気になるあいつ その3
Uちゃんは、やはりKのことがイヤなので、
彼が辞めないなら自分が辞める、と店長に直訴した。
店長からしてもUちゃんの方が主戦力だったのだろう。
仕方なくKを辞めさせることにした。
ただし、自分の名前だけは出さないで欲しい、
とUちゃんは店長に念押しした。
やっかまれて何をされるかわからない。
それから数日。
Uちゃんの生活には平穏が訪れた。
一度店長が、
「あいつ、やっぱりヤバかったよ」
と言いながらKの使っていたロッカーを見せてくれた。
中には、隠し撮りしたと思しきUちゃんの写真が貼ってあった。
レジを打っているところだ。
自分は見られていたのだ。
そう思い、Uちゃんはぞっとした。
またそれから何日か後。
Uちゃんは控え室で休憩していた。
「いつもは全然気にならないんですけどね」
その時はなぜか気になった、という。
ロッカーの一番端、壁との隙間に、
古いカーテンがぐるぐる巻きになって置いてある。
それはいつも見る光景だ。ずっと前から置きっぱなしだから。
その巻き方に、違和感を覚えた。
近づいてみると、カーテンの下に鞄がある。
Kの置き忘れた荷物かもしれない。
またもやUちゃんは好奇心にかられた。
「どうせもう会うことないし、って思いましたから」
カーテンをどかして鞄を引っ張り出し、中を見た。
Uちゃんの隠し撮り写真が束になって出てきた。
それだけじゃない。
飲み残したペットボトル。口紅を拭いたティッシュ。抜け毛。
すべて透明のビニールパックに入れられており、
Uちゃんの名前と日付が丁寧に書かれていた。
Uちゃんは小さく震えながら、
自分が写っている写真をぱらぱらと見た。
その中の何枚かで手が止まる。
レジを打っている自分の横に、Kが写っていた。
何枚も何枚もある写真に、
レジ打ちする自分とKが写っている。
つまり、この写真は、Kが撮ったものじゃない。
Uちゃんはさらに鞄をあさった。
鞄の一番下から、店長の社員証が出てきた。
『UちゃんUちゃん。性交してください。』
と書かれた夥しいメモの束と一緒に。
社員証に貼られた店長の写真は、
誰からも好感を抱かれるであろう柔和な笑顔を浮かべていた。
その後、何とか数時間、Uちゃんはバイトをこなした。
「だってその日、もう五時間くらい入っていたから。もったいないですよねえ」
つとめて冷静に、Uちゃんはバイトを辞めるむねを店長に伝えた。
店長はとても残念そうにしていたらしい。
それからすぐにUちゃんはマンションを引っ越した。
「もともとペット可のマンションに引っ越すつもりだったから。いいタイミングでしたよ」
今はパグ犬のリップル君に夢中だそうだ。
気になるあいつ その2
ある時、
「どうしてもはずせない用事ができて!」
と同僚に拝まれ、UちゃんはやむなくKと同じ日にバイトに入った。
客の少ない日だった。
レジに入っていると欠伸が出る。
と、横目でKの様子を見た。
何かをノートに書いている。
「こう、口で小さく呟きながら手のひらサイズのノートにね」
退屈な日だったし、
仕事に支障をきたすというほどでもなかったのでほっておいた。
三十分経過。
Kはほとんど姿勢を変えず、書き続けている。
気を使う性格のUちゃんは絶えられず、
「何書いてるんですか?」
と尋ねた。
Kはびっくりしたように体をそらせると、
「いや……大したもんじゃないけど」
と言ったきり、黙り込んだ。
Uちゃんは聞くんじゃなかったと後悔した。
何時間か経って、シフト交代の時間になった。
Uちゃんは素早く控え室に行こうと思ったが、
それより早くKが控え室に入り、内から鍵をかけた。
「控え室は男女兼用なんです。
まあその部屋で下着姿になって着替えることとかはないですけど」
それでも男女兼用はいやでしょうがなかった。
Kのような不気味な男も使う部屋なのだ。
レジの前でUちゃんは、
ぼんやりと控え室が開くのを待っていた。
と、足元に丸められたメモがある。
Kが立っていた辺りだ。
ふと好奇心が沸いて、Uちゃんはメモを拾い上げた。
メモの中に自分の名前を見つけた。
文章はこう続いていた。
『UちゃんUちゃん。性交してください。』
<つづく>
気になるあいつ その1
Uちゃんは今から十年前、コンビニでバイトをしていた。
「最初からヘンな人だな、って思ってました。でも店長の知り合いらしいし」
中年過ぎの男だった。Kという。
二十代前半でかためられたバイト仲間の中では浮いた存在だった。
店長のA氏は苦笑しながら、
「ま、ちょっと暗いヤツだけどさ。悪いヤツじゃないし。仲良くやってくれよな」
とバイト連中に言った。
メンバーは店長の知り合いならしょうがないか、というあきらめ顔。
ただ、Uちゃんだけは生理的嫌悪感を覚えた。
「別にブサイクじゃないんです。身なりが汚いわけでも。ただ」
目に精気がない。魚類を連想させるのだ。
その魚のような目で、KはUちゃんをじろじろ見た。
「彼氏に相談しても、お前自意識過剰なんじゃないの? って」
Uちゃんはアイドルのように整った顔立ちをしている。
レジに入っている時も、品出しをしている時も、
UちゃんはKの視線を感じた。
かがんだ時や、振り向いた時。
必ずKの視線はUちゃんの顔や体にあった。
「もう気持ち悪くて。店長に頼んでシフトの調節をしてもらいました」
しかしどうしても同じ時間に入る時もある。
そんな時、UちゃんはKの視線を感じないように意識した。
それでもKはUちゃんを盗み見た。
Uちゃんは必要な申し送り以外、徹底的に無視した。
そんな日が何日か続いた。
<つづく>
過剰な駅のアナウンス
駅のアナウンス、というものにとにかく意味を感じられない。
サービス、というかあれはもうお節介でしかないと思う。
『押し合わないようお願いします』
↑誰だって押し合おうと思っちゃいない。
『前の人について二列にお並び下さい』
↑あれが、きっちり二列に並ばせるためのアナウンスとして的確とはとても思えない。
『扉には手を挟まないようご注意下さい』
↑このアナウンスを聞いて、
「ああ手を挟まないようにしなくちゃな」
と気をつけるビジネスマンが日本を支えているとしたら心配でたまらない。
『痴漢は犯罪です』
↑わかってるっつうの。
『被害にあったら速やかに駅員か鉄道警察隊まで』
↑わかってても通報出来ないことが重大な社会問題になってんだよ。
『電車が到着します。白線の内側までお下がりください』
↑だから言われなくても下がる。
電車が来ているので下がらなければ危険。
そういう認識をまだ持っていない子供には、
そもそも白線の内側までお下がりください、という、
不明瞭かつ独特なイントネーションのアナウンス自体を理解できないと思う。
そう。
とにもかくにも不明瞭なのだ、駅のアナウンスというやつは。
あの、業界独特意味不明乱暴狼藉の独自イントネーション。
いつ、どこの誰が最初に考えたのか?
そしてあの言い方の通り継承しなくては昇進できないとか。
カイゼルひげにロイド眼鏡の上司が、
「君のアナウンスは明瞭すぎるね。
それではわが伝統ある○○鉄道の歴史に泥を塗ることになりかねん。
そうだね、もう少しわかりにくく発音したまえ」
みたいな説教でもかましているのだろうか。
『ぅまちぃぅまちぃっすっ。みどすじぇんっあ、ぅのりあえぃ、っすっ』
これを訳すと
『本町、本町です。御堂筋線は乗換えです』
となる。
ほんとに伝える気、ある?
僕にはあの無用と思えるアナウンスの数々が、
いいわけの為に作られたもののように思えてならない。
誰かに何か言われた時に、
コチラとしてはアナウンスにて通達していた、
という言い訳だ。
本気で誰かに何かを伝えるためのアナウンスなら、
絶対にあんなふうにならないはずだ。
本心から怪我をして欲しくない、
乗換えを間違えて欲しくない。
そう思って伝えられるアナウンスを聞いてみたいもんだよ。