非常に腹立たしいことがあった。
先週末、ある親戚から電話があった。親戚といっても、30歳くらいの、私のいとこの孫みたいな男で、じつは私がまだ一度も会ったことのない人だ。「祖母から市川さんが弁護士してると聞きました。実は相談にのってもらいたいことがあるのです。」と。
たしかに私は、その彼のおばあさんに、大昔遊んでもらった記憶がある。で、時間を割いて相談に乗ることにした。相談料とるわけにいかないなぁ……と思いながら。
そして、今日の午後。何があったのだろう、全く会ったこともないこの俺にわざわざ会いに来るってんだからよほどのことがあったんだろう……と、彼を待ってたら、なんと、彼は挨拶もそこそこに、いま某保険会社につとめていると述べ、「高額所得者の方にぜひおすすめしたいです」と、ある保険商品を熱心に勧めるではないか。
わたしは、自分のお人好し加減がバカらしくなって、自分が高額所得者でもなんでもないこと、むしろ生活が苦しくて困ってることを、正直に説明する気にすらならない。ただただゲンナリしました。
「おばあさまにはお世話になった」等々、適当に雑談したあと、丁重にお引き取り願った。
が、それにしてもなぜ最初から正直に言わないのか。「保険会社に勤めてるのですがノルマがきつくて困ってるのです。お忙しいところすみませんが、祖母のご縁に免じて、一度話だけでも聞いていただけないでしょうか。」と。そう言ってくれば、しょうがないな、入ってやろうか、となったかもしれないのに、いくら貧しくても。
いずれにせよ、私はこんな親戚を雇っているその保険会社は信じません。けっこう有名な会社ですが。
ある役者さんが薬物犯罪を犯した。
その役者さんはたくさんのドラマや映画に出演している。
はてさて、そういった作品の公開を見送るべきか、それとも、放送、放映するべきか。
「作品には罪はない」
そう、多くの方がおっしゃる。…が、果たしてそうだろうか?
いや、たしかに作品自体には罪はない場合が多いだろう(制作現場がそれだけ退廃してて規律の緩んでる証拠だ、との見方もあり得るが)。
しかし、いずれにしても、だ。その役者さんが、殺人犯だったらどうか? あなたは人殺しが出演してる映画を放映すべきだと思いますか。それはまずい、と思いませんか。そもそもそんな映画を見たいですか?
なぜ、人殺しだとそうで、薬物犯だとそうでないのか。もしそこに、薬物犯罪なんてホントはたいしたことないんだ…っていう感覚が潜んでたとしたら大問題だ。純粋な被害者感情への配慮なら救いがあるが。
ただ、いずれにせよ、この社会、とくに芸能界、メディア業界、薬物犯に甘すぎる! 違法薬物、ぜったいダメなのだ。そして、そんなものをやってる人間を起用してたら、どんな現場だって大変なことになるのだ、作りかけのドラマも放映できなくなる、現実にも大変な損害となるのだ。いや、なって当然なのだ。…そういった自覚が、芸能界だけでない、一般社会にまだまだ不足してるようにみえて、私は悲しい。
私は、薬物犯の出演しているドラマや映画の公開に、断固、反対です。
…Aさん、あなたはどんな他人にもなりきれる、立派な実力派演者じゃないか。自分自身を、まず、立派に生きてほしい。心から応援する。
「聞きたいかい?」
「べつに聞きたくないですが。」
「じゃあ、教えてあげよう。…この『久志』というのはね、実は『九四』つまり、『94』の当て字なのだ。」
「なんですかそれ。」
「まだわからんかね。新しい元号の1年目である今年は、昭和94年目にあたる。つまり、これは、新元号のもとのその年が、昭和に直したら何年か、だれでもすぐわからせてくれる、含蓄に富んでいるだけでない、実生活に資するすぐれもの、きわめて画期的、センスあふれる元号案なのだ。年齢計算とかに便利だぞ!」
…いかにも「くだらない」と言わんばかりに、すでにB君が私の前を去っていったのは言うまでもない。
しかし、みなさまいかがですか!?
…さて、平成を象徴する顔のひとりであったイチロー選手も、平成の終わりとともについに引退した。あんまり『惜しまれつつ』といった感じでないのが寂しい限りだが、まさにひとつの時代の終わりを実感する。
ただ、次の元号が何になろうと、「平成」同様その元号も、きっといつか、国民みなに親しまれる、そしてりっぱに時代を映す元号に成長してくれるはずだ。
その新元号のもと、日本だけでなく、世界中が平和な時代が到来することを心から願う。
(おわり)