マナの誕生日から始まるオヤジの葛藤(1)
こちらは前回のマナの誕生日の続きで、私にとって複雑な誕生日の裏側の話です。
今回は写真ではなく、ブログ状態ですから、すっごい長いし複雑ですから文字苦手な方は↓画像までで以下スルーしてくださいね。
バレンタインデーと言えばハート![]()
ってことで、知人からマクロレンズを借りて花びらでハートを表現してみました。
EOS1DMarkⅢ + EF100F2.8Macro USM
では、「ことぶきつかさ」のココロの中に見える光景を少し公開します。
今日は世間はバレンタインデーですが、我が家にとってはマナの7歳の誕生日![]()
マナが生れたのは平成14年2月14日午後7時5分、VBACという(前回帝王切開をした妊婦さんが普通分娩で
出産する方法)で生れました。分娩当日、
「3700g以上の大きな赤ちゃんなら、前回切った部分が破裂する危険性があるのでまた帝王切開をしてもらいますが、今見た感じだと3100g~3300gの間だから、十分経膣分娩で産めますよ。」
と主治医に診断してもらい、入院後の陣痛の経過も順調に進み、昼に入院・破膜、午後6時半に分娩代へ移り、それからわずか30分ほどでマナは無事生れました。
出産後の妻の出血量が多く、5分後には1000ccに達し、30分後には2000ccに達しました。
主治医も子宮の破裂を疑ったものの、よくわからなかったようで、私には「ちょっと出血が多くて今分娩台で休んでもらっています。」
と説明がありました。しかし、急激な血圧低下により寒さと吐き気を訴えながら、妻の意識レベルはどんどん低下していき、意識が消えかかると必死に悲鳴をあげるようになりました。
そして1時間後に医師は、ERへの救急搬送を決断。
「つかささん奥さんちょっとうちでは診きれないかも知れないので、大きい病院に搬送しますね。」と言われ、私とゼロ君は車で、後から病院へ駆けつけました。
しかし、一方で事態は深刻化していました。救急車へ乗せたと同時に妻の心肺は停止し、救急車内で気道確保、心臓マッサージが行われたようです。
救急病院では、搬送手続きもしないまま外で待っていた産婦人科スタッフにより、8階産婦人科処置室へ運ばれました。
ゼロ君と私は、まだその事態を知らないまま、産婦人科病棟へ。
しばらくしてから、私は救急病院産婦人科医に呼ばれて状況説明を受け、処置室へ通されました。
私の目の前に映った光景は、10名以上の医師とその倍以上の看護師が慌しく妻の周りを囲み、身包みを剥がされ、全身からチアノーゼが出て蒼白になり全く動かない妻の姿でした。
物々しい医療機器の警報音、医師、スタッフから伝わる緊張感、脳に酸素を送り続けるため気道・呼吸確保のために頭の方で処置を進めるチーム、輸血や心臓マッサージなど蘇生処置を行うために胸の周辺で処置をすすめるチーム、下半身で出血具合や産科処置を行うチームと3つのチームに分かれて、産科と救命センター医師が全力で処置を行っていました。
そして、数分後には電気ショックが用意され、電気がチャージされる甲高い音がピークに達すると同時に妻の身体が大きくうねりました。数回、ショックを与えどうにか心臓が動き始めたようです。
娘の誕生という大きな喜びから一転して、地獄絵を目の当たりにした私は、極度の恐怖感から
目の前にいる妻に声を掛けたい、叫びたいのに、声も出ない状態になりました。
私ができたことは、何度も何度も力を入れて震えを抑え、大きく呼吸してようやく、震えたか細い声で、
「ガンバレ!」とたった4文字の言葉を声に出すことだけでした。
妻はやはり子宮破裂を起こしており、2000ccの外出血の他、お腹の中でも1000ccの出血がありました。
人間の身体に流れている血液は5000ccほどですから、身体の半分以上の血液が流れ出てしまった状態だったのです。
普通の出血の場合1000ccも出血があれば、死に直結ですが、妊婦さんの場合は2000ccくらいの出血があっても十分生きられる力があるそうですが、さすがに3000cc以上の出血は人間の限界を超えています。
妻は処置室に運ばれたものの、非常に状態が悪く手術室に運ぶことすら出来ない状況で、
私が見たのは、蘇生して、なんとか手術室へ運べるレベルまで状態を持っていくところだったようです。
妻は心臓は動き出したものの、血圧は上が30にも届かないレベルまで下がっていて、心臓に血液がまわらず
空打ち状態になっていました。
大量の輸血が用意されましたが、妻の血管は極度の出血によりすでに塞がっていて針が通らない状態になっていて、心臓に近い大動脈に針を刺してポンピングしながら輸血を流し込む処置が行われました。
しかし、子宮破裂を起こして子宮動脈から出血している妻の身体は、入れた輸血がそのまま流れてしまう繰り返し。更に、大出血によるショックでDIC(藩主性血液凝固症候群)という血液凝固機能がなくなり、血がサラサラになってしまう状態になっている身体は、本来の粘りのある血液以上に勢いよく流れ出てしまい、止血が一向にできなくなってしまいます。
搬送から2時間只管輸血を続けながら、どうにか手術室へ移動できる状態になったものの、身体の半分以上は三途の川を渡った状況で、どこまで処置が出来るか?DICを起こしている身体にメスを入れることは、更に出血を増やす結果を導くため一般には禁忌ですが、とにかく破裂した子宮を摘出して止血処置をしなくてはならないため選択の余地はありませんでした。
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手術は7時間にも及び、朝5時過ぎに妻は生きて手術室から出てきてくれました。
しかし、妻の手術は子宮を摘出する処置までは出来たものの、重度のDICが続いているため完全に出血を止めることができず、「これ以上は処置を繰り返しても無理」と医師が判断し手術を終えたに過ぎず、これからの本人の回復力次第という結果になりました。
ICUに運ばれた妻は、全く別人の姿になっていました。
神経が麻痺しているため顔は変形し、瞬きすら自分ではできないため瞳は涙が乾いて膜が出来ていました。
DICにより鼻や口、傷、膣などあらゆる部分から出血が見られました。
この段階では説明がありませんでしたが、医師も気道確保し酸素を送り続けたものの、どの程度脳にダメージがあるか全くわからなかったため、早く麻酔から目を覚まして状態を確認したかったそうです。
本来なら死は免れず、良くても植物状態というのが医者の予想でしたが、とにかく妻の心臓は動き続け、
返ってきました。そして麻酔が覚めるまでに、応援で来ていた救命センター医師が相当何回も顔を叩いて
神経の回復を図ってくれたようで、昼までには顔面の麻痺がかなり改善されました。
しかし、それ自体は快方とは全く別物で、生存率は1%も上がったわけではありません。
ただ、麻酔が切れ掛かった時妻が痛がる表情を見せたため、救命医も驚きながら「この患者さんは救えるかも」
と感じ、本来なら産婦人科に搬送された患者は産婦人科で診るというのが鉄則ですが、
病院の規則を超えて、特例で全身管理が行える救急救命センターへ転科し、3階の救命センターへ午後ベッドが移されました。
私も夕方には帰宅許可が出て、一時ゼロ君がいる実家へ戻りました。
ゼロ君実は、妻の出産直前から40度近い高熱が出ていました。
かなりナーバスだったようですが、9時にはどうにか寝付かせることが出来、私も一安心して店に行き、
仕事の整理を少しして、0時少し前に戻ってゼロ君の寝顔を見ながら明日に備えて寝ようと布団に入ると
突然携帯が鳴りました。妻が再び出血を起こしてしまったようで、腹腔内に血が貯まってるのが見えるから、
緊急手術を行うので、至急病院へ来るようにという内容でした。
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ちょっと苦しくなってきたので、(続く)ということで失礼します


