男と女の物語
私は書きたい。男と女が、一つになり、今を大切にする物語を。ドクロのおばさん俺がもうすぐ三十六歳になる頃。真っ直ぐ家に帰っていた。久し振りにラウンジ『キャッツ・アイ』に行ったとき、びっくりした。メチャクチャ美しい娘がいた。みんなから、姫と呼ばれていた。俺は、すぐママに言って、姫を指名した。しばらくして姫がきた。「高杉由美子です」と名刺をくれた。「キクリンさんかぁ」と姫は言った。「芸名?」「少しばかり小説を書いている」「ふーん、売れている?」「いや、全然、まったく」「ハッキリ言って、ビンボー」「その通り」「じゃ、ダメね。女はお金に惹かれるものなのよ」「じゃ、ダメだね」「その代わり、面白い話を聞かせて」「どんな話?」「男の筆おろし」「俺の童貞喪失を話せって」「そう」「そんなに面白くないけど。ドクロのおばさんは」「なになにドクロのおばさんって」姫の目は輝いた。 そして、それから、俺は煩悩を抱えた十八歳のある日のことを話しはじめた。 ※ ※ ※ ※俺は十八歳、童貞であった。俺は日々、性欲に悩まされていた。そして、ついに決心した。全財産二万円をかき集め、ソープ街を歩いていた。色々な男性・女性が話しかけてくるが、だが相場は高かった。三万円は持っていないとな。俺の心を見透かしたように中年のおばさんが「お兄ちゃん、お金持ってないの。一万八千円でいいよ」と話してきた。俺はマジマジと中年のおばさんを品定めした。「おばさんがしてくれるの?」「そうだよ」 ガーン!俺の一生で一回の筆おろしが。「お兄ちゃん、どうする?」「(お金、全然、持ってないもんなぁ)あぁ、お願いします」 俺は中に入り、おじさんと手続きし、おじさんは定額をとった。残りはさっきのおばさんの部屋に入ったら支払ってくれと言った。そして待合室で待っていてくれと言った。しばらくすると、おばさんが迎えに来てくれた。おばさんの部屋に行き、「何か飲む」と俺に聞いた。「暑いねー、コーラでもウーロン茶でも何でもあるよ」「コーラお願いします」 俺はゴクゴクとコーラを飲んだ。「風邪でも引きました?」俺は聞いた。「どうして」「少し鼻声かなと思って」「うん、ちょっとね」「休まないんですか?」「お兄ちゃん風邪引いて、休むのかい?」「時には」「いいねぇ、わたしゃ、一年中、休み無しだよ」 しばらくして、おばさんに身体を預けた。すべて、なすがままだ。だが、なかなかいかなかった。「お兄ちゃん、タンパクかい?」「はぁ」「心配しんさんな、あたしゃ、一時間三十分かけて、若い遅漏の子を男にしてあげたことがあるんだ」「はぁ」俺はそう言って、おばさんの右肩を見て驚いた。シールではなく、おばさんの右肩に見事なドクロの刺青が彫ってあった。初めて本物の刺青を見た。ドクロが黒々と光っている。俺はビビッた。凄く怖くなった。「お兄ちゃん、一つじゃけぇ」一つ?何のことだ?「はい、わかりました!」とにかくドクロが怖い。「お兄ちゃん、一つじゃけぇ」命懸けのセックスだ。「はい、わかりました!」本当はよくわからないが。「一つだけを思ってよ」「はい!」「一つじゃ」「はい!」「一つじゃ」「はい!」「一つじゃ」「はい!」「一つじゃ」「はい!」「一つじゃ」「はい!」 「一つだけ思いんさい!」「はい、わかりました!」 俺は無我夢中になってドクロのおばさんとセックスした。「アッ!」「どうや、兄ちゃん、男になったねぇ」 放心状態の俺。おばさんはティッシュで俺の身体をキレイにする。そして、ベッドから俺を洗うために浴槽へ連れて行こうとする。ドクロのおばさんの身体は後ろから見たらよぼよぼにたるんでいる。 ※ ※ ※ 姫に俺の筆おろしを話し終え、あんなこともあったなと一服吸う。「ふーん、意味深いお話」「そうかい?俺は今でも、一つの意味がわからないよ」「思うにソープで見知らぬ男と一日も休まず三百六十五日、毎日働いている、セックスしている、あのドクロのおばさんこそが、一つなんだと私は思うわ。二人が一つになる」と姫は言った。俺は姫の言葉に心臓がえぐられるような気がした。姫の本音を聞いたようで、嬉しいような、悲しいような、なぜだかわからないが、ドロドロとした川が俺の心の中を流れていくような気持ちになった。「私がいくら頑張っても、あなたのドクロのおばさんにはなれないわ」「それって、喜んでいるの、悲しんでいるの?」「残念に思っているのよ。ドクロのおばさんは、あなたの一生のあげまんなのかも知れない。女として負けたわ」 ドクロのおばさん、今もセックスしているのかな?流石にもう無理か。年だもんな。もしかしたら、大変失礼だが、もうこの地球上にいないかもしれない。右肩の黒々と彫られた刺青。そして、童貞喪失、俺の筆おろし。あの日は俺にとって、ドクロ記念日。今となっては何か懐かしいなァ。褒め殺しではなく「一つ」殺しだったなァ。まさに「一つ」の連呼だった。あの日、ドクロのおばさんが「お兄ちゃん、お金持ってないの。一万八千円でいいよ」と貧乏人の俺に言わなければ、何も起こらなかった。あァ、ドクロのおばさん、あなたはきっと、俺が生き続ける限り永遠に俺の心の中で生き続けるであろう。なぜなら、俺達は、あの時一つになったから。二十年後から来たレイジかなり昔の物語。俺と瞳は、映画を観に行ったり、ドライブしたり愉快な日々を送っていた。「レイジは何も聞かないのね」「何を?」「ううん、なんでもない。なかなか梅雨が明けないわね。こんな天気、嫌だわ。ワールドカップ、ブラジル負けちゃうし」「へーぇ、ヒトミ、ブラジルのファンだったのか。俺はてっきりフランスの味方だと思ったが」「違うわよ、日本を手玉に取ったブラジルに負けて欲しくなかっただけ。ファンで言えばベッカムよ」「ベッカムか。お前、相変わらず面食いだな。でも、そのイングランドも負けちゃうし、一体どこが優勝するんだ?」「四強、どこが勝っても、おかしくないわね。ドイツ、イタリア、ポルトガル、フランス、ヨーロッパ勢が勝ち残ったわね」「みんな満身創痍だね。あーあ、俺も、ああいう人生を送って見たかった」「選ばれた天性と努力の人達ね。女子のレベルも上がっているし、サッカーって最高!」「四年後、俺達どうしているかな」「・・・・・・・・・・レイジを愛しているのだけは確かだわ」「嬉しいねぇ、俺もヒトミを愛している」「ウソっぽいわね」「何でだよ」「だって、レイジ、モテ過ぎよ・・・・・・・・・・・・・・・・」「ヒトミの方がモテるじゃん」「はい、はい、この辺でモテモテ競争は止めましょう」 その日、瞳は無邪気に明るく、とてもいい気分で赤ワインを何杯もおかわりし、ぐでんぐでんに酔っ払いよく喋った。そして、なぜ瞳が性生活に怯えているのかがわかった。 瞳が高校生のとき、帰省していた当時県外の大学に通っていた叔父さんの息子にいきなり背後から襲われたのだ。あまりにも突然のことで、大声を発する間もなく、瞳は犯されてしまった。本当の兄のように慕っていた男に。そのことを知った叔父は、迷わず息子を勘当し、そして瞳に謝罪し、これまで以上に瞳を可愛がった。ただ瞳は、男性と愛し合うと、その時のことが脳裏に浮かび精神状態がおかしくなるのだった。そして、周期的に眠れぬ夜が訪れるようになった。そんな不安の中、幼馴染の俺に出会った。俺なら今の自分を救ってくれる、そんな気持ちになったそうだ。確かに瞳は夜ぐっすりと眠れるようになった。しかし、俺達の間でもセックスは、やはり無理だった。俺は瞳の高校生時代のいまわしい過去を驚くと同時に、激しい怒りが込み上げてきた。時折見せる、どことなく物悲しい淋しい表情はそこからくるのか。絶対に許せない。しかし、瞳を襲った男は、すでに勘当されてどこにいるのかわからない。今の俺になすすべがなかった。ただ瞳と幸せに暮らして行くしかない。俺は瞳がいとしくて、いとしくてたまらなかった。それに瞳は俺を頼りにしてくれている。それがなによりも嬉しい。瞳となら、いつまでもいつまでも、いっしょに暮らしていける。そんな気がする。「レイジ、今度、二人でどこか行かない?」「どうしたんだ、一体」「そんな気分になっただけ。前に北海道に一人旅したんだけど、良かったな。大自然に囲まれて。生きているって痛感したよ。たまに思い出すんだ」「そうか、大自然か。じゃあ、いつか二人で山にでも登ってみるか」「うわー、嬉しい」「俺もワクワクドキドキ」俺は不意に逆立ちをした。「何しているの」瞳はケラケラと笑い出した。 俺は高校時代、色々なジャンルの本を読んだ。純文学・純愛小説・大衆小説・サスペンス・推理小説・SF小説・倫理本・哲学書・エッセイ等。何かを求めたかった。真実が知りたかった。大学に進もうとしても、道がわからなかった。道をとうとう発見できずに大学に進んだ。そして、今やっと何かをこの手に掴んだという強い予感がする。 瞳である。瞳と一生暮らして行きたい。そのためには、瞳から性の恐怖を取り除いてやりたい。瞳の無邪気な笑顔がたまらなく好きだ。まるで天使が舞い降りてきたみたいだ。この頃、毎日が楽しい。人生なんてわからなくていい。ただ瞳といっしょにいられればいい。朝起きると、瞳の顔が見られればいい。そんな俺の気持ちを知ってか、瞳も俺という人間を信頼しきっているようだ。俺は心の底から瞳とある山の頂上に立ちたくなった。「どこの山に登りたいんだ?」「うーん、日本百名山のどこかがいいな」「まぁ、記念にはなるよな」「尾瀬なんかどう?」「ミズバショウの花が綺麗なんだろ」「レイジ、詳しいじゃないの」「ちょっと、本屋で立ち読みしただけだよ」「なんかワクワクしてきた」「冬になる前に行こう。冬山は危険だ」 俺達はアウトドアーの店に行き、すぐ乾く軽い衣類やザック等を買った。一日一日過ぎるごとに、まるで何かに挑戦しているようで胸が高鳴った。とりわけ瞳は、鼻歌などを時折歌い見ていて清々しかった。「ところで、最近、勉強の方はどうなんだ」「そうなのよ、わからない処がたまっちゃって。また家庭教師頼むわね」「久し振りに今晩、勉強するか?」「キャー、レイジのしごきに耐えられるかな」「俺はただ親切丁寧に教えるだけさ」「その親切丁寧が嬉しさ百倍なの。誰か助けてー」「又、訳のわからない日本語を使って。何はしゃいでんの」「だってホント久々の勉強だもの」「あぁ、やることやってから、山に登ろう」 その晩、俺達は遅くまで勉学に励んだ。すでに瞳のウィークポイントが、わかっていて、自分で言うのもなんだが、俺はなかなかの名家庭教師だった。 季節は過ぎてゆき、いよいよ俺達の登山が始まった。あいにく天候に恵まれなかった。俺達は山小屋に二人でいた。登山中に急に雨が降り出し、急いで山小屋にようやく避難した。雨は、しばらく止みそうもない。しかも、豪雨である。俺達は非常に困った。「今回は残念だが、雨が止んだら帰ろうぜ」「えぇ、まず命に別状はないと思うけど、こういう時は下山した方がいいわ。雨が止むのを待ちましょう」「ヒトミと頂上に登れなかったな」「またいつかくればいいわ。それよりレイジ、怪我はない?」「それは俺が言うセリフだぜ。男勝りのヒトミさん」「突然だけれど、私達の出会いって何かしら」「いきなり何だい?」「レイジと出会ってよかったと思ってね。あんなチビ助がいまではこんなに逞しくなって、男の人っていつの間に成長するのかしら」「ヒトミは自分の魅力に気づいてないのかい?」「私の魅力?」「何も、お前がグラマーだって言っているんじゃないよ。お前のやさしさ、人に対する心遣い、だけれども正しいと思ったらあくまでも筋を通す。引いたり出したり、まるで柔道の試合のような魅力がヒトミにある」「ははっ、変な誉め方ね。『柔道の試合』ね。そんなの初めて言われたわ。『柔道の心』と言って欲しかったな」「それは、言えないね。柔道は奥が深すぎるから」「へーぇ、レイジ、いつ柔道を学んだことあるの」「マンガ喫茶で柔道マンガを読んだだけさ」「実際にやったことは?」「ないよ」「一本背負いとかできないの?」「あぁ」「一句できたわ。柔道の技を知らずして、柔道の心を語る藤田礼次よ」瞳は笑い出した。「俺達、いつまでここにいるのかな」俺は独り言のように呟いた。「こういうのも、なかなか楽しいわ」「強引に豪雨の中、帰っても悪くないけど」「こういう時はじっとしているものよ。こういう空間も二度とないわ。二十年後、私達何をしているのかなぁ」「俺には、わかるぜ」俺は自信を持って言った。「ホントに。何をしているの」「正確に言うと何を思っているかだけど」「二十年後、私達、何を思っているの」「それはね、幸せ一杯の『二十年前に戻りたい』と思っているのさ。今、俺達が出会った頃に戻りたいと思っているように」「・・・・・・・凄い、レイジ。きっと正解よ。ということは・・・・・・」「ということは『今を大切にしろ』ってことさ」「この山小屋で?」「そう、この山小屋で。二十年後から来たレイジでした」「突然だけど、フランス革命って誰が起こしたんだっけ?」いきなり瞳が言った。「ホント、いきなり歴史の時間かい」「疑問、疑問。ふと、マリー・アントワネットが頭に浮かんだの。ギロチンって恐い」「フランス革命は、国民が起こしたんだろ。いろんな人生があるね」「国民の手によって国王達が殺されていったのね。ところで、また話は変わるけれど、ジャンヌ・ダルクって本当に実在したのかしら」とめどなく山小屋で、俺達は色々な会話を暴走した。生きる意味さえ語った。それは二人には、わからなかったが。ただ瞳といっしょにいると俺の方が心が安らいだ。毎日、安眠を貰っているのは、瞳より俺の方かも知れない。幼い頃、いっしょに過したというベースは大きかった。瞳は何も変わっていない。何時間経っただろうか。すでに雨は上がっていた。だが、二人は山小屋を出ようとしなかった。すでに瞳は、自然と俺と心から愛し合った後に俺の胸の中で小さな寝息をたてて眠っていた。