境界例の女 17
前回のあらすじ:
お互いに不信感を募らせはじめる僕とM
Mの部屋のポストに投げ込まれた怪しいDVD
僕はその中身をほぼ確信しながらMのもとへ向かいました
R子の携帯はやはり、繋がらない・・・
Mの部屋に向かっている途中
R子の携帯は電源が入っていないと
悲しいアナウンスを繰り返すばかり
どうか、R子のAV出演に気がつきませんように
僕はMの気持を考えていたわけではなく
R子と二人だけの秘密を失うのが怖かった
僕の存在意義がなくなるような気がしたから
今思えば、そんなものは最初からなかったんだけど
Mの部屋のチャイムを押すと
ニヤニヤしたMが出迎えてくれました
「ただのエロDVDでした」
「多分友達のイタズラでしょうね、ははは」
部屋の奥の小さなテレビには
トイレ盗撮のAVが映っていました
ただの、じゃないんだけどね
僕はこうしている間に
画面にR子が登場するのではないかと
内心ヒヤヒヤしながら
「ふーん、ちょっと観せてよ」
と部屋に上がりました
僕はこの手のAVのどこが面白いのか
さっぽりわからないのですが
Mは興奮して観るのをやめようとしません
その傍らで僕は
画面の中で違う女性がトイレに入ってくるたびに
息をのみ、R子じゃないとわかって安堵、の繰り返し
結局最後まで
R子らしき女性は登場しませんでした
え?
これは違うDVDなのか?
そもそもAV出演さえも疑わしくなってきました
なんだか気分が悪くなってしまい
シャワーに入っているMには声をかけずに
帰ることにしました
・・・・
実はMの部屋にいたときから
ずっと気になっていることがありました
空き家になっているはずの隣の部屋から
何度か小さな物音がしていたのです
僕はアパートの裏手に回り
窓からその部屋を覗いてみました
そこには
真っ暗な部屋で、壁にベッタリと耳をつけ
Mの部屋の様子を盗み聞きしているR子がいました
境界例の女 16
前回のあらすじ:
Mへの嫌がらせのためにアダルトビデオに出演したR子は
その事実を僕の口からMに伝わるように仕向けてきました
いつまでたってもMに告げない僕に、業を煮やしたR子は・・・・MはR子が失踪先から持って帰った
五百万円のお金に疑念を抱き
何度も僕に相談しにきました
その顔は失踪中よりもさらにやつれ
誰の目からみても疲労困憊していて
くぼんだ目とこけた頬は骸骨のようでした
もはや廃人寸前まで追い込まれたM
ここで僕がAV出演のことを教えたら
どうなるのだろうか
お金の出どころを知り、とりあえず安心する?
それとも
彼女が痴態を晒したと知って壊れる?
僕らは今まさに
R子が張った広大なクモの巣に絡まり
ゆっくりと丁寧に巻き取られ
R子の口元まで引き寄せられていました
Mはもう、もがく気力もなく
むしろR子に咀嚼されるのを
待ちわびているかのように
虚ろな目で
『もう、どうでもよくなってきました』
と力なく笑いました
(別れるとは言わないんだな・・・・)
僕は小さくため息をつき
アダルトビデオの件は
黙っておこうと決めました
お金の出どころは
AV出演のギャラだけじゃないと思いますが
どうやって手に入れたかは
今でもわかりません
すべては闇の中です
あの頃のR子はお金に興味がない様子で
『こんなの、オマケだよ』
といってました
数百万のお金がオマケって・・・
この人は何をしてきのだろう
僕は怖くて聞けませんでした
この頃から
僕とMの間には不遜な空気が漂ってきました
R子は失踪中のことをMに聞かれるたびに
どこにいて、何をやっていたか
僕だけ知っていると感じさせるような
ニュアンスを意図的に
言葉の端々に付け加えていたようです
Mは僕が知っていると、ほぼ確信している
一方、Mも決定的な何かを隠している
お互い疑心暗鬼
岩の亀裂から
汚水が染み出てくるように
僕とMの関係にジワジワと
汚れが広がっていきました
決定的で絶望的なのは
知らなかったとはいえ
Mの彼女であるR子と寝てしまったこと
そして今、いい人のフリをして相談にのっている
二人が汚水まみれになるのは
時間の問題でした
失踪の件も落ち着いてきた頃
ポストに怪しいDVDが入ってたと
Mから連絡がきました
僕はすぐにR子が出ているAVだと察し
気味が悪いと怯えているMに
今から行くから絶対に観るなと伝えて
Mの部屋に向かいました
境界例の女 15
近くで見ると
久しぶりに会ったR子の目は
以前とは別人のようでした
完全に光を失い
鉛色の空のように
どんよりと淀んでいましAた
R子はAVに出演するために失踪したと
僕に説明しましたが
おそらく嘘でしょう
Mとの喧嘩が原因のはずです
AVに出たのも、Mへの嫌がらせです
R子はMに絶対に知られたくない、と言いながらも
僕の口からMに伝わるのを望んでいました
Mがこの事実を知らない限りは
嫌がらせにならないのですから
僕の口から聞くことで
嫌がらせパワーは何倍にも増幅して
Mを完膚なきまでに叩きのめすことができるから
AVについては、普通の単体ものではなく
いわゆる覗きものの、やらせ要員ということでした
待機室で尿意を待ってお茶をガブガブ飲んだことや
顔が映らないのをいいことに
ほとんどが高齢の女性だったことなどを
一点を見つめて淡々と話す姿は
まるで腹話術の人形のようで
誰かが後ろで操っているような不自然さを感じました
もう以前のR子には会えないのだろうか
この頃からR子は
「自分の人生を呪う」
と言い出しました
悲しくも自分の人生を呪ってしまったR子が
”それ”と折り合いをつける方法を
見出し、実行するまで
そう時間はかかりませんでした