東京湾に浮かぶ無人島。
そこは明治の頃、日本海軍の軍事要塞でもあった。
神奈川・横須賀市の港からわずか1.7kmのところに、
その「猿島」はありました。
小さな島で、夏には海水浴やバーベキューを楽しむ人たちで
表はいっぱいになります。
しかし、一歩島内の奥深くに入ると、ほぼ手つかずのまま
放置された自然と、当時の面影や感触を何となく残す
要塞の一部がひっそりと共存した、不思議な世界。
横須賀・三笠公園から定期船に乗って、10分ほど。
猿島桟橋に近づくと、海水浴を楽しむ陽気な声。
砂浜は人とパラソルで埋め尽くされていました。
下船して海水浴場をぐるりと回り込むと、
「海軍港」の標柱が。
見上げれば、こんもりと深い森に覆われた島の頭部。
急な坂道を上がっていくと、もう喧噪からは遠ざかります。
そして見えてくる、要塞としての猿島のすがた。
跡。
頭上高くまで茂る木を透かして
夏の陽射しが少しずつ落ちてくる。
雨のあとだったのか、床の木板が生温い光を反射しています。
両側は石壁とレンガ造りの建物に囲まれて、
言葉を発することのない生き物のようにそこにある。
兵舎、弾薬庫などの跡が残っています。
当時、ここで確かに軍人さんが生活していたという
影のようなものが、肌に浸み入ってくる感覚。
どこかひんやりとした空気さえ感じます。
とてもとても不思議な空間です。
時を隠す。
その過去の出来事を覆い隠して、そっと眠りに包むこむように
木々は無防備に生い茂っていました。
音も消して、ここだけの結界を張っているようにも見える。
自然の深い場所です。
遊歩道はやがて狭まり、暗がりのトンネルの入り口が
口を開けて待っています。
ひとりで入るのは怖いですが、勇気を出して。
暗がり。
ここに入るカップルは、自然と手をつないでしまうことから
「愛のトンネル」と呼ばれているそうですが…
そんなロマンチックな感じではないです(笑)
トンネルを抜けると、高いレンガ塀に囲まれて
細い道に出ます。
まさに要塞。
探検しているようでもあり、相変わらず「ここに人がいた」
という妙に生々しい感覚は周囲に漂っています。
迷路。
フランス式のレンガ造りの建物でも、規模が一番大きいのが
この猿島要塞なんだそうです。
壁は苔むしていましたが、良く見ると細長いレンガが
緻密に組まれています。
その後もいくつかのトンネルを抜けると、少しずつ潮騒が
聴こえてくるようになります。
光の出口。
要塞を抜けると、あたりは自然一色になります。
海が近い。
小さな展望台がある方へ歩いていきます。
砲台跡が残る小さな広場に出ると、
急に視界が開けて、目の前には青い草原。
淡い境界。
この日はあいにく曇りがちの天気。
晴れた青い空に、別の色をした海の境界がくっきりと一直線に
現れるのも良いですが、曇りで曖昧になった境界が
空と海をひとつのグラデーションのようにしてしまうのも
綺麗だなぁ、とこのとき思いました。
海のすぐ近くまでは、急な階段が続いており
磯に降り立つこともできます。
沖の方へは、漁船なのか軍艦なのか、船がいくつか航路を進んで
いきました。
磯の浜辺。
釣りをしている人もいましたね。
結構大物が釣れるらしいです。
しばらく海を眺めたあと、再び階段を上がって引き返します。
太陽の光が強い季節、これでもかというくらい葉を茂らせた
木々の中に隠れるようにして、砲台跡が佇んでいました。
鈍色に光る。
ここからこっそり、海の先に顔を出して
狙いを定めていた砲台があったんでしょうね。
向こうからは見えない角度で、位置で。
この場所や人、あるいは国を守るために。
やっぱり不思議な気持ちになります。
これで猿島を一周。
ゆっくり見て回っても、2時間もあれば十分なくらい。
再び、夏を楽しむ人々の喧噪のなかに戻って、
帰りの船が出るまで時間つぶし。
メインの海水浴場から少しだけ外れると、砂に少し石混じりの
浜に出ます。
釣り人。
ここも人は多かったのですが、貝殻がたくさん落ちていたりして
海に入らなくても楽しめました。
沖では釣りを楽しんでいる人も。
スズキやカレイなどが釣れるみたいです。
やがて帰りの時間になり、猿島桟橋で待っていると
船が近づいてきました。
海水浴客の笑い声。賑やかです。
島は自然に囲まれて、外から見たら、
中にあんな建物があるとは想像もつきません。
でも、奥深くに入れば、そこに確かに「軍事要塞」という
名残りがあって、その記憶が着実に息づいている。
難しいことは考えられないけど、直感で訴えてくるものが
確かにあります。
とても不思議な無人島は、今日も東京湾の端に浮かんでいます。
*その2~横須賀の街中~はこちら 。