負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY -26ページ目

ワクチン接種

ワクチン接種の三回目が圧力がかかる。

保育士とか職探しをしているが、求人表の応募要件に「ワクチン接種」など見たことがない、

しかし、どうもワクチン接種は半強制のように感じる。

ワクチン接種してません、などと言えば面と向かっては言わないが体裁よく嘘をつかれて断られるんだろうなあ。

先日、既に決まりました

と言って断られた、こども園、その後も再募集を出している。

結局、中年男性の保育士が嫌なのか、下手に高学歴が邪魔だから嫌なのか、これでワクチン未接種となれば更に難しいだろうな。

もく、あてにすまい。諦めよう。


何故、ワクチン打たないかって?

アレルギー値が異様に高いと言われたこと

その結果が劇物で急性の気管支喘息になったこと、血中酸素飽和度が90を切った。

歯医者で麻酔を伴う治療後、2回倒れた。

麻疹に2回、帯状疱疹に2回かかった。

ツベルクリン反応は同情で要請になった。


咳が収まらなくて血中酸素濃度が低く、救急に行った時は、結核や肺癌を覚悟した。

今でも少し息切れがする時、酸素濃度が95を切る時がある。


どうしてもワクチン接種の同調圧力が嫌だ。


まあ、保育や看護、介護の現場だけではないんだろうけどね。


保育士の給与

AERAに保育士の給与について記事があった。


平均給与が一般平均と月8万円低い

時給にするとコンビニのバイトとかわらない。


と言う、

政府が数千円上げると言っていたが、焼け石に水。

いま、社員募集でも17~22万円

差し引かれたら、どれだけになるんだろう。

辞めたい人が7割くらいいると。


私が直ぐに保育士として働かなかった理由は底にある。家族が出来たら暮らしていけない。


と、記事を見ていて改めて保育士、介護士の労働条件は改善されないんだなと。


先日、母親の病院から急に転院の知らせ。

コロナ禍、見舞いにも行けず容体が解らなかったが回復に向かったようで安心。

とは言え、殆ど解除がないと動けないので、地元の病院への転院はこちらがするか、介護タクシーを頼むことになる。片道一時間半、どれだけかかるのか。

結局、私が運ぶこととなる。

朝9時に病室まで迎えに行き、転院手続きを終え、看護師さんが車に乗るまで手伝ってくれた。

コロナ禍の中、満足にお礼も言えず申し訳ない。

9時半に出発。

11時に転院先の病院につく。

車椅子に乗せかえ受付に。

母はまた、ここでも検査。レントゲン、心電図、血液検査。で、病室へ。

こちらは、また、入院手続き。1ヶ月ほど前にもたった半日のため同じ手続きをした。

看護師とケアマネの説明。前回と緊急入院した時も同様の説明。

「同じ事だから省きますね」って言うけど判子お酢書類の説明はする。

終わったのは午後1時。

それから、前の病院の入院費を振り込みに行き。実家に入院に必要な肌着、マスク等取りに行くと共に前の病院の荷物を置きに行く。

病院によって持ち込める物に多少違いがある。


終わったのが3時


更に、一時間半かけて自宅に帰る。


疲れた1日。


帰った所へ病院から電話。

母のコロナの三回目のワクチンすんでますか


って、


介護施設でするって言っていたから、済んだもんだと思っていたが、まだのようだ。

「家族に了解をもらいたい」

とのこと、

え?本人に聞けばいいだろうと思ったが

「いま、認知判断が出来ないので」

って、

このところ、母の認知機能に斑がある。

車の中では普通に話できていたけど。


調子が悪いと虚ろでせん妄があるようで、認知症の症状が出る。

記憶があやふや、同じことを繰り返す。


多少認知症の症状はあるが、アルツハイマーやレビー小体ではないので、物が思い出せない位だが。

徘徊や行為や言動の社会性の欠如は見られないだけ難しさはない。


コロナ禍で面会が殆ど出来ない今日、本人の上腿が全くわからない。

1ヶ月でも知らないうちに変わっているのかもしれない。それがわからない。

洗濯物を取りに行ったときたんとうの看護師さんに会えれば近況が解る程度。


時にかかってくる病院からの電話にびくつく毎日が続く毎日。



疲れる。



音沙汰なし

先日、紹介情報の続報がない。

半分冗談で言ったが、本当に保育現場で院卒は引かれたのだろうかwww.


まあ、いいか、たとへそうでも気にはしない。

自分でも変わった学歴だと思っているし、

「何だこいつ」って私でも思う。

還暦すぎのおっさんが、幼稚園一種教諭、保育士の資格を持ってるから働きたいと言って来た。


つるの剛士のような、人柄も解ってカッコいいならまだしも。

音大卒、作曲家としては変な音楽大学の作曲楽理担当講師より、業績は多い。

さらに、50を過ぎて大学院で日本音楽、宗教音楽を深めたいと、佛教文化を学びに行く。

普通、変態だと思う。仕事、食べるために何の役にもたってない。


昔からよくいる貧乏画家、芸術家崩れ、売れない小説家、当にその者。


それを一番理解してくれないだろうと思うから、親、兄弟、親戚、御近所には一切言わない。私を知らない人が知ってくれれば何より幸せだ。それが私の生きた証だから。



誰も知らないブログで自分の不満の捌け口。

墓場まで持っていくつもりだ。


知識は誰のものでもない、自分だけのもの。

私が死んだら、この世に私の知識は残らない。

死んで行く私には価値もない物だけだ。

死んであの世があるなら、そこへ私が持っていけるのは知識だけ。

そう思うことがせめてもの救いなのだろうか。


どんどん鬱の世界へ沈んで行く気がする。