フライドチキンと海のおと。 -23ページ目

声 その3

『○月○日。今日もがんばろう。

 今よりもう少し自分を愛していたい。信じていたいんだ』


そんなメールが届いたある夜、Rさんは心に決めた。


「大学に合格したら絶対に、

この謎のメールをくれている人に返信しようって。
                  今までありがとうございましたって」





そして二月某日。志望校の合格発表の前日の夜。

当然のようにメールは届いた。



『○月○日。人は泣きながら生まれ、

    周りの人達は笑っていたはずだ。
 だから死ぬ時は微笑みを浮かべ、周りの人は泣いている。

                       そんな人間になりたい』



「じわって胸が熱くなりました。優しい言葉だなって。それと同時に」



文面がいつもと違う、と感じた。

はじめて死という文字が書かれている。
そこにRさんは一抹の不安を覚えた。




かくしてRさんの努力は実った。
志望校に合格したのだ。

Rさんは狂喜しながら様々な人に吉報を伝えた。
もちろん、謎のメールの主にも。


「一年近くの間、励ましてくれてありがとうございますって。
 大学に受かったのもあなたのおかげです、って。

                そんな内容のメールを送ったんです」



しかし、返事は来なかった。
気付かれていないのかと思い、

何回も送信したが一向に返事は来ない。
それどころか。


「それまで来ていた毎晩のメールも来なくなっちゃったんですね」
<つづく>

声 その2

『○月○日。ボクシングにラッキーパンチはない』


『○月○日。努力した人がすべて夢を掴めるわけではない。
しかし、夢を掴んだ人はすべて努力している』


『○月○日。怖れるから不安になる。乗りこなそうと挑めば不安は友達になる』


『○月○日。辛い時とは成長している時。楽な時とは成長が止まっている時』





それらはこんな内容のものだった。



「最初は正直不気味でした。
だから送信先間違ってますよ、って返信しようとも思ったんですけど」



どんな思想を持った人間かもわからなかったので、

コンタクトを取ることが怖かった。
しかし、何通も受け取っているうちに、

Rさんの心境にも変化が現れた。



『○月○日。明日がある、と思うだけでどうしてこんなに嬉しくなるんだろう』



というメールを読んだ時、

Rさんははじめてこのメールを心待ちにしていた自分に気付いた。
不思議だった。Rさんが今日はちょっと楽しちゃったな、と思うと、


『明日からはじめよう、と思うことは今日からはじめよう』


というメールが届く。
失敗してへこんだ日の夜には、


『自分だけの力で生きていると思うから辛い。一人じゃないんだ。それだけで幸せなんだ』


というメールが届く。


「その頃にはもう、夜に自分の部屋でパソコンのメールボックスをチェックするのが楽しみになってたんですね」


知らず知らずの間、徐々に、確実に、

謎のメールはRさんの心の支えになっていった。
<つづく>

声 その1

とても信じられないような話だったが、
Rさんは仕事熱心で真面目な人だ。
彼女が大きな目を見開いて、


「絶対に。絶対にほんとの話なんです」


と言うからには、これは信じるに値する話なのだろう。






「とにかく毎晩PCにメールが来るんです」


当時、彼女は受験生だった。
憧れの先輩がいる大学に必ず合格する。
そして幼い頃からの夢である看護師に必ずなってみせる。
Rさんはそう心に決めていた。


受験勉強は辛かった。
Rさんが受験しようとしている大学の偏差値はかなり高く、
彼女にとっては少々無謀な挑戦だった。
学校。バイト、勉強。そして最近うまくいっていない彼氏との恋。
Rさんは何足ものワラジを履きこなそうとやっきになっていた。
疲れとストレスの溜まる、睡眠不足の毎日。
そんな日々に、そのメールは舞い込んだ。



『○月○日。努力は人を裏切らない』



日付は今日。
たった一行だけのメールだ。
差出人は不明。
メールアドレスは見覚えのないものだ。



「最初は??って感じでした。広告っぽくもなかったし。スパムかな、とも思ったんですけど」



間違いメールということにした。


しかし、それは一通だけではなかった。
それから毎日一通、約三百日間。
Rさんのパソコンにはメールが届き続けた。
<つづく>

けったいな夢 #.6

僕が宇宙戦艦ヤマトに乗っている。
艦内で仕事をしている。
といっても戦闘員ではなく、
企画営業課、みたいな部署だ。


仕事をサボってブログの更新をしている。
いい記事が書けた。あとはアップするだけだ。
僕は同僚のカラテカ・矢部に微笑んだ。
矢部はああ、書けましたかという顔をした。
次の瞬間、スピーカーが怒鳴った。


『波動砲、発射!』


キムタク、いや古代進の声だ。
艦が揺れた。
蛍光灯が明滅した。
そしてパソコンの電源が落ちた。


ああ。セーブしてなかった。
波動砲を撃つと、艦内ではしばしばこういうことが起こる。
矢部は電気カミソリでひげを剃っている途中だった。
その電気カミソリも止まってしまった。
すごく変な具合でひげが残っている。
パソコンを再起動してみた。
やはりデータは消えている。
僕はすごくがっかりした。
いい記事だったのだ。


僕は内線でキムタク、いや古代にクレームをつけた。
波動砲を撃つ時はちょっと前に連絡をくれよ、と。
僕はキムタク、いや古代とは同期入社なのだ。


キムタク、いや古代はすごくすまなそうな声で謝った。
同僚じゃなかったら、
きっとこんなことも彼には言えないんだろうな。
いや、絶対に言えないな。
だって艦長代理みたいなこともやってるもんなあ。
俺とはもう立場が違うんだよなあ。





という夢を見た。

ひょうすべ その4

でかいやつはまだ入り口にいる。
足首を掴んでいるのは、また別の何かだ。


咄嗟にGさんは畳に爪をたてた。
足首を持って引き摺られ、畳はばりばりと音を立てた。
引き摺られながらGさんは自分の足を見た。
真っ黒い大きな手が、Gさんの細い足首をしっかりと掴んでいた。


(もうだめかもしれない)


Gさんはその時そう思った。
腹に力を入れて、精一杯の悲鳴を上げようとした瞬間、


どんっ。


と壁が大きく鳴った。
見ると、Gさんの両足は淵が見える窓の下の壁にぺったり付いていた。


足が壁にぶつかったのだ。
黒い手は消えていた。
入り口の大きなやつも消えていた。
部屋には、Gさんの荒い呼吸音だけが響いていた。





翌日からYさんは四十度近い熱を出して寝込んだ。
高熱は三日続き、Yさんは体重を6キロ落とした。
さらに三日後、やっと食欲を取り戻したというので、
GさんはYさんの見舞いに行った。
Yさんはげっそりと痩せていたが、
Gさんが持ってきたお菓子を見てにっこりと笑った。


「Gちゃんは大丈夫だった?」


チョコを口に放り込みながらYさんが言った。


「うん、わたしは……しばらく足首が痛んだけど」
「これ。あの部屋に落ちてたんだって」


Yちゃんはパジャマのポケットから赤い紐を出した。


「あ」


Gさんは小さな声を上げた。
それはGさんが、おばあさんに貰ったお守りだった。
由来は忘れたが、霊験あらたかな生地で出来ているらしい。
それを右の足首に巻きつけていたのだが、
気が付くと消えていた。
きっとどこかで失くしたのだ、とGさんは思っていた。


「あの部屋に落ちてたの?」
「そう。あの、淵が見える窓の下に」


Gさんの足が当たった辺りだ。


「おばあちゃんに感謝しなきゃね」


Yさんはそう言い、布団から右手を出した。
手首には、Gさんのものとよく似た赤い紐が巻かれていた。