。
気がつかないうちに50になり、
夢も希望も消えていく・・・
そんな事言っても
しょうがないじゃないですか!!!
「まさか自分が60になるなんて・・・」
そう思っていたって年はとるんですから!
21になり、やがて30、40、50、
当然60にだってなります。
そしてまたまたあっという間に70を向かえる!
後はただ「ああ、もう水曜日か!」と過ぎていく。
そして80を迎える。同じ毎日が過ぎていくだけ。
お昼の時間だ、4時半だ、もう寝る時間だ、
延々と続きます。
90歳になると、今度は、感覚が逆転します。
「ワシはまだ92じゃよ」
さらに不思議な事が起こります。
100歳になると子供に戻ります。
「ワシは100歳と半年じゃよ!」
皆さん、健康な100歳と半年を迎えましょう!!
いつまでも若くいるコツ
1. 年齢、体重、身長など、
どうでもいい数字は気にしないこと
こんな事は医者に任せましょう。
そのために医療費を払っているのですから。
2. 元気な友達とだけ付き合うこと
愚痴しか言わない人といると、
こちらの気持ちも暗くなります。
3. 生涯学習あるのみ
コンピュータ、工芸、ガーデニング、ハム無線、
なんでもよいので学ぶ姿勢を持ちましょう。
脳を怠けさせない事。
怠けた心には、衰えという悪が宿ります。
4.単純な事を楽しみましょう
5.沢山、長く、大きな声で、
お腹が痛くなるくらい笑いましょう
6.悲しみ、耐えて、そしてまた進む
涙も出るでしょう。
しかし一生涯付き合ってくれるのは、
自分自身です。
命ある限り、自分の人生を歩みましょう。
7.好きなものに囲まれて暮らしましょう
家族、ペット、思い出の品、音楽、植物、趣味、
何でもいいですから好きなものに
囲まれて暮らしましょう。
家は自分の居心地の良い場所なのですから。
8.体を大切に!今健康ならそれを維持し、
悪いなら、改善に努め
それが無理なら、助けを求めましょう。
9.後悔しないこと
ショッピング、隣町、外国、
とにかく後悔する気持ちを
忘れさせてくれる場所に出かけましょう。
10.どんな時でも、大切な人に
「愛している」と伝えましょう
そして忘れてはいけない事:
人生とは、自分が息を吸う数ではなく
息を吐く瞬間で測定するものです。
充実した毎日を生きましょう!!
明るい人生を送りましょう!
リー・ミルティア
----------↑
この「いつまでも若くいるコツ」はいいですね!
大いに活用させていただき、いつまでも若くいたいと思います。
すてきなメッセージありがとうございます。
感謝です。
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老化に関するジョージ・カーリン
(アメリカのコメディアン)の
メッセージをお楽しみください。
素晴らしいですよ!
私たち人間が、早く年を取りたいと思うのは、
子供時代だけだと知っていますか?
まだ10歳にもなっていないのなら、
一日でも早く大きくなりたいと思います。
「僕は何歳?」
「4歳と半分だよ!」
でも36歳になったら
「36歳と半年」とは言いません。
4歳と半分、だからもうすぐ5歳になる。
なるほど、気持ちはよく分かります。
「君は何歳?」
「もうすぐ16になります!」
まだ13かもしれないけれど、
「もうすぐ16!」と言う。
まあ、そういう風にも言えますね。
16歳は人生の中で最も楽しい時期ですから!
やがて20歳になる。
20という年齢も特別な意味を持っています。
20歳、成人になる!!!
でも、30歳になると、、、、
どうなるでしょうか?
なんだか悲しくなりますね。
とうとう30。
もうこんな年齢か~。
青春時代を終わり、
ただ、なんかすっぱい感じがする。
でもそれの何が悪いのでしょうか?
何が変わったというのでしょうか?
「21歳だった自分が30に、
そして気がついたら40(アラフォー!)
ちょっと待ってくれ!
あっという間に時間が過ぎていってしまう。
気がつかないうちに50になり、
夢も希望も消えていく・・・
そんな事言っても
しょうがないじゃないですか!!!
「まさか自分が60になるなんて・・・」
そう思っていたって年はとるんですから!
21になり、やがて30、40、50、
当然60にだってなります。
そしてまたまたあっという間に70を向かえる!
後はただ「ああ、もう水曜日か!」と過ぎていく。
そして80を迎える。同じ毎日が過ぎていくだけ。
お昼の時間だ、4時半だ、もう寝る時間だ、
延々と続きます。
90歳になると、今度は、感覚が逆転します。
「ワシはまだ92じゃよ」
さらに不思議な事が起こります。
100歳になると子供に戻ります。
「ワシは100歳と半年じゃよ!」
皆さん、健康な100歳と半年を迎えましょう!!
いつまでも若くいるコツ
1. 年齢、体重、身長など、
どうでもいい数字は気にしないこと
こんな事は医者に任せましょう。
そのために医療費を払っているのですから。
2. 元気な友達とだけ付き合うこと
愚痴しか言わない人といると、
こちらの気持ちも暗くなります。
3. 生涯学習あるのみ
コンピュータ、工芸、ガーデニング、ハム無線、
なんでもよいので学ぶ姿勢を持ちましょう。
脳を怠けさせない事。
怠けた心には、衰えという悪が宿ります。
4.単純な事を楽しみましょう
5.沢山、長く、大きな声で、
お腹が痛くなるくらい笑いましょう
6.悲しみ、耐えて、そしてまた進む
涙も出るでしょう。
しかし一生涯付き合ってくれるのは、
自分自身です。
命ある限り、自分の人生を歩みましょう。
7.好きなものに囲まれて暮らしましょう
家族、ペット、思い出の品、音楽、植物、趣味、
何でもいいですから好きなものに
囲まれて暮らしましょう。
家は自分の居心地の良い場所なのですから。
8.体を大切に!今健康ならそれを維持し、
悪いなら、改善に努め
それが無理なら、助けを求めましょう。
9.後悔しないこと
ショッピング、隣町、外国、
とにかく後悔する気持ちを
忘れさせてくれる場所に出かけましょう。
10.どんな時でも、大切な人に
「愛している」と伝えましょう
そして忘れてはいけない事:
人生とは、自分が息を吸う数ではなく
息を吐く瞬間で測定するものです。
充実した毎日を生きましょう!!
明るい人生を送りましょう!
リー・ミルティア
----------↑
この「いつまでも若くいるコツ」はいいですね!
大いに活用させていただき、いつまでも若くいたいと思います。
すてきなメッセージありがとうございます。
感謝です。
今の仕事を好きになる
「今の仕事を好きになる」というお話です。
----------↓
以前にある外資系大手企業で、
新入社員研修を実施した時のこと。
入社して半年、
一流大学を出て、
意中の企業に入ったのに、
「こんな仕事をするために、
ここに来たんじゃない」
という人々に出会いました。
そこで、私はその方々に、
次のようなことをお話ししました。
「『好きな事を仕事に』と考えていると、
今の仕事を好きになることはできません。
つまり、成功することは出来ません。
仕事を好きになるのは、
あとからいくらでも変えられます。
『興味を持って始めたら好きになった』
『嫌いなものが好きになった』
というように、
好きという感情は
途中から生まれたり、
変えたりすることができます。
人間は基準を満たせば、
興味のない分野でも満足できるのです。
人間が仕事を好きになる基準は
たくさんあります。
自主性、
創造性、
熟練度、
周囲からスキルを認められているか、
などです。
また、仕事の量をこなして、
『得意』になれば自信がつきます。
そうです。
仕事が好きになるキッカケの一つは、
『得意』になることです。
仕事を得意にすれば、
自信が湧いてきます。
そのために、
スキルを磨くのです。
そうやって得意分野を作れば、
周りもあなたを必要とし、
評価してくれるのです。
周りからの評価を得ることで、
仕事を好きになることができます。
自分に与えられた仕事を、
『得意』にするためのヒントはこうです。
それは、
『自分が成長していることを実感する』、
ということです。
自分の成長がわかる『ものさし』を作りましょう。
例えば、営業だったら、
1日に訪問できた顧客の数。
9時から10時までは、アポ取りと決めた時間内で、
取れた約束の数。
などです。
小さな事でいいのです。
その際に大事なことは、
目標は低めに設定すること。
あいまいな表現ですが、
今の自分で、
『ちょっとだけ背伸びしなければならない』、
というような目標です。
出来たという実感のあることが大事なので、
『5社訪問する』と決めて、
5社訪問して、
達成感を感じましょう。
5社訪問することを、
ゲームのように考えて、
『できたらご褒美はこれ!』
というようにしましょう。
その数を毎日達成していると、
必ず成果が出始めて、
仕事に興味が持てるようになります。
知らないうちに、
仕事を楽しみ始めているのです。
自分の中で、
楽しんで仕事をするのです。
自分で自分をほめて、
楽しくなるのです。」
今までに、自分の好きな仕事に、
最初から就けたという方に、
お会いしたことはあまりありません。
成功している人々がいつも言うことですが、
「好きな仕事をする。」ではなく、
「今の仕事を好きになる。」、のです。
育自コンサルタント
-自分を育てるお手伝い-
杉本恵洋(すぎもと しげひろ)
----------↑
「今の仕事を好きになる」というポジティブな気持ちが、幸せを実感できる人生のためには欠かせないものだと思います。
自分の行動に自信を持ち、活き活きと生活できるようになるための、大切なヒントをいただけた思いです。
いつも素晴らしいメッセージをありがとうございます。
感謝です。
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以前にある外資系大手企業で、
新入社員研修を実施した時のこと。
入社して半年、
一流大学を出て、
意中の企業に入ったのに、
「こんな仕事をするために、
ここに来たんじゃない」
という人々に出会いました。
そこで、私はその方々に、
次のようなことをお話ししました。
「『好きな事を仕事に』と考えていると、
今の仕事を好きになることはできません。
つまり、成功することは出来ません。
仕事を好きになるのは、
あとからいくらでも変えられます。
『興味を持って始めたら好きになった』
『嫌いなものが好きになった』
というように、
好きという感情は
途中から生まれたり、
変えたりすることができます。
人間は基準を満たせば、
興味のない分野でも満足できるのです。
人間が仕事を好きになる基準は
たくさんあります。
自主性、
創造性、
熟練度、
周囲からスキルを認められているか、
などです。
また、仕事の量をこなして、
『得意』になれば自信がつきます。
そうです。
仕事が好きになるキッカケの一つは、
『得意』になることです。
仕事を得意にすれば、
自信が湧いてきます。
そのために、
スキルを磨くのです。
そうやって得意分野を作れば、
周りもあなたを必要とし、
評価してくれるのです。
周りからの評価を得ることで、
仕事を好きになることができます。
自分に与えられた仕事を、
『得意』にするためのヒントはこうです。
それは、
『自分が成長していることを実感する』、
ということです。
自分の成長がわかる『ものさし』を作りましょう。
例えば、営業だったら、
1日に訪問できた顧客の数。
9時から10時までは、アポ取りと決めた時間内で、
取れた約束の数。
などです。
小さな事でいいのです。
その際に大事なことは、
目標は低めに設定すること。
あいまいな表現ですが、
今の自分で、
『ちょっとだけ背伸びしなければならない』、
というような目標です。
出来たという実感のあることが大事なので、
『5社訪問する』と決めて、
5社訪問して、
達成感を感じましょう。
5社訪問することを、
ゲームのように考えて、
『できたらご褒美はこれ!』
というようにしましょう。
その数を毎日達成していると、
必ず成果が出始めて、
仕事に興味が持てるようになります。
知らないうちに、
仕事を楽しみ始めているのです。
自分の中で、
楽しんで仕事をするのです。
自分で自分をほめて、
楽しくなるのです。」
今までに、自分の好きな仕事に、
最初から就けたという方に、
お会いしたことはあまりありません。
成功している人々がいつも言うことですが、
「好きな仕事をする。」ではなく、
「今の仕事を好きになる。」、のです。
育自コンサルタント
-自分を育てるお手伝い-
杉本恵洋(すぎもと しげひろ)
----------↑
「今の仕事を好きになる」というポジティブな気持ちが、幸せを実感できる人生のためには欠かせないものだと思います。
自分の行動に自信を持ち、活き活きと生活できるようになるための、大切なヒントをいただけた思いです。
いつも素晴らしいメッセージをありがとうございます。
感謝です。
日本に生まれて感謝!
「日本に生まれて感謝!」というお話です。
----------↓
前侍従長、渡邉充氏の心に響く言葉より…
平成8年12月から平成19年6月までの10年半、私は侍従長として天皇皇后両陛下にお仕えしてきました。
侍従長とは、皇居の中でのお仕事はもちろんのこと、国内の行幸啓や外国ご訪問の際にいつも両陛下のお側にいて、庶務を執り行う。
言うなれば、両陛下に仕える執事、秘書役といったところでしょう。
そのような仕事を10年半もの間、務めさせていただいたことは、大変有り難いことでありましたし、私の77年の人生の中で最も大切な時間であったと思います。
両陛下がお出ましになる大きな行事や式典は、休日や祝日に行われることが多いため、5日働いて2日休むという生活のリズムもないのです。
そこまでしてご公務に邁進(まいしん)される陛下の根底にあるもの…それは「国民のために」という思いにほかなりません。
陛下のその思いが1つの形として具現化される場が「宮中祭祀」です。
宮中祭祀とは、陛下が国家国民の安寧と繁栄をお祈りになる儀式のこと。
陛下の1年は、元旦朝5時半から執り行われる「四方拝」で始まります。
外は真っ暗、しんしんと冷えている中、白い装束を身にまとい、神嘉殿(しんかでん)の前庭に敷かれた畳の上に正座され、伊勢神宮をはじめ四方の神々に拝礼される。
陛下が執り行われる宮中祭祀は年間20回程度ありますが、その中で最も重要とされる祭祀が11月23日の「新嘗祭(にいなめさい)」です。
その年に収穫された農作物や海産物を神々にお供えになり、神恩を感謝された後、陛下も自らもお召し上がりになる。
夜6時から8時までと夜11時から深夜1時までの2回、計4時間にわたって執り行われ、その間、陛下はずっと正座で儀式に臨まれます。
我われも陛下がいらっしゃるお部屋の外側で、同じように2時間正座を続けるのですが、これは慣れている人でも難儀なことです。
私は毎年夏を過ぎると正座の練習を始めていました。
ある時、陛下のもとに伺うと、居間で正座をしながらテレビをご覧になっていたことがありました。
やはり陛下も練習をなさっているのかと思ったのですが、後からお聞きしてみると、陛下はこうおっしゃったのです。
「足が痺(しび)れるとか痛いと思うことは一種の雑念であって、神様と向き合っている時に雑念が入るのはよくない。
澄んだ心で神様にお祈りするために、普段から正座で過ごしている」
その取り組み方1つとっても、もっぱら肉体的な苦痛を避けたいと思っていた私とはまるで次元が違うと感服した瞬間でした。
宮中祭祀の多くは国民の祝日に行われています。
つまり、私たちが休んでいる時に、陛下は国民の幸福をお祈りされているのです。
そのことを私たちは忘れてはなりません。
私が10年半お仕えしてきた中で、両陛下の生き方から数多くのことを学ばせていただきましたが、特にここでは2つのことを挙げたいと思います。
1つは、決して物事を蔑(ないがし)ろにしたり、いい加減にしたりなさらないということです。
昭和62年、両陛下が皇太子皇太子妃の時に、アメリカをご訪問されました。
そこで両陛下のお世話をしたアメリカの儀典長が後に出版した自身の回想録の中で、次のように書いています。
「両殿下は、レセプションではゆっくりと人々の間を歩かれて、顔を合わせた人と表面的な挨拶ではなく本物の会話をなさっていました。質問をしては、その答えに実際に聞き入っておられ、人々が群れ寄ってくるのにも気がつかれないようでした」
「ワシントンのホスピスで、妃殿下が老人の一人ひとりに示された優しさに心を打たれました。実はこの時だけは仕事中に涙が出て、止めるのに苦労しました」
常に本気で質問をなさり、本気で話を聞いておられる。
もう1つは、非常に勤勉でいらっしゃるということです。
那須の御用邸にご静養に行かれても、必ず近くの農家を見に行くとおっしゃって、農家の人々を激励されています。
どこに行ってもぼんやり休むということは決してありません。
「日本国憲法で、天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であると想定されています。この想定と、国民の幸せを常に願っていた天皇の歴史に思いを致し、国と国民のために尽くすことが天皇の務めであると思っています」
これは平成10年の天皇誕生日での記者会見の席で、天皇の務めは何かという質問に対して陛下がおっしゃったお言葉です。
その上で、
「象徴として最もふさわしくあるためにはどうすればいいかということを日々模索しながら今日までやってきた。私に言えることはそれだけだ」
ということもおっしゃっています。
こうして、常に国家国民の真の幸福を願われ、絶え間なく働かれている両陛下のご日常は、まさに道場だといえるのではないでしょうか。
私はこのような両陛下がいらっしゃることは、日本国にとって非常に幸せなことだと思うのです。
そして、私たちは両陛下の生き方に一歩でも近づくべく、人格を磨き高めていかなければなりません。
そのことを心に据えて、私自身これから残りの人生を全うしていきたいと思っています。
『月刊 致知 2013年7月号』致知出版社
----------↑
きょうのお話も、昨日と同様に、「日本に生まれて感謝!」ですね!
----------↓
前侍従長、渡邉充氏の心に響く言葉より…
平成8年12月から平成19年6月までの10年半、私は侍従長として天皇皇后両陛下にお仕えしてきました。
侍従長とは、皇居の中でのお仕事はもちろんのこと、国内の行幸啓や外国ご訪問の際にいつも両陛下のお側にいて、庶務を執り行う。
言うなれば、両陛下に仕える執事、秘書役といったところでしょう。
そのような仕事を10年半もの間、務めさせていただいたことは、大変有り難いことでありましたし、私の77年の人生の中で最も大切な時間であったと思います。
両陛下がお出ましになる大きな行事や式典は、休日や祝日に行われることが多いため、5日働いて2日休むという生活のリズムもないのです。
そこまでしてご公務に邁進(まいしん)される陛下の根底にあるもの…それは「国民のために」という思いにほかなりません。
陛下のその思いが1つの形として具現化される場が「宮中祭祀」です。
宮中祭祀とは、陛下が国家国民の安寧と繁栄をお祈りになる儀式のこと。
陛下の1年は、元旦朝5時半から執り行われる「四方拝」で始まります。
外は真っ暗、しんしんと冷えている中、白い装束を身にまとい、神嘉殿(しんかでん)の前庭に敷かれた畳の上に正座され、伊勢神宮をはじめ四方の神々に拝礼される。
陛下が執り行われる宮中祭祀は年間20回程度ありますが、その中で最も重要とされる祭祀が11月23日の「新嘗祭(にいなめさい)」です。
その年に収穫された農作物や海産物を神々にお供えになり、神恩を感謝された後、陛下も自らもお召し上がりになる。
夜6時から8時までと夜11時から深夜1時までの2回、計4時間にわたって執り行われ、その間、陛下はずっと正座で儀式に臨まれます。
我われも陛下がいらっしゃるお部屋の外側で、同じように2時間正座を続けるのですが、これは慣れている人でも難儀なことです。
私は毎年夏を過ぎると正座の練習を始めていました。
ある時、陛下のもとに伺うと、居間で正座をしながらテレビをご覧になっていたことがありました。
やはり陛下も練習をなさっているのかと思ったのですが、後からお聞きしてみると、陛下はこうおっしゃったのです。
「足が痺(しび)れるとか痛いと思うことは一種の雑念であって、神様と向き合っている時に雑念が入るのはよくない。
澄んだ心で神様にお祈りするために、普段から正座で過ごしている」
その取り組み方1つとっても、もっぱら肉体的な苦痛を避けたいと思っていた私とはまるで次元が違うと感服した瞬間でした。
宮中祭祀の多くは国民の祝日に行われています。
つまり、私たちが休んでいる時に、陛下は国民の幸福をお祈りされているのです。
そのことを私たちは忘れてはなりません。
私が10年半お仕えしてきた中で、両陛下の生き方から数多くのことを学ばせていただきましたが、特にここでは2つのことを挙げたいと思います。
1つは、決して物事を蔑(ないがし)ろにしたり、いい加減にしたりなさらないということです。
昭和62年、両陛下が皇太子皇太子妃の時に、アメリカをご訪問されました。
そこで両陛下のお世話をしたアメリカの儀典長が後に出版した自身の回想録の中で、次のように書いています。
「両殿下は、レセプションではゆっくりと人々の間を歩かれて、顔を合わせた人と表面的な挨拶ではなく本物の会話をなさっていました。質問をしては、その答えに実際に聞き入っておられ、人々が群れ寄ってくるのにも気がつかれないようでした」
「ワシントンのホスピスで、妃殿下が老人の一人ひとりに示された優しさに心を打たれました。実はこの時だけは仕事中に涙が出て、止めるのに苦労しました」
常に本気で質問をなさり、本気で話を聞いておられる。
もう1つは、非常に勤勉でいらっしゃるということです。
那須の御用邸にご静養に行かれても、必ず近くの農家を見に行くとおっしゃって、農家の人々を激励されています。
どこに行ってもぼんやり休むということは決してありません。
「日本国憲法で、天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であると想定されています。この想定と、国民の幸せを常に願っていた天皇の歴史に思いを致し、国と国民のために尽くすことが天皇の務めであると思っています」
これは平成10年の天皇誕生日での記者会見の席で、天皇の務めは何かという質問に対して陛下がおっしゃったお言葉です。
その上で、
「象徴として最もふさわしくあるためにはどうすればいいかということを日々模索しながら今日までやってきた。私に言えることはそれだけだ」
ということもおっしゃっています。
こうして、常に国家国民の真の幸福を願われ、絶え間なく働かれている両陛下のご日常は、まさに道場だといえるのではないでしょうか。
私はこのような両陛下がいらっしゃることは、日本国にとって非常に幸せなことだと思うのです。
そして、私たちは両陛下の生き方に一歩でも近づくべく、人格を磨き高めていかなければなりません。
そのことを心に据えて、私自身これから残りの人生を全うしていきたいと思っています。
『月刊 致知 2013年7月号』致知出版社
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きょうのお話も、昨日と同様に、「日本に生まれて感謝!」ですね!
わが国は現存する世界最古の国家である
「わが国は現存する世界最古の国家である」というお話です。
----------↓
竹田恒泰氏の心に響く言葉より…
学校教育で建国の歴史を教えない国は、世界中で、日本だけではなかろうか。
わが国は現存する世界最古の国家である。
日本人なら素直に喜び、誇りに思えるこの重大な事実を、なぜ日本人は知らないのか。
世界には190を超える国が現存するが、そのなかで世界最古の国家が日本であることはあまり知られていない。
このことは、戦前までは誰もが共有していたことだが、戦後は国民の記憶のなかから抹消されてしまった。
老舗(しにせ)が「創業何年」と銘打つように、古い時代から継続してきたことは、大きな誇りである。
長い歴史のなかで、価値のないものは淘汰(とうた)され、失われてきたが、ほんとうに価値のあるものだけが守られ、今に継承されてきた。
伝統には、必ず相当の意味や価値があるものなのである。
世界の歴史は王朝交代の歴史だった。
世界史の年表を眺めれば、国家は数10年や100年程度で成立と滅亡を繰り返してきたことがよく分かる。
人類史上、400年以上国を守ったのは、数えるほどしか例がない。
ところが、そのなかで日本だけが、古代から続く王朝を守り、今も存在しているのである。
そして、わが国の建国よりも前にあった王朝は、いずれも滅び、今は存在しない。
では、日本の建国はいつなのか。
正式な歴史書である正史『日本書紀』によれば、初代神武天皇の橿原宮(かしはらのみや・奈良県橿原市)での即位がわが国の建国で、これは紀元前660年、すなわち今から約2700年前に相当する。
もっとも、これには考古学者からは神話的要素が強いと根強い批判がある。
そこで、考古学の立場から考察し、最も短く見積もっても、わが国の建国はおよそ2000年もしくは、それ以上前と表現して大きく外れることはない。
日本の国の歴史の長さは、他国と比較すると理解しやすい。
現存する国家のなかで日本に次ぎ、2番目に長い歴史を持つのがデンマークであるが、その歴史は千数十年と、日本の半分程度に過ぎない。
次いで3番目が英国で、九百数十年前のことである。
国連の常任理事国は英国を除いていずれも歴史が浅い。
アメリカが独立戦争を経て英国から独立したのが1776年、フランスはフランス革命が始まった1789年、中国は毛沢東が天安門広場で成立を宣言した1949年、ロシアはソヴィエト連邦が崩壊して独立を宣言した1991年が建国の年である。
日本国が2000年以上の間、王朝を守ってきたことは、人類史上奇跡といっても過言ではない。
『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』PHP新書
----------↑
残念ながら、私もこのメッセージを読むまで、日本が現存する世界最古の国家であることを知りませんでした。
もっと、日本の素晴らしさを小さいころから積極的に教育していくべきではないでしょうか?
国の歴史は地域社会の歴史であり、家族の歴史であり、愛の歴史でもあると思います。
日本人として生まれたことに、感謝です。
----------↓
竹田恒泰氏の心に響く言葉より…
学校教育で建国の歴史を教えない国は、世界中で、日本だけではなかろうか。
わが国は現存する世界最古の国家である。
日本人なら素直に喜び、誇りに思えるこの重大な事実を、なぜ日本人は知らないのか。
世界には190を超える国が現存するが、そのなかで世界最古の国家が日本であることはあまり知られていない。
このことは、戦前までは誰もが共有していたことだが、戦後は国民の記憶のなかから抹消されてしまった。
老舗(しにせ)が「創業何年」と銘打つように、古い時代から継続してきたことは、大きな誇りである。
長い歴史のなかで、価値のないものは淘汰(とうた)され、失われてきたが、ほんとうに価値のあるものだけが守られ、今に継承されてきた。
伝統には、必ず相当の意味や価値があるものなのである。
世界の歴史は王朝交代の歴史だった。
世界史の年表を眺めれば、国家は数10年や100年程度で成立と滅亡を繰り返してきたことがよく分かる。
人類史上、400年以上国を守ったのは、数えるほどしか例がない。
ところが、そのなかで日本だけが、古代から続く王朝を守り、今も存在しているのである。
そして、わが国の建国よりも前にあった王朝は、いずれも滅び、今は存在しない。
では、日本の建国はいつなのか。
正式な歴史書である正史『日本書紀』によれば、初代神武天皇の橿原宮(かしはらのみや・奈良県橿原市)での即位がわが国の建国で、これは紀元前660年、すなわち今から約2700年前に相当する。
もっとも、これには考古学者からは神話的要素が強いと根強い批判がある。
そこで、考古学の立場から考察し、最も短く見積もっても、わが国の建国はおよそ2000年もしくは、それ以上前と表現して大きく外れることはない。
日本の国の歴史の長さは、他国と比較すると理解しやすい。
現存する国家のなかで日本に次ぎ、2番目に長い歴史を持つのがデンマークであるが、その歴史は千数十年と、日本の半分程度に過ぎない。
次いで3番目が英国で、九百数十年前のことである。
国連の常任理事国は英国を除いていずれも歴史が浅い。
アメリカが独立戦争を経て英国から独立したのが1776年、フランスはフランス革命が始まった1789年、中国は毛沢東が天安門広場で成立を宣言した1949年、ロシアはソヴィエト連邦が崩壊して独立を宣言した1991年が建国の年である。
日本国が2000年以上の間、王朝を守ってきたことは、人類史上奇跡といっても過言ではない。
『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』PHP新書
----------↑
残念ながら、私もこのメッセージを読むまで、日本が現存する世界最古の国家であることを知りませんでした。
もっと、日本の素晴らしさを小さいころから積極的に教育していくべきではないでしょうか?
国の歴史は地域社会の歴史であり、家族の歴史であり、愛の歴史でもあると思います。
日本人として生まれたことに、感謝です。
当事者意識
「当事者意識」というお話です。
----------↓
千田琢哉氏の心に響く言葉より…
どんな組織においても、二通りの人間しかいない。
プロフェッショナルとアマチュアだ。
セミプロなどというものは、この世に存在しない。
セミプロは、アマチュアより質の悪いアマチュアである。
組織におけるプロフェッショナルとアマチュアの比率も常に同じだ。
プロフェッショナルが2に対して、アマチュアが8なのだ。
8割のアマチュアは、常に2割のプロフェッショナルたちに飯を食べさせてもらっている。
そしてアマチュアの家族は、本当は2割のプロフェッショナルたちに間接的に養ってもらっている。
プロフェッショナルとアマチュアの決定的違いは何か。
役職でもなければ労働時間の長さでもない。
すべてにおいて呆れるほどに当事者意識を持っているか否か、である。
プロフェッショナルが新入社員の中にだっていることはあるし、アマチュアが40代や50代の社員の中にだっていることもある。
当事者意識を持っていると、超短時間でものごとの本質に迫ることができる。
『死ぬまで仕事に困らないために20代で出逢っておきたい 100の言葉』かんき出版
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自分の人生を幸せなものにしたいなら、自分自身でそのストーリーの「当事者意識」を高く持たなくてはいけないんですね。
いつか、誰かが、自分を幸せにしてくれる、なんて、思っていては、いつまでたっても、幸せは手に入らないわけです。
自分の人生です。大いに主体性を発揮しましょう!
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千田琢哉氏の心に響く言葉より…
どんな組織においても、二通りの人間しかいない。
プロフェッショナルとアマチュアだ。
セミプロなどというものは、この世に存在しない。
セミプロは、アマチュアより質の悪いアマチュアである。
組織におけるプロフェッショナルとアマチュアの比率も常に同じだ。
プロフェッショナルが2に対して、アマチュアが8なのだ。
8割のアマチュアは、常に2割のプロフェッショナルたちに飯を食べさせてもらっている。
そしてアマチュアの家族は、本当は2割のプロフェッショナルたちに間接的に養ってもらっている。
プロフェッショナルとアマチュアの決定的違いは何か。
役職でもなければ労働時間の長さでもない。
すべてにおいて呆れるほどに当事者意識を持っているか否か、である。
プロフェッショナルが新入社員の中にだっていることはあるし、アマチュアが40代や50代の社員の中にだっていることもある。
当事者意識を持っていると、超短時間でものごとの本質に迫ることができる。
『死ぬまで仕事に困らないために20代で出逢っておきたい 100の言葉』かんき出版
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自分の人生を幸せなものにしたいなら、自分自身でそのストーリーの「当事者意識」を高く持たなくてはいけないんですね。
いつか、誰かが、自分を幸せにしてくれる、なんて、思っていては、いつまでたっても、幸せは手に入らないわけです。
自分の人生です。大いに主体性を発揮しましょう!