夢のらせん階段

 

 俺こと白波大介は毎日ボロボロの乱れた生活を送っていた。今日も仕事を終え、一人居酒屋で飲んだ後、ラウンジ・モモカに寄った。
「白波さん、今日もソロ活動ですか?」
 明美が俺に話しかけてきた。
「ソロ活動?ああ、一人で来ているってことか。一瞬、自分がミュージシャンかと思ったよ」
「ふふ、そんなわけないじゃない。近頃のミュージシャンは結構若いのよ」
「へーぇ、そうか。俺ってオジサンなのか」
「当たり前じゃない。私もオバサンなのよ」
「明美は何歳?」
「レディに歳を聞くの?まァ、いいけど。二十三歳だよ」
「若いじゃんか」
「でも、昭和生まれよ」
「平成生まれでも昭和生まれでも関係ないじゃない」
「白波さんは乙女心をまるでわかってないのね。平成生まれから見たら私はオバサンなのよ」
「ふーん、そんなもんかね」
 俺は焼酎の水割りをグイッと飲んだ。俺にしたら平成生まれも昭和生まれも、一体どこが違うんだ。まァ、だけど、その生まれの境にいる女性にとったら、多少は問題なのかなぁ。でも人間の生き死に比べたら、まったくどうでもいいと感じる。またもう一杯、水割りを一気に飲む。知らぬ間に寝てしまい、明美に起こされてしまう。寝て何か損をしてしまった気がする。なぜ寝てしまうのだろう。たぶん俺は酒に弱いんだ。
「俺も歳だね」
「さっきから、年齢の話ばかりね」
「そのうち太って腹が出て、二度と痩せられなくなったりして」
「それは、みんな同じじゃない」
「若い頃に戻りたいよ」
「ふふっ」
「なんだよ」
「若い頃って、また年齢の話だもの」
「堂々巡りをするうちになんだか、やっと目が覚めてきた」
「白波さん。土、日は何をするの?」
「そうだな。パチンコか競馬して、儲かったら速攻で博多に行くよ」
「広島から博多に行って何をするの?」
「風俗で遊ぶ」
 明美は軽蔑の眼差しで俺をじっと見た。
「俺は本能のままに生きているのさ。そんな目でみるなよ。今、他のお客さんがいないから、いいものを見せてやるよ」
「いいもの?」
 明美は好奇心ありげに聞き返した。俺はズボンとトランクスを脱ぎ、ライターに火をつけて、ペニスのまわりの陰毛を「チン毛ファイヤー!」と大声で燃やし、「アチー」と言って店じゅうをかけずりまわった。店の他の女の娘はビックリし、そして俺はママにひどく怒られた。
「あー、死ぬかと思った」
と言って俺は席に戻った。
「最低ね」
と明美が言った。
「最高の芸だよ」
 俺は言い返した。
「そんなことをして何が面白いの」
「別に、思いついたことをやっておかないと、ストレスがたまるからな」
 実際、何をやっていても心が晴れない。いつから、こんなダメ男になってしまったのか。

土曜日、朝から並んでスロットを打ち、バカふきさせ三時までに二十万稼いだ。俺は最終の新幹線で広島から博多に行った。俺は適当にビジネスホテルに入った。思った通り空いていた。博多の街は、いつにも増して明るかった。俺は街を歩いた。知らぬうちにソープに入っていた。俺はソープ嬢とエッチもせずに世間話をした。時にそんな気分になる。それが結構楽しいのだ。裸で会話しているのだ、これぞ本当の裸のつきあいだ。週末は何をしているのか、趣味はなんなのか、好きなミュージシャン、作家は誰なのかとか。話をしているうちに彼女は英語が話せるのがわかった。
「なぜ、ソープ嬢をしているの?英語関係の職につけばいいのに」
「うーん、英語が少し話せる程度じゃあ食べていけないな。夏の間、観光で来た外国人のガイドのアルバイトをやったりしたけど」
「ふーん、そうか。なかなか大変なんだな」
「どこからか私の人生、狂っちゃった」
「でも君くらい美しい女性はなかなかいないよ」
「そのおかげで、こうやって生きていけるのよ」
「………いつか外で会ってくれないか。ドライブでもしないか」
「………いいわ、でもエッチはなしよ」
「ああ、楽しみだな。どこへ行こうか」
 俺は携帯電話番号とアドレスを紙に書き始めた。
…………………………
「どうした?」
「………やっぱり、やめとくわ。お客さんとそういう関係持ちたくないの」
「そうか、ダメか………君がそう言うんなら、しょうがないか」
「誰か他にいい女がたくさんいるわよ」
「………」
「私みたいになっちゃダメよ」
俺は帰り際に、五千円余分に渡した。すると彼女は大喜びした。
「ありがとう!これで電気代が払えるわ。もう、ここに三日泊めてもらっていたの」
 俺は非常に複雑な気持ちでソープを後にした。土曜日は、そのままビジネスホテルに戻った。

 

(自分の身体を、毎日知らぬ客に売って生活している女性か…………………)

 

日曜日の朝、俺はある場所から電話をしていた。
「もし、もし」
「はい、こんにちは」
 若い声が返ってきた。
「あの…………」
 俺は口ごもった。
「援助ですか」
 えらく元気のいい娘だ。
「ああ………」
 俺は値段を交渉し、場所と時間を決め、服装を教えあった。
 ……………バス停付近か。おっ、いたいた、真っ赤なセーターを着た女性というよりは高校生だ。俺達はお互いを確認し合い、タクシーに乗った。
「どこに行きますか」
 何か不機嫌そうなタクシーの運転手だ。
「あァ、ラブホへ行ってくれ」
 運転手は返事もなく車を走らせる。
 俺は彼女を見つめた。平凡そうな娘だ。だが、きっと高校生だろうな。俺は彼女の裸体を想像していた。色白で着痩せしていそうだ。 しばらくして運転手は急ブレーキをかけた。
「着きました」
 だが、ラブホなんてどこにもない。いや、まずい。ここはポリボックス、警察の前じゃないか。やりやがったな。俺はお金を払い、二人は逃げるようにタクシーから降りて、しばらく走った。ハアハアと彼女は息が上がっている。
「歩こう」
と俺は言った。
 もう大丈夫だろう。何がなんだかわからなかった。きっと、あのタクシーの運転手に、同じ歳くらいの娘がいるのだろうと勝手に想像して気を静めた。
「なんかシラケたな」
 俺はつぶやいた。
「………………」
 彼女も電話の時の元気がない。
「飯でも食うか」
 俺達は近くのレストランに入った。
 俺はカレーライスを食べた。食事を終え、俺はなんの資格もないのに急に彼女に説教をし始めた。
「…………もう二度とこんなバカなことをするなよ」
 俺は自分自身に言っていた。
 勘定を済ませ彼女に三万円を渡して別れ、一人歩き始めた。
 …………………………
 俺だ!バカなのは俺だ。俺は一体何をしているのだ。

 

(お金を払い女を買って、一時の快楽に酔っている男…………………………)

 

もう俺も、潮時だな。バカなことばかりするのは。もっとすることが、たくさんあるはずだ。とりあえず何かをしよう。わからないなら考えるんだ。そうすれば、きっと答えが見つかるはずだ。
野球でもテニスでも写真でも、いつも中途半端にやってきた。今ここで何か一筋の光を見い出したい。努力と継続を友にして。


 ラウンジ・モモカで今日もソロ活動。
「白波さん、週末何をしていたの?」
「あァ、久しぶりにマウンテンバイクに乗った」
 俺は大嘘をついた。思い出したくもない週末だった。
「あら、健康的でいいじゃない。自転車をやっていたなんて知らなかったわ」
「ところで、突然だけど、明美にとって『生きる』って何?」
 急に明美が笑い出した。
「ごめんなさい。ホント、突然で珍しい。『生きる』か。何事も頑張っている姿は美しいよね。感動する。本人はしんどいだろうけど。だから応援したくなる。『生きる』って、今を何かに向かって一生懸命に頑張るってことかな」
「すごいな、明美。感動したよ」
「なんちゃって、誰かの受け売りよ」
「受け売りにしても、イイよ。明美の言葉で今、胸が揺さぶられたよ。いや、明美のおかげでちょっとヒントをもらったよ。生き生きと生きている姿が生きるってことか。俺は俺なりの答えが出たぞ」
 俺は真剣に喋り出した。
「生きているってことは、死んでないってことなんだよ。なんでもチャレンジできるってことなんだよ。後ろを向くな、前を向け!それが俺のスピリッツ」
 その言葉が今後の俺の生きる上での座右の銘になった。実践はなかなか難しいけれど。そして俺は中学三年生の時の塾に飾ってあった額の言葉をなぜか思い出した。言葉は塾の先生のお爺さんが書いたものだ。


 泣きたい時に泣けない人は泣きたいねぇ。
 嬉しい時に喜べない人は悲しいねぇ。
 人生の意味がわかった人は終わりたねぇ。


 俺は今「生きる」を模索しているが、塾の先生のお爺さんによれば「人生の意味がわかった人は終わりだねぇ」らしい。生き方と悟りとの違いか。人生は一生悟れないと思うし、また人生を悟ればおしまいだが、生きる指針は必要である。俺にとって、その生きる指針が「生きる」ってことだ。

……………………………………

 俺は長い長い夢から目を覚ました。ゆっくりと布団から出て、二階の部屋の窓を開けた。太陽がさんさんと照っている。その太陽を見ながら、俺は思った。今日という俺の歴史の一ページが始まっていく。そして、深い深い夢から覚めたこの現実が、一つの夢かもしれないと。