ひとつ、ふたつ。 -86ページ目

拒食症との付き合い/常識の逆をする。②

前記事の続きです。
先にこちらを読んでね。
http://ameblo.jp/724364/entry-12247804914.html
 
 
✽✽✽
 
 
拒食真っただ中のとき、
寝るとき以外は
一切横になったりしなかった。
 
 
横になってもカロリーは消費出来ない。
私の家族は食べてすぐ横になるから
それが太る原因なんだ。


私はその習慣を受け継いでるから
ぽっちゃりしていたんだな、
じゃあもうしない、 と頑なに決めた。


横になりお菓子を食べながら
テレビを見ている家族を見て
「だからデブなんだよ」と心の中で罵る。
 
 
そうやって自分のことを裁き続けた。
 
 
だから、療養は恐怖。


ずっと家にいたら確実に太る。
この体型を維持するために
毎日歩けばいい?


それともやっぱり食事制限?
ああ、また拒食に逆戻り?
 
 
歩くことは運動嫌いの私にとって
唯一の運動だったし、
体力もつくと言われるので
中学生のときからずっと歩いてきた。


でも一向に体力はつかない。
寧ろどんどん消耗していく気がした。
ふにゃふにゃにしかならない。


歩いて得られるのは体の痛みと疲労、
そして運動しろと責められる現実。
 
 
ああ、またどん詰り。
そう思った。
 
 
そのころ出会ったのは
ぢんさんと和田ゆみこさんの
「ココロで痩せるダイエット」。
 
 
痩せている人には
痩せてる人の常識がある。
カロリー制限しなくて良い。
好きなときに好きなだけ食べろ。
食べるな。常識の逆をしろ。
 
 
読み込んで、読み込んで、
本はくたくたになった。
私の逆は何?
私がやるべきことは?
 
 
結果私は
痩せるために歩くことはやめた。


正確には
「体力づくり」のために
歩くことをやめた。
代わりにさとう式リンパケアを始めた。
 
 
そして食べたいものだけを
食べることにした。
健康のためにと思っていた
マクロビごっこもやめた。


本当に食べたいものだけ食べた。
中学生の頃から
断っていたケーキも食べた。
 
 
でも気持ち悪くなったり
本当に胃が痛くなっちゃったから
夕方頃食べて夜ごはんは食べなかったり。
食べたかったら食べたけど。
 
 
アルフォートチョコとか
お肉とか。あと何よりもお米。


筋力をつけるためには
たんぱく質が必要なんだろうけど
でも、私が何より食べたかったのはお米。


糖質制限なんてくそくらえ。
気にせず食べた。
甘くてほんとうにおいしかった。
 
 
さとう式リンパケアは
フェイシャルケア、キラパタなどなど…


お手軽ですぐ出来て、
運動音痴の私も関係ない。
人目も気にならない。
 
 
それまでダイエットのために
ダンベルでラジオ体操してたけど
それは一切封印した。
 
 
そして一番怖かった
「疲れたとき休息のために横になる」。
 
 
ごろごろごろごろごろ。
疲れて少しでも寝たい、と思ったら
積極的に横になった。


頭の中で責める声がする。
怠け者、だからダメなんだ。動け。
デブになりたくない。
怖い。でもこれが私の逆なんだろうな。
逆だ、逆、今までの逆をするんだ。
逆、逆、逆…
 
 
わたしのためにやする。
元気になるまでやめないぞ。
怖くて自分を傷つけてしまいそうなとき
坂崎ひでこさんの
一生寝てやるをやった。
本当に何度も何度も読んだ。


全っっっ然出来なくて、
もうダメだ、って何度も思った。


泣いた。わんわん泣いた。


でも、気がついたら
頭の中の責める声が減ってきた。
どうしてかは分からない。


そして今までより
ずっとずっと充電出来た。
 
 
今でも疲れてごろごろするのは怖い。
だいぶ慣れて楽しんでごろごろも
出来るようになったけど。
 
 
1年続けて気がついた頃には
人生のなかで1番姿勢が良い。
しかも驚くことに頑張って良い姿勢を
維持してるわけでは無い。


体重は2kg増えたけど
そう、きっと筋肉がついた。


あれだけ歩いてもつかなかった筋肉が。
たるみまくりの足も
フェイスラインもスッキリした。
自分至上一番体が引き締まった。
 
 
飢餓状態で
体を無理矢理動かしていたんだと思う。
だから作ろうと思っても栄養が足りなくて
筋肉が作れない。
 
 
栄養なんて摂ってる。
そう思っていたけど
それは生命を維持するのに必要で
筋肉を作るための
余剰の栄養なんて無かった。
 
 
良質なたんぱく質もだけど
ガリガリな私には脂質も必要だった。
頭を動かすための
炭水化物も必要だった。
心の栄養と休養も必要だった。
自分が思ってるよりずっと、ずっと。
 
 
今はあまり引きこもり過ぎると
体が鈍っている、
なんて感じることもあり
気持ち良い程度ならお散歩もする。


体力づくりは姪や甥と遊ぶこと。
でごわい2歳児。
とっても体を使う。でも楽しい。
心が満たされる。
 
 
そして笑って人と食事が
出来るようにもなった。
おいしい、楽しい。
そんな感情が出てくるようになった。
 
 
去年の12月は
忘年会で笑ってお酒を飲んで
ピザを食べた。パスタも食べた。
ケーキも食べた。


何より笑って楽しんだ。
ああ、ここまで来れたんだ、と思った。
 
 
もちろん嫌なときもある。
責めまくる母とは極力一緒に食べない。
でもそれもそれで良い。
 
 
あの頃食を断って、
人との関係も断って、
そこまでして
手に入れたかったものは何だろう。
 
 
食を断てば
手に入ると思ったものは何だろう。
全くと言って良いほど得られなかったね。
 
 
ここ半年で
表情がとっても柔らかくなったね、
と言われる。
それはきっと生命を満たしたから。
 
 
心を満たす、って
生命を満たすことなんだね。
 
 
今まで生きてきてくれてありがとう。
私の体。
いじめてごめんなさい。
ここまで我慢させて
それでも
耐えて生きてくれて本当にありがとう。
 
 
今日はスタバで
ショコラティバナナココラテ?を飲んだ。
しかもトールサイズ。
 
 
量が多すぎて甘すぎて
ショートにすれば良かったけど
昔の私では絶対選ばなかったと思うと
涙が出そうになった。
いや、出た。
じんわりした。あたたかかった。
 
 
ハッピーバレンタイン。
ハッピーハッピーバレンタイン。

拒食症との付き合い/常識の逆をする。

最初に拒食気味になったのは
中学生のとき。
受験、失恋、信頼出来る大人が居なくなる、
友達からの手のひら返し、持病の悪化、
とにかく色んなことが重なり
 
 
こんな私でも
せめて誇れることをひとつ、と
異常なダイエットをし始めた。
 
 
その当時はそんなこと意識してないけど
多分そんな感じだったんだろうな。
 
 
「胃が痛いから食べたくない」
そう言えば食べなくて済む。
私の常套句。
 
 
はじめの頃は何でダイエットをするのか
なぜここまでこだわるのか
自分でもさっぱり分からなかった。
でも止められない。
 
 
今思えば何一つ、誰一人
周りに本音を打ち明けることが
出来ずにいたからそれが相当なストレスで
 
 
でもどう解消して良いのか分からない、
こんなこと誰にも言えないし、と
自分でコントロール出来る「食」に
矛先が向いたのかもしれない。
 
 
痩せてぽっちゃりした思春期の体が
ほっそりすると高揚感が得られる。
体が軽い。スタイル良いね!と褒められる。
今思えば麻薬と同じ。
 
 
それからつまづく度に
拒食を繰り返し。
そうやってどうしようもない現実から
目を背けまくった。
 
 
その当時やったひとつは
レコーディングダイエット。
1日500キロカロリーに抑えて
食べないことを責められたら
「胃が痛くて食べられない」と嘘をつく。
そんな毎日。
 
 
食をコントロールし、
周りにコントロールされたくないと訴える。
でも言葉で怖くて伝えられないから
自分をすり減らす。
 
 
伊達式ダイエット(食べて痩せる)
stepあやさんのブログ(心理面からのアプローチ)
それを続けたのと専門学校への進学を機に
新しい環境でやり直すことが出来るようになり
そこから極端な拒食は徐々に解消された。
 
 
世の中もマクロビ?健康食ブームが到来して
周りの子もそれを好んで食べるから
一緒に食事を摂れるようにもなって
一段落したように思えた。
 
 
でも、体力が無い。
長年油を拒否し続けたから摂取すると
お腹を壊すようになっていた。
嘘をついて食べ続けなかった代償だ。
本当に辛かった。
 
 
ちなみに拒食のことは
未だに誰にも打ち明けられていない。
母になんか言ったらどうなるんだろう。
言うつもりもない。
 
 
2年前、強制終了がかかり
自宅で療養することになったけど
ずっとじっとし続けることは恐怖でしかなかった。
 
 
カロリー消費しないといけないのに
自宅療養?嘘でしょ?太る。怖い怖い怖い。
でももう動く体力なんて1mmも残ってなくて
引きこもる生活が始まった。
 
 
長いね、続く。

過去完了形。

本性で生きている人が好きだった。
 
 
私は怖がりで嘘ばっかりで生きていて
人を信じて傷つくのが怖かったから
基本人を疑ってかかってたし
本音なんて
簡単に言うものか、と思ってた。
 
 
でも、あの人は
いつも本性で生きていて
どうやっても疑えなかったし
嘘もつけない、
ついてもバレバレの人だったから
私も本音を言えた。
 
 
どんな話も聞いてくれたし
受け入れてくれた。
どんなに突っぱねても
しつこくそこにいるし
少し離れてもまた戻ってきてくれる。
だからいよいよ私も
心を開く決意をしたんだと思う。
当時はそんなこと考えてなかったけど。
 
 
でも、信じるって決めた途端に
嘘が分かって
とっても驚いたしショックだった。
信じた私が馬鹿だったと思った。


信じて自分の
弱くて情けない感情を見せたことを
とっても後悔したし、
そんな酷い人に
女の部分を出した自分のことを
気持ち悪いと思った。
 
 
私が馬鹿で
ちゃんとした
感覚の持ち主じゃないから騙された。
嘘を見抜けなかった。
私が悪い。と責めた。
 
 
でも許す。人は完璧じゃない。
特に私はそうだ。
 
 
恋をした。
初めて自分を受け入れてくれた気がした。
その感情を信じた。
素晴らしいことじゃないか。
馬鹿じゃない。
気持ち悪いなんてとんでもない。
 
 
裏切られた、信じたのに、は
まだ自分に嘘が多かった証拠だろう。
もっと女の子らしくて
か弱い私も受け入れて欲しかった。
そして女である私も
これからもっと知って欲しかった。
 
 
強い私だけは疲れる。
怖がりで強がってばかりだったから、
弱いところもあるって
分かって欲しかった。


本当はもうバレバレだったのだろう。
もっと早く気が付けばよかったけど。
そんな私を許した。
 
 
ずっと分かりたかった。
もう10年が経った。
それでも引きずって心が動かなかった。
それは恋した気持ちではない。
 
 
何が何でも知りたかったのは
何で私はあの人が好きだったのか。
どこが良かったのか。
そもそも本当に好きだったのか。
あなたのことを
好きになって信じていいのか。
 
 
ねえもうお願いだから答えをちょうだい。
正しくて傷つかない方。
 
 
やっと分かったのは
答えは自分が決めるということ。
決めて良いし、
結局それしか出来ないということ。
 
 
それならば。
本当のこと言う。
白状する。
笑わないでね。
 
 
好きだったよ。
ここまで弱さを見せようと
思わせてくれたあなたが大好きで
私のことを
傷つけたあなたが大嫌いだった。
じゃなきゃこんなに悩まない。
 
 
未熟な私は
結局本性に似た自分しか
見せなれなかったけど
それもまた必要な
ひとつのステップだったと今なら分かる。
 
 
もう終わりに出来る気がする。
さよならが言える。
もう分かったから。
必要なもの全部もらったから。
 
 
これからはもっと
本性で生きていくね。
そして本当に強くもなるね。
 
 
私に足りなかったのは
自分の感覚を愛することと
目の前の人を信じること。
その勇気。
 
 
だからあなたも
もうそんなに人を攻撃したりしないで。
大丈夫だから。
お節介だろうけど、伝えるならそれだけ。