さて、私は、仙台駅と「すき家」でしばらく時間をつぶしたあと、仙台地裁の朝一番の裁判に出席。
その仙台地裁で、15年ぶりになつかしい姿をお見かけした。
「先生! 市川です。」と、勇気を出して声をかけたその先生とは、私が「司法修習生」という、研修期間中に言葉に尽くせぬほどお世話になった元裁判官で、退官後、いまはご出身地で弁護士をなさっているQ先生だ。
…先生が覚えてくれているかどうか不安だったが、覚えてくれていたようであった。Q先生は言った。「ずいぶんご立派になられて!」
法律用語で、ブクブク太ることを「立派になる」と言うのである。
「はい、立派になりました!」
が、先生もお忙しそうだったので、もちろん、あまりお引き留めはしない。「今後とも何卒ご指導のほど、お願いします!」そう言って私は失礼しようとした。
しかしながら、よくよく思い出してみれば、いくら指導してもまったく甲斐のない代表選手が私なのだった。
ところが、なんと、そんな私に対し、実ににこやかに、先生はおっしゃった。「いや、指導して頂きたいのは僕の方ですよ。」…私は思わず目頭が熱くなった。
あぁ、ほんとに偉い人ってほんとに違うんだなぁ、と。
大きな人ほど、いばらない、えらぶらない。ほんとに偉い人ほど、自分を偉く見せない。で、俺みたいな半端者に、さりげなくこういうことが言えるんだ。わたしは「とんでもありません。」と返すのが精一杯だった。
先生は会釈して地下鉄の駅の方に去って行った。その後ろ姿を見送りながら、私は、いついつまでもこの先生の記憶に残り続けていたいものだ、と思った。
仙台はすでに秋雨であった。
(おわり)
昨日は、東北急行バスの「ニュースター号」という夜行バスで仙台に行った。
「ニュースター」を訳せば「新星」。「新星」といえば、新幹線なんかなかった昔、東京と仙台を結んでいた国鉄の夜行寝台急行列車の名前だ。
今は、夜行列車は、その使命を完全に、夜行バスに譲った。
しかし、夜行バスと違って外の景色が見えて(乗ったことある人はわかると思うが、夜行バスは完全にカーテン閉めきって、外が見られない。)、シーンと静まり返った、まさに夜のしじまの駅に何分もじっと途中停車したり、また、鉄路を刻むあのガタンガタンという音が旅愁を誘う夜行列車はよかったな 、とつくづく思う。
それにしても、「ニュースター号」は若い男性運転手がひとり乗務で、その彼がハンドル握りながら実に上手に車内アナウンスもこなしてたのでびっくり。私は、最初、車掌がひとり別にいるのかと思ったほどだった。運転も実に穏やか。しかも、下車する際にまじまじ見たら、かつて時の人だったトキオの山口メンバーに似たなかなかのイケメンではないか。そんな彼に5時間半、命を預けられ光栄だった夜の旅。
(続く)

これでは天災列島だ!

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洪水、土石流、台風、そして、地震。
人間は、なんて簡単に、そしてこんなに何人もいっぺんに死んでしまうのだろう。
大自然の猛威。
猛威は猛威でも、あの猛烈な暑さ。…あれだって今となっては生っちょろいもの。本当の猛威のうちにははいらなかったのだ。
ここまで人間を、人間社会を徹底的に痛め付ける大自然。
しかし、あぁ、台風も地震も、自分が今いる東京じゃなくてよかった!…こんな恥ずかしい、しかし率直な感懐を、誰がいったい禁じられようか。エコよりエゴなのだ。
「地球にやさしく」なんて能天気なこと言ってきた我々を大自然はあざ笑う。
…いったいどうすればいいのか。
こんなとき太古の祖先たちは、天に、神にひたすら祈るするしかなかった。
我々は、そうではなく、大自然に謙虚に、しかし英知で立ち向かわねばならないのだ。
まず、台風についていえば予報技術のいっそうの精緻化、警報システムの実効性の向上。さらに地震については、歴史的に顕著な成果があると言い難い予知研究よりは、むしろ災害に強い送電システム、給水システムの開発研究、その他、復旧工学、救助システム工学、救援ネットワーク工学分野の学術、技術の重点的振興が大切ではないか。…たとえば、電気については蓄電技術の実現。100パーセントとは言わない、せめて20パーセントでも、各家庭で自己蓄電を実現できれば…。
私は予定していた北海道出張がキャンセルになり、被災した方々をよそに、むしろ楽チンな土日を過ごしている。
しかし明日は我が身だ。
「イザというイザは今日かも明日かも」
これは、あるイベントで最優秀賞を獲得した防災標語なのだが、まさに常なる備えで、今日、明日襲い来るかもしれない災害を、「今すぐ警戒」することが、なにより大切だろう。
このたびの地震、さらにはそれに先立つ風水害で亡くなった方々のご冥福を改めてお祈りするとともに、被災地の一日も早い復旧を願います。