「我思う、故に我あり」って言ったのは? | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
皆様の生活に身近に感じられ「気づき」になれますよう。

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心理カウンセラーと心理学を身近にするブログです。
皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「存在」について。

皆さんは、どういうときに、

自分が存在していると感じますか?

 

哲学者というものは、何かについて考えを深め、

何かを体系化したり定義します。

自分の「存在」はどう定義できるでしょう?

 

「我思う、故に我あり」

 

この言葉を聞いたことがある人もいるのでは?

これは、哲学者デカルトが残した言葉です。

400年ほど前の哲学者です。

 

私が考えているから、私は存在することは疑いようがない、

そういった意味です。

 

でも、そんな名を残している哲学者デカルトでも、

もし、この世界に一人だったらどうなるでしょう?

 

誰かと議論することもなく、

誰かに賛同されることもなく、

誰かに否定されることもなく、

誰かに反応されることが無い世界。

 

そしたらこんなことは考えに至らないでしょうし、

自信をもって発言もできないでしょうね。

 

なんなら、自分が"存在しているかどうか"さえもわからなくなるでしょう。

でも人は人に疲れて、人を遠ざけてしまうことがあります。

 

世界にたったひとりの極限の状態というのは、

何かの拷問でない限りは、なかなか実現性はないですが、

現代でも「存在価値」や「居場所」といった言葉で存在が表されます。

 

▶存在価値

▶居場所

 

というものに、枯渇していたり、

希薄さを感じているときは、

"誰かと心を通わせていない"状態ではないでしょうか。

議論したとしても、

賛同や、逆に否定されたとしても、

誰かに伝わって、反応し合うことが人間関係です。

 

誰かと関係して、

誰かと心を通わせる。

それができたときに人間は存在や、生きていることを感じられるのです。虹

 

 

 

 

いつも有難うございます。

居場所が無いときはアンフィニへ!

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ご予約は052-253-5040まで!

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