フライドチキンと海のおと。 -17ページ目

幽霊番地

仕事でおもむかなければいけない場所を地図で調べた。
いつも鞄に入れている小さな地図だ。
ところがその地図が小さすぎて、
その番地の隣の番地しか数字が表記されていない。
つまり、3-5-3は地図にかいてあるのだけれど、
僕が行きたい3-5-4は表記がないのだ。
とはいえ、まあこのあたりだろうなと予想はついた。


かくしてその場所へおもむいた。
見つからない。
3-5-4が見つからないのだ。
入り組んだ下町のことだ。
見落としがあるかもしれない。
注意深く探した。
が、どうしても見つからない。
近所の人に歩いても、


「さあ、そんな住所あったかしらねえ」


と要領を得ない。
仕方なくその日はあきらめた。
会社に帰ってネットで調べてみた。
きっちりと3-5-4と入力して検索した。
うん。確かにその番地は存在する。
僕がうろうろしていたすぐ近くだった。
ようくようく道を暗記した。
あの迷った路地。
あそこをこういってこういってこうだな、と。


後日、再訪した。
はたして、3-5-4は存在した。
迷った路地から、こういってこういってこう。
簡単に見つかった。
不思議だ。この道が発見できなかったなんて。
どうしてあの時は見つからなかったんだろう。



また何日かして、その番地へおもむいた。
もう場所はわかっている。
だからあえて違う道から行った。
こっちからなら、
どう考えてもあの店を曲がって曲がったところだ。
が、みつからない。
その日も3-5-4は姿を消していた。



幽霊番地。


そんな言葉が浮かんだ。


ちなみに3-5-4は、
いまだに見つかったり見失ったりを繰り返している。


未来を創るのはSFに対する憧れなのかも

『百年後の二十世紀』
/横田順彌著




横田順彌はヨコジュンなどとも呼ばれるSF作家だ。
戦前に書かれた古典的なSFに明るく、
そこらへんを研究している第一人者でもある。


明治時代のことにも造詣が深く、
この本は氏のマニアックな部分と、
単純にSFっておもしろいなあ、
という少年のようなキラキラした好奇心が詰まっている。


実にタイトルそのまんまの本で、
明治時代や大正時代の人が百年後をどう予測していたか、
ということがつらつら紹介されている。
当時の報知新聞でも、
百年後の未来を予測する記事が連載されていたようだ。
真剣にやっているからおもしろい。


以下は、おそらくその新聞において真面目に記事化されていたものだ。


「自動車時代になるであろう」
「気温・湿度が自在に操れる機械が発明されるであろう」
「映像を動かすことの電話が使われるであろう」
「無線電信が発達し、
 東京にいながらロンドンやニューヨークの人間と話ができるであろう」
「人と動物が会話できるようになるであろう」
「太陽光を照射せずとも、電力で植物を育てられるであろう」
「薪や石炭がなくなって、電気が新たなエネルギーになるであろう」
「滅亡する動物種があるであろう」
「列車で東京~神戸間を二時間半で走るであろう」
「地下鉄が登場するであろう」


これらは一部である。
どうですか? 恐ろしくなるくらい的中していませんか?
しつこいが、これら記事が書かれたのは百年前。
明治後半になってやっと国産電話が生まれているので、


「無線電信が発達し、
 東京にいながらロンドンやニューヨークの人間と話ができるであろう」


などはすさまじい想像力の賜物なのだ。


もちろん中にはまだ実現不可能なものもあった。
「蚊と蚤が全滅できるであろう」
とか。
できればいいなあ、というものであったり、
これは今となればやるメリットはないけど、
当時は問題視されていたんだろうなあ、というものもあった。


以前このブログで、
「子どもの頃に電子書籍があればいいなあと思っていた」
という記事を書いた。
たかだかそれは二十五年ほど昔の話だ。
それでも電子書籍などSFの世界の話だった。
必要は発明の母、というが、
世界を変えてゆくのはやはりSFに対する憧れなのだなあ、と思った。
そして同時に、
百年前の人達にがっかりされない未来を創らなくては、とも思った。

 


鞄にしのばせるのだ

職務質問などをされるととてもやばいが、
僕は鞄の中に“七つ道具”なるものを忍ばせている。
男にはいつ何時、


「着の身着のままで過酷な旅に放り出されるかも知れない」


瞬間があるとか思っている。少しバカだけど。
その時のために備えとして、


「鞄にはイザという時専用七つ道具入り小袋」


を用意している。少しバカだけど。
でも実にまったく、
その小袋に大したものは入っていない。少しバカだから。


ライターは二、三個必ず入っている。
兎にも角にも創造のすべての源は“火”だからだ。
暖を取るのにも必要。
取った魚を焼くのにも。
夜陰に乗じて襲い来る野獣から身を守るためにも。
救援のために狼煙を上げるのにも。
一体どこに漂流しているんだ、とアゲアシを取ってはいけない。
何せこっちは少しバカなのだ。


ちょっとベタだが、
ウェンガーの十徳サバイバルナイフも入れている。
この辺り、警官に質問されるとカエシにとても困る。
前述したデキる男の逸品的価値を滔々と説いても、
そのすべてを証言として調書に詳しく記述されて終わりだろう。
なので警官の前を通る時は堂々とする……というのは嘘だけど。


そして小さなペンライト。
この辺りも国家権力からナナメに見られてしまいそうなアイテムだ。

あとは必要最低限の薬。
鎮痛剤。正露丸。軟膏色々。サージカルテープ。オロナイン。
こういったところだ。


これらが鞄にいつも入っていると何だか心強い。
突如シータみたいな美少女が現れて、
天空の彼方にある城を目指さなくてはならない状況になっても大丈夫。
「あいよっ」
って行きそうな気がする。
あ、でも家庭があるからな。仕事もあるし。
長く歩いたら疲れるし。普通免許しか持ってないし。
寒いの嫌だし暑いのしんどいし朝起きられないし。
筋肉痛になりやすいし。肩こるし。
炊きたての白いごはん食べられないの辛いし。
ハードディスクに撮り溜めしてるてっぱん見てないし。
アメトーークのスペシャルも見てないし。


他にも。他にも。他にも。

円環の淵で その4

「でも、この上着だけはカンベンしてくれ、と言いました」



自分にとってとても大切な物なんだ、
とS君はホームレスに丁寧に話した。
ホームレスは寂しそうな表情のまま、何度も頷いた。
そして立ち上がると、ゆっくりと歩きはじめた。
そのまま三十メートルほど歩き、
ふとS君の方を向くと、


「大丈夫。まだまだ生きられるはずだよ」


と言った。
S君は曖昧に頷いた。
するとホームレスは頷き返し、さらに早口で何か言った。


「はっきり聞き取れなかったんですけど。
 多分こう言ったんだと思う。間違ってるかもしれないけど」



円環の淵で。



意味などわからない。
ただただ不思議な言葉だ。





「それがきっかけだった、というわけでもないけど」



S君はきっぱりと会社を辞め、
別の会社でデザイナーとして働きはじめた。
その会社で人脈を築き、
数年前に独立を果たした。
ホームレスと出会った辺りは何度もうろついた。
しかし、二度とその姿を見ることはなかった。



そして平成二十三年二月三日。
S君は今日も生きている。
豆なんか元気にまいてくれていたら
僕はすごく嬉しい。

円環の淵で その3

「待て!」



自分でも驚くほど大きな声が出た、という。
寒くなってきたので、単純に防寒着として盗られた。
そう思った。
しかしその上着は、
S君が学生時代に少ないバイト代を貯めてやっと買った革ジャンだった。
盗られるわけにはいかない。


S君は走った。
二十メートルほどで、すぐに追いついた。
しゃがみこんだホームレスは、実に意外だ、という顔をしていた。


「追ってこられるとは思わなかった」


ホームレスはそう言った。
どうしてそう思ったんだ、とS君が問いただすと、



「だってあんた、死のうと思ってるじゃないか」



だから上着は要らないだろう、と彼は言った。



「どうして僕が死を意識していたことがわかったか、と聞いてもね」



それは自分にもわからない。
ただ、なんとなく“わかる”と言う。
もやもや人間の周りを包む霧のようなものの色が、
普通は白っぽかったり、黄色っぽかったりするのだが、
S君の場合はどす黒かったらしい。
そういう色の霧を持つ人間は大体、
しばらくしたら死んでいる、というのだ。



S君はホームレスの話を黙って聞いていたが、
それでも怒りはこみ上げてきた。


「だからって人から物を盗るのは話がおかしいだろ、って」


S君がそう言うと、
ホームレスは寂しそうに首を振った。


「もう短い人生なんだ。寒いのだけはいやだ」


そう言って、ふっと微笑んだ。


「最近、俺の体にも見えるようになったんだよ」


その、黒い霧のようなものがね、と彼は付け加えた。
<つづく>