負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY -641ページ目

まずは、

詩を下書きして

見直して

曲の下書きをして

清書する。


本来の曲作りの過程なんでしょうけど、私は、

詩の下書きをする。

詩を訂正しながら、曲を作りながら、下書きもせず、いきなり清書をする。

詩の清書をする。

題をきめる。



やっぱり、この方法が私の作曲方です。


調子に乗って一晩で一曲作って、徹夜明けて学校にいっていた。

三十数年、歌の作り方はかわらない。

勢いで作るタイプ。(笑)


残り四曲(多分)

気合だ!気合だ!気合だ!気合だ!気合だ!気合だ!
気合だ~~~!


おら、アニマル浜口か?

くじけないで

柴田トヨ著(飛鳥新社)
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032396251&Action_id=121&Sza_id=A0

もう、100歳に近いおばあちゃんの詩集です。

いま、よく売れているようなので説明は無くていいと思います。
少々、感動しています。
たぶん、私が同じ言葉で詩を書いたとしても何の感動さえ与えるような詩ではないでしょう。

柴田トヨさんだから、感動するのでしょうね。

ここ数年、詩を書くことにおいて技術的、哲学的になり過ぎた自らを反省させられます。

今回、詩を書くにおいて、
如何に余計なことを書かないか、
難しい表現をしないか、
普通の言葉が使えるか、

難しいですね。一応、連作詩の草稿を書き上げたのですが、
曲をつけるに当たって、今までの逆、
つまり、如何にシンプルな表現をするか。
これを、念頭において、詩をそぎ落とす作業をしながら、進めたいなって。

難しいです。
根が腐ってきているのでしょうか?(笑)
年のせいでしょうか?(大笑)

なかなか、根性ひん曲がっていて、素直になれません!

はは!


認知症ライフパートナー検定試験テキストの指摘(総括)

なぜ、この第7章第3節の著者は、このような間違った知識や根拠の無い個人の主観で記述したのだろうか?

最後の引用文献、参考文献の欄を見れば一目瞭然である。
「音と音楽を用いたかかわり」を記述するのに、音楽関連の書籍が一冊もない。唯一「音楽療法辞典」が一冊あるだけだ。
読者を馬鹿にしているとしか考えにくい。著者の知識はそんなに一般的で間違いのない確かな知識と自覚しているのだろうか?

なにひとつ、音や音楽に関しての根拠が無く書いたものをテキストとして扱う、編者にもあきれるばかりである。

少なくとも、この分野を記述するのなら、音楽療法の専門書のほかに、音楽理論書、心理学書、脳科学、医学書など他分野にわたっての参考文献があってあたりまえ。
参考文献がたった3冊、2箇所からの写真の提供だけである。

この程度の、知識で検定テキストとやらは書かれているんだとおもった。
誰でもこの程度なら書ける。
本当に受験者を馬鹿にしたテキストに他ならない。

このテキストはこのまま改定されずに使うつもりなのだろうか?


詳細は下記参照

日本認知症コミュニケーション協議会
http://www.jadecc.jp/index.html


負けるもんか「よもやま楽式論」SEVENTEEN'S MEMORY-32435155.jpg
《「認知症ライフパートナー検定試験 応用検定公式テキスト」第7章 第3節 音と音楽を用いたかかわり》の嘘と疑問点

この項目の著者は、三宅聖子(渋谷区障害者福祉センターふぁとぴあ原宿副施設長)