100nights+ & music

100nights+ & music

2020年の1年間に好きな音楽を紹介していました。2023年になっても見てくれる人がいたので、また書こうかと思います。
気に入ったら紹介した音楽を聴いてもらえると嬉しい、よろしく!

 

ペイズリー・アンダーグラウンドの妹たち

 ザ・バングルズは、1981年にロサンゼルスで結成された女性4人組のバンドで、1980年代に何曲も大ヒットを出した。

 ギターのスザンナ・ホフスとヴィッキー・ピーターソン、ドラムのデビー・ピーターソン、ベースのアネット・ジリンスカスというメンバーで、1982年に5曲入りのEPでデビューしている。

The Real World

 

  バングルズのサウンドは、パンクを経由した1960年代のポップなガレージロックという感じで、演奏はちょっとアレだがコーラスが得意で、聞いていて最高に楽しい。
 それまでなかった自然体な女子のバンドという雰囲気は、同じ1981年に結成された少年ナイフにもどこか近いところがあるかもしれない。

 1983年にはベースがマイケル・スティールに変わり、1984年にファーストアルバムをリリースした。マイケル・スティールは、何とザ・ランナウェイズの設立メンバーだったそうだ。

 この頃のロスアンゼルスには、ペイズリー・アンダーグラウンドと名称を付けられた仲のいい音楽シーンがあった。
 そこには、ドリーム・シンジゲート、スリー・オクロック、レイン・パレードなど、どこかアマチュアっぽさを残した、シンプルでちょっとサイケデリックな感じのバンドが集まっていて、バングルズはその中で最も売れたバンドになった。

Let It Go

 

 当時ペイズリー・アンダーグラウンドに影響を受けたらしいプリンスは、ファーストアルバムを聞いてスザンナ・ホフスの大ファンになり(ストーカーになったという噂もあった笑)、「Manic Monday」という曲をプレゼントする。
 そして1986年にリリースされたサードアルバムが大ヒットして、バングルズはあっというまにスターになる。

 彼女たちは曲も自分たちでつくるが、このアルバムでバンドメンバー以外が書いた4曲「Manic Monday」、「September Girls」、「If She Knew What She Wants」、「Walk Like an Egyptian」は名曲ばかりだった。


 バングルズが大スターになったのは、この4曲があったからだと思う。ただ、本来のシンプルなガレージバンドとのイメージの乖離もそこら辺から始まってしまったような気もする。

WALK LIKE AN EGYPTIAN


 このアルバムでは、当時は忘れられた存在だったビッグスターのポップスタイルの曲「September Girls」を取り上げている。
 それがアレックス・チルトンの再評価につながったことは、ちょうど同じ時期にビッグスターのダークサイドを取り上げたディス・モータル・コイルと同様に、彼女たちの功績のひとつだと思う。

September Girls



 1988年のサードアルバムは、カバーなしで全曲をメンバーが書いている。それぞれ普通に良い曲だが、彼女たちはすごい名曲を書くタイプではない。
 ただスザンナの書いた曲の共作者は有名なソングライターチームで、その1曲はバラードのすごい名曲になり、世界中で特大ヒットした。
 
 しかしプロデューサーや外部の奴に、もとはシンプルなバンドをいろいろいじられたこと、とても目を引くスザンナばかりがピックアップされたりしたことなどから、バンドの人間関係が悪くなってここで一度解散してまった。
  曲作りもボーカルも4人で分け合い、ほとんどの曲では4人でコーラスも付けていたバンドだったので、そのバランスが壊れたのは致命的だったんだろう。


 バングルズは1998年に映画のサウンドトラックを制作したことをきっかけに再結成した。そして、これまでに2枚のアルバムをリリースしている。

 バングルズにはポップバンドとしての一面とガレージロックバンドとしての一面があり、その両面ともとても良いし、いつだって楽しそうに演奏しているところは最高だと思う。
 あとプリンスと同じ意見になってしまうけど笑、スザンナの声とキャラクターはとても魅力的だ。背が小さくて気が強そうだが、バンドの中で一人目立つことを嫌がっているようにも見える。多分普通に良い人なんだろう。

 この映像は2000年の再結成後にアコースティック・バージョンで演奏された「Manic Monday」。みんな良い感じに年齢を経ていて、素晴らしい。


Manic Monday

 

 現在のバングルズは、2005年にベースのマイケル・スティールが抜け、オリジナルのベーシストだったアネット・ジリンスカスが再加入している。

 元気いっぱいだった女の子たちが、いろいろなことがありながらも相変わらずフェミニンな感じを失わずに、子育ても終えた大人の女性になって同じ仲間とバンドを続けている。
 そんな彼女たちの2019年の「Hazy Shade of Winter」なんかを見ると、ちょっと感動するな。

Hazy Shade of Winter

 

 

少年ナイフ  -ほんの少しだけ それで It's all right 

Joan Jett & The Blackhearts -アイコンになったロッカー

Big Star -アレックス・チルトン 

 

 

 

 

40年間続く、聖なるひどくメランコリーなサウンド

 

 ザ・バンド・オブ・ホリー・ジョイというバンドを知っている人はあまり多くないかもしれない。1984年にロンドンで結成され、解散や再開を繰り返しながら現在もコンスタントに活動を続けている。
 
 ザ・バンド・オブ・ホリー・ジョイは、バイオリンやアコーディオンを加えた多人数編成で、メンバーの入れ替わりも多い。
 何かを願っているように叫ぶボーカルにはロック時代よりも昔の歌手みたいな感じもあり、うらぶれた都会の裏町とキラキラした輝きが同居しているような、独特の個性を持っている。

 最初期に音楽的にいろいろな実験をしていた彼らがファースト・フルアルバムをリリースしたのは1987年だった。その『More Tales From The City』は、派手さはないが混沌した部分が少しだけ残った好きなアルバムだった。

 後にベストアルバムのタイトルにもなった「Leaves That Fall In Spring」は、最初はメランコリックなバイオリンとピアノで始まり、途中からチープなカシオトーンとリズムが入り、それが去っていって終わる。

 

Leaves That Fall In Spring


 それまで小さなレーベルから音源をリリースしていたバンドは、1989年に当時最大のインディペンデント・レーベルだったラフ・トレードと契約した。

 ラフ・トレードからリリースされた2枚のアルバムは日本でも発売され、ごく一部かもしれないが人気もあったと思う。

 

 1989年のセカンドアルバム『Manic, Magic, Majestic』は、どこかロンドンの場末やジプシー的な感じを感じさせるとても良い内容だった。

 タイトル曲のライブ演奏を見ると、音楽の下地や変遷には全く共通点がないがとても音楽的で、労働者階級のガラの悪い感じを含めてザ・ポーグスと似ているといわれるのも分かる気もする。

 

Manic,Magic,Majestic

 

 ボーカルのジョニー・ブラウンがそこら辺にあったチープな楽器で友人とバンドを始めた頃は打ち込みやノイズも使ったポストロックバンドだったが、この頃にはバイオリンやアコーディオン、トロンボーンなどを含む7人編成になっていた。


 とても聞きやすい「Baubles, Bangles, Emotional Tangles」のプロモーション映像は、上と同じライブをスローにして使っているようだが音はレコードそのままだった。

 ライブはバンスキング(路上の大道芸)みたいな感じが強かった一方で、ラフ・トレードからリリースしたアルバムではバンド編成にこだわらない洗練されたアレンジが加えられている。 

 

Baubles, Bangles, Emotional Tangles

 

 1990年には、前作をさらに充実させたアルバム『Positively Spooked』をリリースした。
 このアルバムの1曲目に入っている「Real Beauty Passed Though」のプロモーション・ビデオは、若き日のエリザベス女王のらたらに大きなポートレートの雑な扱いなど、とてもイギリス的で皮肉っぽい曲。

残った残骸をかき回す
二度と君みたいな人には会えないことは知っている
それは時間が経てば分かるだろう
まあいい 乾杯、さよなら

過ぎたことに幻想を抱いたりはしない
愚かな奴は、ぼくのドアの前を通り過ぎればいい
生身の人間に、ぼくも別れを告げよう
本当の美しさが、いま通り過ぎた


The Band Of Holy Joy - Real Beauty

 

 「Bitten lips」は、マリリン・モンローに似ていたイギリスのモデルが、若くして同じように孤独な死を迎えたことをテーマにした曲らしい。
 トーキング・ブルースとイギリスの古いフォークソングを混ぜたようなジョニーの歌い方は、こんな感じの曲にぴったりだ。

そして彼女はお気に入りの曲のフレーズを口ずさんだ
「私はあなたと一日を過ごしたいけれど、何もしたくないの
 あなたの部屋に入れてくれないかしら
 あなたの部屋は遊び場だけど、わたしの部屋は墓場だから」


彼女はスクリーンで見るほど、背は高くないんだよ
だけど俺たちは夢を創りつづけている
ドリーム ベイビー ドリーム


Bitten lips

 

 彼らはその後にラフ・トレードの破産と買収に巻き込まれたらしく、2作に続くアルバムは発表されず、バンド名を短縮したりした挙句に1993年に解散した。

 そして2002年頃に一度、そして2007年にバンドは再結成され、現在もtheをつけないバンド・オブ・ホリー・ジョイとして活動を続けている。
 当時の独特の切迫感は失われてしまったが、オリジナリティのある良いバンドであることに変わりはなく、2025年もニューアルバムを発表している。

 ザ・バンド・オブ・ホリー・ジョイの音楽はとても聴きやすいのに、街角の片隅や綺麗なものの影についてのペシミスティックで喜悲劇のような歌詞を歌うボーカルの緊張感が、聴いていてリラックスさせてくれない。


 そのせいか長く聞いていると疲れるというかお腹一杯になる感じがあって、いつも聞くわけではないが、このバンドのことを忘れることもない。

Look Who's Changed With The Times

 

 

 

 

 

 

 

 



心を打つ最高のブルースバンド

 2025年の年末にサンハウスのボックスセットがリリースされた。何とCD7枚・DVD6枚で、レコード会社からリリースされた音源は入っていない。
 サンハウスは、ボーカルの柴山俊之(菊)とギターの鮎川誠が中心のバンドで、1970年に九州で結成された日本のロックの最初期のバンドの一つだった。

 1978年には解散していた彼らの音を最初にリアルで聞いたのは、1983年に一時的に再結成されたライブ『CRAZY DIAMONDS』のラジオCMだった。
 ある日突然、野音で行うライブの宣伝がラジオから流れてきた。そこで使われていたのは確か「ミルクのみ人形」だったと思う。

いつも俺のそばにいてくれた
可愛いミルクのみ人形が
何処かへ消えちまいやがって
俺のミルクカップもさびちまった 


ミルク飲み人形


 一番好きなバンドだったルースターズのファーストのライナーノートを菊が書いていたので、バンド名だけは知っていた。

 このコンサート全編が入っているカセットテープと『STREET NOISE』という未発表曲集アルバムを同じころに買い、初めてリアルなバンドとして意識できた。
 今回のボックスセットには、誰も存在すると思っていなかった『CRAZY DIAMONDS』の映像も入っている。

 サンハウスは、アメリカのブルースや欧米のロックを下敷きに曲を作っていることが多いのでいろいろ言われたりしていた。

 ただ別に音楽のほとんどすべては誰かに影響されているし、完全オリジナルかどうかは問題じゃないな。このバンドは本当に好きになった。


 菊の低音のひび割れた声と言葉、鮎川のギターは本当に心を打つ。例えば「スーツケースブルース」の中にバンドの良さが詰まっていると思う。

 この映像はボーカル菊、ギター鮎川誠と篠山哲雄、ベース奈良俊博、ドラム坂田"鬼平”紳一と、全盛期のメンバーによる1998年のライブ。

スーツケースブルース

 

 サンハウスは、1975年の『有頂天』、1976年『仁輪加』の2枚しかレコーディングアルバムを残さなかった。その後は未発表曲や、ときどき集まって行ったライブだけが残されている。

 ボックスセットを聞くと、ブルースとロックが大好きだった奴らが結成した最高のブルース・カバー・バンドが、そのままの姿で成熟していった姿がよく分かる。
 ブルースからロックへ。このころの博多はまるで1960年代末のイギリスのロックシーンみたいだったんだろうな。ピーター・グリーンがいた頃のアメリカに憧れていたフリートウッド・マックのような印象を受けることもある。

なまずの歌 

 

 サンハウスには、ブルースの人間味や音楽が大好きな人たちによる、ちょっと不良でとてもストイックなロックバンドという印象を持っている。
 ただ『CRAZY DIAMONDS』のときの菊は、「うるさい」と一言しか話さなかったし、初期のライブを聞いても、「はい、どうも」くらいしか言わないし、見かけが危ないだけじゃなくて歌詞もブルースそのままの猥褻メタファー系が多いから、当時はものすごい不良に見えただろうな。

 サンハウスの歌詞には、菊のどこか文学的で心の深くに響くものと、鮎川のブルース直結のまっすぐに届くものの両面がある。
 一見してヤバそうだし、現在のジェンダー視点だととんでもない歌詞も多いが、よく曲を聞くとまったくそんな人間じゃないことが分かると思う。

生まれた時から せおったさだめ
あなたは家もなく さまよい歩く
人に聴かれても 話せない
ふるさとのない 人達なんです

たえられなくつらい 友達もいない
天涯孤独のさだめ
あなたは 耐えていかなくては


ふるさとのない人たち


 実はブルースバンドってやつは、音に浸っている感じや妙にテクニカルな演奏が好きじゃなくて昔からほとんど聞いてこなかった。
 ただ、サンハウスを聞くとブルースバンドだなと素直に思える。それはドアーズのことをブルースバンドと書いたのと同じ感覚なんだけど、分かるだろうか?
 この2つのバンドは、深い孤独、心の中のダークな部分、そこでの祈りみたいな感じが、ブルースを思い起こさせるのかもしれない。

 「にわか~雨」という曲を初めて聞いたときは、長いギターの後のシンプルなボーカルの出だしに思わず笑ったが、次の瞬間にいきなり心をつかまれた。
 サンハウスがとても好きな理由の一つはボーカルの菊のブルースを感じさせる無骨でまっすぐな個性だった。そんなバンドはめったにない。

にわか~雨

 

Sheena & The Rokkets ‐キャプテンギター&ベイビーロック 

The Roosters - グッド・ドリームス 

The Doors  -ヨーロッパの影響を受けたブルースバンド 

 

SONHOUSE – AYU RECORDS Publishing

サンハウス55周年記念ボックス2025年12月25日発売!トレーラー SONHOUSE 55th BOX

 

 

 

 

サッチャー時代、社会を変えようとしたバンド

 ザ・スペシャルズは、1970年代の終わりにイギリスのロックシーンからやってきた革命だった。彼らがその後の音楽シーンを変えたことは間違いない。
 ジャマイカのレゲエとイギリスのパンクロックを融合させてパンク後のスカ・ミュージックを作っただけではなくて、白人と黒人が混在したバンドメンバーで反人種差別など明確に政治的なメッセージを歌うことなど、サッチャー時代の社会状況を意識しながら最高に尖っている感じが素晴らしかった。


 自分たちでつくったレーベル、2トーン・レコードからリリースした最初のシングル「Gangsters」が、スペシャルズの最初のヒット曲になり、セレクター、マッドネス、ビートといったスカリバイバルのバンドブームをつくった。

 

Gangsters

 
 1979年のファーストアルバムの頃は7人組のバンドだった。目立つのはボーカルのテリー・ホールだが、キーボードのジェリー・ダマーズがバンドのコンセプトをつくり多くの曲も書いている。

 もう一人のボーカルのネヴィル・ステイプル、ギターのリンヴァル・ゴールディングの2人が黒人で、あとは白人という構成だった。


 ファーストは、半分くらいがジャマイカの曲のカバーで、残りがスカの影響を受けたオリジナルになっている。コクソン・ドッドやトゥーツ・アンド・ザ・メイタルズなど、このアルバムから知ったジャマイカのミュージシャンも多い。

 

A Message To You Rudy 

 

 1980年の秋にリリースされたセカンドアルバム『more specials』 は、ジェリー・ダマーズがリーダーシップを取った音楽的に豊かな感じのアルバムで、白(パンク)と黒(スカ)のツー・トーンというシンプルでスカッとする音ではなくなっている。

 

 ジェリーは、次に進むために政治的なラジカルさを弱めずに、流行りとは違う新しいポップミュージックを創りたいと思ったんだろうが、それはバンド崩壊の原因となった。
 ユニークで実験的なサウンドだが、それだけに個性の強いバンドメンバーが頭にくるというのは良くわかるな。

 ザ・スペシャルズは最悪の人間関係の中で最高のシングル「Ghost Town」をつくった。

 サッチャリズムでボロボロになったイギリス中で労働者階級の暴動が頻繁に起こっているなか、このダークな曲はチャートで1位を獲得し、そしてバンドは解散した。

この街はゴーストタウンになりはじめているぜ
クラブはどこも閉まったままだ
この場所もゴーストタウンになりはじめているぜ
バンドももう演奏しない
ダンスフロアーでの暴力が多すぎるからな


Ghost Town

 

 ゴーストタウンを書いたジェリー・ダマーズは、サッチャーのせいで最悪な状況のイギリスをマシなものにしようとしていたが、その最中にバンドがダメになってしまった。


 ただ、Symaripという昔のバンドのカバー「Skinhead Moonstomp」の1979年のライブを見ると、彼らが理想とした人種や社会を超えてハッピーであろうとする気持ちが少しだけ分かるような気もする。

Skinhead Moonstomp

 

 解散後にテリー・ホール、ネヴィル・ステイプル、リンヴァル・ゴールディングの3人は、ファン・ボーイ・スリーを結成して成功し、テリー・ホールはその後もミュージックシーンで生き残った。
 テリーはもう一人のスペシャルズの中心人物で、孤高の雰囲気と楽しもうとする意志が両立するバンドの特徴は、彼の個性から来ているものが大きいと思っている。

 ジェリー・ダマーズは、1984年6月に「The Special AKA」として、実質的なスペシャルズのサードアルバムをリリースし、その後にバンドも終了させる。

 ほぼすべてのメンバーが変わったそのアルバムには「ネルソン・マンデラ」という曲が入っている。1990年まで南アフリカの刑務所に入っていたネルソン・マンデラを支援するこの曲は、チャートのトップ10に入ると同時に、反アパルトヘイトのアンセムになった。

Nelson Mandela


 テリー・ホールも入ったスペシャルズは2008年に再結成したが、そこにジェリー・ダマーズの姿はなかった。
 再結成後にバンドは頻繁にライブツアーを行い、何枚かのアルバムもリリースしている。2022年12月にはテリー・ホールが亡くなり、スペシャルズは活動を終えた。

 スペシャルズは本当に特別なバンドだった。個人的には、セックス・ピストルズ以降の音楽シーンのベースはスペシャルズ、ジーザス&メリーチェイン、スミスが創ってきたと思っている。


 まあでも単純に音楽性が好きだな。「ワン、トゥー」という掛け声が入る「Little Bitch」は、シンプルに楽しい。ルースターズのファーストアルバムと同じように、若い頃にこんなバンドを聞いて本当に良かったと思う。

Little Bitch

 

 

同じころの2トーンのバンド

Madness ‐ストリーツ・オブ・ロンドン 
 

 

 



マエストロ、もしくはいかれた天才

 以前にもマイク・オールドフィールドのことを書いたことが、今回は彼のライブ・ミュージシャンとしての側面についてもぜひ紹介したい。
 マイクはコンピューターのない時代に一人で数百回の多重録音をしてそれまで誰も聞いたことのなかった音楽を作り、20歳でスーパースターになった天才で、1973年にリチャード・ブランソンのヴァージン・レコードからの最初のミュージシャンとしてデビューした。

 マイク・オールドフィールドはいきなり大成功したが、多重録音ばかりしていた人が急に世界中で注目されたこともあってか、精神的なプレッシャーに押しつぶされそうになったらしい。
 そして1979年からの次のステップでは、スタジオから出てライブ活動にも力を入れるようになった。

 ライブのアンコールで上半身裸になってギターを演奏している「Punkadiddle」は、まったく離れた音楽だと思われていたパンクロックのパロディらしくて最高に楽しい。
 すでに巨匠っぽい感じだが、1981年のライブの頃のマイクはまだ26歳くらいだった。いま思うと、マイクはザ・クラッシュのジョー・ストラマーの一つ年下になる。

Punkadiddle 


 この1981年のライブでのマイクは、バンドのギタリストというよりコンサートマスターのように見える。

 「Punkadiddle」と同じアルバム『Platinum』に入っている「North Star」のマギー・ライリーが歌うシンプルなフレーズは、フィリップ・グラスの同名曲から一部が引用されている。

 
 パンクロックや現代音楽、民族音楽なども参考にしながら、自分のオリジナルな音を探してきた彼は、20世紀の中でも最大の音楽家の一人だと思う。


North Star

 

 マイクのポップな側面での傑作は、1983年『Crises』、1984年『Discovery』、1987『Islands』だと思う。これらのアルバムでは優れたボーカリストをゲストに迎えながら、とてもポップな面とデリケートで複雑な音楽を両立させている。
 ぼくがマイクを知ったのは、マギーの歌う「Moonlight Shadow」だった。(そこら辺は前の文章で書いたので関心があれば見てください)

 『Discovery』では、マギー・ライリーとバリー・パーマーがボーカルを担当し、二人はそのまま1984年のDiscovery Tourのメンバーにもなっている。


Saved By A Bell 

 

 マイク・オールドフィールドの代表作が『Tubular Bells』であることを疑う人はいないだろう。19歳のマイクがコンピューターのない時代に、チューブラ・ベルを含むさまざま楽器を自分で演奏しながら制作した。(チューブラ・ベルとは教会の鐘を管状に並べてたたく楽器、実際に下の画像で見た方が早いだろう)
 1973年の最初のアルバム『Tubular Bells』は、1992年に『Tubular Bells II』、1998年に『Tubular Bells III』と、形を変えて発表され続けている。

 長く期待されていた『Tubular Bells II』は、マイクが成功させたといっても過言ではないヴァージン・レコードから離れ、そして1980年代が終わったタイミングで制作された。
 プロデュースをトレバー・ホーンに任せたこのアルバムの1曲目「SENTINEL」は、シングルとしても発売されている。


SENTINEL


 『Tubular Bells III』では、スペインのイビサ島に住んでいたマイクが同時代的なエレクトロニックミュージックを取り入れている。


 ライブでは、インド系のボーカリストを迎えたバンドに途中で不気味な映像の子供の語りが入り、そしてチューブラ・ベルとパーカッションが加わった最高の盛り上がりの中で演奏が終わる。


Tubular bells

 


 でもやはり最後に紹介したい曲は、前回と同じ終わり方になってしまうが『Ommadawn』の最後のオマケみたいに入っている「On Horseback」だな。


 映像には、マイクが自分で語りとボーカルを入れたこの曲にピッタリな、彼の子供の頃に撮影された幸せそうな家族フィルムが付けられている。

On Horseback 

 

 2018年にマイク・オールドフィールドは新作はもうリリースするつもりはないとコメントした。ただ2026年にもイギリスで何回かのコンサートがすでに予定されているようだ。


 彼は現存する伝説の一人だが、まだ72歳だ。もしかするといつか本当に最後のアルバムを作ってくれるかもしれないと淡い期待を抱いている。

 

Mike Oldfield -自由な天才ミュージシャン 

Philip Glass -静けさと生命力