負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY -776ページ目

納棺夫

負けるもんかの「よもやま楽式論」SVETEEN'S MEMORY-200902221159000.jpgいつも実家への帰り道、立ち寄っていたセブンイレブンが閉店してしまた。

父の癌で入院以後、毎週寄っていた。ちっと寂しく、先日、
「いつもありがとうございました」って、
パンと缶コーヒーくらいしか買わなかったのにね。

吉備国分寺あたり、菜の花畑が鮮やかな黄色。
春がすぐそこなんですね。
で、今日、母からアカデミー賞の「おくりびと」の話題。

病院で亡くなった場合は、死後硬直のまえに基本的な準備はするし、納棺は、葬儀社が手筈をととのえてくれる。

か、田舎では、納棺は、まだまだ、ご近所がかかわって、全てを行った。
私の祖母は、自宅で亡くなって、土葬だったので(30数年前)、全ての過程を見てきた。

少々複雑な気持ちになった親子であった。
映画なんな今まで興味さえ持たなかった、母が…。

母は、今週、白内障の手術を受ける。
DVDがでたら、買うかな。

作曲法2

書き始めようと・・・
五線紙がないしょぼん

とにかく買っとかなくちゃ。
A4,16段。「Marutino」が理想だが、高いし、なかなか取扱店がない。とりあえず、マツモトの五線紙。

いきなり、書き始める。
わたしゃ~、下書きとやらを殆んどしない。いきなり、清書!

7つ道具と言うほどのものは、ないが、一応、

五線紙、シャーペン(芯は2B,0.5mm),消しゴム,ものさし,時計(メトロノームのかわり、アナログ),辞書(楽語)、飲み物(つまみ付きがベスト)

といったところ。

テレビ見ながら、音楽聞きながら、書くんだから進まない!

完成は、いつなるのやら?
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ヒットメーカーの寿命

阿久悠に見る可能性と限界
高澤秀次(東洋経済刊)2008.11発売¥1680

本の事を書く前に、先日のコメントに反論では、ないが、彼は、アクトク(阿久悠&都倉俊一)コンビのファンである事は、知られているし、自らもそう自負していると、言っている。

阿久悠氏への評価の違いだろうか?

私が語るアイドルをたどってみるなら、

シンシアに始まり、岡田奈々、太田裕美、リリーズ、等々、殆んど皆無に近く、阿久悠作品がない。

決して、避けて聴いていたわけではない。
偶然とまではいわないが、心情に合わなかった事は、確かなようだ。

で、

この本に書かれている内容は、私の阿久悠作品に対する印象に近い。
頷く所が多々とある。

そのなかの一節、
「阿久悠の曲には『望郷意識』がない」

とある。本人談でもある。

私があえて「嫌い」と言っている「ふるさと」です。「ふるさと」に対する、理想と現実の違いを感じているからこそ、どこか彼女たちの歌に癒される。

阿久悠作品には、商業主義的、中央に対して地方という立ち位置が見える。

「北の宿」「津軽海峡冬景色」
どちらも、ふるさとを歌った歌ではなく、たんなる、旅する女なのだ(一部引用)

「評価は大衆がしてくれる」

大衆音楽なんたから、それは、宿命なんだろう。

結局、誰の評価を残すかである。


例えば、
「戦争」についてついて、何を後世に伝えるか?

知識でも評価でもなく、「事実」ではないだろうか?