フライドチキンと海のおと。 -19ページ目

事故物件 その5


「全員、頭が無かったんです」



正確には目から上。
四人全員の頭の鉢の部分が、
すっぱりと水平に切り取られたように無かった。


頭の内部は真っ黒でよく見えない。
四人は向かい合って手遊びしながらゲラゲラ嗤っていた。
早口で会話しているようだが聞き取れない。
手に持ったソフトボール大のものを互いに顔にぶつけあったり、
お手玉のようにぽんぽん放り投げたりしていた。


さらにTさんは目を凝らした。


それは、脳髄だった。


彼らは自分の脳を放り投げあって遊んでいた。


一人がきゃあーははははは、という甲高い嬌声を上げた。
一人がごぼり、と大量の血を吐いた。
フローリングは血の海だった。
Tさんのいる寝室まで濃厚な血の臭いが漂ってきた。

四人は真っ赤な口を大きく開けて歯を剥き出し、
なおも嗤い続けた。


口に溜まった苦い唾を思わずごくり、と飲み込んだ瞬間、
四人は動きを止め、ゆっくりと目の無い顔をこちらに向けた。
幸運にもTさんはそこで意識を失った。





「朝起きたら、血の痕跡はまったくありませんでした。でも」



そこはかとなく、血の臭いはした。
その日Tさんは会社を休むとすぐ部屋を解約した。
今は彼女の同僚と同じく、
会社から一時間半の遠距離通勤を楽しんでいる。



「通勤時間はビジネス書を読んでいます。始発駅なんで、必ず座れるんですよね」



彼女のデキる女としての人生は、ようやくスタートを切った。

事故物件 その4

部屋には作り物めいた静けさが充満していた。



「不思議なんですね。
 静けさが、なんていうか、嘘っぽいというか。
 さっきまで明らかにざわざわしてたのに、急に静かになった感じ」



Tさんは目だけで、
リビングと寝室を隔てるドアを追った。
ドアには20センチ四方くらいの小さなガラスが、
横二列、縦五列の計十枚埋まっている。


そのガラスを見た。
寝室よりリビングの方がわずかに明るい。
豆電球がつけっぱなしになっているのだ。
オレンジ色の光が洩れていた。



ぱたぱたぱた、と走る音が聞こえた。
ガラスの下の方を、白い何かがさっとよぎった。
全身に鳥肌が立った。


もうTさんは、その物件を選んだことを完全に後悔していた。
疲労感はピークだった。
Tさんは四つんばいで、
それでも極力音を立てないようにドアに近づき、
ガラス越しにリビングを覗いた。



息をのんだ。
部屋の真ん中に、男の子が四人いた。


みんな十歳くらい。
車座になっている。
Tさんは辛うじて呼吸をしながら、
薄暗い豆電球の灯りに照らされた男の子達をもう一度よく見た。
まじまじと見て、
改めて掌で口をぐっと押さえ、

飛び出しそうになる悲鳴を飲み込んだ。
<つづく>

事故物件 その3

部屋の中でも異変は見受けられた。
匂いだ。
常に部屋が生臭い気がする。
特にリビング。
玄関を入ってすぐの扉を開けると八畳のリビングがある。
リビングの隣は寝室。
寝室からこのリビングに入った瞬間、
気のせいかどうかわからないくらい微妙にだが生臭いのだ。
外から帰ってきた時も臭う。
忙しくて料理もできていない。
だから前日の調理の残り香ではないし、
つまり生ゴミもほとんど出ていない。
臭くなる要素はなかった。



「あと、もう一つ妙なのはね」



リビングでうとうとした時に、尋常ではないくらい疲れる。
カーペットの上で十分ほど眠ってしまった後、
ベッドにいけないほど急激に疲れてしまっているのだ。



「もう、ちょっとだけ後悔してました。
 いや、信じてはいなかったんですけどね、それでも」





ある日、Tさんは酔って帰ってきた。
彼女の限界を軽く超えるほど飲んだのだ。
クレーム処理に明け暮れた日だった。
飲まずには帰れなかったのだ。

Tさんはその夜リビングに寄らず、
キッチンで水をコップに二杯飲むと、
スーツのままでベッドに転がった。
間もなく、泥のような眠りが押し寄せてきた。



深夜。

目を覚ました。
きゃはははは、という声を聞いた気がしたのだ。
時計は三時を指していた。
<つづく>

事故物件 その2

暮らしは快適だった。
会社に告げられていた通り残業が多かったので、
家に帰ってからも自分の時間を持てるのが何よりだった。



「同僚の子なんか家まで一時間半くらいかかるらしくて。
 わたしとおんなじ時間に会社を出ても、着く頃には12時回ってたり」



もっともそのマンションは閑静な住宅街にあって、
セキュリティなどもしっかりしているらしいが。
それでも当分の間、
Tさんは自分だけの城の暮らしを満喫していた。





数日後、体調に変化が現れた。
体がだるい。
寝ても寝ても疲れが取れない。



「当然、仕事にまだなれていないせいだと思ったんですけど」



Tさんはストレスを感じにくい性質だった。
学生時代からテニスをしていて体力にも自信がある。
疲れていても寝ればリセット、というのが自慢だった。
それなのに。



「だるさは蓄積されていきました」



一ヶ月もすると、階段を使うことも辛くなった。
体重も落ちた。
ダイエットになっていい、
などと軽口を叩いていられない痩せ方だった。



「とにかく食べても食べても太らなくて。
 それで高カロリーのものとか甘いものばっかり食べてたんですけど。
 そしたら内臓の具合も悪くなってきて、肌もガタガタになってきて」



仕事の能率も下がり、自信も失われつつあった。
すべてがマイナスに作用しはじめていた。
<つづく>

事故物件 その1

「最初から、いわゆる事故物件なんです、って言われてました」



Tさんは田舎から出てきて一年目。
つまりキャリアウーマン一年生だ。
口癖は“デキる女”。
どんな仕事にもチャレンジするポジティブな人だ。
残業が多い仕事であることは面接の時から言われていた。



「だから何より職場から近いマンションがよくて。
 会社と家との往復が長いのって疲れるな、と思ってたんで」



不動産業者に告げられた事故物件という言葉。
Tさんは一瞬ぞっとしたが、
そのマンションでかつてどんなことが起こったかは、

その業者も知らないという。



「知っていたのにとぼけていたのか……とにかく教えてはくれませんでした」



体質によっては、人の気配を感じる。
そんなような報告は受けている、と業者は告げた。
Tさんは霊感などまったくない人だ。



「そんな程度なら多分わたしは大丈夫だろうなと思いました。
 心霊体験とかまったくないし、そもそもそんなのまったく信じていないし」



条件が魅力だった。
会社から電車で三駅。
新しさも便利さも値段も申し分ない。
事故物件だ、ということを除けばこんないい物件はないのにねえ、と業者は言う。


Tさんはそこに決めることにした。
<つづく>