ヒマワリがきらいな理由 その1
僕はヒマワリがきらいだ。
ヒマワリを見るとどうしても、
遠い夏の日の辛い記憶がフラッシュバックするからだ。
今から十年ほど前、僕が二十歳そこそこの頃の話だ。
当時、僕には高校一年生の頃からつきあっているYという恋人がいた。
Yは際立った美人というわけではないけれど、
色が白く、頬がふっくらとした『愛すべきオタフク顔』だった。
笑うと細い目が完全なくなってしまう。
キャラクターの愛嬌が、
そのまんま外見に現れているような女の子だった。
僕はそんな彼女がとても好きで、とても大切だった。
将来的には結婚も考えていた。
やがて高校を卒業し、僕は地元の専門学校へ進んだ。
Yはなんとなく、家業である小さな本屋のお手伝いに落ち着いていた。
ようやく僕が就職活動に向け、
重い腰を上げた二年目の七月辺りからだったろうか。
Yと僕の関係が妙な感じでぎくしゃくしはじめた。
まず、待ち合わせ場所や約束の食い違いが多くなった。
言った言わないの話から口論に発展することも多くなった。
Yには子供っぽく拗ねる癖があるので、
課題だ飲み会だサークル活動だと忙しく学生生活をおくる僕に対しての、
それはささやかな反抗なのだと思っていた。
最初の頃は。
<つづく>
梅雨の楽しみ
遠雷町も梅雨の真っ只中で、
毎日ざぶざぶ雨が降っている。
この町は坂が多いので、
道のあちこちに小さな川ができている。
最寄の駅までもけっこう歩くので、
小川のような道はまあまあ辛い。
駅に着いた時にスニーカーを脱いでみたら、
水とともにワラと砂と小石とつまようじとヤクルトのフタが出てきた。
かように雨が続くと不便が多い。
でもいいこともある。
雨があがった時、公園などの緑の匂いが濃くなる。
あれは好きだ。
あの匂いを深く吸い込むと、
身体の奥底にある原始のヨロコビ本能がふるえる。
精気が満ちてゆく気がする。
そういえば屋久島とかも行ってみたいなあ。
アジサイも好きだ。
アジサイの青というのは、
どうしてあんなにグレーの空にマッチするのだろう?
晴天よりも、どんより曇っている空の下でこそ、
その美しさが最大に発揮されていると思う。
そして一口に青といっても、
こんなにたくさんの彩りがあるのかと毎年感心させられる。
シーズン以外は萎れていて、
まったく美しくないのもなんだか潔くていい。
まもなく梅雨もあけるようだ。
この季節ならではの楽しみとは、また一年後に再会するとして。
いよいよ夏が来る。
妙な手紙 その2
それからしばらくして、また手紙がきた。
郵便受けを開いた瞬間びくりとひるんだが、
とにかく中身をあらためなければいけない。
僕は封筒のはしをカッターで丁寧に切り、手紙を開いた。
こんな内容だった。
『拝啓 残暑の候、貴君ますますご盛栄のこととお喜び申し上げます。
平素は格別のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。
さて貴君の誠意、確かに受け取りました。
加えて、先にお送りした手紙が行き違いになっていたことはお詫びします。
私どもが手紙など送って催促しなくても、
貴君は自ら落とし前をつけるつもりだったのですね。
感服いたしました。
それでは、まだまだ暑い日が続きます。ご自愛下さい。
敬具』
僕はやれやれ、と胸をなでおろした。
僕が気に病むまでもなく、手紙で催促されるまでもなく、
“彼”はどうやら落とし前をつけたようなのだ。
どういう形で“彼”が落とし前をつけたかは、考えたくもないけれど。
もちろんそれきり妙な手紙はこない。
妙な手紙 その1
一人暮らしをしていた十年くらい前。
マンションの郵便受けに妙な手紙がきた。
こんな内容だ。
『拝啓 残暑の候、貴君ますますご盛栄のこととお喜び申し上げます。
平素は格別のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。
さて、貴君の許されざる失態により、
我が組は創立以来初めてともいえる
重大な局面を迎えることとあいなりました。
つきましては貴君には落とし前として、
小指をつめて頂けるようお願いしたいと存じます。
キャリアも豊富な貴君なら当然、かような展開は予想できたかと存じますが。
なお、出頭が時間的に難しいなら郵送でもかまいません。
防腐処理を施した後、小指を事務所まで送って頂ければ結構です。
早期のご対応、お願いいたします。
断れば、貴君には小指の切断などとは比べ物にならないような
辛い目にあって頂かなくてはなりません。
それこそお互い無益な時間ではありますまいか。
以上、宜しくお願いいたします。
暑い日が続きます。ご自愛下さい。
敬具』
手紙も封筒も和紙でできていた。
どこにも何の名前も書いていない。
間違って配られたことは疑うべくもないが、
僕がこの手紙になんのリアクションも起こさなければ、
よもやいかついそのスジの人達に、
僕が辛い目にあわされるのではないかと少し真剣に考えた。
しかし差出人の住所も氏名も書いていなければ、
僕にはどうすることもできない(どうにかするつもりはないけど)。
考えた結果、ほうっておくことにした。
二日ほど胃の辺りが気持ち悪かったが、
じきに手紙のことなどきれいさっぱり忘れてしまった。
<つづく>
タレントの名物女房
元タレントで、結婚を機に引退して今は主婦、という人がいるでしょう。
そういう人が最近よくテレビに出ている気がする。
夫が芸人で、恐妻家で有名とか。
はたまたお笑い通で、夫にやたらダメ出しするとか。
ああいうの、ほんとにみんな見たいと思っているのかな?
僕は、うーん、見たくないなあ。
きっぱり「引退します」とか言っておいて、
しれっと子育てエッセイとか出す人、とかも。
旦那である芸人がやっと売れてきたから、
「私がダメ出しして、この人のお笑いセンスが磨かれたんです」
みたいなことを、バラエティ番組でコメントする人とかも。
あわよくばタレントに返り咲こうと思っているのだろうか。
濡れ手に粟の、キラキラ光る世界はやっぱり憧れなのだろうか。
そういうのって、見ていてむなしい。
子供を育てる。家族を作る。
それが一番の仕事だと思ったから、
芸能界を辞めたんじゃないの?
求める方も求める方なら、
出る人も出る人だ。
そして「出す」人は、もっと悪い。
まあ……それがお仕事だと言われれば、そうなんでしょうけどさ。