けったいな夢 #.3
ブリを釣ろうとしているのに、
何度糸をたれてもイワシが釣れる。
またイワシ。
またイワシ。
また。また。
しかもさっき、リリースしたやつが釣れた。
てんめえー、いい加減にしろよ! と言いたくなった時、
「それはこっちのセリフだよ!」
とイワシが言った。
という夢を見た。
今朝の朝ごはんはアジの開きだ。
ポスト
Kさんは独身三十歳の男性。
マンションに一人住まいだ。
ある夜、仕事に疲れて帰り、
集合ポストに寄ると、見慣れぬ男がいた。
「あれえ、あれえ、おっかしいなあー」
と言いながらポストをがさがさ引っ掻き回している。
と、男はくるりとKさんの方を向いた。
「あの。このマンションって、郵便物泥棒って出ますか?」
Kさんは被害にあったことがないので、
「さあ……。僕は経験してないですけど。何か盗られたんですか?」
と言った。
男は少し困った顔をし、「まあねえ」と言うと、
またがさがさと何かを探し出した。
最初、陰になっていて見えなかった。
男は左手に鎌を持っていた。
鎌でがさがさと郵便物を微塵切りにしていたのだ。
「あれえ、あれえ、おっかしいなあー」
と言いながら。
Kさんは男を刺激しないよう、
自分の郵便物を取ると、ゆっくりとその場を離れた。
そして部屋に入ってしっかり施錠をし、
すぐに匿名で110番した。
警官が現れた頃には、男は姿を消していた。
無人のポストに大量に溜まっていた地方新聞やDMやチラシが、
こま切れにされてポストの下に積まれていた。
旅先で僕はため息をついた その5
しばらくぺらぺらと早口で送話口に怒声(僕には怒声に聞えた)を叩き込んだ後、
不意に受話器を僕に渡した。
受け取るしかない。
「…………はろぅ」
めいっぱいビビりながら僕は電話に出た。
『アノ、ワタシ、チーフデス。リトル、ニホンゴ、オーケーデス』
電話に出たのは若い声のにいちゃんだった。
そこで僕は少しほっとし、
カタコトの単語英語とスローな日本語を交えて、
自分が二十歳を過ぎており、ビールを買う権利があるのだから、
レジのおばちゃんにそう伝えてくれ、と約三分間にわたって熱弁した。
その間、電話の向こうでにいちゃんは、
『アハン?』
『イエス。アハン?』
という、わかっているんだかいないんだかわからない中途半端な相槌を打っていた。
僕の後ろに並んでいた人達はすでにあきらめ、
違うレジに並んでいた。
やがてにいちゃんは、
『オーケーワカリマシタ。チョトマッテ』
と言い、唐突に電話をがちゃり、と切った。
いやいや、今言ったことをそのまま電話でレジのおばちゃんに伝えてくれたら話は早いのにな、と思ったのは淡い期待だった。
一分後、でっぷり太った中年のいかにもハワイアン、といったおじさんが現れた。
「私、店長です。さっきの男より、もう少し、日本語わかります」
そのおじさんは言った。
僕の肩からリュックがずるり、とすべり落ちた。
スライムを倒してボスを倒したと思ったらラスボスが出てきた、という感じだった。
冷蔵庫から取り出してきた缶ビールは、すっかりぬるくなっていた。
この時も、体の奥底から深いため息をついた。
このように、ため息にも様々な種類がある。
皆さんには、どうか幸せなため息をついてもらいたい。
そう切に願うのであります。
旅先で僕はため息をついた その4
二十一歳の時に友人数人とハワイに行った。
コンドミニアムに泊まっていたので、たまには外食せず、
みんなで材料を買いに行って自分達で料理をしようじゃないか、
という話になった。
でかいスーパーマーケットであらかたの食糧を買い、
僕は缶ビールを1ダースばかりレジに持っていった。
するとレジを打っていたパートのおばちゃんは、
「あなたは未成年なのでビールは買えませんよ」
とジェスチャーを交えながら早口の英語で言う。
海外では、日本人は実年齢よりかなり若く見られる、
というのはよくある話だ。
まして僕はどちらかといえば童顔なので、
中学生くらいに見られたのかもしれない。
こんなことはよくある、と旅なれた友人が言っていたので、
僕は旅先ではどこへ行くにもパスポートを持って歩いていた。
そしてパスポートを見せながら例のカタコト英語で、
「いやいや僕は二十歳を越えているのでアルコールが買えるんですよ、おばさん」
と説明した。
ホノルルなどといった日本人向けの店が立ち並ぶ観光地ではなく、
十五年前のハワイ島である。
レジのおばちゃんは、観光客の対応に不慣れだった。
パスポートをじっと見て、じろじろと僕の顔と見比べている。
何か怪しげなものをスーツケースに忍ばせて、
税関を通過しようとしている悪人の気分だった。
こっちは少しも悪くないのに。
僕の後ろには長蛇の列が出来ていた。
永ちゃんが大便を我慢しているような難しい顔をして何事か考えていたおばちゃんは、
「ウェイト」
とひとこと言って、レジ横にあった内線電話をかけはじめた。
<つづく>
旅先で僕はため息をついた その3
「あの、そんなに一生懸命してくれなくてもいいですよホント、
そこまで真剣にテレビが見たいって思ってるわけじゃないですから、ねえ」
と言いたかったが、
イタリア語なんてほとんど「チャオ!」しか喋れないどころか、
英語だってこちとらカタコトだ。
男は破壊力抜群の臭気を思う存分部屋中に撒き散らかした後、
「どうやらこいつは俺の手にはおえんぜ。
このホテルには電気関係を専門的に見ることのできるヤツがいるから、
そいつを呼んでくる。だからちょっと待っててくれ」
的なことをやはりカタコト英語で言った。
「オーケー」
という以外にどんな選択肢があったのだろう。
フロントの男は出て行き、強い体臭だけが部屋に残った。
程なく、ドアがノックされた。
「フロントから言われてきたのさ。ドアを開けてくれないか?」
と、またもカタコト英語が外から聞えた。
僕はドアを開ける瞬間、
(こいつ、絶対この臭さに気づくなぁ。
ひょっとしたらこの匂いが俺から発せられたもんだと勘違いされるのでは?)
と思った。
しかし心配無用。
そいつもすごく臭かった。
僕はげっそりした。奥さんは呆然としていた。
この国には体臭のきつい男しか存在しないのか! と本気で思った。
もちろんそんなことあるわけないんだろうけど。
部屋に充満する体臭は単純に二乗だ。
いや、微妙に異なる二種の臭気がコラボレートし、
絶妙なアンサンブルを奏でていた。
作業服のそいつは汗だくになって作業している。
「ホントにそんなに一生懸命してくれなくていいですから、ねえ。
っていうか、とりあえず出て行ってくださいよ」
心からそう言いたかったが、
イタリア語は「チャオ」しか知らない。
添乗員に、
「チャオだけ知ってりゃ何とかなります」
と言われたからだ。
こんなケース「チャオ」じゃどうにもならない。
もっとも、添乗員もこんなケースは明らかに想定外だろうけど。
十数分間、エキセントリックな臭気を自由に撒き散らかした後、
「ふう。こいつは俺の手にもおえん。悪いが今夜は、テレビ無しで過ごしてくれ」
的なことをカタコト英語で言った。
「オーケー」
という以外にどんな選択肢があったのだろう。
作業服の男は出て行った。
結局テレビは映らなかった。
そしてさっきとは比べものにならない強い匂いだけが、
ただ寡黙に残った。
その後、窓を一時間全開にしても、
臭気はガンとして部屋から出て行かなかった。
心が犯された気分だった。
自然と体の中心辺りから、大きなため息が出た。
<つづく>