フライドチキンと海のおと。 -49ページ目

お守り その3

「あれは妖怪ですよ、いわゆる。じゃなきゃ宇宙人」


その“キャリアウーマン風の何か”には、鼻が無かった。
ぎょろりとしたいびつに大きな目のすぐ下には、
耳まで裂けた唇のない口があった。
はっ、はっ、と荒い息を吐くたびに赤黒く細長い舌が飛び出し、
口の周りを何度もべろべろ舐めた。
口の中には米粒のように小さな白い歯がびっしりとはえていた。


「ああ、それ。それにそっくりです。そんな感じの顔でした」


K君は僕の手にある鳥皮の串焼きを指差した。
それはぷるぷるしていて、
薄暗い焼き鳥屋の照明をじっとりと重く反射していた。
僕は何も言わずに串を皿に置いた。



「それがね、変なんです」
「確かに変な話だね」
「いや、そこんとこじゃなくて。気づいていないんですよ」
「何が?」
「周りの人が。たくさん人がいるのに、みんなその女の顔に気づかないんです」



行過ぎる人が女の顔を見ようとしない。
誰もが足早に女の横を行きすぎる。



K君の背中に、冷水を流されたような悪寒が走った。



<ひょっとして。俺にしか見えてない、とか?>



そう思った瞬間。
女がK君の方を向いた。
<つづく>

お守り その2

「最初は美人だな、と思いました。こう、出るとこ出てて」


最寄の駅を降りたK君の目は、
キャリアウーマン風の美人に釘付けになった。
美人は帰宅客でごった返すターミナルを、
五十メートルくらい先からK君の方へ歩いてくる。
真っ黒のストレートヘアで顔が小さく、色が白い。
すらりとしたスタイルで、歩く姿も堂に入っていた。


「南方系というか、目鼻立ちがすごくはっきりしてるんです。
 今思えば、なんだか不自然なくらい。作り物っぽい、というか」


K君はついじっと見てしまった。
と、進行方向を見ていたその美人が、ふとK君の方を向いた。
やばい、と思い、K君は顔を逸らした。


「じろじろ見てたから視線を感じたみたいで。
 でもちょっと僕を見て、またすぐ視線を逸らしたんです」


そこでK君はもう一度見ることにした。
その時点で美人との距離、約十メートル。


K君はちらりと見て、息をのんだ。



さっきと顔が変わっている。


まるっきり別人になっている。


いや。


別人、じゃない。
別人というよりは。
<つづく>


お守り その1

「もう何代も続いた祈祷師の血統なんですよ」


後輩のK君は焼き鳥屋で身の上について話してくれた。


「島根の、僕の地元辺りでは結構有名らしいですよ。
 まあ、ばあちゃんの代で最後みたいですけど。お袋は普通の専業主婦だし」



K君のおばあさんが言うには、
「ただちに実家に戻り、私の祈祷を受けなければいけない」
というくらい、
その時のK君は
“真っ黒の何か悪いもの”
を背負っていたらしい。

遠く離れた場所からでも、
おばあさんにはそれが手に取るようにわかるのだという。



「仕事が忙しいのを理由にしてね。
 ばあちゃんから電話がかかってきてもいい加減な返事をしてました」


おばあさんの方が業を煮やし、お守りを送ってきた。


「これですよ」


そう言ってK君はカバンの中から件のお守りを引っ張り出した。
深い緑色をした、こういっては何だが普通のお守りである。
よく神社などで売られているようなやつだ。


「このお守りの入った小包が僕のマンションに着くくらいのタイミングで、
 ばあちゃんから電話がありました。ほんと、計ったかのようなタイミング」
「おばあさんは何て?」
「とにかくお守りを身体から離すな、って。それだけでした」


K君はわけがわからないまま、
とにかく重いものじゃないし、
といつものカバンにお守りを放り込んだ。



そしてそれっきり、お守りのことを忘れた。
<つづく>










追憶の味 その7

ヤンが実家から持ち帰ったのは親父さんの遺影数枚と、
そのレシピノートだけだ。
レシピノートをちらちら見ながら、
ヤン今日もまたコロッケを揚げている。



腕は上がってきたと思う。
商品としては充分のクオリティだとも思う。
でもやはり、


「どこか違う」


とヤンは言う。
子供の頃に食べたあの味ではないらしい。
不思議な話だ。レシピ通りに作っているのに。

古き良き時代が、
味の記憶を美化させているだけなのだろうか。

しかし、


「ここのコロッケ、旨いなあ」


とか

「なんか昔よう食べた、懐かしい味がするわ」


という常連客の声は、やはり嬉しいらしい。


「自分のしていることは間違ってないって。
 あと、親父の作っていたコロッケには、
 食べた人を感動させる何かがある。そう確信してんだ」


ヤンはちょっと照れくさそうに言った。




「どうもありがとうございましたー!」


マルハ精肉店では、今日もヤンの元気な声が飛ぶ。
やはりこの仕事が好きみたいだ。


あの頃、遠い少年時代に食べた、
ほっぺたの落ちそうなコロッケの味。
あの頃の親父の味に、いつになったら追いつけるのだろう?


そんなことを考えながら、ヤンはコロッケを揚げている。
いくつもいくつも揚げている。




「ほれ、この目。見てみろよ」


そう言われ、産まれたばかりのヤンの子の顔を見た。
目尻の下がったやわらかい顔。
そこにはひそやかに、親父さんの面影が息づいていた。


「名前は?」


僕の問いかけにヤンは少し顔を赤らめ、
親父の名前から一文字だけもらったんだ、と言った。


「……こいつはさ、喧嘩なんか強くなくていいんだ。
 ただ優しかったらさ。
 ただ人の気持ちをわかるやつになってくれたらさ」



優真(ゆうま)、という。
優しくて真っすぐな人になってほしい。


この名前には、そんなヤンの願いが込められている。











追憶の味 その6

すごい量だった。


ハンバーグ。筑前煮。ふろふき大根。グラタン。シチュー。
肉じゃが。きんぴらゴボウ。ブリの照焼き。手打ちうどん。
ギョウザ。ミートソース。そして、コロッケ。


ヤンの手は自然に、コロッケのページで止まった。
日付が記入されてある。
それはヤンが七歳の頃に書かれたレシピだった。




「用意するもの」
・ボウル(材料を混ぜるので大きいものが良い)
・鍋(じゃがいもをゆでるので大きいものが良い)
・フライパン(ミンチや玉葱を炒める)
・ポテトマッシャー
・揚げ物用の鍋、もしくはフライパン(揚げ焼きならフライパンで充分)


「材料」
・じゃがいも(鍋やボウルに入る量。多すぎるとつぶすのが大変)
・ミンチ(やや大きめのトレーに入っているのを1パック。合挽でOK!)
・玉葱(中くらいのを2~3個)
・醤油、塩、胡椒(味付け用)
・小麦粉、卵、パン粉(コロモ用)
・バター(炒める時に使う)
・揚げ油(植物系が体に優しくて良い)


「作り方」
1.じゃがいもを丸ごとゆでてマッシュする。(ヤンは粗めが好き、母ちゃんは細かめが好き)
2.玉葱をみじん切り。玉葱の味と感触が残る方がいいので、ちょっと大きめに。
3.玉葱をバターで炒める。色がつきすぎない程度に、
 でも透明感があってしんなりする程度に。
 ちゃんと炒めたら、甘味が出る。火力とフライパンによっては時間がかかる。
4.ミンチを炒める。ちゃんと火が通った程度に。
 炒め過ぎないように注意!(もちろん愛情を込めながら!)
5.………………




それ以上は読めなかった。


ヤンの目は次から次へとあふれ出る涙でかすんで、
文字が判読できなくなっていた。


「まったくあの極道親父。何が“適当に作っても旨い”だよなあ」


お父ちゃんのコロッケは、なんでそんなに美味しいの? とヤンが聞いた時、


「一生懸命作ってるからだ」


と親父さんは答えた。
その言葉に多分、いつわりはなかった。
でも、


「お父ちゃんには料理の才能があるからな」


というのは見栄だったのかもしれない。



ヤンはノートを胸に抱きしめ、
その場に崩れ落ちるように膝をついた。


嗚咽はとまらなかった。
<つづく>