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関東甲信越大会

今日は子供達のレスリングの試合、関東甲信越大会が群馬県館林で行われました。
つかさのブログ-21関東甲信越
↑路面凍結もなく、道は順調、でも会場は寒い(><)

子供たちはすぐに熱気ムンムンでしたが(^^)


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↑我が家の一番手は兄貴のゼロ君。

トーナメントのクジ運がとことん悪いゼロ君、今回もメダル圏内常連の強い子でしたが、そんな情報彼には

入れず、「一生懸命頑張って来い!」と送り出しました。


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↑試合後まもなく足元を救われて、フォールの体制に持っていかれました。

結果はこの1回戦でフォール負けでしたが、最後の最後まで粘ってフォールから必死に逃げようとしている

姿から、彼の必死さがすごく伝わるいい試合でした。


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↑今回はその悔しさが試合後の涙として現れました。

妻の死以来、なかなか気持ちを表に出すことが上手くできないゼロ君が、



大泣きするほどの悔しさを感じたことは、親としては胸が痛み

ますが、また一つ大きな心の成長の一歩を踏んでくれたと思います。



男の子のゼロ君には、今は勝つ喜び以上に負けから沢山のことを学んでくれればそれでいい。

大きくなってから、この経験が彼の人生で大きな力に変わればいいと思います。



それと、1月の試合で30kg級が超ギリギリだったため、今回は33kg級でエントリーしたのですが、

1月の正月太りはスッカリ解消され、今日の計量では朝飯ガッツリ食ってようやく30kgに乗っかった程度のゼロ君。


全然30kg級でよかったのに、元々実力がない上に、33kg級で更に一回り大きな選手と戦う結果となって

しまって、私の判断ミスがあったにも関わらず、よく頑張った!


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↑さて、次は1・2年生24kg級出場のマナ。


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↑互角の対戦相手の子に何度も頭を落として倒そうとしたけれど、力が足りなくてなかなか倒せない。

両者時間いっぱいの攻防を続けましたが、0対0でタイムアップ。



1ポイント先取の延長戦へ。

ここでも、ずっとマナの足を取ろうとする対戦相手の子と、中に入ろうとする対戦相手の頭を落としたり、がぶって自分の体制に持ち込もうとするマナの接戦が続きましたが、最後に自分の判断で首投げを決めて2ポイントを先取しました。



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↑あまりの力の入った闘いに、最後の肝心な投げ技の部分は、「マナ行けーーーーーーーーーーっ!」

と父ちゃん叫んじゃって、シャッター切るの忘れました(爆)


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2年生同級のレミも貫禄の一回戦突破


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先日レスリング功労で地元区長から区長賞を受賞したkoutaもなんなく一回戦突破

24kg級トリオ、3人揃って1回戦突破です(^^)



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↑マナの2回戦目、本人はかなり張り切って試合に臨みました。

相手はとっても強いチームの子。



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↑赤ちゃんの時、ハイハイをしないですぐに歩いたせいか?マナは体幹の力がない。

そこに相手に正面からタックルを受けてしまって見事に飛ばされた。



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↑ショックから泣きが入りながらも、必死に追加点を許すまいと頑張ったんだけど、この軸が弱いマナには

この踏ん張りもかなりの難問で、完全に力負けしちゃいました。

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↑涙を流しながら相手の子と試合後の握手。

前回は、叱ったけれど、今回は前に出る気持ち、メダルが欲しいという彼女なりに立てた目標に向かう気持ち



がしっかり出ていたので、頭を撫でて抱き寄せました。

本人に試合後の気持ちを聞いたら、今回はメダルを取って小学校の先生にメダルを見せたかったんだそうです。



それが出来なくなると思ったら悔しくて涙がいっぱい出てしまったそうです。

マナは幼児期に運よく立て続けに4つメダルを取りましたが、本来相当対戦表の運が良くなければメダルなんて



取れるほど、実力はありません。でも、子供ってそんな自分の実力なんて関係ない。メダルが欲しい。

だから一生懸命戦うんだ。大人になると余計な先入観や損得勘定が頭をかすめるようになるのでしょうが、



子供のこの素直な欲求と、そのために精一杯頑張れる純粋さ、いつまでも持ち続けて欲しいなぁと思います。


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↑今回チームで最後まで試合が長引いたのは、キャプテンけい。

6年生でキャプテンになってから、めきめきと身体が大きくなって実力がついてきた。



この決勝戦でも、終始攻めの姿勢で、後輩達に頑張っている姿を見せてくれました。

0対0の延長戦、結果はある一つの動きで、相手側チームから、「今うちがポイント取っただろ!」



と審判員に物言いを付け、驚いたことに審判員が、その物言いを素直に受け入れ自分達のジャッジをコロッとひっくり返して試合終了。



相手チームは、色んな大会で審判員など色んな仕事で貢献していて、うちのチームはそうした協力ができない

のも影響しているのかも知れない!?



「まぁ、どっちでもそれはいい、そんなギリギリの試合しか出来なかったけいがこれからもっと頑張ればいいんだ。と、その物言いに対してうちのコーチと先生は審判に不服申し立てをしなかった。」



そんな、采配を振るったうちのチームの指導者のいるチームにお世話になっていて良かったと思いました。


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最終的に、今回我がAACCでは17名が参加し、10名がメダルを獲得しました。

こんなスゴイチームメイトと一緒に練習をしているゼロ君とマナちゃんも、みんなの胸を借りて、いつかメダル取れるような強いカラダとココロがつくられていけばいいなぁと思います(^^)


〈使用機材> EOS Kiss-X + EF70-200F2.8L IS USM

        
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平日の城南島(鳥編)

やっとこさ、城南島の撮り貯めシリーズ最終章です。

最期は、最近やらた出番の多い「鳥よ鳥よ鳥たちよ♪」です。


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↑一枚目からすんません!

完全にパクリです(爆)



arikaさんどうです?こんな感じじゃありません!?



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↑これは何て鳥でしょう?

砂浜でよく遊んでる姿を見かけます。


前ピンでデッキにピントがあってるところが、レンズの入院要因になりました。



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↑これは公園側にいましたが、キレイというか美味しそうというかとにかく魅力的だったので一枚ポーズ取って貰いました(^^)


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↑このあひるみたいなの、カワセミのいる近所の公園の池にもいるのですが、海水淡水両方OKなんですね。


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↑最後はどこにでもいる問題児です。

例えば↓「このポチ押すな!」なんて書くと押したくなる人いるみたいですが、私は素直に、「押してくれぇ~(^人^)」です。



EOS1DMarkⅢ + EF35-350F3.5-5.6 L USM


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満開!の河津桜とメジロさん

私の仕事場のすぐ近くの公園の河津桜が満開になったので、今年初の桜撮影。


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↑クローズアップフィルターでも距離は制限されるけどマクロ撮れます。



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↑本日の狙いはただ河津桜ってのもいいんだけど、午前11時~15分間くらい毎日メジロがこの木にやってくるのを、何度か通ってる内にわかったので、ビンゴ!のタイミングでメジロと桜を撮ってきました。


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↑なんて桜と相性のいい鳥さんなんでしょう。

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↑強風で寒かったし来ないかなぁと思いましたが、花の蜜でも吸うのですかね!?

必ず夫婦で来るみたいです。



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↑枝の先で風を受けている姿もカッコイイ。


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↑渋谷のヤマンバギャルやアダモちゃんに負けないくらいスゴイアイライン


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↑もうちょっと優しい表情をしてくれると、もっと桜とマッチするのですが、目がキツイ。

ウグイスだったらもっと優しい顔なんですかねぇ!?


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↑アイラインが垂れ目になってれば少しはかわいいのかな!?

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↑でも、ピンクとこのウグイス色がなんとも美しいし、これに光がバッチリ合えば、やっぱり素人でもいいなぁと思う絵になります。


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↑やっと夫婦を捉えました。

でも、もうちょっとキッチリ絞った方が良かったかな!?


こんな写真並べると、さぞ桜のキレイな公園!?

ってイメージするでしょうが、実は駅前のこんな公園なんです(爆)


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↑ね、左が線路、右が歩道、公園らしい仕切りもなく、ただ線路沿いに長~い公園です。


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↑ちょっと電車が通ればウルサイ!風もスゴイ!

寄って撮らなければ所詮は東京なんです。



さて、レンズと一緒に入院しているはずの私の1D。

代わりのカメラを貸してくれるあてもなく、オークションで2万くらいでKiss-Nあたりを・・・

なんて考えていたのですが、某量販店で見切り品のKiss-Xに出会ってしまい、あまりの安さに衝動買い。

さっそく試し撮りしてみたわけです。

っても、Kiss-Xは私のデジイチデビュー機種なので勝手知ったるや。。。と思いきや、すっかり使い方

忘れていて、なかなか設定も馴染めない(苦笑)



ピントもなんかやっぱり違うし、とにかく小さくてホールド感が安定しない。

Lレンズをつけるとかなり前重心になります。


そして驚いたのが、ボタンを押してからシャッターが切れるまでのタイムラグって言うんですか?

気のせいかも知れないけど、なんか違うんです。



子供達と親子カメラするために、1台あってもいいなぁと言う気もしますが、来週にはオークション出しちゃおうかなぁとも思います。安かったので上手くいけば1年メーカー保証付きだから買値より高く付く可能性大だし。



それまでは、ちょっとこのカワイイカメラにお世話になります。

でも、40D→1DMkⅢとランクアップしてしまった今、このカメラでレスリングなんてかなり無謀と思います。



連射なんてあってないような速度だし、今回はワンショット狙いで行くしかないって感じです(^^)

画素数私の1Dと同じ1010万画素だけど、値段は1/10、写りも比べると違う。

デジタルカメラは画素数だけじゃないって実感します。


EOS Kiss-X + EF70-200F2.8 LIS USM


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平日の城南島(人)

季節外れの平日の城南島ってのも結構いいですね(^^)


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静かで、波の音だけが響いて・・・

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カップルには特に歩きやすいのかな!?



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家族でも、夏とは違ったほのぼのした空気が流れていました。

いいな、家族♪

EOS1DMarkⅢ + EF35-350F3.5-5.6 L USM


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マナの誕生日から始まるオヤジの葛藤(3)

病院に着くなり医師から説明がありました。

『ずっと経過も良く、「来週からは一般病棟に移すからベッド空けて置くように」、と産科スタッフに連絡したところだったのに・・・』



「なんだ?また手術か?」私にはその意味がすぐに飲み込めませんでした。

これまで数々の合併症を乗り越えて、最後の山のMRSAも乗り切って、妻は妻に襲い掛かった全てのリスクを



乗り越えたというのに、3月4日に日付が変わったと同時に、突然心拍が落ちてしまったのでした。





「何度も何度も蘇生処置を行ったのに、全く帰ってきてくれないんです。」

毎日死と直面している救命医が目にうっすらと涙を浮かべながら感情的に私に懸命に説明しました。





医師等が最期を看取るための準備を整えて、1時に到着した私の面会が許されたのは午前3時でした。

私の目の前に映った妻の姿は、すでに医師も全てを尽くし、最終的に私に看取らせるために通常量の10倍の昇圧剤を投与して薬で心臓を動かしているだけの妻の姿でした。



自発呼吸に切り替わっていた呼吸は、再び機械による強制呼吸で一定のリズムで吸気と排気が繰り返され、

目を閉じたまま静かに眠る妻の周りは様々な医療機器の音だけが響いていました。



「もうダメなのか?」

「もう一度奇跡起こせよ!」

「死ぬなよ!」

「帰って来い!」

「子供達が待ってるんだよ!」

「退院して、暖かくなったらディズニーランド行こうって言っただろ!」



何を話しかけても、もう日付が変わる前の時みたいに目を開いてくれません。

30分、1時間と時間が経過すると共に、140拍以上あった脈拍は100を切り、80、70、60とゆっくりと落ちていきました。



「先生、もう本当にダメなんですか?」

私の涙ながらの問いに、医師も涙を堪え、隠すように頷きながら後ろに振り返りました。



機械と薬で心臓を動かされてるだけの妻に何を話しても聞こえないであろうことは分かっていたけど、

残された僅かな時間を私は話し続けました。



出産入院の前風邪を引いていたゼロ君の様子や、赤ちゃんのこと、友達のこと、出会ってからの思い出・・・

ずっと話し続けました。



それでも、妻の脈拍も血圧も一定の速度で下がり続け、全くそのペースが乱れることはありませんでした。

脈拍も血圧も0に近づいたころ、私は妻にハッキリ言いました。


「二人の子供達のことは心配しなくていいぞ、オレに任せろ」


そして最期に、私は妻の手を強く握り

「じゃあな、ありがとう。。。」、と言ってお別れのキスをしました。



3月4日午前4時49分妻の心臓は静かに止まり、永遠の眠りにつきました。




私は一緒に最期を看取った義父に頭を下げました。

妻が19歳の時に母親を亡くしています。義父にとって妻は義母が残してくれた大切な唯一の一人娘。



私はその大切な命を失ってしまいました。子供達の大切なママを引き止めることが出来ませんでした。


*****************************************


最終的な処置を終え、6時過ぎに私は霊安室に通されました。

まだ、僅かながらに体温が残っていました。



再び救命センターの担当医が来て、私に言いました。

「この病院でも過去に例がないくらい奥さん頑張ってこられて、あと少しだったのに残念です。」

「これは強制ではないのですが、出来れば奥さんの病理解剖をして、死因をハッキリさせたいのですがどうでしょう?」というものだった。



この19日間の間に6回もメスを入れて、既にボロボロの妻の体に再び死んでからもメスを入れることは

正直ためらいましたが、私はキチンと妻の戦った全てを知っておかなくてはならないと思い、解剖をお願いしました。



後で知った話ですが、救命センター医師は直感的に医療過誤を視野に入れ、私がいざ訴訟で戦うことになったときに、キチンと情報が残っているように病理解剖を勧めてくれていたのでした。



解剖が終わるのは10時~11時くらいになるということだったので、ゼロ君のことも心配だったし私は一度実家へ帰って身支度を整えようと思いました。



3月4日午前7時、病院から出ると眩しいくらいの青空が広がっていました。

少しひんやりした空気の中にも春が感じられ始めていました。



「この病院に搬送された時は、まだ真冬の寒さだったのに、いつの間にか季節が変わろうとしてるんだなぁ」

悲しいはずなのに、私はなぜか肩の荷が軽くなったような感じがし、大きく深呼吸をして駅に向かいました。




(あれ、今回で終わるつもりだったのですが、まだ話が切れなくなっちゃいました)


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