「平成」
最初はみなさん、変だなぁと思わなかっただろうか。
しかし1年たたないうちに、見事に定着し、今では、平成以外ではあり得なかったかのようにすら思えるから不思議だ。
非常に平明で、だれにも読めて書けるやさしい字。だれが考えたか、公式記録がいっさいないというが、よっぽどセンスがいい学者なのに違いない。…と感心してたら、例によって口ごたえしてきたのが、やっぱりB君だった。
「そりゃ先生、元号法で習慣を法制度化して、上で決めつけた元号を、半分強制的に使わせてるんですから、定着しない方がおかしいですよ。…っていうか、法律で定着させただけで、いい元号も悪い元号もないですよ。」
「そうかね。君は『平成』でよかったと思わんかね。平成東都大学法科大学院のOBのくせに!」
「先生はいつもそうやって話をそらすんだからなぁ。そういうときだけは天才的ですね。」
「じゃ、ついでにさらに話題を転じてみせるが、私は、個人的には次の元号は『久志』(きゅうし)という元号がいいと思ってます。」
「なんですかそれ。自分の名前の字をかえただけじゃないですか。典拠はあるんですか。」
「そんなのないね。僕に古典の素養なんかあるわけなかろう。君もよく知ってるようにね 。」
「そうでしたね。先生には教養のひとかけらもありませんでしたね。…でも、じゃぁ、どこからそんな元号案を考え出しましたか。」
「聞きたいかい?」(つづく)
Bさんの家に着いてインターホンを押す。しかし、「どなた?」とそっけない返事。もともと愛想がいいとは言えないBさん。わたしは、「市川です。」と応じた。
しかし、Bさん、「あれ? 来たんですか」とさらに愛想がない。
Bさんもいよいよ認知症かな、と玄関先で待っていたら、Bさんが姿を見せた。
その第一声が「手紙着いてないですか?」と。
なんのことかわからなかったので、聞いてみたら、今日は来なくていい…という手紙を私に送ったとのこと。
「あぁ、そうだったんですか。手紙は来てませんね。もっとも昨日は一日中出回ってて事務所に行けてないですがね。」
ま、どっちにしろ、相談があるから、と呼ばれて来ただけの私の方には、Bさんにはべつに用も用事もない。
少々雑談して、早々に失礼した。
しかし、朝から昼すぎまで、無駄足を運び、さらに夕方までホントなら他に裁判や相談の予定を入れられたのに、それもできない。実に時間を有効活用した!
…だが、私はこうして予定がキャンセルになるのは、実は大好きなのだ。人生にとって無益な暇だが、理由はどうあれ、また、すべきことが単に先送りになるだけであっても、この予期せぬ目先の安楽! 正直うれしくなる。神様からのプレゼントか、とすら思う。
私は思いがけぬ自由を満喫しながら、錦糸町のわが事務所に戻ることにした。錦糸町は千葉の玄関口と言えよう。
さて、事務所に戻ったら、たしかにBさんからの手紙が来ていた。それも、なんと内容証明で。
「今後いっさい訪問しないでください。」とある!
「もちろんだとも!」
しかし、このテの内容証明、昔からよく出したものだが、自分がもらってみるとたしかに不愉快なものだ。が、まぁ、来いと言われたから行っただけで、こっちからのこのこ出掛けて行くことはしません。
まあ、Bさんはパソコンをしないし、おそらくあの姪御さんあたりが、Bさんを私から遠ざけようとされたのだろう。
私は知っている。Bさんのお家によく出入りしている、宝塚のスターみたいな美人の姪御さん(推定代襲相続人)を。そして彼女が、私に会うと、いつもいかにもうさんくさそうな目で私を見ていることを。
図星だ。そう、私はBさんの養子になるのを狙ってるかもしれないのだから!
ホントは結婚したいのだが。
ま、いずれにしても、弁護士らしいことを何ひとつしなかった今日一日であった。
今日はある意味、何のために生きたのかわからないような一日だった。
まず、Aさんから呼ばれていたので、午前10時の約束に間に合うよう、余裕をみて8時に家を出た。私は大江戸線と総武線と新京成線を乗り継いで船橋市内のとある町に向かった。
Aさん宅に着きインターホンを鳴らす。何度も鳴らす。しかし応答がない。
どうしたんだろう。もしや、亡くなっているのでは!?
しかし、Aさんの携帯に電話してみたら、元気なお声が返ってきた。「あら、先生。どうなさいました?」「いえ、今日お約束してましたのでお邪魔しました。」
Aさんが玄関先に姿を見せた。そしておっしゃるには、「インフルエンザにかかってしまったので、キャンセルお願いしようと思ってました。」
「はぁ、そうでしたか。それは大変なときに失礼しました。」
でも、なんか変な話じゃないだろうか。
しかも、私は昨夜、「明日はよろしくお願いします。」と、Aさんにメールしてたのである。たしかに返信はなかったが。
そうか、夜中に急にインフルエンザにかかられたのだな! こんなにお元気そうなのに。お気の毒に。
私はなんとなくわけがわからないまま、しかし、ご病気の方のところに長居するわけにもいかないから、早々に玄関先で失礼をすることにした。
ホントは、このあと、千葉市のBさん宅を訪問する「旅程」を組んでいた。
ここでポッカリ時間は空いたが、いったん事務所に戻るまでの時間はない。
しょうがないから、久しぶりに昼御飯を食べながら時間をつぶした。マクドナルドで。…つぎ昼食をとるチャンスがあったら絶対マックに行こう、と私は1ヶ月前から心に決めていたのである。
ようやくBさん宅に向かう時間となり、店を出て、再び総武線の客となる。しかし、まさかこの後千葉でもこんな体験が私を待っていたとは!
(つづく)