平日の城南島(飛行機編)
撮りダメ、平日の城南島、船の次は飛行機です。
船も去ることながら飛行機もかなり忙しいですね。
↑ピンズレレンズでスミマセン。
でも、離陸寸前の飛行機はマニアでなくてもカッコイイなぁと思います。
↑これ実は飛行機よりも、この沈みそうなタグボートに目を奪われました。
これが普通なんですかね!?
↑飛行機の腹って、カレイやヒラメ、コチと言った砂底の魚をひっくり返した姿にそっくりだと板前は気づいた(@@)
↑いつか月旅行がこんな風に当たり前になる日が来るのかなぁ。。。
小さい頃のゼロ君は、ママが一番星にいるって信じていたので、きっとそんな飛行機があったら
当時乗りたがっただろうなぁ。
40のオッサンだって、そんな非現実的な想像働かせてワクワクするくらいですから(苦笑)
EOS1DMarkⅢ + EF35-350F3.5-5.6 L USM
一休み「あ~っ!」
先日カワセミを撮りに行った時、目の前で亀がこの段差を見事にジャンプで上がって甲羅干しした(ノ゚ο゚)ノ
それだけでもビックリだっつうのに、余裕かまして伸びまでしよった((゚m゚;)
亀がこんなに背筋伸ばして伸びしてるの初めて見ました。
それもこんな絶妙なバランスで(笑)
ずーっと、「変だなぁ」と思っていたEF35-350F3.5-5.6 L USMを昨日銀座のキャノンに連れて行きました。
どうやら予想どおり、前ピンっぽいです。
ということで、1Dも付き添いで一緒に1週間の入院となりました・°・(ノД`)・°・
こういう時サブカメラのない、アマチュアは不便ですね。
でも、日曜日には子供達のレスリングの試合なんだよなぁ。。。
カメラ借してもらわなくちゃ(汗)ってもレンズは結構借りることできますが、カメラはみんな1台体制だから
ちょっと気が引けたりもするんですよね(苦笑)
EOS1DMarkⅢ + EF35-350F3.5-5.6 L USM
マナの誕生日から始まるオヤジの葛藤(2)
(1)からの続きです。
その前に、前回のハートの花びらの花をちょっと引いて撮ったのがこの花です(^^)
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午前1時私はタクシーで夜中の首都高を飛ばして30分ほどの妻がいるERへ到着。
ムンテラの後手術の同意書にサインをして、さっそく妻の緊急オペが行われました。
意識も戻らない全ての臓器が不全状態の身体で、こんな大きな手術を2度も受けるなんて・・・
しかし、この手術でも妻は生きて帰ってきました。
なのに、多臓器不全状態で血圧も昇圧剤でかろうじて80/79、脈拍160/秒と言った具合に上と下の
血圧差もなく自分で呼吸することもできない、ただ医療機器の力で自力回復するまで命をつないでも
らっているだけの身体なのに、妻の心臓は全力で動き続けているにも関わらず、次々と試練は襲ってきました。
2日続けての手術で、次の日には少し落ち着いたと思ったら、再び今度は左の肝臓から出血をし、
また、緊急手術、そして今度こそ大丈夫と思われたにも関わらず、その次の日には今度は右の肝臓が
破裂して出血。出血性ショック、DICによる多臓器不全による合併症が次々襲ってきて、
結局9日で6回の緊急手術が行われました。
これだけ短期間にこれだけの手術をしたのは、この救命救急センターの歴史上最高の回数で、
それを乗り越えて帰ってきた生命力は、子供を生んだ母親だから成せた生命力だと医師も言っていました。
これまで、日曜日に両親やゼロ君と面会に行った時に、面会時間まで待合室で待ってる最中に携帯が鳴って
再び緊急手術で、せっかくの面会が緊張の時間に一変してしまったり、ある時は、朝の面会の一声で
「つかささん奥さん排泄がありましたよ!」と先生も興奮気味に伝えてくれた矢先だった
のに、病院のランドリーで汚れたT帯を涙を流しながら洗濯をしている最中に、無常にも携帯が鳴り、
呼び出され、これまでの回復もご破算になってしまったり、精神的に私もかなり打ちのめされました。
でも、妻の心臓が動き続ける限り、医師も「何度でも戦います。」と言ってくれた言葉に、私も輸血の感染リスクがあろうが、どんな後遺症が残ろうが全てを受け入れ、とにかく2人で生きて病院を出るんだという強い気持ちが湧いてきました。
妻のお腹の傷はすでに前回帝王切開の子宮下部の横の傷から、胸のほうに肋骨の手前まで縦に切られ、
更に、へその上で肝臓に向けて右と左にも切られ大きな傷跡が残っていました。
この病院に来てから、一度も意識を回復していない妻はそんな傷があることも、子宮がなくなったことも知らない。それどころか、これだけの大きなショックから、記憶がどこまで残っているかも定かではなく、自分が出産したことすら覚えている保証がない状態でした。
幸い、6回の手術を乗り越えてからは、どうにか出血も止まり、透析も24時間連続の負担の少ないものから
透析効果の高い一般の透析に耐えられるほどまで体力が回復していきました。
再び排泄も見られるようになり、完全に0だった腎機能も日に日に回復して尿の量も増えていきました。
そして、連続での麻酔やモルヒネの投与が終了し、10種類以上の点滴が吊るされていたスタンドも数種に減り、
吐血も下血も、鼻からの微出血も全て止まり、いよいよ回復方向に向かい始めた実感を持ちました。
でも、尿は出ても腎機能がまだまだですから、水分が体外に出せない分全身は浮腫み、顔は瞼が塞がり
鼻が見えなくなるくらい、2倍以上にパンパンに腫れ上がり、指先もパンパン、舌まで浮腫んで
いるので、見た目は全く妻とわからないくらいだし、とても快方に向かってるようには見えません。
でも、脂肪に蓄積された麻酔成分が抜けないため、ハッキリした意識回復はなかったものの、
朦朧とした中、時折こちらの呼びかけにうっすら目を開けて、口をパクパクと動かせるほどになりました。
2月末には希釈した液状食を胃に送り込むことも出来るようになり、医師も今度こそはもうすぐ一般病棟に
移れると確信したようで、私にも笑顔を見せてくれるようになりました。
が、その矢先、今度はMRSAに感染。
これは抗生物質耐性を持った黄色ブドウ球菌で、こうした重篤な病状で体力の弱った患者さんに感染する病気で、妻もなんとか体力がつくまで感染しないようにと、医師があの手この手で色んな薬を投与しながら、感染を遅らせてきましたが、ここへ来て感染してしまい、隔離病室へ移されました。
子宮破裂という一つのトラブルから、出血性ショック、DIC、心肺停止、となり、多臓器不全という合併症を伴い
もはや子宮の傷という、産科だけの領域ではなく、脳から循環器、呼吸器まで全ての病気と戦わなくてはならなくなってしまった。本当に地獄です。
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3月3日、マナが入院している病院へ午前中行き、義父が買ってくれた、「小さな立ち雛」でマナの初節句を
祝いました。「ママ頑張って病気と戦ってるからね。」と話しかけ、ママの入院でずっと看護婦さんに育てて
もらって頑張っているマナを家族みんなで祝いました。
そして夕方の妻の面会で、「今日みんなで赤ちゃんの初節句のお祝いしてきたからね」って話すと
妻は、再びうっすら目を開けて何か語りかけようとしてくれました。
喉を切開して呼吸器をつけているため声を聞くことはできませんでしたが、きっと妻は赤ちゃんを産んだことも
今自分が子宮破裂を起こして入院していることも、もちろん自分が誰であるかも、全てわかっていると思いました。そして、日に日に増えるこちらの問いかけに対する反応に、明るい気分になり、久しぶりに晴れた気分で
帰宅しました。ママはずっといないし、度々目覚めるといなくなっていたパパに不安定になっていたゼロ君
を寝かしつけ、「明日の面会ではどんな表情を見せてくれるんだろう・・・」と楽しみにしながら、布団に入ると
再び携帯が鳴ってしまった。
これまでの電話でも散々胃が引き裂かれるような強い衝撃を受けてきたけど、今回は違う。
震えた。全身の血の気が引いていくのが分かった。
急いで目の前にあるものに着替え、外に出て急いでタクシーを止めた。
行き先を伝えたくても震えで上手く言葉がでません。
タクシーの中でもずっと震えが止まりません。
決して寒いわけじゃないのに。
背中から冷たい冷気を感じました・・・・
(もう一回つづきにさせてください)
誕生日翌日
誕生日翌日の今日はバレンタイン同様ポカポカ陽気という予報だったので、子供達外で遊ばせたい
とおもったのですが、私が案の定一睡も出来ず体調不良のため、いつもの同じマンションの仲良し
3人組で遊びました。ゼロもマンション内の友達と男同士で遊び。
親はラクです(^^)
さて、今日もEF35-350の試し撮り。
地下の吹き抜けテラスなので、屋外日陰に近い条件です。
F3.5-5.6の10倍高倍率ズームですが、やっぱり自分の納得いく画質には届きません。
↑露出アンダーにしたりISO感度上げたりしたけど、ちょっと暗いとシャッター速度がとにかく上がらないのです(汗)
Tv(シャッター速度)
1/60 秒
Av(絞り数値)
F5.0
測光方式
部分測光
露出補正
-2/3
ISO感度
800
レンズ
EF35-350mm f/3.5-5.6L USM
焦点距離
170.0 mm
↑テラス内のカフェでの写真ですが、そんなに暗いわけでもないのですが、これだけの設定にしてもTvはこんなもんですね。問題は画質。一見これはまともに見えますが、まつ毛とか細部を見るとやっぱり甘くて映りません。
Tv(シャッター速度)
1/40 秒
Av(絞り数値)
F5.6
測光方式
部分測光
露出補正
-2/3
ISO感度
1250
レンズ
EF35-350mm f/3.5-5.6L USM
焦点距離
250.0 mm
↑何やら相談する3人。う~んもっとシャープだったらなぁ。。。
Tv(シャッター速度)
1/60 秒
Av(絞り数値)
F5.0
測光方式
部分測光
露出補正
-2/3
ISO感度
1250
レンズ
EF35-350mm f/3.5-5.6L USM
焦点距離
100.0 mm
↑焦点距離問わずでなかなか難しいレンズです。
このレンズが使えるのは晴天の屋外のみですね。
Tv(シャッター速度)
1/20 秒
Av(絞り数値)
F3.5
測光方式
部分測光
露出補正
-2/3
ISO感度
1250
レンズ
EF35-350mm f/3.5-5.6L USM
焦点距離
35.0 mm
適正シャッター速度を保つというのは、すっごく難しいなぁと手振れ補正ナシレンズを持って痛感。
この画質の甘さはシャッター速度不足か、ピンズレか、レンズ解像度の問題か?
ハッキリした原因がわかりませんが、2週間の付き合いでしたが嫁に出す準備考えてます。
中古は大きな損失は少なく、色んなレンズの経験が出来て、それはそれで良いかもです(^^)
EOS1DMarkⅢ + EF35-350F3.5-5.6 L USM
マナの誕生日から始まるオヤジの葛藤(1)
こちらは前回のマナの誕生日の続きで、私にとって複雑な誕生日の裏側の話です。
今回は写真ではなく、ブログ状態ですから、すっごい長いし複雑ですから文字苦手な方は↓画像までで以下スルーしてくださいね。
バレンタインデーと言えばハート![]()
ってことで、知人からマクロレンズを借りて花びらでハートを表現してみました。
EOS1DMarkⅢ + EF100F2.8Macro USM
では、「ことぶきつかさ」のココロの中に見える光景を少し公開します。
今日は世間はバレンタインデーですが、我が家にとってはマナの7歳の誕生日![]()
マナが生れたのは平成14年2月14日午後7時5分、VBACという(前回帝王切開をした妊婦さんが普通分娩で
出産する方法)で生れました。分娩当日、
「3700g以上の大きな赤ちゃんなら、前回切った部分が破裂する危険性があるのでまた帝王切開をしてもらいますが、今見た感じだと3100g~3300gの間だから、十分経膣分娩で産めますよ。」
と主治医に診断してもらい、入院後の陣痛の経過も順調に進み、昼に入院・破膜、午後6時半に分娩代へ移り、それからわずか30分ほどでマナは無事生れました。
出産後の妻の出血量が多く、5分後には1000ccに達し、30分後には2000ccに達しました。
主治医も子宮の破裂を疑ったものの、よくわからなかったようで、私には「ちょっと出血が多くて今分娩台で休んでもらっています。」
と説明がありました。しかし、急激な血圧低下により寒さと吐き気を訴えながら、妻の意識レベルはどんどん低下していき、意識が消えかかると必死に悲鳴をあげるようになりました。
そして1時間後に医師は、ERへの救急搬送を決断。
「つかささん奥さんちょっとうちでは診きれないかも知れないので、大きい病院に搬送しますね。」と言われ、私とゼロ君は車で、後から病院へ駆けつけました。
しかし、一方で事態は深刻化していました。救急車へ乗せたと同時に妻の心肺は停止し、救急車内で気道確保、心臓マッサージが行われたようです。
救急病院では、搬送手続きもしないまま外で待っていた産婦人科スタッフにより、8階産婦人科処置室へ運ばれました。
ゼロ君と私は、まだその事態を知らないまま、産婦人科病棟へ。
しばらくしてから、私は救急病院産婦人科医に呼ばれて状況説明を受け、処置室へ通されました。
私の目の前に映った光景は、10名以上の医師とその倍以上の看護師が慌しく妻の周りを囲み、身包みを剥がされ、全身からチアノーゼが出て蒼白になり全く動かない妻の姿でした。
物々しい医療機器の警報音、医師、スタッフから伝わる緊張感、脳に酸素を送り続けるため気道・呼吸確保のために頭の方で処置を進めるチーム、輸血や心臓マッサージなど蘇生処置を行うために胸の周辺で処置をすすめるチーム、下半身で出血具合や産科処置を行うチームと3つのチームに分かれて、産科と救命センター医師が全力で処置を行っていました。
そして、数分後には電気ショックが用意され、電気がチャージされる甲高い音がピークに達すると同時に妻の身体が大きくうねりました。数回、ショックを与えどうにか心臓が動き始めたようです。
娘の誕生という大きな喜びから一転して、地獄絵を目の当たりにした私は、極度の恐怖感から
目の前にいる妻に声を掛けたい、叫びたいのに、声も出ない状態になりました。
私ができたことは、何度も何度も力を入れて震えを抑え、大きく呼吸してようやく、震えたか細い声で、
「ガンバレ!」とたった4文字の言葉を声に出すことだけでした。
妻はやはり子宮破裂を起こしており、2000ccの外出血の他、お腹の中でも1000ccの出血がありました。
人間の身体に流れている血液は5000ccほどですから、身体の半分以上の血液が流れ出てしまった状態だったのです。
普通の出血の場合1000ccも出血があれば、死に直結ですが、妊婦さんの場合は2000ccくらいの出血があっても十分生きられる力があるそうですが、さすがに3000cc以上の出血は人間の限界を超えています。
妻は処置室に運ばれたものの、非常に状態が悪く手術室に運ぶことすら出来ない状況で、
私が見たのは、蘇生して、なんとか手術室へ運べるレベルまで状態を持っていくところだったようです。
妻は心臓は動き出したものの、血圧は上が30にも届かないレベルまで下がっていて、心臓に血液がまわらず
空打ち状態になっていました。
大量の輸血が用意されましたが、妻の血管は極度の出血によりすでに塞がっていて針が通らない状態になっていて、心臓に近い大動脈に針を刺してポンピングしながら輸血を流し込む処置が行われました。
しかし、子宮破裂を起こして子宮動脈から出血している妻の身体は、入れた輸血がそのまま流れてしまう繰り返し。更に、大出血によるショックでDIC(藩主性血液凝固症候群)という血液凝固機能がなくなり、血がサラサラになってしまう状態になっている身体は、本来の粘りのある血液以上に勢いよく流れ出てしまい、止血が一向にできなくなってしまいます。
搬送から2時間只管輸血を続けながら、どうにか手術室へ移動できる状態になったものの、身体の半分以上は三途の川を渡った状況で、どこまで処置が出来るか?DICを起こしている身体にメスを入れることは、更に出血を増やす結果を導くため一般には禁忌ですが、とにかく破裂した子宮を摘出して止血処置をしなくてはならないため選択の余地はありませんでした。
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手術は7時間にも及び、朝5時過ぎに妻は生きて手術室から出てきてくれました。
しかし、妻の手術は子宮を摘出する処置までは出来たものの、重度のDICが続いているため完全に出血を止めることができず、「これ以上は処置を繰り返しても無理」と医師が判断し手術を終えたに過ぎず、これからの本人の回復力次第という結果になりました。
ICUに運ばれた妻は、全く別人の姿になっていました。
神経が麻痺しているため顔は変形し、瞬きすら自分ではできないため瞳は涙が乾いて膜が出来ていました。
DICにより鼻や口、傷、膣などあらゆる部分から出血が見られました。
この段階では説明がありませんでしたが、医師も気道確保し酸素を送り続けたものの、どの程度脳にダメージがあるか全くわからなかったため、早く麻酔から目を覚まして状態を確認したかったそうです。
本来なら死は免れず、良くても植物状態というのが医者の予想でしたが、とにかく妻の心臓は動き続け、
返ってきました。そして麻酔が覚めるまでに、応援で来ていた救命センター医師が相当何回も顔を叩いて
神経の回復を図ってくれたようで、昼までには顔面の麻痺がかなり改善されました。
しかし、それ自体は快方とは全く別物で、生存率は1%も上がったわけではありません。
ただ、麻酔が切れ掛かった時妻が痛がる表情を見せたため、救命医も驚きながら「この患者さんは救えるかも」
と感じ、本来なら産婦人科に搬送された患者は産婦人科で診るというのが鉄則ですが、
病院の規則を超えて、特例で全身管理が行える救急救命センターへ転科し、3階の救命センターへ午後ベッドが移されました。
私も夕方には帰宅許可が出て、一時ゼロ君がいる実家へ戻りました。
ゼロ君実は、妻の出産直前から40度近い高熱が出ていました。
かなりナーバスだったようですが、9時にはどうにか寝付かせることが出来、私も一安心して店に行き、
仕事の整理を少しして、0時少し前に戻ってゼロ君の寝顔を見ながら明日に備えて寝ようと布団に入ると
突然携帯が鳴りました。妻が再び出血を起こしてしまったようで、腹腔内に血が貯まってるのが見えるから、
緊急手術を行うので、至急病院へ来るようにという内容でした。
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ちょっと苦しくなってきたので、(続く)ということで失礼します









