だけどやっぱり夏が好き。
今日、僕が住む遠雷町でもセミが鳴いた。
この夏はじめてのことだ。
僕はとにかく夏が好きなので、
どんなにじりじりうるさくてもそれがセミの声ならウェルカムだ。
わーんわーんとこだまするセミの大合唱を、
「蝉時雨」
という言葉でたとえた昔の人のセンスってすごい。
そんな蝉時雨に、目を閉じて身を任せていると、
足元がふわふわしてくる。
平衡感覚があやうくなり、
意識がどこか深い場所に連れて行かれる。
やっぱりセミの声は好きだ。
入道雲やセミの声といった夏の気配には、
何年たっても何歳になっても心が浮つく。
山。祭り。肝試し。海。夕凪。蚊取り線香のにおい。
ひまわり。アイスキャンデー。ビーチサンダル。
遠くの空から低く雷が鳴り響き、
突然真っ黒な雲が流れ込んだと思ったら、
叩きつけるような雨が降る。
そしてすぐに雨はやみ、
雲がきれて真っ赤な夕焼け空がのぞく。
空気が少し乾き、冷たくなる。
うちわの風に風鈴が揺れてちりん、と音をたてる。
そんな日本の夏が好きだ。
僕は外国の夏のことをあまり知らないので大きなことは言えないが、
日本の夏は本当に美しいと思う。
そしてふと考えてしまう。
そんな大好きな夏を、あと何回心から楽しめるんだろう?
あと二十回くらい?
その頃には足腰の痛みに悩まされて、
ビーチを思いっきり走れなくなっているのだろうか?
うーん。
どんなオジさんになるかは自己責任によるところなので、
自分にムチを打ち、もう少し鍛錬せねばならないな……と、
思うには思うんですけどね。
ええ、もう毎日のように思っちゃいるんです。
とりあえずは僕に許可なくついたこのゼイ肉をそがなければ。
友達と海へ行くことだし。
フライドチキンがどうとか言ってる場合じゃないな。
何しろ今のままじゃ浮き輪に身体が入らないからね。
わはは。
五・七・五になっている交通標語
『気ぃつけや あんたのことやで そのバッグ』
という標語を読んで、
「ああ、ひったくりには注意しなきゃな」
と喚起される人が、百人中一体何人くらいいるのだろうか?
『忘れない シートベルトを する心』
こんな標語を運転しながらしっかり読んでしまうと事故る。
きちんと五・七・五になるように、と
誰かが意識して頭と時間を使っているわけだ。
そんなことのために税金が使われているかと思うと情けなくなる。
こんなバカバカしい標語を何時間も考えて、五時になったら
「ヤレヤレ」
とか伸びをしながら帰途につくのだろうか?
こんなことで犯罪者や事故が少しでも減ると、
本気で思っているのだろうか?
キャッチーにする方向を完全に間違っている気がする。
というかキャッチーにする必要、ほんとにあるのか?
ここで一句。
『税金は 頭を使って 消費しよう』