ぼんやりして攻撃的な音楽
オブスキュア・レコードは1975年から1978年までブライアン・イーノが運営していたレーベルで、10枚のアルバムが発表されている。
このレーベルから出たレコードは聞きやすい現代音楽のような、アンビエントの始まりのような、ニューウエイブのような、メロディの希薄なぼんやりとした新しい感じを受ける音ばかりだった。
その最初のアイデアは、イーノが入院先のベッドの近くで流された聞こえるか聞こえないかの音量で流され、周辺の音と混ざってしまった音を聞いていたときに思いついたそうだ。
イーノの『Discreet Music(控えめな音楽)』は、1975年にオブスキュア・レコードからリリースされた。レコードのB面には、パッフェルベルのカノンの演奏が入っているのだが、各演奏者のスピードを変えているために途中で音が混ざり、何の曲だか不明になる。(それでも気品が失われない部分が素晴らしいと思う)
Fullness Of Wind (Variation On 'The Canon In D Major' By Johann Pachelbel)
最初に出たレコードは、ギャビン・ブライアーズの「タイタニック号の沈没」。この曲は、1912年に沈没したタイタニック号の上で最後まで演奏を続けていたと言われる音楽をレコード片面を通して表現していて、ぼんやりした起伏のない音がゆっくりと変化していく。
裏面には、「イエスの血は決して私を見捨てたことはない」という曲が入っている。こちらはホームレスが歌った讃美歌の短い一節をずっとループさせ、そこに少しずつオーケストラがかぶさり、そして消えていく。
クラシックでもなく、映画音楽でもなく、プログレでもない、変化がないのになぜか聞きやすく静かにリラックスさせてくれるこのアルバムは大好きだった。
Jesus' Blood Never Failed Me Yet
レーベルには、後に映画音楽で有名になったマイケル・ナイマンのデビュー作品、前衛音楽の巨匠ジョン・ケージがロバート・ワイアットをゲストに迎えた曲など、いろいろ面白い(おそらく多くの人にとっては超退屈な)音楽が入っている。
どう考えても一般受けすることはないだろう作品群の中で、ペンギン・カフェ・オーケストラだけは聞きやすかった。
この後すぐに世界的に売れ、日本でもコマーシャルに使われたりして一部で有名になったから知っている人も多いだろう。
ペンギン・カフェ・オーケストラは、「クラシック畑のはみ出し者たちがペンギンの被り物をして、おもちゃ箱みたいな音楽を演奏している」みたいな感じだった。
何といっても、このレーベルの他のアルバムに比べて独特のユーモアがあるところが良い。
Penguin Cafe Single
ハロルド・バッドの「パビリオン・オブ・ドリームス」が、レーベル最後のアルバムになった。
後年になって出てきた「ニューエイジ」と呼ばれる音楽が嫌いだったが、それはそのオリジナルの一つになったこのアルバムを聞いていたからだと思う。
スタイルをパクって、実験性とスピリッツを抜いて、もっともらしく作るとああなるんだなと思っていた。
これらの音楽と、ドイツで独自に発展していったエレクトロニクスを多用したクラウトロックの流れを同時に見ていたブライアン・イーノは、「退屈な音楽」を確信とともに作っていたんだろうと思う。
Madrigals Of The Rose Angel
ニューウエイブ時代の「あるタイプ」のミュージシャンは、おそらくこのレーベルにとても影響を受けたと思う。「ロックスピリッツを持った、やたらに静かなロックミュージック」が1980年代になって世界中で流れ始めた。
ぼくもその流れの中でこれらのアルバムにたどり着き、ブライアン・イーノの環境音楽やドイツのクラウトロックなどと一緒に聞くようになった。
そんなイギリスのグループ、コクトー・トゥウィンズがハロルド・バッドと共演した「ムーン・アンド・メロディーズ」は、最初の頃に聞いていたような気がする。
Cocteau Twins & Harold Budd Sea, Swallow Me
パンクロックが終わり、ニューウエイブが病んでいく中で、巷で流れるアメリカン・ロックにウンザリしていた世界中の若いミュージシャンたちが、これらの音を消化して1980年代の新しい音楽を創っていった。
この「ラジカルで退屈な音楽」は、その後のポピュラーミュージックを大きく変えた。