朝礼スピーチのねた ブクロ -78ページ目

人と犬の絆!

今日は、生命・きずなの日です。


【活用場面】

 心の強さ!人と犬のきずな


生命・きずなで思い出すのは「南極物語」ですね!


南極観測隊は第2次越冬隊を乗せた宗谷が氷に閉ざされ到着できず、やむを得なく同行した樺太犬15頭を置いていかざるを得ない状況になり、一年後に迎えに行った際には7頭は鎖に繋がれたまま死んでおり、6頭は行方不明で、タロとジロだけが生還しました。


その後、ジロは1960年の第4次越冬中に昭和基地内で病死しましたが、タロは翌年の5月4日に日本に帰国し、1970年まで北海道大学の植物園で飼育されていましたが、同年8月11日に老衰の為死亡しました。享年14歳。タロはそのまま剥製にされ、同植物園に展示されています。

ジロはその死後、遺体を日本に持ち帰り、同じく剥製にされて、こちらは今も東京上野の国立科学博物館の日本史館で他の犬の剥製と混じって展示されていますが、「樺太犬」としか書いておらず、「南極物語のジロ」などの特筆がないことから、見学をしている多くの人は南極物語のあのジロとは気がつかず、素通りしていますが、なんとかジロだと認識して頂ければ幸甚ですが・・・


南極観測隊の第1次越冬隊で犬係の北村隊員が第3次越冬隊としてタロとジロに再会した時の言葉です。

「犬たちにも、人間と同じような気持ちや心の動きがある。犬たちの能力を最もよく引き出すのは、力ではなくやはり心だと私は信じている。」


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人生という名の旅!

今日は、旅の日に性交禁忌の日です。


【活用場面】

 心を定める!


松尾芭蕉が「奥の細道」に旅立った事から、今日は旅の日に設定されています。


「奥の細道」は、最近芭蕉の自筆本が発見されて話題になっていますが、この旅は、元禄2年(1689)の3月27日(陽暦では今日)に深川芭蕉庵を愛弟子の河合曾良一人を連れて出立し、東北・北陸地方を回りながら、弟子を訪ね、歌枕を巡って歩いたものでした。


大垣から伊勢へ旅立つところで、結びになっていますが、日数150日、旅程600里に及ぶ大旅行でした。現在でも、各所に句碑が立てられ、史蹟として保存されている所も多く、いにしえの芭蕉の旅をしのぶことができます。


以下、白河の関の名場面の一文です。


心許なき日かず重なるまゝに、白川の関にかゝりて旅心定りぬ。「いかで都へ」と便り求しも断(ことわり)也。中にも此関は三関の一(いつ)にして、風ソウの人心をとゞむ。秋風を耳に残し、紅葉を俤(おもかげ)にして、青葉の梢猶あはれ也。卯の花の白妙(しろたえ)に、茨の花の咲そひて、雪にもこゆる心地ぞする。古人冠を正し衣装を改し事など、清輔の筆にもとゞめ置れしとぞ。


卯の花をかざしに関の晴着かな 曾良


私たちも人生と言う旅をはじめていますが、心定まる日は来るのでしょうか?


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ナイチンゲールとひめゆり!

今日は、沖縄本土復帰記念日、葵祭にヨーグルトの日です。


【活用場面】

 献身、母の愛情で接する!


沖縄と言えば看護学生の女学校「ひめゆり学徒隊」が有名ですが、今日はナイチンゲールの話です。


ナイチンゲールといえば、クリミア戦争における献身的な介護が、慈愛に満ちた女性の象徴として、白衣の天使の印象を与えている。


そんなナイチンゲールは、教え子達を母の愛情を持って育んでいました。


ナイチンゲールは、教え子たちの健康面一つとっても、「これほどまでに」と思うほど心を砕いていった。

看護の仕事は、激務であり、不規則です。ナイチンゲールは、自らの豊富な経験から、栄養に優れた食事の献立までアドバイスした。励ましの手紙とともに、そっと新鮮な卵などを教え子に贈ることもあった。さらにまた、必ずと言ってよいほど、こう手紙に書き添えたと言います。


「私が何かの役に立てるなら、どうか遠慮せずに言ってください」


ナイチンゲールの教え子の一人は、感謝をこめて、こうも語っています。
「ミス・ナイティンゲールは私たちに対して、いつも母親が娘に対するような、やさしい心遣いを示してくださいました」


「たまたま遭遇している試練について訴えるとき、ミス・ナイティンゲールは高い理想に立って助言し、ともに戦ってくださいました」


教え子たちは、ナイチンゲールの温かく、大きな心に包まれて、困難を一つ一つ克服し、「もう一歩、前に進む自信」を深めながら、堅実に看護にいそしんでいったのです。


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