フライドチキンと海のおと。 -60ページ目

だけどやっぱり夏が好き。

今日、僕が住む遠雷町でもセミが鳴いた。
この夏はじめてのことだ。



僕はとにかく夏が好きなので、
どんなにじりじりうるさくてもそれがセミの声ならウェルカムだ。
わーんわーんとこだまするセミの大合唱を、
「蝉時雨」
という言葉でたとえた昔の人のセンスってすごい。
そんな蝉時雨に、目を閉じて身を任せていると、
足元がふわふわしてくる。
平衡感覚があやうくなり、
意識がどこか深い場所に連れて行かれる。
やっぱりセミの声は好きだ。



入道雲やセミの声といった夏の気配には、
何年たっても何歳になっても心が浮つく。

山。祭り。肝試し。海。夕凪。蚊取り線香のにおい。
ひまわり。アイスキャンデー。ビーチサンダル。
遠くの空から低く雷が鳴り響き、
突然真っ黒な雲が流れ込んだと思ったら、
叩きつけるような雨が降る。
そしてすぐに雨はやみ、
雲がきれて真っ赤な夕焼け空がのぞく。
空気が少し乾き、冷たくなる。
うちわの風に風鈴が揺れてちりん、と音をたてる。


そんな日本の夏が好きだ。
僕は外国の夏のことをあまり知らないので大きなことは言えないが、
日本の夏は本当に美しいと思う。



そしてふと考えてしまう。
そんな大好きな夏を、あと何回心から楽しめるんだろう?
あと二十回くらい?
その頃には足腰の痛みに悩まされて、
ビーチを思いっきり走れなくなっているのだろうか?



うーん。



どんなオジさんになるかは自己責任によるところなので、
自分にムチを打ち、もう少し鍛錬せねばならないな……と、
思うには思うんですけどね。
ええ、もう毎日のように思っちゃいるんです。
とりあえずは僕に許可なくついたこのゼイ肉をそがなければ。
友達と海へ行くことだし。
フライドチキンがどうとか言ってる場合じゃないな。
何しろ今のままじゃ浮き輪に身体が入らないからね。
わはは。

五・七・五になっている交通標語

『気ぃつけや あんたのことやで そのバッグ』


という標語を読んで、

「ああ、ひったくりには注意しなきゃな」

と喚起される人が、百人中一体何人くらいいるのだろうか?



『忘れない シートベルトを する心』


こんな標語を運転しながらしっかり読んでしまうと事故る。



きちんと五・七・五になるように、と

誰かが意識して頭と時間を使っているわけだ。

そんなことのために税金が使われているかと思うと情けなくなる。

こんなバカバカしい標語を何時間も考えて、五時になったら

「ヤレヤレ」

とか伸びをしながら帰途につくのだろうか?

こんなことで犯罪者や事故が少しでも減ると、

本気で思っているのだろうか?


キャッチーにする方向を完全に間違っている気がする。

というかキャッチーにする必要、ほんとにあるのか?


ここで一句。

『税金は 頭を使って 消費しよう』

不気味なしょうゆの作り方

僕は一ヶ月に一回くらいの頻度で散髪をする。

一ヶ月じゃあんまり伸びないけど、

髪が短いのでちょっとでも伸びたら風貌がけっこう大きく変わってしまうのだ。

髪を立たせることができなくなり、

ぺたりと寝かせることになる。

すると先日、定期券を買う時に

「学生さんですか?」

と言われた。

ちなみに僕は昭和48年生まれだ。ちっ。


話をもどす。

短いながらもざくざく音を立てて髪が切断されてゆき、

ばらばらと足元に落ちてゆくのを見るのは好きだ。

身軽になった気がするしね。

そしていつも切られている時、

「あの切られた髪、再利用できたらいいのに」

と思う。

散髪屋さんで一日に集まる髪は、一体どれくらいの量なんだろう?

それが日本中だとどれくらい? 世界では?

すごく気になる。調べた人、いるのかな?


普通にごはんを食べていればずんずん伸びるものだし、

伸ばすために人間が無理をするわけでも環境に負荷をかけるものでもない。

もし有効な利用方法があったのならすごいなあ。

エネルギーに変わるなら、いろんな問題が解決するんじゃないか。


とここまで書いて思い出した。

某国で作られているしょうゆは、人毛が原料だという噂。うげげ。

そう。あの、いつも問題を起こす、某国である。

よりにもよってそんな再利用を思いつかなくてもいいのに。

さあ、想像してみよう。

うっすらピンクがかった見事な中トロを、

黒い髪の毛でぐるぐる巻きにしてぱくり。


うげげ。


……あれ? なんの話だっけ?








マネキン その2

その数、ざっと二十体。
アパレル系の商社なのかもしれない。
そういえばアパレル業界なんてのも休み返上、徹夜当たり前、
という世界だと聞いたことがある。
展示会やショーやなんかの準備で大わらわ、といったところか。
そんなことを考えながら、じっと目を凝らしてマネキンを見た。


一瞬、総毛だった。

それはマネキンではなく、人間だった。


人間がずらりと二十人、
窓際に一列に立ってゆらゆらと体を揺らしながらこちらを見下ろしていた。

僕は思わず声を上げそうになったがぐっとこらえ、下を向いた。

下を向く一瞬前、ど真ん中に立っている女と、確実に、ばちっと目が合った。


女は僕に向かって、真っ赤な口をかっ、と開いた。


膝がかくかくと笑い出しそうになった。
Kを見ると、とっくに下を向いてきょろきょろと左右に目配せしている。
いきなり走って逃げるのも、それはそれで怖い。
追って来られたら、と思うと腰が抜けそうになった。
僕とKは少しだけ急ぎ足で、なるべく平静を保っているふりをしながら、
十字路を左に折れた。そして全力疾走でビルから離れた。


「人やった」
「ああ。揺れてたな」
「何なんやろ?」
「俺が知るか!」


たっぷり300メートルは走った。
酔いなんか、どこかに消し飛んでいた。


僕達はぜいぜい言いながら千日前の行きつけのマンガ喫茶に入り、
出来るだけバカバカしいマンガをセレクトして朝まで読みふけった。

後日、とても天気のいい昼下がりに件のビルに行ってみた。もちろんKと二人で。
四階にはカーテンも何もなく、がらんとしていて、


『貸物件』


と窓に貼り紙が貼られていた。







マネキン その1

これも二十五歳くらいの頃のことだ。


当時僕はとある月刊誌の編集の仕事をしていた。
仕事の性質上、作業が深夜に及ぶことも珍しくない。
徹夜での原稿書き、三日間泊まりこみ、
なんてのは当たり前になっていた。
よく職場の台所で頭を洗い、パンツや靴下をコンビニに買いに行ったものだ。


その日は入稿日。

デザイナーから上がってきたデータをすべて製版所に納め終わり、
僕と同僚と編集長は椅子に深く腰掛けて安息の余韻に浸っていた。
編集部では入稿後、毎月『入稿記念おつかれ痛飲大会』が開かれる。
僕達は馴染みの居酒屋になだれ込み、文字通り体を悪くするほど痛飲する。
全員がしたたか酔っ払う。
チーフデザイナーは部下の顔に日本酒を吹きかけ、
同僚が編集長のむなぐらを掴んで怒鳴り、
編集長は社長の文句を並べたて、
誰かが泡盛の三合瓶を一気飲みして気分が悪くなってトイレに篭城し、
ゲロを吐き散らかす。
そんな状態で会はお開きになる。


難波の新歌舞伎座の裏あたりでいつも飲んでいて、
終わるのは深夜0時か一時くらい。
解散した後は、終電なんかもちろんない。
タクシーで家へ帰る者、歩いて家へ帰る者、
またバーで飲みなおす者、カプセルホテルへ行く者など色々だ。
僕と同僚のKはマンガ喫茶で夜を明かすことにして、千日前方面に足を向けた。

深夜二時前。オフィス街全体がぐっすりと眠っているようだ。
街灯のオレンジ色の光だけが、ぼんやりと道を照らしていた。

ふと、顔を上げると明かりのついているビルが一つだけ見える。
十階建てくらいの小さな雑居ビルの四階あたりだけ、
1フロアー全部に明かりがついている。
僕は指差した。


「見て、こんな時間まで働いてる」
「ご苦労様なことですなぁ」
「俺らも人のこと言えんけどな」
「日本の未来は安泰やな」


僕達は茶化しながらビルの下を通り過ぎようとした。

見ていると、妙なことに気づいた。

窓際に等間隔で、ずらりとマネキンが並べられているのだ。