革新と伝統を持った特別なミュージシャン
リチャード・トンプソンは、1960年代の終わりごろに伝統的なイギリスの音楽とロックを組み合わせた草分けのバンド、フェアポート・コンベンションでデビューし、現在も第一線で活躍しているミュージシャン。
最初は、独特のイギリスっぽさを持った凄いギタリストとして現れ、名曲を連発する凄いソングライターとなり、とてもいいシンガーにもなった。というか、現存している最高の音楽家の一人だと思う。
リチャードは、聞けばすぐわかる凄いギタリストだが、イギリスに多いブルースをベースにしたギターではなくて、ジャンゴ・ラインハルトみたいだったりバグパイプのような音を出したりする。
表現が変かもしれないがペコペコした感じのギターサウンドは、ダイア・ストレイツのマーク・ノップラーも影響を受けているんじゃないかな。
フェアポート・コンベンションの時代は、史上最高の女性シンガーだったサンディ・ディニーを中心にいつか書くかもしれないので、ここでは触れないでおく。
バンドを脱退して、当時の奥さんと始めたグループ、リチャード&リンダ・トンプソンの1974年の最初のアルバム『I Want to See the Bright Lights Tonight』は、歴史に残るくらいの名作だった。
とてもイギリス的な名曲がたくさん入っているのだが、まずはタイトルにもなっている少し明るめの曲を紹介したい。
I Want To See The Bright Lights Tonight
リチャード&リンダ・トンプソンは、2人が別れるまでの約10年の間に6枚のアルバムをリリースした。最初のアルバムは別格だが、他のアルバムも、特にハードな音になっている6枚目は素晴らしいと思う。
この時代が暗い曲ばかりという訳ではないが、いい意味で重くて湿った感じは、とてもイギリス風のダークさと重厚さがある。
ファーストアルバムの最後に入っている曲「The Great Valerio」はただの名曲の域を超えてすでに古典だ。
歌詞では、サーカスの綱渡りをする名人ヴァレリオと、どこかで転落を期待しながら見る地上で見る観客、そしてサーカスを出て日常に戻る人々、一転して自分を支えてくれる人へのモノローグが語られている。
私たちは、偉大なヴァレリオを見つめている
彼が綱の上を歩く姿を
彼は決して、下で見上げる人々を見ようとはしない
どこか、バランスを崩して落下しないかと熱望する人々を
私はあなたのために綱の上を歩こう
もしもあなたがネットを支えてくれるのなら
この道のりにはいくつものつまずきがある
まだ私は首の骨を折ってはいないけれど
だけど降りておいで、降りておいでヴァレリオ
風が激しく吹き荒れ、そして綱はゆるみ下がり始めている
あなたはもう地面からすぐのところにいるのだから
The Great Valerio
リンダと別れたリチャードは、1983年にすぐ新しいアルバム『Hand of Kindness』をリリースした。
このアルバムは、これまでの重苦しい感じがなく、最初と最後に勢いのあるポップチューンが2曲入っている。やっぱり離婚する時期っていうのは、気が重くて大変なんだろうなぁ。
ただここまで雰囲気が変わるのは、自分自身でも心機一転という気持ちが強かったんだろうと思う。
このライブでの、アコーディオンやサックスが入ったバンドの演奏も最高だ。
Tear Stained Letter
その後のリチャードは、ほとんど休むことなくアルバムリリースとコンサートを続け、1999年にメジャーレーベルとの契約を切ってからも、コンスタントにアルバムを出し続け、ライブでの演奏も続けている。
ソロになってからの彼はずっと年寄りっぽかったので、年齢を経ても印象はあまり変わらない。
20、30代の頃は、青年期の感覚を残した求道的な印象が強かったが、年を取って明るくなったようにも見える。でもそうではなくて本当の意味で成熟したんだろうと思う。
1991年にリリースした『Rumor and Sigh』に入っている「1952 Vincent Black Lightning」は、ジェームス・ディーン的な古典的なストーリーの名曲。
古いオートバイを愛する不良とその彼女の話で、強盗をした男が撃たれ、その死に際に彼女にオートバイのキーを委ねるという内容になっている。
1952 Vincent Black Lightning
時代も変わり、自主制作で大物ミュージシャンがアルバムをリリースすることも珍しくなくなった中で、リチャードの音楽活動は変わらず順調だ。
爆発的な売り上げは望めないとしても、十分以上の音楽的な評価を受け、2015年にはイギリスではアルバムチャートのトップ10にも入っている。
アルバム単位では、1996年の集大成的な2枚組のアルバム『You? Me? Us?』や、メジャーレーベルからの最後のアルバムで自分の人生を振り返ったような『Mock Tudor』など素晴らしい。
2024年には、変わらず良質なニューアルバムをリリースしている。
ただ、ここで紹介したいと思うのは、どうしても彼の初期の特別な傑作になってしまう。
ネット上に、誰かが『I Want to See the Bright Lights Tonight』に入っている「Calvary Cross」へ、映画『Buffalo '66』の映像を合わせた動画を上げていた。そのうち消えるかもしれないが、とても合っていたのでぜひ見て欲しい。
The Calvary Cross
リチャード&リンダ・トンプソンの最後のアルバム『Shoot Out the Lights』に入っている「Wall Of Death」も、彼の傑作のひとつ。
ウォール・オブ・デスというのは、大きな樽の中をオートバイが垂直に走るカーニバルの出し物のことらしい。退屈なメリーゴーランドや観覧車などではなくて、ウォール・オブ・デスに乗せてくれという内容になっている。
ウォール・オブ・デスの上では世界のすべてが生きている
おまえは少しの失敗で落下するかもしれない
でもそれこそが、おまえの見つけたもののなかで
いちばん生きているっていうことに近いんだ
俺をもう一度、ウォール・オブ・デスに乗せてくれ
Wall Of Death
もしかすると日本ではあまり知られていないのかもしれないが、リチャード・トンプソンはボブ・ディラン、レナード・コーエン、ニール・ヤングなどと同じレベル(つまり最高の中での最高)のミュージシャンだ。
気になったら、まずはネットでいろいろ探してみて欲しい。










