タイタニックの生存者!
今日は、オレンジデーにパートナーデイと春の高山際、そしてSOSの日です。
【活用場面】
生き残った者の仕事!
沈没したタイタニック号が発したSOS信号にちなみ、SOSの日だそうです。
そんなタイタニックに纏わる生存者、ミルビーナ・ディーンさんに纏わるお話です。
彼女は、生後9週目に、米国での新たな生活を目指す家族に連れられてタイタニック号に乗船していました。父親は1517人の犠牲者を出した同客船の沈没事故で亡くなっています。
その後、イギリスで生活をなされていたようですが、暮らしていた英サウサンプトンの高齢者施設費用ねん出のために私物を売却している話があり、映画のタイタニックの監督、および出演者、ジェームズ・キャメロン監督と主演のレオナルド・ディカプリオさん、ケイト・ウィンスレットさんが、計3万ドル(約290万円)を寄付したそうです。
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巌流島の心理学!
今日は、決闘の日、喫茶店の日に水産デーです。
【活用場面】
冷静さを保つ!戦いは心理戦から!
巌流島の決闘から400年が経ちました。諸説ありますが、自分の信じる武蔵・小次郎象でいいのでは無いでしょうか?
参考までに、一般的な武蔵象です。吉川英治氏の武蔵の影響が大きいようです!
慶長17年(1612)4月13日、二刀流の使い手・宮本武蔵と燕返しの名手・佐々木小次郎の決闘が、山口県の船島こと巌流島で行われました。
決闘は武蔵がわざと遅刻して、小次郎がそれに怒り冷静さを失っている所をつかれて、やられてしまったと言われます。小次郎が、さっさと行くぞ、と言って刀の鞘を投げ捨てると、それを指して武蔵が「小次郎敗れたり」と言い「勝負のあと刀を納めるべき鞘を捨ててしまったのは、もうそれに納められないということだ」と指摘して、更に小次郎の動揺を誘ったといいます。
腕にそう差がない場合、こういう心理戦の比重というのは大きいのかも知れません。
宮本武蔵は天正12年(1584)美作国宮本村の生まれ。幼名は弁之助といったといいます。13歳の時以来、生涯60回以上の果たし合いを行い、一度も敗れませんでした(まぁ敗れたらそれで死んでいるわけだが)
特にこの小次郎との対決と、京都での吉岡一門との対決は有名です。最後は、肥後の細川忠利に召し抱えられ、寛永20年には「五輪書」を著しまし、正保2年(1645)5月死去しました。
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諦めないサンダース!
今日は、パンの日です。軍用乾パンが初めて焼かれた日だそうです。
【活用場面】
昨日のテレビ番組からのお話です。
カーネル・サンダースが、はじめてライ麦パンをひとりで焼き上げて大人をうならせたのは、わずか6歳の時で、以来料理人として頑張ろうと思いますが、その道は長かったようです。
元々、自分でレストランを経営していたカーネルサンダースは、自分のお店でフライドチキンを出していて、それが看板メニューでした。
ところが、高速道路が近くに出来たため、店を閉めなければならなくなったんです。
当然、カーネルサンダースは失業状態になってしまったわけなんですが、自分の年金だけでは到底くらせないと思い、なんとかしなきゃと行動を始めます。
彼がしたことは、「フライドチキンのレシピを売る」ということでした。ところが、レシピを買うという慣例が今までなかったため、全然売れません。
そして、アメリカ中を1000件以上まわり、やっと買ってくれる人を見つけました。
その後のケンタッキーフライドチキンの大成功は言うまでもありません。
今では世界中のどこにでもありますし、何とエジプトのピラミッドのすぐそばにもあるそうです。
このカーネルサンダースの話が有名なのは、次の成功法則が秘められているからです。
1.何かを始めるのに遅すぎるということはない → カーネルサンダースはすでに60代でした。
2.あきらめなければ必ず道は開ける → 1000件以上断られてもあきらめませんでした。
私たちは何かに挑戦しようとするときに決まって、「歳だからやめとけ」とか「何度やっても無理なものは無理」と言う言葉を他人からつきつけられます。
でもカーネルサンダースに限らず、何歳でも、そして何度失敗しても諦めなかった人に成功者が多いというのも事実です。
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