[アヤ・インフィニティ∞]
1話 十二月の雪
杉浦アヤと白波真は同じ大学に通う二十一歳である。幼稚園・小学校・中学校・高校がいっしょで、家が近所ということもあって、とても気心が知れている。アヤは時々、真に『お題』を言われて、徹はそれをテーマに詩やショートショートを面白がって真を真似て男言葉・俺言葉で書いていた。
「そろそろ、アヤの作品が読みたいな」と真が言う。
「私も真の感想が聞きたいな」とアヤは言う。
二人は自由気ままに色々なことを語り合う。この二人はいいコンビである。恋人同士なのだろうけど、なにしろ長い付き合いで、変な表現だが恋人を飛び越した恋人だ。いつも、どうでもいいようなくだらない話をして、ふざけあいじゃれあっている。
「真、真。変わったことないか」
「変わったことはないけど、いつものことはある」
「なになに?」
「それは、俺がアヤを愛していること」
「バーカ、つまんないよー」
「それはそれは、アヤが麗しき姫君」
「ますます、つまんないよー」
「それでは、私のために何かPOEMでも」
「ふふっ、POEMと言われても、何か『お題』がないことには、作れませぬことよ」
「よっしゃー、久々に、お題をいうぜ。うーむ、よし、少年達の夏の風物詩、『トンボ』でどうだ。この世界をあらゆる視点で360度見渡してくれ、トンボメガネで」
「ふぅー。急にトンボかぁ。何かトンボPOEM物語を創作しようにも、難しいなぁ。一晩考えてみましようか?」
次の日、近所の公園で、アヤはさっそく作った詩を真に朗読した。
赤トンボの光景
俺が見た光景は夕焼けで鉄の金網に腰掛けて
赤トンボが飛んでいて
黄昏でまるで時が止まったかのようで
対面する工場の煙突からは
風の流れを教えてくれかのように
煙がプカプカ白く空を染めていた
一度、変わったことがあったなァ
ある夏の日俺が小学校四、五年で
友達と遊んでいると
見も知らないオジサンに声をかけられた
カバンを持ってくれとのこと
見るとオジサンは汗だくで
重そうなカバンを三つ持っていた
その頃犯罪等の関係で学校から
知らない人について行くなと通知があり、
俺達は迷ったがその人のカバンを
持っていっしょに短く長い?距離を歩いた
しばらくして、「ありがとう」と言って、
三人に当時の百円硬貨をそれぞれにくれた
そして、オジサンはとぼとぼと
重たいカバンを持ち引き続き歩いて行った
俺達はしばらくオジサンを見て
振り返り振り返り家に戻って行った
なぜか、あの時のことを思い出す
あれから、どうしたのかな
今となっては、もう、わからない
せめて、もう少し、カバンを
持って歩いてあげればよかった
赤トンボのあの場所には色々な思い出が………
オジサンやあの仲間とは会うことは二度とない
赤トンボの光景にはたまに会う
黄昏て黄昏て、
暑かっただろうなァ、
重たかっただろうなァ
「アヤ、よくこんな話を想像できるなぁ。一種の才能だね。ちょっと、想像POEMにジーンときたよ」と真。
「ありがと。時々、降りて来るんだよね」とアヤ。
「そうか、もっともっと聞きたいね。今度は、なんて、『お題』にしようか。昆虫の次は動物かな? しかし、話は戻るけれど、『赤トンボの光景』のおじさんは、実際にいたら、今何しているのかな。幸せに暮らしているといいが。そんなことさえ、思わせるよい詩だったよ。俺の心の中にもこんな光景があったような・・・・・・・・・。さてさて、行ったり来たりで、次なる『お題』は、『ダチョウ』です。どうですか、アヤ?」
「ふぅー、またまた、いきなりですね。インパクトあるなぁ。鳥だよね。うーん、トンボに引き続き難題ですね」
三日後、真の部屋で、アヤはA4の紙を手渡した。もちろん、詩が書いてある。
ダチョウの生きざま
悲しみを白くベタ塗りする
その上から黒いスプレーで
色々と上書きしたい
勇気・希望・夢・聖戦
そして、生命の源、永遠の愛と
生きるって面倒なことだと思うよ
その面倒が何かの瞬間に
素晴らしいに変わる
だから人は生きてゆけるんだね
この携帯の向こう側には
数えきれない人々がいて
心が繋がっているホットロード
忘れられない思い出がある
忘れられないあの女性がいる
俺は誰かの人生の中にいますか?
嵐山など風情があり
町並みを歩けば
歴史の風が吹いてくる
ふと二人ずれの舞妓さんと
すれ違った
人それぞれ夢は違う
俺は何になりたかったのだろうか
人は俺にガンバレと言う
人は俺にガンバルナと言う
どうしたらいい
それは自分で決めること
ダチョウは飛べない
でも、それでいい、実に堂々と生きているじゃないか!
「アヤ、いいぞ。『忘れられない思い出がある。忘れられないあの女性がいる。俺は誰かの人生の中にいますか?』ここのフレーズだけでも素敵だぜ。あの人は俺の人生の中に確かにいる。誰も知らない『あの人』だけれども。色んな人に影響を受け、世話になってきた。そのおかげで、今俺は、少しは、ダチョウのように堂々と生きていられる。そして、『人は俺にガンバレと言う。人は俺にガンバルナと言う。どうしたらいい。それは自分で決めること』か。ある時は必死にガンバレバいい。ある時は休めばいい。自分を心から愛せばいい」
「まぁ、気に入ってもらえたようで、よかったわ。真の『お題』はよい頭のトレーニングになるわ。頭フル回転だけれどね。詩作も結構楽しいわ」
「よし、その楽しいイメージで、次なる『お題』は『なんちゃって』というフレーズが繰り返し入る詩はどうだい?」
「『なんちゃって』を繰り返し入れる?」
「うん、ちょっと考えてみてよ、アヤ」
「ふーん、そりゃ、『お題』だから、考えてはみるけれど・・・・・・・」
数日後、アヤの部屋にて。笑顔でアヤは詩を詠んだ。
ガツテンLove承知之介
男性が女性に
スタイルがいい
と言うのはセクハラで
美人ですね
と言うのはハラハラだ
なんちゃって
私は君に愛して欲しい
君は私に愛して欲しい
私はどの君を?
君はどの私を?
さァ、間違えると大変だよ
なんちゃって
どうしよう
オリーブの危機に
ポパイがいない
しようがない
俺が貴女のためにホウレン草を食べるか
なんちゃって
僕は君に「愛してる」と言った
僕は嘘つきだ
愛の意味など知らなかった
だけれど皆も知らなかった
そして、愛して愛が芽生えるこの不思議
あァ、地球の存亡を賭けるような
スケールのでかい勝負をしたい愛に賭けたい
ガツテン承知之介、本気でんがな、貴女と・・・・・・・なんちゃって???
「ナイス、アヤ。とってもいいぜ。『僕は君に「愛してる」と言った。僕は嘘つきだ。愛の意味など知らなかった。だけれど皆も知らなかった。そして、愛して愛が芽生えるこの不思議』。そんなもんだよね。真理だと思う。それも作風がなんか愉快。面白い、楽しい」
「サンキュー。私も作っている最中楽しかったわ。こんなひとときもあるのね。よし、そろそろ、ショートショートにトライしたいわ。何かよい『お題』はないかしら?」
「いよいよ、ショートショートか。そうだね、具体的に言うと、主人公が迷い道から脱出するような、希望のもてるものがいいな・・・・・」
「お題『主人公が迷い道からの脱出』。うーん、具体的過ぎて、かえって難しいわ。まぁ、なんとか、やってはみるけれどね」
雨の中の静香
俺は今、長い夢の中にいた。まだ正式な教師になっていないが、教育実習で母校に行き
生徒達に歴史の授業を教えていた。
だけど教えている俺自身、大学では何も学ばなかった。いや、学ぶ努力をしなかった。 ただ日々、バイトに明け暮れていた。彼女もできたが、すぐに別れた。
使い捨てだ。もちろん、俺が捨てられたのだ。
泣きたいくらいに惨めだった。そんなサッドな日々の繰り返しだった。
いくら待っても何も起こらない、変わらない。変わらない毎日・・・・・・・・・。
大学生活はアッという間だった。わからないまま何かを求めていた。
惰性でこれまでやってきた。カッコウだけの男であった。
いつも軽い気持ちで、人生という名の空に寝転んでいただけで、そんなことでは何かしら答えが見つかるはずもなかった。
何もしないで季節は巡っても、いくら経っても春はやって来ない。当たり前の話だ。
こんな俺が教師になって良いのか疑問を感じた。
高校三年の生徒達と同様に俺の心は激しく揺れていた。
教育実習の日の朝は、頭の中が真っ白だ。一体、何を教えられるのだろうか。
人生か?
とんでもない!
まったく自信がなかった。不安でいっぱいだ。
俺自身がこの世の真実を知りたかった。一体、俺は何をしなければならないのか。教育実習では生徒達は実につまらなそうにしている。
別に大騒ぎをして、授業の邪魔をする訳でもないが、早くすることだけして、チャイムが鳴ったら出て行ってくれ、そんな気持ちが伝わってくる。
お互いに理解できそうにない。
子供は大人になれないし、大人は子供に戻れない。そう思いつつ黒板にチョークをたてる。しかし、俺は大人なのか?
子供でも大人でもないとすれば、俺は一体何人だ。
丁か半かで言えば、半端ものの半だ。
そういえば昔、俺はこの教室の窓から外をずっと見つめていた頃があった。
心に何も写らず、どうしていいのかわからず、目標なんか進学してから決めればいいなんて甘えて逃げていたのさ。
その延長上に今の俺がある。
だから俺は今も迷っているんだ。
あの時逃げなければ。しっかりと自分を見据えていれば・・・・・・・・・・・・。
自業自得のお先真っ暗だ。俺の出口はどこにある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ふと、なぜか中学生の思い出の1コマがよみがえってきた。
あれは俺が中学三年の時。
朝の登校中だが、どうも雲行きが怪しい。
今にも雨が降りそうだ。
先の踏切で静香が、列車の通過を待っている。静香とは、保育園、小学校がいっしょで、今は特別支援学級というクラスにいた。
思った通り雷が鳴り、雨がザーザーと降り始めた。
静香は傘を忘れたらしくオロオロし、どうしてよいのかわからない様子だ。そこへ、同級生の明が現れて、すばやく静香に傘を差し出した。
歩き出すと相合傘みたいな感じがした。
二人は、ごく自然にゆっくりと学校に向かって行く。
おそらく無言で。
俺は何だか驚いた。
今までの明のイメージが崩れた。
学校に近づくにつれ、学生達が増え、二人を冷やかす者達がいたが、明はまったく動じなかった。
そして、二人は学校に着いた。
明は静香を濡れないように校舎まで連れて行き、そして、別れて自分のクラスに戻った。さいわいに昼には、雨が上がり帰りは晴れになった。
帰りながら俺は、今までの明のことを思った。
明の心の中に明がもう一人いる。
そんな感じがして、なんだか嬉しかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中学三年の頃。
なぜか、遠いあの日のことが思い出された。
俺の心強い教訓、なにかしらの答えが、かすかに見えたように思われた。そう、中学三年で明はしっかりとした、ゆるぎない自分を持っていた。
負けられない!
だが完璧に負けていた。
俺はいつもそうだった。
右に行ったり、左に行ったり、いつも心が揺れていた。俺に必要なものは、あの時の明の『しっかりとした、ゆるぎない自分』だ。
自分を変えようと思えば変えられる。
毎日努力すればいい。
言葉で言えば何でも簡単だよな。
でも本当に自分を変えようと思うならば、毎日血の出るような努力が必要だ。今、静香や明は一体何をしているのだろうか?
『今』という『この瞬間』は二度とない。
俺は『今』から目をそらしてはいけないのだ。
いくら待っても何も起こらない、変わらないのだ。
何かをしなければ。目的に向かって、動かなければ。
そろそろ、俺も行動を起こさなくてはいけないな。
身体が熱く燃えてきた。
俺は再び、目の前の教育実習での生徒達のことを思った。だんだんコイツら(生徒達)に親近感を覚えつつ何かがオーバーラップした。
教師と生徒・お互いの立場・価値観の違い等。
もうすぐ教師になる俺は今、一体何をすればいいんだ・・・・・・・・・・。
俺はもう、わかっている。
十分にわかっているはずだ。
チャイムが鳴り響き、急に生き生きと本音を喋り出す生徒達。色んな声が聞こえてくる。鮮やかな夏の夜の花火のような生徒達。そして、その鮮やかな花火は、夏の夜の花火ように一瞬では終わらない。それは、生き生きと胸に熱く永遠にときめききらめく。
夢から覚め、俺は布団から出て独り言。
「わかりあえないはずがない」
生徒達に教えられたような気がする。俺も輝かなければいけないな。
「なんか、希望の持てる作品だね。生徒と俺の『キラキラキラ・・・・・・・』。いいじゃんか」
「合格だよね? よかった。やっぱ、ショートショートは大変す。書いた甲斐はあるけれど。高校生の頃を思い出して書いたよ。今回は、降りて来た、っていうか、考えて書いたよ」
「いいよな。俺もアヤみたいに今度何か書いてみたいな。ほのぼのとしたものを」
オレンジ色の夕陽に向かって、アヤとシンのファンタスティック・ラブ・ストーリー(白波 真 作)が今・・・・・
パーム国から来た青年
南国パーム国から、なぜシンは日本に来たのか?
それは、同じ年のアヤが以前、日本で数年暮らしていて、帰国後、マラソンランナーの
優秀な女子選手を、目の当たりにしたと、しきりに彼に熱弁したためである。
その話の影響を受けたのだ。シンは二十二歳で陸上をやっていた。と言っても、どこかに所属している訳でもなく、ただ時間があったら走っていた。
小さい頃から、いつも走っていた。もう、走るのが日課になっていた。夢は大きくオリンピック選手だ。さらに言えば、世界一の金メダルを首にかけたい。
シンの職業は郵便屋さんだ。もちろん、走って郵便物を届けていた。雨の日も、風の日も。たとえ、重たい荷物がある時でも。シンは町一番の力持ちでもあった。
シンは思った。アヤの話からすると、そんなに優秀な女子の陸上選手がいるなら、当然男子選手もいるに違いない。
シンは日本に行こうと思った。日本の選手と切磋琢磨して、今まで以上に速くなり、夢に一歩でも近づきたい。
「でも、何のコネもなく日本に行っても、どうにもならないわよ」とアヤは言う。
「それはそうだけれど、陸上王国、日本にいるだけで何かが始まるような気がするんだ」とシンは自分の正直な気持ちを言った。
「毎日、毎日、生活費を稼ぐだけで、身体がボロボロになるわよ」アヤは心配する。
「俺は町一番の力持ち。少々のことじゃあ、根を上げない。日本に行ったら、きっと何かに気づくと思うんだ」シンは答える。
「そんなに言うんなら、もう止めないわ。陸上の話なんか、するんじゃなかった」
☆ ☆ ☆ ☆
狭いアパートで、シンは洗濯をしていた。毎日の日課である。
日本に来てからシンは忙しく働いていた。何もかも一人で全部しなければならない。
日給の肉体労働は続く。アパートに帰ったらもうグッたりで、走る元気もない。
やっぱりアヤの言う通りだった。
『今、帰る訳にはいかない』シンにもアヤに対して男の意地というものがあった。
どうせアヤもすぐに帰ってくると思っているに違いない。
だからこそ、今帰る訳にはいかない。食費は高い。友達もいない。
何一ついいことはない。南国パーム国生まれのシンが日本に来て半年が過ぎた。
季節はもう冬だ。
ある夜、寒さで震えながら歩いていると空から白いものがパラパラと降りてきた。
いつかアヤから聞いていた。
もしかすると、これがそうかもしれない。間違いない。
「雪だ!」シンは確信した。アヤの話から、すぐにわかった。
シンは生まれて初めて雪を見た。なにせ南国育ちである。
噂には聞いていた。雪だ、雪だ! シンは子供のようにはしゃいだ。
これが、たくさん積もると、子供達は丸い玉を作って投げ合ったり、丸い人の形をした
雪だるまというものを作ったりすると彼女は言っていた。
あァ、ひんやりとなんて心地よいのだ。
手のひらに積もる雪。シンはハッとした。きれいだ。
アヤの美しく可憐な顔を思い出した。
しばらく、じっと手のひらの雪を見ていると、溶けて消えてしまった。
なんて、はかないんだ。
その瞬間、シンは日本を旅立つことを決心した。降りしきる十二月の雪とともに。
そう、一番大切なものに、今、気づいたのだ。